マジックデスクのブログ

おもに翻訳とかなんとかを適当に……


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最近またピアノの指の練習をしています。ただ音階を弾くだけなのですが、意外と効果があります。練習法は『ピアニストの毎日の基礎練習帳』(春秋社、岩崎淑著)という本に書いてありますので、興味のある人は読んでみてくださいませ。

ところで、練習の後にいつも弾いてみるのが『酒とバラの日々』という曲。これはキース・ジャレットやマイケル・ペトルチアーニのすごくいい演奏があります。でも最近、トニー・ベネット(歌)とビル・エバンス(ピアノ)のバージョンを見つけて、これがとても良い。700円でアルバムをダウンロードしたのですが、かなりお得でした。スマホに入れてよく聴いております。



で、聴いていれば、なんとなく歌詞が耳に入ってくるもので、ところどころはわかるのですが、よくよく聴いてみても、全体の意味がさっぱりわからんな~と思っておりました。それでちょっとググってみると歌詞の背景にはアル中の映画やイギリスの詩人の詩などがあることがわかりました。

それで意味なんですが、こんな感じかなと思います。

The days of wine and roses
laugh and run away
like a child at play
Through a meadow land toward a closing door
A door marked "nevermore"
that wasn't there before

The lonely night discloses
just a passing breeze filled with memories
Of the golden smile that introduced me to
The days of wine and roses
and you

酔いしれて浮かれたあの日々は、
笑い声とともに走り去っていった。
鬼ごっこする子どものように。
緑の草原を越え、
「行き止まり」と書かれたドアの方へ。
そんなドアは、昔はなかったのに。

ひとりぼっちの夜には
ふと記憶がよみがえる。
輝くようなあの笑顔。
その微笑みに誘われて酒と薔薇の日々は始まり、
そして、わたしはあなたに出逢った。

なんか、訳すとつまらないですね。母国語では曖昧なものを曖昧なままに受け取って、それで意味がなんとなくわかる、というような話を谷崎潤一郎がどこかで書いていました。訳すと曖昧なところがはっきりはするけれど、たいていは原語のもつ味わいはなくなってしまいます。文体や調子や語感などいろんなものをトレードオフして意味を限定するせいでしょう。

そう言う意味でも、明治時代の翻訳はすごかった。福沢諭吉、森鴎外、上田敏……。原文からなにもトレードオフしていない、もともと日本語で書かれていたというような感じの翻訳です。Googleのない時代の方が、すごい人が多かったんですね~。
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キース・ジャレットの「The Melody AT Night, With You」というアルバム、以前は「なんだかぱっとしない演奏だな~」と思ってたのですが、ユーチューブのインタビュー動画を観て印象が変わりました。

どうもこの時期彼は「Chronic Fatigue Syndrome=慢性疲労症候群」にかかっていたらしく、ピアノを弾くことはおろかベッドから起き上がることもままならなかったようです。

(それほどではないでしょうが、たまに皆さんも無気力シンドロームにかかることがあるでしょう)

そんなときクリスマスがやってきて、キースが奥さんにプレゼントしたのがこの演奏。少しずつ弾ける分だけ弾いて自分で録音していったそうです。

だから音質が悪いのですが、でも、一音一音なにか心に静かに響きます。

いま、一番好きなのはこれ「I loves you, Porgy」というガーシュインの曲。



曲の最初の歌詞は

I wants to stay here, I ain't worthy
You is too decent to understan'
For when I see him, he hypnotize me
When he take hold of me with his hot han'

<ネットの翻訳>
ここに滞在したいのですが。
しかし、私は価値があるじゃないです。
降下を理解するのには
私が彼に会うため
彼は私を hypnotizes します。
彼がかかります私の保持します。
ハードに手を出す。

