2007年3月31日で廃線になった鹿島鉄道の最後の日を描いた「Last Run/最終列車の後で」
初版(私家版)を鹿島鉄道・東田中駅跡となりのTSUTAYAヤマニ石岡店
さんに納品してきました。
在庫3冊限りです。ご希望の方はお早めに。
納品に行くついでに、最終日に通っただけの八木蒔駅跡を訪ねてみました。
この駅、浜駅と桃浦駅の間ということはわかるのですが、国道から見えない山林の中にある駅です。
浜駅方向から霞ヶ浦に沿って道を辿ることにしました。(携帯画像なのであまりきれいじゃないですが)
ここから八木蒔に向けて進んだものの、道を知っているわけではありません。
古い道路地図を見ながら、どうやら駅に通じる道を見つけ、近くの神社の下あたりに車を止めて歩いていきました。神社から浜駅方向に行った最初の角で坂を上がります。車一台やっと通れる細い道。勾配も結構きついです。すぐに線路に行き当たりました。右手に駅跡がありました。
駅名標はなくなっていますが、線路とホームはまだあります。
最終日、通った時に見たままの風景です。
あの日、KR505から撮った駅はこんな風でした。↓
ちょうど立ち話をしていた地元の方に挨拶すると、話しかけてくださいました。
やはり私同様、駅の跡地を見に来る人が多いようです。
「写真撮りに来たのけ?」
「そうです、通ったことしかなかったから見てみたくて」
「ああ、もう駅の看板なくなっちまったけどなぁ」
「ホームと線路はまだあるんですね」
「この前、吉永小百合なんかが来て映画だかなんだか撮ってたぞ」
「そうなんですか~」
「はぁ、線路(注:物としての線路ではなく鉄道の意味らしい)が無くなっちまって不便でしゃあねぇよ」
「バスが通るったって、坂ぁ上がってがねきゃなんねぇべ」
「年取って運転できなくなったら、どうすべって思うよ」
「いちいち若い人らに会社休んでもらうわけにもいかねぇしよぉ」
やはり公共交通がなくなることは
利用者に相当な負担がかかるのですね。
特に高齢化が進む農村部では深刻な問題だと思います。
納品するための本を見せて
「こんな本作って、石岡のTSUTAYAさんで置いてもらってるんです」と話したら
線路が復活できなくても記録だけでも残してほしいと口々に仰っていました。
もっといろいろなことを聞いて、しっかりした記録に残せたら・・・
廃線から1年の節目を前に、何ができることで、何をすべきか、改めて考えています。







