IDEAのブログ

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(感想)
三週にわたって放送されたソウルケイジ、今回が解決編である。
解決編なので、当たり前と言えば当たり前だが今回が一番すっきりして見られた。
だが3話を通じて、とにかく事件の全容を説明するのに手いっぱいだった感もある。そのせいか最終回の後半はそれぞれの人間ドラマの描写にあてられ、それはそれで良かったと思う。
3話を通じて描かれていたのは父性」「親子」というものだった。
内藤和敏という男の強い子を思う気持ち、暴行された娘を思う玲子の両親、そして子どものために悩む日下という父親、3つの親子の物語が縦軸に描かれる。
そしてもう一つのテーマ「
中川美智子、玲子の母親、そして玲子と「泣けない」人がどうやって泣けるようになっていくのかみたいな部分が描かれていたように思う。
このあたりはエンディングテーマの「ミセナイナミダハ きっといつか」(GReeeN)の歌詞にある

♪泣かないように くいしばった
 そんな毎日背負って生きてた
 だけどあなたがくれた「大丈夫」が
 もういいよって聞こえた

 見せない涙はきっといつか
 虹となり世界照らして
 大切な人たちを 守る光となる
 皆抱える荷物でも 平気な顔でツヨガリ
 ただナミダ・ナミダ・ナミダでも君が笑えるなら

の部分にあるのだろう。
中川美智子は玲子にもういいよと言われ、玲子の母も大丈夫と言われて泣き、日下は三島耕介と高岡の思いを知って泣き、玲子は菊田にもういいよと言われて泣いたわけである。
玲子の家族問題も含めておおむね解決に向かっていた(最終回だから当たり前か)ので、後味の悪さが特徴のこのドラマにしてはわりとすっきりしていたように思う。
事件そのものは前回の終わりに玲子が犯人を言い当ててしまっていたので、それほど複雑な展開ではない。
要は手首と胴体は別人なのになぜDNAが一致するのか?別人だとしたら胴体は誰なのか?そして高岡はいったいどこにいるのか?この3つが捜査の焦点だった。
DNAのトリックは國奥が解決し、胴体の身元は玲子が推理し日下が裏付けを取った。
この玲子の推理を日下が裏付けていくという部分が、捜査の進展をうまく表現していたと思う。唯一難点だったのは玲子が高岡の居場所に気がつく部分だが、その前ふりで井岡がカネ回りの良くなったホームレスの情報を玲子に電話で知らせるくだりである。
いたしかたないのかもしれないが、いかにも取ってつけたようなシーンだった。その前のガンテツ登場の際に井岡が葉山を捕まえてホームレスの情報を聞き出そうとする部分が伏線になっているのだが、別にこれがなくたって、玲子が急に思いついてもよさそうなものだ。
(実際、視聴者も違和感は持たなかっただろう)
今回、かっこよかったのは日下だった。
自分の家庭の問題と三島耕介と高岡(内藤)の関係をオーバーラップさせながら、事件を解決に導いていく描写はなかなかよかった。
玲子に関しても嫌っているわけではなく、むしろ今回は色々と擁護する立場に回っていたような感じがした。
最後の三島耕介の聴取のシーンでは涙をこらえながら、わが子に語るように父親というものについて語る日下はほんとうにカッコよかったと思う。
今泉に「このヤマが片付いたら、当分勘弁してください」と言いながらあまり嫌な顔をしていないというのも、手法は別として玲子の能力を認めていたからなのではないかと思う。
日下もかつては勘を働かせる刑事だったというから、玲子に昔日の自分を見て、自分のようにならずに成長してほしいという懐の深さも垣間見えて、いい演出だったと思う。
最後の玲子の「了解」は、まさしく同僚としての答えだった。最後になって殺人犯捜査十係はまとまりつつある。
敵対していた玲子と日下の間にも、ほんの少しだが暖かいものが通い始めた。そんな雰囲気だった。