<私訳>
ポーギー、あたしここにいられる女じゃないの
いいひとだからそれがわからないのね
クラウンのあの熱い手につかまれると
あたしはもうなにもできなくなる

文法がでたらめなところにベスの人生が感じられます。

参照: 1:10からキースの病いについての話です




このブログを書いてずいぶんあとに
英語で育った日本人の方から教えてもらいました。

ベスの文法のでたらめさは「でたらめ」ではなくて
ちゃんとした「黒人英語」なのだそうです。

たしかにポップミュージックなどでは
"He ain't" とかよくでてきますよね。

やっぱり、まだまだダメですね~。


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ヘンリー・ミラーに「春の一日目」という短編があったと思うが、昨日はまさにそんな日だった。市役所に行ったら車がいっぱいで停められなかった。こんなことははじめてだ。啓蟄という言葉があるが、まさにみんな、ぼくをふくめて、土のなかから出てきた、という感じだった。
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今日はどうも気分がぱっとせず、夕方、なんとなく昔聴いた曲が口をついて出てきた。ギルバート・オサリバンの「アローン・アゲイン」だ。でも、最初のところしか覚えていなかったので、ネットで歌詞を検索。ずいぶん暗い曲なんだなー、と思った。(今日の気分にぴったりしてるけど)この曲って、優しい感じのメロディにギルバート・オサリバンの済んだ声がのっているので、ラジオで聴いていた当時は、失恋して寂しがっている歌なのかと思っていた。

では、前置きはこのくらいにして、まず曲からどうぞ。



Alone again(Naturally)
By GILBERT O'SULLIVAN

In a little while from now
If I’m not feeling any less sour
I promise myself to treat myself
And visit a nearby tower
And climbing to the top will throw myself off

もうちょっとして
この気分が治らなかったら
もう始末をつけると決めた
近所の教会まで行って
塔のてっぺんから身投げするんだ

In an effort to make it clear to who
Ever what it’s like when you’re shattered
Left standing in the lurch at a church
Where people saying, ”My God, that’s tough
She’s stood him up
No point in us remaining
We may as well go home”
As I did on my own
Alone again, naturally

そうすればみんなもわかるだろう
絶望して倒れそうなのに
神様は助けてくれない、その気持ちが
教会の人々はこんなふうに言うだけだ
「見て、なんてこと
マリア様があの人をあそこに…
私たちになにができるの
さあ、お家に帰りましょう」
ぼくも昔はそうだったよ
またひとりぼっち、そういうものさ

To think that only yesterday
I was cheerful, bright and gay
Looking forward to who wouldn’t do
The role I was about to play
But as if to knock me down
Reality came around
And without so much, as a mere touch
Cut me into little pieces
Leaving me to doubt
Talk about God and His mercy
Or if He really does exist
Why did He desert me in my hour of need
I truly am indeed
Alone again, naturally

あれはまるで昨日のことのよう
ぼくは明るくて元気な性格だった
誰もそうだろうけど、これからやろうとする仕事に
心躍らせていたんだ
でもそれを叩き壊すように
現実がやってきて
ほんの一息で
ぼくを粉々にしてしまった
それで疑いはじめた
教会の言うことは嘘じゃないか
神様なんていやしない
本当に助けてほしいときに、どうして神様は見捨てるんだ?
いま、助けてよ、
またひとりぼっちだ、いつものように

It seems to me that there are more hearts
broken in the world that can’t be mended
Left unattended
What do we do? What do we do?

ぼくのほかにもたくさんのひとたちが
打ちひしがれ希望を失っている
誰にも助けてもらえずに……
どうしたらいいんだろう?本当にどうしたらいいんだろう?

Alone again, naturally
またひとりぼっち、いつものように

Now looking back over the years
And whatever else that appears
I remember I cried when my father died
Never wishing to hide the tears
And at sixty-five years old
My mother, God rest her soul,
Couldn’t understand why the only man
She had ever loved had been taken
Leaving her to start with a heart so badly broken
Despite encouragement from me
No words were ever spoken
And when she passed away
I cried and cried all day
Alone again, naturally
Alone again, naturally

振り返れば
ほかにもいろんなことがあった
父さんが死んだとき
ぼくは人目もかまわずに泣いた
母さんはそのとき65歳
(神様、どうか母の魂を安らわせ給え)
どうして人生でたったひとり愛した人を失わなきゃいけないのか
母さんは理解できなかった
絶望のうちに残されて
ぼくがどんなに元気づけても
なにも言わない
母さんが死んだとき
ぼくは一日中泣いていた
またひとりぼっち、いつものことさ
またひとりぼっち、そういうものさ


これはオマケです。
このバージョンもいいですよ。
むしろ歌詞に合ってるかも。






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いまから5、6年前のことだ。仕事も明日へのプランもなく悶々としていた頃、山岡洋一先生からリカード読書会へのお誘いのメールが届いた。といっても、ぼく個人に届いたわけではなくて、「翻訳通信」の読者全員に送られたものだ。藁にもすがるような気持ちで、一所懸命参加希望のメールを書いたら、「来てもよい」ということになった。

