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2012年02月06日

「幸せ」を感じてる時間の長さは

テーマ:ブログ

こんにちは、豊田麻琴です。

いつもブログご愛読ありがとうございます。


今日は沖縄におりますが、
とてもいい天気で、本当に暖かくて
過ごしやすいですね☆



今日のブログは本当に

「日記」です(*^.^*)



昨日は母の古希のお祝いで
久々に会う妹や姪、叔母なども
交えて食事をしました。



仕事を終え久茂地で待ち合わせし、
近くのホテルでワールドビュッフェフェア
を開催してたので、前々から予約をとって
楽しみにしていました。



私は、その食事の間中

幸せな気持ちに包まれていました。



土日、仕事が多い私を理解し
一緒に過ごせる時間をめいいっぱい
楽しもうとしてくれる子ども達



東京から戻ってきて、連日
嫁ぎ先や友人のお祝いで
疲れているにも関わらず
笑顔で場を盛り上げていた妹



うつという病気と闘っている中
母の誕生日だからと、バスを
乗り継いでお祝いに駆けつけて
くれた叔母



その場には来れなかったけど
家族の繋がりを感じさせ
また、母の最も喜びそうなプレゼントを
考えて、選び届けてくれた優しい兄



そして、出不精で普段は外で食事することは
敬遠しているけど、皆が集まってくれて
祝ってもらえて、照れくさそうな笑みをこぼし、
何度もおかわりをしていた母




私は母を尊敬している。



兄や妹も尊敬し、そして

そして子ども達を、家族を
心から愛している。




この人達がいたおかげで
私の「今」があると思っている。



そして、私の周りにいる
大事な人達とも
出会わせてくれた。


ありがとう。
そしておめでとうクラッカー



元気で、もっともっと長生きしてほしいラブラブ!

2012年01月16日

「自信」という言葉の意味を調べると

テーマ:ブログ

こんにちは、豊田麻琴です。

いつもブログをご愛読くださり

ありがとうございます。



私は小さい頃は何事も理解するのに時間が

かかる方でした。そのせいか、人より理解力が

ないのではないか?頭が悪いのか?と

よく落ち込んだものです。



何かわからない言葉に出会うと

決まって母親に聞きました。


「○○って何?」


「○○ってどういう意味?」


忙しかったからか、答えるのが面倒だったのか

それは今でもわかりませんが、

母親は決まって

「辞書で調べてごらん」

と言いました。



そのせいか、私は今でも比較的

辞書と仲良しですニコニコ



今日、気になったワードは

「自信」という言葉です。



「自信」がないという言葉は

よく、セッションの中でクライアントが

扱う言葉です。



そもそも、その言葉を

全ての人が同じように捉えてるわけでは

ありません。



ならば広辞苑にはなんと書いてるでしょうか?



「自信」

自分の能力や価値を確信すること。

自分の正しさを信じて疑わないこと。


「confidence」

the feelig that you can trust,believe in and be sure about

the abilities or good qualities.



日本語も英語も「心の状態」のことを

言ってるような気がします。



-------------------------------


私にとって「自信」があること

つまり、「自分の能力や価値を確信」できることって

何か考えてみた。


そうやって考えると、

根拠が「五感」を通してわかるものだった。


たとえば、


「車の運転ができる」

ということに「自信」がある。


根拠:これまで約20年の運転キャリアと運転免許があり、

毎日、車を実際に動かして公道を走っているから。




でも、次の言葉を付け加えると途端に自信が

なくなる。



「車を「正しく」運転できる」


交通ルールを正確に把握して守りながら

走っているか?


車の操作する機能をすべて把握しているか?


途端に穴だらけだ(笑)



でも、「正しく」運転しているかどうかは

別として、私は車を使う必要があるので

毎日乗り続けると思う。そして能力にも

今のところ支障はない。



たまに、「根拠」がなくても自信があるときがある。


何か新しいことに挑戦するとき、

できるという根拠はないが、

やってみたいという気持ち、試してみたい気持ち、

なんだかうまくいきそうな気持ちが

私の背中を押してくれる。



そして、「自信がない」けどチャレンジする時もある。

できるという確信も持てないし、怖いし、逃げ出したくもなる。


でも、それでもやるのは

やることに「意味や価値」をみいだしているから。

なので「できるか」「できないか」ではなく

「やりたいか」「やりたくないか」が

私にとって重要になってくる。



かっこ悪い失敗したって大丈夫。

だって、そこから学べばいいじゃん。


優等生で生きてきた人ほど

失敗を恐れる。


いい子ちゃんで生きてきた人ほど

本当の自分を知られるのが怖かったりする。



自分をさらけ出すには勇気がいるけど

後ですっごく楽になれるよ。



だって、私は「私」のままでいいんだから。


小さい頃は理解力のない自分を

責めてた私でしたが、

今は、理解をしたいと思ったら「時間」をかけて

考えるのが「私」らしいなと思う自分になっています。

2012年01月16日

「運命」という言葉の意味を調べると…

テーマ:ブログ

こんにちは、豊田麻琴です。

いつもブログをご愛読くださり

ありがとうございます!



