「大東亜戦争の正体」
清水馨八郎 祥伝社黄金文庫
「一国の人々を抹殺するための最後の段階は、その記憶を失わせることである。さらにその歴史を消し去った上で、まったく新しい歴史を捏造し発明して押し付ければ、間もなくその国民は、国の現状についても、その過去についても忘れ始めることになるだろう」(ミラン・クンデラ)
戦後の戦争史観は(1)侵略戦争史観(左翼文化人)、(2)大東亜戦争は絶対侵略戦争ではないという史観、(3)アメリカが巧みに侵略戦争を仕掛けたという史観(主客逆転発想)、(4)戦闘(手段、戦術)に負けたが、目的(戦略)を果たした、本当は日本が勝った戦いであったとする史観(世界史的大観論)との、四つに大別されます。
保守系文化人によって(2)の段階まで議論が進みましたが、本書の目的はさらに(3)、(4)へと議論を進めて、大東亜戦争は日本国が起こした侵略戦争ではなく、米ソの世界二大覇権国が、ヨーロッパ白人の植民地化に日本が従わないのを憎んで、巧妙な謀略で日本を無理矢理に戦争におびき出したものであること、を明らかにしています。
著者によると、大東亜戦争は、昭和天皇の開戦の詔書にあるように、帝国の自存自衛と東亜の安定のため、正当防衛として立ち上がった正義の戦いで、米ソこそが侵略戦争の張本人である、ということです。にもかかわらず、勝ち誇った占領軍は、日本の軍国主義者が起こした侵略戦争と断定し、戦犯を指名して処罰し、アベコベの洗脳政策と洗脳教育を実行した、と主張しています。
確かに、大東亜戦争の結果、アジア・アフリカは、白人の植民地からすべて解放され、日本が独り「天に代わって不義を討つ」と立ち上がった目的である大東亜共栄圏も八紘一宇の理想も、結果としては見事に実現している、つまり長期的に大観すると、この戦争は人類の世界地図を一変させた、と言えなくもありません。
アメリカ史をみると、リメンバー・アラモ、リメンバー・メーン、リメンバー・パールハーバーなど、驚くほどアメリカ政府にとって都合よく、アメリカ国民を戦争支持へと駆り立てる“事件”が勃発していることが分かります。
リメンバー・アラモ砦 メキシコ戦争
リメンバー・サムター砦 南北戦争
リメンバー・メイン号 スペイン戦争
リメンバー・ルキタニア号 第一次世界大戦参戦
リメンバー・パールハーバー 第二次世界大戦参戦
リメンバー・トンキン湾 ベトナム戦争
リメンバー・311 対テロ・アフガン・イラク戦争
清水氏は、リメンバー・パールハーバーはアメリカが演出し、日本がまんまとのせられて主演を演じたトラップであった、という説を裏付ける事実として、ルーズベルト大統領の言葉を引用しています。
「戦後、日米戦がルーズベルトが巧妙に仕掛けた謀略であることを告発した書物は、数多く出版されている。その中でも第一級の資料は、ルーズベルトの長女の夫であるカーチス・B・ドールが身内から告発した書で、「操られたルーズベルト」である。真珠湾攻撃の前日、家族との朝食の席で大統領は「私は決して宣戦はしない。私は戦争を造るのだ。明日戦争が起こる」と話していたという。このことを知っていたのは、大統領と、ハル国務長官とスチムソン、ノックスの陸海軍長官の四人だけだった。その半年前にスチムソン陸軍長官は、「私たちの戦争準備はすべて終わった。あとはハル国務長官、あなたの出番ですね」と洩らした。それは、戦争に持ち込めるか否かは、日米交渉で、ハルがいかに日本をいじめて、日本に開戦の決断をさせるかにかかっているということを示唆した発言と受け取れる。
リメンバー事件は、果たして、アメリカ政府による計画的な犯行なのか、それとも偶発的な事件なのでしょうか。
dog-eared
・二十世紀の前半は、まさに戦争の世紀であった。この世紀の初めに起こった日露戦争は、ヨーロッパ白人が非白人に敗れた最初の戦争で、人類解放の出発点になった。そして、その36年後に起こった大東亜戦争は、ヨーロッパ白人の植民地勢力をすべて米国に追い返した人類解放の完結戦であった。東亜の一角に日本という小さな国が存在しなかったら、世界はいまだに白人の奴隷的植民地支配下にしんぎんしていたであろう。
・敵は郷土で働く農民に対しても空から機銃掃射を浴びせ、列車を襲い、日本の113都市に焼夷弾の雨を降らして焼きつくしたのである。非戦闘員を攻撃してはならないという国際法など平気で犯しているのである。これに対して日本軍は、ハワイ攻撃においても、戦闘機は軍艦や軍事施設を攻撃しても、ハワイの一般住民には全然手を触れなかった。このように日本軍の戦いは、国際法を厳に順守する天晴れな戦い振りであった。