会の形式は簡単で、参加者が課題書を毎週それぞれ一頁ずつ訳してきて、みんなで議論する、というものだった。山岡先生にはそれ以前にも柴田耕太郎先生の英文教室のパーティで会ったことがあったが、遠くから眺めただけで、話しかけはしなかった。みかけがちょっと怖そうだったからだ。

ところがその読書会で、先生がじつはものすごくシャイなひとで、しかも話好きであることがわかった。最初は参加者に議論させるのだが、なにかをきっかけにぼそぼそと話しはじめ、やがて熱を帯びて滔々と語りだす。それで本来数ページ進むはずのところが、数パラグラフしか進まないことがよくあった。ただ、先生の話はいつもとても面白かった。

自分が担当のとき、見出しに「Value」という言葉があって、なにも考えず「価値」と訳したら、先生が突然口を挟んだことがあった。「あのさ、君、『Value』は『価値』でいいの?」 まるで掃除をサボった小学生を叱るような感じだ。ぼくは言葉に詰まった。だって「Value」は「価値」でしょう?

そのとき先生は「Value」を何と訳すべきか、適訳はなにか、ということは教えなかった。その代わりにホッブスの『リバイアサン』の話を長々と語った。リカードの「Value」とホッブスの『リバイアサン』がどこでどう繋がったのかは、残念ながら、いまはもう覚えていない。しかし、先生の言いおうとしたことは、しっかり心に残った。つまり、「リカードがこの時代、この本を書いたとき、どういう意味を籠めてこの『Value』という言葉を使っているのか、君は考えてきたのか?」と言いたかったのだ。

言葉の意味は、辞書にはない。意味は本が書かれた時代の入り組んだ文脈のなかにある。先生はそう言おうとしていたのかもしれない。

          ※※※

やがて読書会が終わって、先生と直接会うことはなくなったけれど、「翻訳通信」は毎回楽しみに読んでいた。読みながらいつも、翻訳を真剣に考えているひとがここにいる、という安心感を覚えた。なにかほっとする感じだ。

採りあげる題材は毎回違うけれど、先生の言いたいことはいつもひとつだったように思う。

旧来の「翻訳調」でもなく、読者に易しい「超訳」でもない、原文の「意味」や「文体」を移し、しかも日本語として美しい新しい翻訳を紡ぎ出そう。それは不可能だろうか?いや、そういう仕事をした人たちはすでにたくさんいるじゃないか。先生はいつもそう語っていた。

ところがあるとき、先生の意見に賛成できないことがあった。ある号で先生は村上博基さん訳の『スマイリーと仲間たち』を採りあげ、その一節を「名訳」と褒めた。

納得できなかったので、身のほど知らずは承知のうえで、質問メールを書いた。こんな調子だ。

わたしは以前リカードの読書会で先生の仕事場にお邪魔したことがあり、いまは細々と産業翻訳の真似ごとをして生計を立てています。

毎回「翻訳通信」を楽しみに読ませていただいております。

とくに今回は、日ごろ感じている疑問に触れてくるものがあり、興味深く拝読致しました。

普段はあまりこういうことはしないのですが、今回はその疑問について先生のお考えをお伺いしたくなり、思い切ってメールをしたためております。

少々長くなりますが、読んでいただけますでしょうか。

今回の「翻訳通信」に先生はこう書かれています。

「村上博基は、原文のひとつの語をそれぞれひとつの訳語で訳していくことなどの翻訳調の縛りを受け入れたうえで、日本語としての質がきわめて高い訳文を書いているのである」

先生が引用された村上博基さんの訳文が、「縛り=翻訳の規範」を厳密に守ったうえで翻訳の質を高めるため、希有な訳語創造を行っていることについては100%賛成いたします。

ただ、それは句や単語の単位であって、できあがった訳文の美しさについては、必ずしも100%賛成できない気がするのです。

たとえば冒頭の一文。

一見関係のないふたつの出来事が、ミスター・ジョージ・スマイリーを、そのあやぶまれた引退生活からよびもどすことになった。

Two seemingly unconnected events heralded the summons of Mr. George Smiley from his dubious retirement.

