思いついたことを書いてみる

テーマ:

土曜の日経プラス1に高級腕時計のことが書いてあったんだけど、

うん、高級腕時計というのは20万以上なんだね。紹介されているブランドは全部スイス製で、メーカーカシオなんていうのはないんだね。


高級腕時計ガイドのおばさんが言うには、女性は男性の時計をチェックしていて、だから男性にとって時計とは、気合を入れて選ぶべきアイテムなんだそうだよ。


私、腕時計って嫌いなんだよね。なんか、手錠をはめられているみたいで。


私の大学の友達で、すごく「いい女」がいる。二つの国立大学で院まで行ったから頭もいいのだろう。こいつはね、男らしい男が好きなんだよ。もちろん、知能レベルも自分より下なんていうのはダメだろうね。彼女は男でかなり苦労している。

で、男らしい男というのはだな、一つの類型を示すと、女性が男性の腕時計をさりげなくチェックしているからといって、高級腕時計というものを入念に選ぶような男のことだろう。

男らしい男というのが、あんまり賢くないだろう人の集まりなんだよ。彼女にとっての、そのあまり賢くない集団から賢い男を選ぼう、という行為に無理があるんだよね。

ただ賢い男なんていうのは、いっぱいいるだろう。しかし、彼女にとってただ賢いというのでは、物足りないのだろう。



高級腕時計というのは20万以上するんですね。

わたし、もちろんその程度の物は買おうと思えばいつでも買えますよ。現に金曜も20万のロスカットを断腸の思いで実行しています。

しかし、腕時計に20万。

ショップ99で100円で売っているのに。


高級腕時計というのは汗が付くと拭き取ることが大切らしいですよ。

今の季節、のべつまくなし拭いてなくてはいけないよ。


やっぱり私には高級腕時計というのは無理。お金の問題じゃなくて。


その点「本」はいいよな。面白いのもつまらないのも、値段はただ本のページ数に比例するだけだから。

ほっとするよ。


今から「どぐらまぐら」を読むつもりなんだけど、これって面白いのかな。


やっぱり、開かれた精神というものに、腕時計なんて必要ないんですよ。本という栄養こそが必要なの。

このことを妻に言うと、

「何が開かれた精神なの? あんた昔引きこもりだったじゃん。めちゃくちゃ閉じてたじゃん」

と、言われました。

私が、

「あほか。引きこもっていたように見えていてもだな、精神という扉は俺の背後に開かれていて、魂はそこを突き抜けていたんだぜ」

というと、うちの妻に間髪いれず、

「お父さんがまたあほなこと言ってるよ。あんたは突き抜けすぎなんだよ」

と、言われてしまいました。



AD

私の愛した中世ヨーロッパ

テーマ:

職場に中島さんというオヤジがいるんですけど、私、この人の特殊能力というのに最近気がついたんです。


現代人というのは物事を観念や言葉で認識し、記憶するのです。例えばあなたがですよ、昨日の夕食何食べた? と聞かれて、昨晩ハンバーグを食べていたとしたら、ただ

「ハンバーグだよ」

とだけ答えるでしょう。


中島さんは違うのです。


目をね、あらぬ方向に向けて、遠い過去を振り返るかのようにたまに目を閉じたりしながら、

「ハンバーグ。あれだと一つ150グラムぐらいだな。うちのやつが挽肉が安かったからって言ってたな。目玉焼きを上に乗っけて、あとレタス二枚ね。やっこもあったな。しょうがとねぎをのっけて、さっとしょうゆをかけて。めしはドンブリいっぱいな」


彼の場合、夕食を映像として思い出し、それを片っ端から描写しているらしいのです。ハンバーグの下にひいてあったであろうレタスの枚数まで報告してくれるわけです。



中世ヨーロッパにファン・アイクという画家がいたのです。ファン・アイクが人物を描いたとしても、背景に手を抜いたりしません。というか、中世ヨーロッパの画家にとって、背景こそがメインなのではないか、と思えるくらい細かく細かく背景を書くのです。(そういうのをミニチュアールというのですが) なぜね、そんな書き方をしたのかというと、一つの理由として、中世ヨーロッパの人々はきわめて視覚的で、その土壌で絵を描かせてもらっているファン・アイクもきわめて視覚的、現代人にとっては理解しがたいほどに、みたままをこまごまと描くということになるのです。


中島さんそのままではないですか。


私の愛した中世ヨーロッパが、こんな近くにいたなんて。中島さんというのはハゲで歯抜けのオヤジなんですが、目がパッチリした笑顔のかわいい女の子、なんてものより私にとってはるかに興味深い人物です。これからもどんどんこのハゲオヤジについて書いていきたいと思います。

AD

ありがとう歌うたいは歌う

テーマ:

ありがとう、なっちゃん

ありがとう、きりんさんのパジャマ


ありがとう、なっちゃん

ありがとう、あかいろのカボチャぱんつ


ありがとう、なっちゃん

ありがとう、きみょうなわらいごえ


ありがとう、なっちゃん

ありがとう、せなかにはえたちいさなつばさ


ありがとう、なっちゃん

ありがとう、おててのなかのちいさなおほしさま



今日はこのへんにしておきましょうか。


何にでもありがとうと言ういっけんおかしげな言動も、結局このように詩に昇華するわけですから、何においても意味がないなんていうことはないのでしょう。


こんなことを書くと、後で妻に

「あんた、何またバカなこと書いてんの?」

と言われてしまうでしょうね。

AD

富豪刑事

テーマ:

筒井康隆は中学生のときよく読みました。


筒井康隆全集というのを読んだ記憶があるぐらいですから、かなりのファンだったと思います。初期の短編集は時々読み返したりもします。何度読んでも面白い。

私が好きなのは「鍵」という短編でした。安部公房の「砂の女」を思い起こさせる、秀逸な短編でした。


外の世界とは隔絶した狭く濃密な空間で、好きな女と生きる。そういうのに憧れたというわけではないですが、そんな空間に自分は行くのだろうなあという予感みたいなものを持ちました。当時はまだ中学生ではあったんですけどね。


現実はその予感どおりになっています。地味な女と結婚し、友達もいないし、仕事はごみやなので別に人脈なんてものもないし。まあ、これはこれでよかったのかなとも思います。


こんな生活をしていると、お金もたいして要らないのですが、株はやめられないです。人の欲望や恐怖を株価から感じることができます。人の欲望を空売りして、恐怖を買い戻す、こんなことができた時には少しにやりとできますし。


「鍵」で心の内側の扉を開けてしまったのかな。

昔話

テーマ:

アイフルの取立てのあり方について、いろいろな意見もあるだろう。金を借りて返さないのだから、あれぐらいは言われて当然、なんていう考えもあるとは思う。それは美しい道徳。いまだにその美しい道徳を持ちえる人は、どうかその道徳を貫徹できるよう、がんばってほしい。その精神こそが日本経済を支える根幹であり、私が株式市場に安心して参加できているよりどころの一つだからだ。


しかし情けない話、私個人としてはその全うな経済原理からは脱落している。私の母親は7年ほど前、そこそこの借金を残して死んでくれた(親父のほうはとっくに死んでいる)。その借金の額を知ったときに、私はこの社会に突っ張って生きることを決意した。


ある時、ある地銀のサービサーから電話がかかってきた。母親がキャッシングした100万ほどの金が、その地銀からサービサーに移ったんだね。100万催促の電話。そもそも私に100万を払う気はない。100万で終わりではないんだよ。その後には何億という母親の作った連帯保証枠が待っている。


私はそのサービサーの社員にこういった。話し言葉はすべてため口。

「だからさー、俺の実家があんたに債権を回した銀行に差し押さえられてるから、それに乗っかればいいだろ。あんたもサラリーマンなんだろうから、俺も同情してこんなこと教えてやってるんだよ」

電話の相手は、

「その実家の住所を教えてもらえませんか」

と聞いてきた。


「それを調べるのが、お前の仕事だろ」


私には妹がいるのだが、あいつはきっちりと財産放棄の手続きをした。では何故私が財産放棄をしなかったのかというと、まあそれはいろいろあるんだよ。


サービサーの社員に、新しい情報を。

「俺には妹がいるんだけど、あいつのところには電話してるの?」

相手がどれだけ私のことを知っているかの探り。財産放棄をした妹は安全圏。私でも妹を売ったりなんていうことはしない。

電話の相手は、

「その妹さんの住所を教えてもらえませんか」

と聞いてきた。


「だから、それを調べるのがお前の仕事だろ」


ニュースでアイフルの取立てのテープを聞いた。さすがアイフルはサラ金のことだけある。サービサーもあれぐらいのことはやらないと。

あれ以上のことをやらないと、私から取り立てるなんていうのは無理。


この記事を読みイラつく人もいるだろう。繰り返し書くが、そのイラつく感情というのは美しい道徳。板を踏み外さぬよう、その道徳を貫徹してほしい。


資本主義の本質

テーマ:

ヘーゲルは「精神現象学概論」のなかで、

「かつてこの世のすべての事物は金色の糸で天の事象とつながれていた。しかし、人間はこの糸を一本一本切る事を始めた。これは歴史の流れの中の出来事であり、もう後戻りすることはできないのだ」

と書いています。


ヘーゲルは近代と中世の違いを、きわめてうまく表現しました。さすがヘーゲル。近代哲学はヘーゲルに始まるといっても過言ではないでしょう。


しかしですね、金色の糸を切ったのはヘーゲルではないんですよ。ヘーゲルは自らをフクロウに例えてこういっています。


「ミネルバのフクロウは夕暮れに飛び立つ」


哲学者は時代を予見することはできない。夕暮れになり、その時代が明確になりつつある時に、ただその時代を記述するだけなのです。


それならば、人間に金色の糸を切らせたものは誰なのか? 中世から近代へと歯車を回させたものは何なのか?


こんな答えはどうかな?

   人間の遺伝子に組み込まれている。


こう答える人は、ちょっと足りないね。これだとですよ、株で損をするのも遺伝子のせいになってしまいます。私がみずほで踏まれているのも遺伝子のせいでしょうか。


人間に金色の糸を切らせたものは誰なのか? 資本主義の本質とは何なのか?