2012年がスタートしてまだ2週間あまりですが

毎日、いろいろなことが起こります。



その中で、今日の私が気になったワードが

あります。



「運命」という言葉


きちんと、私はこの「運命」という

言葉を自分なりに理解して

使っているだろうか?



そんな思いで広辞苑を引いてみた。



「運命」


人間の意志にかかわりなく、身の上にめぐってくる吉凶禍福。

それをもたらす人間の力を超えた作用。

人生は天の命(めい)によって支配されているという

思想にもとづく。めぐりあわせ。転じて将来のなりゆき。



「Destiny」

what happens to sb or what will happen to them in the future,

especially things that they cannot change or avoid.



日本語だと「吉凶禍福」という意味合いを強く感じるし、

英語だと「cannot change or avoid」。つまり自分で変えたり、

避けることができないものという

意味あいを強く感じる。



もし、広辞苑やオックスフォード英英辞典にのっている意味が

「運命」だと定義づけるとしたら



運命は存在するか、しないかというと

確かに存在する気がする。



だって私の意志にかかわることなく、自分にとって

「吉凶禍福」だと感じることは

これまでに起こってきたから。



就職活動中に大事故に巻き込まれて大怪我し、

自分が希望していた会社のほとんどを

受験できなかった経験。



たまたま、偶然出会った人が

新聞記者で、それがきっかけで取材を受け

夕刊一面に私のインタビュー記事が

掲載された経験。



責任を追及され、苦々しい気持ちで

土下座した経験。




でも、待てよ…




起こったことはたまたまかもしれないが

その時間、その場所に行こうと決めたのは

「自分」だ。



そうすると、こういうことなのかな…



運命とは自ら「選択」する行動の先にある。



そして、その起こってしまった「運命」

に対してどのように対応するかも

自らが「選択」することで、禍転じて福となす

こともできるということか。



--------------------------


人間万事塞翁が馬




中国にある老人がいました。

ある日、その老人の飼っていた馬が逃げていってしまった。

近所の人々は気の毒がって慰めにいくと老人はこう言った。


「このことが幸福にならないとも限らないよ」


しばらくして、その逃げ出した馬が、たくさんの馬を

連れて帰ってきた。そこで近所の人々がお祝いを

言いに行くと老人は首を振ってこう言った。


「このことが禍にならないとも限らないよ」


しばらくすると、老人の息子がその馬から落ちて

足の骨を折ってしまった。近所の人がかわいそうなので

慰めにいくと、老人は平然とこう言った。


「このことが幸福にならないとも限らないよ」


1年たった頃、戦争が起こり老人の住んでいた地域の若者は

全て戦争に駆り出され、その多くは死んでしまった。

老人の息子は足を負傷していたので戦いに行かずに済み

無事であった。



この話は中国の古い書物(淮南子)に書かれています。


福から禍へ、また禍から福へと人生に変化をもたらした。


まったく禍福というのは予測できないものであるという事です。



私の半生を振り返ってみた。



就職活動中に大事故に巻き込まれて

自分が希望していた会社のほとんどを

受験できなかった経験の後、


別の就職先で人生において非常に

学びとなる経験をさせて、もらったり

事故の後遺症を支えてくれた大切な人達と

絆が深められたこと。






たまたま、偶然出会った人が

新聞記者で、それをきっかけに

夕刊一面に私のインタビュー記事が

掲載された後、


その記事の影響で娘が心無い言葉で同級生から

ひやかされ、しばらく登校拒否になってしまったこと。






責任を追及され、苦々しい気持ちで

土下座した後、実はその責任は相手側の

過失にあったことが判明し、このことに

よって「誠実に対応した」と数多くの人が

私にエールを送ってくれたり、信頼を寄せてくれたこと。



「人間万事塞翁が馬」


きっと今後も、変えることのできない

避けられない「出来事」が起こるだろう。



出来事は出来事


それをどう扱うかは自分で決めてもいい。


その起こることに対して、

「私」らしく納得いくあり方で

対応できるよう、日々いろいろな

学びや経験を深めていきたい。

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