「出来事が~呼びもどす」や「あやぶまれた引退」という言い回しが、耳に引っかかります。この訳文は規範に厳密であるがゆえに日本語として不自然になってしまっているのではないでしょうか。

英語では文の中ではただの単語や句にすぎないのに、文章に匹敵する意味を作る構成要素がありますが、この原文にはそうした過剰に意味を作る要素が並んでおり、訳文はそれらをすべて一文にまとめたため、調子が少々不自然になってしまったような気がします。

ここでいう構成要素と、その意味は以下の4点です。

1 <Two seemingly unconnected events>
ふたつの出来事は裏でつながっているが、そう見えないということ。

2 <heralded>
スマイリーが現場に戻る「前に」二つの出来事が起こったこと。二つの出来事が現場復帰の「原因」であること。

3 <the summons of Mr. George Smiley>
スマイリーが自分の意思でなく半強制的に(義務として)現場に呼び出されたこと。

4 <from his dubious retirement.>
スマイリーが引退を考えていたかもしれないということ。

以上の4点を押さえた訳文であれば、どのように文章構造を変更しても、どのように日本語を工夫しても「間違い」ではないと思うのですが、この点について先生はどうお考えになりますでしょうか。たとえば、

「ジョージ・スマイリーは引退を考えていたが、ふたたび現場に引っ張りだされることになった。原因はふたつの出来事だ。それらは当初、なんのつながりもなさそうに見えた。」

あるいは、

「まず、ふたつのことが起こった。一見、何のつながりもなさそうな出来事だった。しかし、それがジョージ・スマイリーを現場に引っ張り出すことになったのだ。そろそろ引退をと考えていたのに。」

要するにわたしの疑問はこんなふうにまとめることができます。

与えられた一文のなかで、意味を形成する構成要素(文法的な単位ではなく)の目的をすべて満たしていれば、訳者は原文の文章構造を大胆に、自由に変更して構わないのではないか?

誤解のないよう強調しておきますが、これはわたしにそれをする能力があるということではありません。もし「日本の作家が日本語で書くような訳文」があるとすれば、上記のような方針に基づいて作られるべきなのではないかと思うのです。

その点からいえば、村上博基さんの訳文はまだ「名訳」と呼ぶに足りないところがあるのではないでしょうか。

長々と埒もない話をすみません。
以上がわたしの疑問点です。
もしなにかアドバイスいただけるようであれば、まことに幸いです。

どうかよろしくお願い申し上げます。


これに対して先生はこんな返事をくれた。

面白い指摘をいただき、ありがとうございました。いずれ「翻訳通信」で何らかの形で回答しようと考えています。まず考える点は、「原文への忠実性」ということの意味です。翻訳は原文に忠実でなければならないというのは、いわば自明の理ですが、原文の何に忠実かという点は通常、あいまいにされています。

原文には語句や構文、意味だけではなく、さまざまな要素があります。たとえば文体や難易度といった点があります。すべての要素を日本語で忠実に再現することはきわめて困難であり、たいていはどれを重視するかを判断して、トレードオフを考えます。

『スマイリーと仲間たち』で村上博基はまさにそのようなトレードオフを行っているはずです。おそらく、ル・カレの原文を読めば、村上博基がなぜこのような文体で訳したかがある程度分かると思います。同じル・カレの『影の巡礼者』の原著・訳書と比較すると、もっとよく分かると思います。要するに、原文の意味を伝えるだけではなく、あのような文体で訳す必然性があったのだと思うのです。

それはともかく、『スマイリーと仲間たち』の原著と訳書を読んだ上で村上博基訳について論評するのであれば歓迎します。優れた論評であれば「翻訳通信」に掲載しますので、考えてみてください。

山岡洋一


ぼくは「論評」のためさっそくアマゾンで原文と訳書を購入したが、結局のところ一行も書かないうちに先生がいなくなってしまった。先生から返信をいただいてからもう2年が過ぎている。

こうした致命的な怠惰はもちろんのこと、翻訳といえば「ワードカウント」と「ディスカウント」しか知らないぼくのような似非トランスレーターには、何を言っても豚に真珠。そう思って先生は、呆れ顔で地上を見下ろしているのだろう。

いや、そうだろうか?