中川美智子を抱きしめる玲子は「強くなった」からそれが出来たと言う解釈でいいだろう。(それとももともと強かったのか?)
その前にアパート前で菊田に会うというのが示唆的なわけだが、性犯罪被害者の心情というのは、映像化するにはなかなか難しいものだという感じがした。
蒲田南署に出頭する三島耕介を思ってやってきた中川美智子に「強くなった、、、君がいるだけで充分だよ」と言う。
中川美智子は泣いて強くなったのだろうか?美智子に起きた変化を耕介は知ったのだろうか?美智子と耕介のシーンでは、自分達が戸部を殴った事を警察に知られまいとして相談するシーンがあったが、それよりも美智子が強くなるシーンを入れてほしかった気がする。
笑顔とともに「うちで待ってる」という台詞は、今後の二人の行く末を示唆しているようで、なかなかよかったと思う。

玲子の家族問題も解決に向かった。
ここも性犯罪被害者家族という設定である。事件から13年経ってもその影響はあちこちに残っていて、玲子もその記憶に悩まされる。
中川美智子に「犯人を憎んだ。それ以上に自分を呪った」と語ったが、多くの性犯罪被害者(女性)が事件後、極度の自己嫌悪に陥りやすい傾向があるというのをよく調べていた台詞だ。
この中川美智子に自らの過去を語るシーンは、なかなか重いものだった。
そもそもこの時間帯のドラマで、レイプシーンを繰り返し放送することについては、局側もかなり慎重な対応が必要だったろう
今のところ女性人権団体などからクレームがついた等という話は聞かないが、やりようによっては物議を醸す演出ではある。
玲子はこんなに強くなったのよと母親を安心させるためにやって来たという設定だが、親子間の問題がすべて解決したわけではない。更に「殺したい人間がいる」という玲子の心の闇は、父や母にも同様のものがある事が描かれており、結局一生この闇を抱えたまま生きていかなければならないという、何ともやりきれない話が描かれているわけだ。

姫川班の活躍にも触れたいのだが、あまり活躍しなかった。
何かのインタビューで菊田役の西島秀俊が「僕らはほとんど出番がなかった」と語っているように、第9話収録終了時点で、姫川班はじめほとんどの主要キャストがクランクアップしており、残っていたのは、主演の竹内結子と日下役の遠藤憲一、三島耕介を演じた濱田岳、中川美智子を演じた蓮佛美佐子、高岡を演じた金子賢くらいのものだったらしい。
実際原作を見ても物語は玲子と日下を中心に展開されており、他のメンバーはほとんど登場しない。(井岡くらいは出てくるが)
ストロベリーナイトの思い切りの良さは、ストーリー上重要でなければ極端に露出が少なくなるという点にある。
なにしろ原作は「姫川玲子シリーズ」なのである。
このあたりは比較的原作に忠実にやっていたのだろう。オールキャストで行きたがるテレビドラマにしてはなかなか思い切った感じだ。

オールキャストという部分では、わからなかったのはガンテツだ。
今回ガンテツは葉山に絡むと言う形で登場した。最後のバーで飲んでいる葉山のところに現れるシーンなど、いかにも今後の展開を示唆しているシーンのように見える。
フジ公式HPの「いまつぶ」によれば、最終回のエンディング部分が脱稿(脚本が確定)したのは、映画化が決まる前の話という事だったのだが、本当にそうだろうか?
誉田哲也氏の原作に「感染遊戯」がある。今シリーズでは第6回に1話完結で出てくるが、原作は玲子とガンテツと葉山を中心に描かれる3つのストーリーが最後は一つに結び付くという内容で、いわゆる「スピンオフ作品」という事になっている。
この中で優秀な刑事である葉山をガンテツが5係に誘うというくだりがあるのだが、それを示唆したシーンと取れなくもない。
そうなると、姫菊に明確な結論を出さなかったのも頷けるというものだ。
私は連ドラに移行した時点で、特番あるいはスピンオフについてはある程度決まっていたのではないかと思っている。
平均視聴率が結構よかったので、それが劇場版に発展したというのが真相ではないだろうか?
もしそうなら、連ドラで姫菊が明確に結ばれてしまったら、視聴者の興味はそがれる。だから「寸止め」にしたという事だろう。

