こんにちは、豊田麻琴です。
いつもブログをご愛読くださり
ありがとうございます!
2012年がスタートしてまだ2週間あまりですが
毎日、いろいろなことが起こります。
その中で、今日の私が気になったワードが
あります。
「運命」という言葉
きちんと、私はこの「運命」という
言葉を自分なりに理解して
使っているだろうか?
そんな思いで広辞苑を引いてみた。
「運命」
人間の意志にかかわりなく、身の上にめぐってくる吉凶禍福。
それをもたらす人間の力を超えた作用。
人生は天の命(めい)によって支配されているという
思想にもとづく。めぐりあわせ。転じて将来のなりゆき。
「Destiny」
what happens to sb or what will happen to them in the future,
especially things that they cannot change or avoid.
日本語だと「吉凶禍福」という意味合いを強く感じるし、
英語だと「cannot change or avoid」。つまり自分で変えたり、
避けることができないものという
意味あいを強く感じる。
もし、広辞苑やオックスフォード英英辞典にのっている意味が
「運命」だと定義づけるとしたら
運命は存在するか、しないかというと
確かに存在する気がする。
だって私の意志にかかわることなく、自分にとって
「吉凶禍福」だと感じることは
これまでに起こってきたから。
就職活動中に大事故に巻き込まれて大怪我し、
自分が希望していた会社のほとんどを
受験できなかった経験。
たまたま、偶然出会った人が
新聞記者で、それがきっかけで取材を受け
夕刊一面に私のインタビュー記事が
掲載された経験。
責任を追及され、苦々しい気持ちで
土下座した経験。
でも、待てよ…
起こったことはたまたまかもしれないが
その時間、その場所に行こうと決めたのは
「自分」だ。
そうすると、こういうことなのかな…
運命とは自ら「選択」する行動の先にある。
そして、その起こってしまった「運命」
に対してどのように対応するかも
自らが「選択」することで、禍転じて福となす
こともできるということか。
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人間万事塞翁が馬
中国にある老人がいました。
ある日、その老人の飼っていた馬が逃げていってしまった。
近所の人々は気の毒がって慰めにいくと老人はこう言った。
「このことが幸福にならないとも限らないよ」
しばらくして、その逃げ出した馬が、たくさんの馬を
連れて帰ってきた。そこで近所の人々がお祝いを
言いに行くと老人は首を振ってこう言った。
「このことが禍にならないとも限らないよ」
しばらくすると、老人の息子がその馬から落ちて
足の骨を折ってしまった。近所の人がかわいそうなので
慰めにいくと、老人は平然とこう言った。
「このことが幸福にならないとも限らないよ」
1年たった頃、戦争が起こり老人の住んでいた地域の若者は
全て戦争に駆り出され、その多くは死んでしまった。
老人の息子は足を負傷していたので戦いに行かずに済み
無事であった。
この話は中国の古い書物(淮南子)に書かれています。
福から禍へ、また禍から福へと人生に変化をもたらした。
まったく禍福というのは予測できないものであるという事です。
私の半生を振り返ってみた。
就職活動中に大事故に巻き込まれて
自分が希望していた会社のほとんどを
受験できなかった経験の後、
別の就職先で人生において非常に
学びとなる経験をさせて、もらったり
事故の後遺症を支えてくれた大切な人達と
絆が深められたこと。
たまたま、偶然出会った人が
新聞記者で、それをきっかけに
夕刊一面に私のインタビュー記事が
掲載された後、
その記事の影響で娘が心無い言葉で同級生から
ひやかされ、しばらく登校拒否になってしまったこと。
責任を追及され、苦々しい気持ちで
土下座した後、実はその責任は相手側の
過失にあったことが判明し、このことに
よって「誠実に対応した」と数多くの人が
私にエールを送ってくれたり、信頼を寄せてくれたこと。
「人間万事塞翁が馬」
きっと今後も、変えることのできない
避けられない「出来事」が起こるだろう。
出来事は出来事
それをどう扱うかは自分で決めてもいい。
その起こることに対して、
「私」らしく納得いくあり方で
対応できるよう、日々いろいろな
学びや経験を深めていきたい。