雲の上には本物の翻訳家、福沢諭吉や森鴎外たちがいるのだから、かれらと翻訳について語り始めたらいくら時間があっても足りない。それこそ天国は翻訳家の「三昧境」で、先生にとってこんな愉しい場所はない。となれば、地上の有象無象に構っている暇があるわけがない。

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Wham!の"Last Christmas"
ラヂヲで聴いてよかったので
訳してみました。

この曲です。


Last Christmas

Last Christmas, I gave you my heart
But the very next day, you gave it away
This year, to save me from tears
I'll give it to someone special

あれは去年のクリスマス、君にあげたプレゼント
でも次の日にはもう、君はそれを誰かにあげちゃった
今年はもう泣くのはいやだから
誰かほかの子にあげるんだ

Last Christmas, I gave you my heart
But the very next day, you gave it away
This year, to save me from tears
I'll give it to someone special

去年のクリスマス、心から好きだと言ったのに
翌日になると、君は冷たい女
今年はもう泣くのはいやだから
誰か別の子を好きになるんだ

Once bitten and twice shy
I keep my distance but you still catch my eye
Tell me baby do you recognize me?
Well it's been a year, it doesn't surprise me

一度フラれたら怖くなる
それでわざと離れていたのに、君はまたぼくを見てる
去年のことは忘れちゃった?
時間が経ってるから、そうかもね

(Happy Christmas!)
ハッピークリスマス!

I wrapped it up and sent it
With a note saying "I Love You" I meant it
Now I know what a fool I've been
But if you kissed me now I know you'd fool me again

プレゼントを贈ったよね
カードに「好きだ」って書いて
あの時は本気だったけど、バカだったよ
もうキスされたって、騙されない

Last Christmas, I gave you my heart
But the very next day, you gave it away
This year, to save me from tears
I'll give it to someone special

あれは去年のクリスマス、君にあげたプレゼント
でも次の日にはもう、君はそれを誰かにあげちゃった
今年はもう泣くのはいやだから
誰かほかの子にあげるんだ

Last Christmas, I gave you my heart
But the very next day, you gave it away
This year, to save me from tears
I'll give it to someone special

去年のクリスマス、心から好きだと言ったのに
翌日になると、君は冷たい女
今年はもう泣くのはいやだから
誰か別の子を好きになるんだ

(Oooh. Oooh Baby)
ああ、君はなんて……

A crowded room, friends with tired eyes
I'm hiding from you and your soul of ice
My God I thought you were someone to rely on
Me? I guess I was a shoulder to cry on
A face on a lover with a fire in his heart
A man undercover but you tore me apart

みんなお疲れ顔のパーティ
ぼくは君を避ける、氷みたいな冷たい女
「どうして?あなただけは信じていたのに」と君は言う
(ぼくを?泣くためのただの使い捨てだったんだろ?)
嫉妬にかられるオトコまるだし
どんなに隠しても、君を見ると苦しくなるよ

Oooh Oooh
ああ、まったく……

Now I've found a real love you'll never fool me again
カノジョならいるさ、もう君には騙されないよ

Last Christmas, I gave you my heart
But the very next day, you gave it away
This year, to save me from tears
I'll give it to someone special

あれは去年のクリスマス、君にあげたプレゼント
でも次の日にはもう、君はそれを誰かにあげちゃった
今年はもう泣くのはいやだから
誰かほかの子にあげるんだ

Last Christmas, I gave you my heart
But the very next day, you gave it away
This year, to save me from tears
I'll give it to someone special

去年のクリスマス、心から好きだと言ったのに
翌日になると、君は冷たい女
今年はもう泣くのはいやだから
誰か別の子を好きになるんだ

A face on a lover with a fire in his heart
(Gave you my heart)
A man undercover but you tore me apart

嫉妬にかられるオトコまるだし
(君が好きだったんだ)
どんなに隠しても、君を見ると苦しくなる

(Maybe, next year)
(たぶん、来年……)

I'll give it to someone, I'll give it to someone special
special
someone
someone

君なんかじゃなくて、他の誰かを
好きになる
他の誰かを……

"A face on the lover.../A man undercover..."
のところ、難しいですね~(ネイティブに訊いてみようかな)
プロモーションフィルムをみると
この訳でよさそうだけど……

ちなみにこちらはエクザイルバージョン。
ストーリーが違うけど
こっちも悪くないデス



こちらはオマケで~す。




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今日、柳ジョージさんが亡くなった
というニュースをネットで読みました。