姫菊」シーンもあまり無かった。
最後の最後に出てきたシーンが、、例の「頭ナデナデ」である。
廊下の壁にもたれて玲子を待っていた菊田の姿は、ホテルの前で待っていた第9話のシーンを彷彿とさせるものだったが、なぜかわからないが菊田は玲子を食事に誘い、頭を撫でると言うよくわからないシーンになっていた。
第10話の感想でも書いたのだが、第9話であれだけ気まずい雰囲気になっていながら、どうやってそれは解消されたのか?尺の都合でカットされたのかわからないが、大人同士だからなかった事にしましょうでは、視聴者は納得しないだろう。
せめてその事について二人が話すとか、そんなシーンがひとつくらいあってよさそうな感じがした。何しろ唐突に見えたのだ。
「次に職場でやったら殺す!」と玲子が菊田に息まく場面があるが、あれは照れ隠しなのか、言外に「職場以外でやって」と言ってるのかわからないのだが、その後仲よく食事に出かけているのを見ると、あれはあれでいいという事なのか?

この日、主演の竹内結子は西島秀俊とともに同局の「めざましテレビ」に出演し、玲子と菊田の恋の行方について「玲子が菊田を見てある表情をする。そこに全て集約されている」と語った。
最後に和食の店に予約を入れるべく電話をする菊田を後ろから見る玲子の表情は、最初は優しげな微笑みだが、徐々に笑みが消え、最後は暗澹たる顔つきになるというものだった。
玲子は菊田を好きになった自分が可笑しかったのだろう。そして好きになった男が部下だったというのも自分で不思議だったのかもしれない。
そしてなぜ菊田は自分を好きになったのか?それも不思議だったに違いない。
これまでに見せた事のない柔らかな表情だったが、それは次第に曇っていく。
菊田は玲子の過去も、心の闇も知らないのだ。(ガンテツは知っているようだが)もちろん菊田も「過ぎた正義」の異常な玲子の様子から何かあるくらいは漠然とは思っているかもしれない。
だが全てを知ったら菊田はどうするのか?2人は幸せになれるのか?
更に言えば、強くなって戦いながら人生を切り開く自分に菊田は必要なのか?
そんな不安や疑問が、最後の表情の理由のように思える。
私には、二人が結局は「悲恋」に終わるのではないかという漠然とした予感があるのだが。。。。。


最終回の視聴率は15.9%、前回よりも3%も上がった。
最終回というのを差し引いてもずいぶん上がったなと感じる。これは3話構成の中で、最後だけみればいいやという視聴者が結構いたのではないかと思われる。
いまや再放送も行われているし、オンデマンド等でもやっているし、放送から2日も経てば、海外の動画サイト等に本編が丸ごとアップされていたりする。
つまりリアルタイムでテレビの前に座る人は、ずいぶん減っていると言う事だ。
シリーズ全体を通じた平均視聴率は15.35%で「ラッキーセブン」にわずか0.17%の差で第2位にとどまった。
それでもヒットと呼ばれるような作品がなかった2012年冬ドラマの中では、キャストの良さやよく考えられた設定などで、出色の出来だったように思う。
残念なのは、原作の数の問題などもあったのだろうが、無理やり前後篇にしたものなど脚本に問題があるようなものも見受けられた事と、主人公姫川玲子のキャラクター設定にやや難があったことなどが、残念だった。
この間、第1話「シンメトリー」を見返してみたら、10分延長の1話完結で非常に流れがよく、不自然な部分もなく、玲子のキャラクターもずっと柔らかくて魅力的だった。(この感じでいけばよかったのだろうが、全部1話で終わらせたら半分でシリーズが終わってしまう)
いったいいつから路線変更したのだと思ったが、このシリーズの特徴として、監督や脚本家が変わると、玲子自身のキャラ設定まで変わってしまったという点がある。
これは他のドラマでも多かれ少なかれ見られたものだが、この作品の場合は玲子の特異なキャラクターに負うところが大きいので、余計にその差が際立つ。
これまでに無い役を文字通り「体当たり」で演技し、見事にものにした竹内結子の熱演は評価されるべきだが、おそらく彼女が役作りをしていた玲子と後半のほうの玲子は、異なっていると思う。
映画化もされるようなので、このあたりはよく吟味された上で、魅力的な姫川玲子をスクリーンで見られるよう願っている。

(この項続く)

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