私はこの答えを求めて、ヨーロッパの哲学を時代を遡り読み、最後に聖書に辿り着きました。


新約聖書の福音書の中でキリストはこう言うのです。

「祈りすぎるな」

なるほど。これは、あの世のことばかり考えるな、ということでしょう。

キリストは別の時にはこう言います。

「金持ちが天国の門をくぐるのは、らくだが針の穴を通るのよりも難しい」

なるほど、これはこの世のことばかり考えるな、ということでしょう。


矛盾しているではないですか。しかし、本当に矛盾しているのでしょうか。


キリストの言いたかったことは、

「あの世とこの世を明確に区別しろ」

ということなのではないでしょうか。


生きるということと、死ぬということを、明確に意識する。


私は聖書を読みながら、これこそが人間に資本主義の道を歩ませたところのロゴスだと感じたのです。



資本主義の本質が新約聖書の中にある、というのは、どの本にも書かれていないと思います。なぜなら、これは私の妄想だからです。






自分探し

テーマ:

まずは私の政治スタンスを書いておきます。


1 小泉は靖国に参拝するべきではないと思う。

2 憲法9条は守るべき。

3 自由と民主主義はこの上なく大切。


一言で言うと、リベラルということです。


「自分探し」というのは、現代に生きている人間にとっては誰もが考えることです。35歳にもなると、甘酸っぱい青春の記憶を呼び覚ますものであったりします。恋をしたり、友人と酒を酌み交わしたり、本をよんだりして、自分とはなにか?ということについて考えるわけです。


しかし、この「自分探し」の問題には答えがあるのです。自分が自分を認識するありようというのは、決して絶対的なものではなく、その時代その時代の社会のありようで決定されると思うのです。現代の資本主義世界において、「自分探し」の問題に対する答えは、


(がっかりするような答えで申し訳ないのですが)


その人が、保守かリベラルかのどちらを選択するか? ということなのです。政治的スタンスに帰着するのです。


夢を追いかける若者が、ついにその夢を実現したとしても、その人に政治的スタンスがなければ、その若者はひとかどのものになった後でさえ、自分が何者かというのは分からないはずですよ。

人を判断するときの簡単な方法として、その人の政治スタンスを知るということがあります。保守かリベラルか、そして何者でもないか、です。何者でもない、という人は、結局自分の中に首尾一貫したものがもてなく、その場その場の情勢に流されやすくなります。いい状態とはいえないですよね。


前回の衆院選挙では、自民党は無党派、すなわち何者でもない者を根こそぎかっさらいました。小泉は非常に上手くやったわけです。無党派をうっすらと保守の色に染めてしまったのです。はっきり言って、このままでは「憲法9条」も危ないですね。しかし、私は若い人たちに言いたいことがあります。


保守なんていうのは、死にかけのじじいが最後に行き着く場所だぜ。人生をもっとがつがつやろうよ、ぎりぎりまで。



株であまりがつがつやってはダメですよ。すぐ死んでしまいますから。




なっちゃんはダンゴ虫がお好き

テーマ:

私には5歳の娘がいます。名前はなっちゃん。


先日、なっちゃんが保育園から絵本をかりてきました。

題名は

「ダンゴ虫とフナ虫」


ウゲー


なっちゃんが、寝る前に本読んで、というので、その「ダンゴ虫とフナ虫」、読みました。

内容は

ダンゴ虫くんが生物学上お友達であるフナ虫に会いに海に行くのです。海に着いたダンゴ虫くん、

「フナ虫くん、いないなー」

と思ったとき、岩陰からフナ虫がわらわらと大量に現れて、ダンゴ虫くん大喜び。


ウゲげー(絵本なのでフナ虫が出現するさまが明確に描写されていました)


「あのねー、なっちゃんねー、ダンゴむし、だいすき」

「なんでダンゴ虫好きなの?」

「だって、だんごむし、もぞもぞするもん」

「もぞもぞ?」

「だんごむし、いっぱいつかまえると、てが、もぞもぞするよ」


ウゲげげー

越前くらげ、大発生だって

テーマ:

NHKでやってました。直径1メートルを超えるような巨大くらげが大発生しているらしいですよ。漁師さんの網が破れるほど網に引っかかっちゃうんですね。


くらげって食えないんですかね。くらげ食って生活できたら最強ですよ。日本海にいくらでもプカプカ浮いてるわけだし。アリ食って生きてる大アリクイ状態ですよ。

私の妻について

テーマ:

妻に私の株の資金量が3000万だと話しても、あまり興味のない様子。「あっそう」、だけ。なんかほしいものある? ときいても「ないね、別に」


看護師の仕事をしている。年収は600万ぐらいだろう。フォスタープランの世界の貧しい子供を救おう、という呼びかけに、毎月5000円を寄付している。


衆院選挙の不在者投票にすでに行ってきたらしい。私が「どこの政党に投票したの?」と聞くと、「共産党」と答えた。彼女いわく

「私はね、郵政とか年金とかの話を聞いてもわからないし、興味もないの。私は憲法九条のことはわかる。憲法九条を守るって言っているのは共産党でしょう」