夢十夜考  | 思い草へ              

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夏目漱石著 『夢十夜』。
ここ暫くの間、入院していた母の枕元で、私はこの本を繰り返し読んでおりました。
不可思議な夢の話を十夜分集めた短編集です。
特に第一夜の話が好きで前々回の記事にいたしましたが、
もう少しだけ私の独断と偏見で掘り下げた第一話考を書いてみたくなりました。
お付き合いいただけますか?

さて…「こんな夢を見た」で始まる 夢十夜の第一話目。
死んだ美しい女を百年待った夢を見た男が淡々と語る 映像美を伴う物語ですが、
私が其処に読むのは死んでいった女が抱いた切ない百年の夢の成就です。

死にゆく女は云います。
「死んだら埋めてください。大きな真珠貝で穴を掘って。
そうして、天から落ちてくる星のかけを、墓じるしに置いてください。
そうして、墓のそばに待っていてください。また会いに来ますから」

いつ来るかと問う男に答えて云います。
「日が出るでしょう。それから、日が沈むでしょう。
それから、また出るでしょう、そうして、また沈むでしょう。
 ―― 赤い日が東から西へ、東から西へと落ちていくうちに、――
あなた、待っていられますか」

『あなた、待っていられますか』
この一言に、私は彼女のこれまでの人生を深読みしてしまいます。
「待っていられるような男」=唯一無二の一人として
女を愛し貫けるような男を求めた彼女の真直ぐな生き方。
その純粋すぎる求めに応えられるような男と此の世では出逢えなかった女の、
それでも最後の最後に一人の男の真実に賭けた問い・・・。
『あなた、待っていられますか』

この問いの言葉の前に立つと、私の内には漱石著『こころ』の「先生」の声が聞こえてきます。
「私は死ぬ前にたったひとりで良いから、人を信用して死にたいと思っている。
あなたは、そのたったひとりになれますか。なってくれますか。」
同じ響きを持った問いです。

(話が逸れましたので、夢十夜に戻します。笑)
それから黙って頷いた男を見つめて、女はこともあろうに百年待つことを求め、
男の「待っている」という声を聞いた途端に意識が薄れ死んでしまいます。

死後百年愛されなければ癒されない傷を抱いたまま、女は死にます。
死際、女は男が百年待つと信じたわけではないでしょう。
ただ、待つと言ってくれた優しさに、生涯の夢を一心に傾けたのでしょう。
それでも死にゆく女にとって、最期に聞いた男の一言は深い慰めだったに違いありません。

女の死後、男は女の願いのままに遺された身体を埋葬します。
その淡々として、なのに心込められた所作が美しく・・・
すべてを終えて墓の傍に座った男の、「これから百年の間、こうして待っているんだな」という、
気負いのない静かな呟きに私はトキメキます。(笑)

それから赤い日を幾つも見送り、男は百年を待ち遂せます。
百年待った男の存在が女の哀しみと孤独を完全に癒した証しに、
墓石の下から青い茎が伸び、男の胸の前で止まり、真っ白なユリの花が大きく花開きます。
 男はその白い花弁に接吻します。

それは一人の女の百年の夢が、百年ののちに叶った瞬間です。
それは一人の男が百年をかけて、一人の女の夢を叶えた瞬間です。

スノウの独断と偏見に満ちた夢十夜考、いかがでしたでしょうか。
第一話は4ページ程のとても短い物語ですので、ご再読くださり共に味わっていただけるなら幸せです。

夏目漱石『夢十夜』は、下の文字をクリックするとお読みいただけます。
青空文庫 『夢十夜』


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