「雨に泣いている」
16ビートのピアノ、かっこよかったな~と思い
ユーチューブでチェックしてみました。

ベースだけ8ビートっぽいので
ちょっと残念でしたが
やっぱりいい曲です。

柳さんの冥福をお祈りします。

そこから例によって
いろいろと流れていき

「悲しい色やね」上田正樹
   ↓
「大阪で生まれた女」ショーケン
   ↓
「大阪で生まれた女」BORO

とたどり着きました。

このBOROバージョン(オリジナル)を聞いたとき、
えっ、これってプロコル・ハイムの「青い影」?
と思いました。

ハモンドオルガン(ライブバージョン)、
2分音符でスケールを下降するベース、
コード進行が、ほとんど同じです。

こういうことはポップミュージックでは
当たり前に起こるので
別にそれはそれでいいのです。

(たとえばエルトン・ジョンの「クロコダイル・ロック」
「サン・トワ・マミー」「スタンド・バイ・ミー」など
ぜんぶおんなじコード進行。……蛇足ですが
ベートーベンの悲愴ソナタの1楽章にも
おんなじような和声進行があります)

それでプロコル・ハルムの「青い影」を
聴きながら思ったのですが、

結局のこの曲もバッハの「G線上のアリア」を
下敷きにしているわけで、オリジナルというわけでは
ないな~、と。

おそらくバッハもなにかを下敷きにしているわけなので
結局「G線上のアリア」もオリジナルではないな~、と。

まあ、そこまでいうと話がややこしくなるので
「大阪で生まれた女」とバッハの
血縁関係が見つかったという、

まあ、そんな他愛もない話です。

(ちなみに「G線上のアリア」はユーミンの「翳りゆく部屋」
の冒頭にも巧みに引用されているような気がします)

では、バッハの「G線上のアリア」
プロコル・ハルムの「青い影」
BOROの「大阪で生まれた女」を続けてどうぞ。





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キンモクセイの香りが
街を満たしていますね。

僕にとって
今日が
というよりも
今週が
大晦日です。

一年がここで終わり、
また新しい年が始まります。

今年のキンモクセイの香りも
あと何日かで消えていきます。

昨日と
今日の散歩は
とてもよかった。

天上の至福
というやつでした。
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なんとなく観たくなったので
「マグノリア」を借りてきました。

トム・クルーズが「女はヤルだけの道具」と演説するシーンと
カエルが降ってくるシーンが観たくなったからです。

しかし、観終わって
一番印象に残ったのは
ラストシーンの女性の笑顔と
終盤で歌われるエイミー・マンの歌でした。

この歌は登場人物全員によって歌われます。

ここは映画のリアリティが
破たんしてしまう場面なのですが、

しかし映画の基調とマッチしていて
とても慰められます。

こんなシーンです。



歌詞もいいので
ちょっと訳してみました。

It's not what you thought
when you first began it.
You got what you want.
Now you can hardly stand it, though
By now you know
It's not going to stop,
It's not going stop,
It's not going to stop,
'Til you wise up.

こんなふうになるなんて
思っていなかった
欲しかったものが
ここにあるのに
それがもういやなの、でも
わかってる
これはこのまま
変わりようがない
もう変わらない
そういうものだと
受け入れるしかない

You're sure there's a cure
and you have finally found it.
You think one drink
will shrink you
'til you're underground and living down.
But it's not going to stop,
It's not going to stop,
It's not going to stop,
'Til you wise up.

もちろん慰めはある
やっと見つけた心の薬
飲めば気は休まるけれど
あとで暗く沈んでしまう
そういうものなの
変わりようがない
もう変わらない
そういうものだと
受け入れるしかない

Prepare a list of what you need
before you sign away the deed,
'cause it's not going to stop.
It's not going to stop,
'til you wise up.
No, it's not going to stop,
'til you wise up.
No, it's not going to stop.
So, just give up.
すべてを差し出す前に
残すものを決めておいて
だって、物事はこのまま
変わりようがないから
そういうものだと
受け入れるまでは
変わりようがない
どうしようもない
だから、ただ
そういうものだと
受け入れなさい
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山岡さんのお通夜に行ってきました。

雨のため道が混んで
斎場に着いたときは
もう終わりかけていましたが
なんとか間に合いました。

参列の方でいっぱいでしたが
印象としてはこじんまりとした
いいお通夜でした。

お坊さんもお焼香も読経もなく
白い花を献ずるかたちの
シンプルなお別れの仕方が
山岡さんらしく

また香典返しに
図書券をいただいたのが
とてもうれしかったです。

「少しでもましな本を読みなさい」
と励まされたような気持ちになりました。

会場には山岡さんの訳書や
著書やゲラ刷りなどが並べられ
若い人たちが集まって眺めていました。

脇からそっと覗いたのですが、
ずいぶんとたくさんあったので
びっくりしました。

心よりご冥福をお祈りします。

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