・「笑いと忘却の書」を著わしたチェコの作家ミラン・クンデラは、次のような言葉を登場人物に語らせている。「一国の人々を抹殺するための最後の段階は、その記憶を失わせることである。さらにその歴史を消し去った上で、まったく新しい歴史を捏造し発明して押し付ければ、間もなくその国民は、国の現状についても、その過去についても忘れ始めることになるだろう」
・「太平洋戦争」史観を押し付けるにあたり、GHQが最も活用したのは、情報発信の中枢であるNHKと朝日新聞、岩波書店などであった。これら重要な言論機関には検閲官が常駐し、厳重にチェックするばかりか、占領政策に都合のよい報道を積極的に流させた。
・戦後の神道指令によって、公文書において使用が禁止された用語には、「大東亜戦争」「八紘一宇」「大東亜共栄圏」のほかに、次のようなものがあった。それは「神州日本」「大和魂」「敵」「紀元二千六百年」「四海同胞」「万邦帰一(ばんぽうきいつ)」「大東亜の盟主」「アジアは一つ」「忠臣蔵」「仇討ち」などである。
・異なる二国間での歴史観の共有は困難である。たとえば、ジョージ・ワシントンはアメリカでは独立と建国の英雄だが、英国では自国の植民地を奪った反逆者、悪人となっている。また英仏百年戦争のジャンヌ・ダルクは、フランスでは救国の女性英雄だが、英国では火あぶりの刑が妥当の魔女となっている。
・満州進出の野望を持つロシアは、ドイツ、フランスと組んでいわゆる三国干渉を行い、遼東半島を清に返還させた。その後でロシアは、あろうことかその遼東半島を清から譲り受け、旅順に大要塞を築いた。
・乃木の第三軍が多くの犠牲者を出しても、なかなか二百三高地が落ちないのを見て、大本営は北海道の旭川に編成されたばかりの第七師団を応援に派遣し、ついに二百三高地の陥落に成功したのだが、二百三という数字を割ることができる数字は七しかないというのは、奇縁と言うべきだった。
・世界の国々で、日露戦争における日本勝利のニュースを聞いて最も喜んだのは、それまでロシアに占領されたり、圧迫され、いじめられつづけていたフィンランド、ポーランド、トルコなどの国々であった。この勝利をわがことのように喜び、日本国と東郷平八郎を称賛した。トルコのイスタンブールには「東郷通り」があり、さらに「乃木通り」、さらには陸軍大将で満州軍総参謀長だった児玉源太郎にあやかった「児玉通り」もある。ポーランドでは、トーゴーやノギが人名になっているほどだ。フィンランドには「アドミラル・トーゴー」と銘打った東郷ビールが発売されていた。
・1836年、アメリカは当時まだメキシコ領だったテキサスのサンアントニオに、独立運動の象徴アラモの砦を築かせた。これはメキシコ軍が襲ってくるのを見越した上のことだったが、案の定、籠城した200人の人々はたちまちメキシコ軍の攻撃を受けて全滅してしまった。アメリカはこの事件を「リメンバー・アラモの砦」という合言葉で、国民の戦意を鼓舞し、戦争を正当化して侵略戦争を起こした。この米墨戦争の勝利で、米国はニューメキシコ、アリゾナ、カリフォルニア州など当時のメキシコ領の半分にあたる広大な領土を併合し、国旗の星の数を一挙に増やした。
・メキシコ戦に味をしめた米国は、1898年、同じ手口でスペインと戦端を開くことになった。今度は「メーン号を忘れるな」であった。米国はキューバのハバナを表敬訪問中の戦艦メーン号を自ら爆沈させ、260名ほどの犠牲者を出した上で、これを敵の仕業だと因縁をつけ、スペインに宣戦布告した。これによってカリブ海のスペイン領プエルトリコなどを占領し、中南米諸国を支配するきっかけを作った。
・英国についてはどうか。かつで世界の四分の一、次に挙げる五十五カ国を支配していたのだから、謝罪し、保証金を払い始めたら、たちまちイギリスは国家として破産してしまうだろう。
・近世欧米諸国の繁栄は、植民地略奪と奴隷酷使によってもたらされたものだ。それが大東亜戦争後、西欧の列強はその虎の子の植民地を全部失い、奴隷制度も廃止させられ、いずれの国も従来の繁栄を失い、斜陽国に転落している。ところが日本のみ、言うところの植民地を失ったにもかかわらず、独り突出した経済発展を遂げているのはなぜだろう。それは逆に植民地をすべて捨てさせられたからである。日本にとっての植民地は略奪の対象でなく、当時の国費の二割を持ち出さねばならぬお荷物だったからだ。そのお荷物を降ろさせられて、かえってサバサバして、日本のみ大繁栄を謳歌することができた。
・世界史的に大観すると、大東亜戦争はアジアが西洋に勝ったいくさであり、それはこの戦いをリードした唯一のアジアの独立国・日本の功績にほかならない。
・日本国は、今から2670年も前に、神代の神武天皇が「八紘一宇」を建国の理想として国を建てられた。八紘一宇とは、一軒の家の中のように、親しみ睦み合う理想の世界のことである。