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2014年12月16日(火)

或る青の記憶     難波田龍起氏のこと

テーマ:ブログ

 そのとき、私は19歳だった。

抽象絵画の授業の初日。その人は、少し前かがみで顔を僅かに突き出すような特徴ある姿勢で教室に入って来た。

物静かで優しく、小さな声で恥ずかしそうに話す上品なおじいちゃま先生。

ちゃんとお話しを聞いて差し上げないとお気の毒だと思うような・・・。
 

 私は、「難波田 龍起」をまったく知らない生徒だった。

デザイン専攻科必修科目の義務を負っていただけの凡庸な生徒だ。

 

 最初の授業で、氏は抽象美術とは何かを話された。
抽象美術は人間の空想力や想像力を取り戻すもの。
目に見える現実にのみ執着する人間の心を、もっと広い世界へと解放するもの。魂の風景・・・そんな言葉が今も心に残っている。

抽象美術は詩に似ていると思った。その頃の私は、デザインよりも詩作にばかり夢中だったから。

 今の時代では有り得ないことだが、その頃のファッションデザイン科の教室には廊下の突き当たりに喫煙所があり、大きな灰皿を囲んで椅子まで用意されていたものだ。そこは芸術家肌の学生たちにとっては自己顕示の場であり、一種のサロン的な雰囲気も漂っていた。


 何回目かの授業の休み時間、難波田氏はフラリと喫煙所にやって来て、「タバコを分けてくれませんか?」と私に云った。タバコを持っていなかった私は、友人の手にあったタバコと100円ライターを取って先生に手渡した。

皆は席を詰めて空間をつくると、話の続きに戻ってゆく。

氏は「ありがとう。」と嬉しそうに私の隣に滑り込むと、頬笑みながら煙をくゆらせた。


 週に一日、難波田氏は私たちデザイン専攻課程一年生2クラスのためだけに授業に来る。いつからか、氏は休み時間の度に喫煙所に来て学生と過ごすようになった。静かな方で、あまりご自分から話すことはなかったように思うが、いつもどこか懐かしそうな目をして微笑んでいらした。


 そんな或る日、私が教室を出ると氏が喫煙所にひとり座っていた。
どういうタイミングだったのか、そこには私と難波田氏の二人きりだった。
何となく居心地の悪さを感じながらも、私は目礼して向かいの椅子に座った。


 少しの沈黙のあと、氏は唐突に云った。
「あなたは・・・青い絵ばかり描くんですね・・・」
私は驚いた。100名を越える生徒のうち、私の絵画的才能は良くてB+の凡庸さだ。それでも氏は私の青い絵を記憶していた。

「はい。」と微笑んでみた。

「コバルトとウルトラマリンばかりが減るでしょう?」
「はい。」と、微笑んでみた。

「私もおなじなんです。」

「ああ・・・」と微笑んだ私は、難波田氏の何たるかを知らない生徒だ。

「あなたは・・・」と氏が云いかけた時、年長のクラスメイト男子が来て椅子に座った。私たちの初めての会話はそこで途切れた。

 

 放課後、その男子に氏との会話の内容を問われた。

「スノウ・・・。難波田先生がとても有名な画家だってこと知ってるかい? 僕たちは今、ものすごく贅沢な時間を与えられているんだよ・・・。」
私は肩をすくめるポーズで答えた。
有名であることも社会的地位も資産も、そんなものは昔から私にとって何の価値もない。

 

 翌日のこと。

例の男子が難波田龍起作品集を家から運んできて私に見せてくれた。

画本を開いた私の目は釘付けになった。

そこには、目も眩むような哀しい青が溢れていた。

この世に在る あらゆる思いが、重層的で複雑な青い詩になって流れていた。

理由も分からないままに、私は泣いた・・・。


懐かしい日々のはじまり、或る青の記憶だ。



〈 あとがき 〉

 こうして難波田先生の事を書こうと思ったのは、ある方のブログのアメンバー記事名に「記録 難波田龍起」という文字を見たからだ。

残念なことに私はアメンバーではないので記事は読めなかったが、先生がいた時代へのノスタルジーが残った。

そして書くために、初めて先生の名を検索した。

 

私は何も知らなかった・・・。

あの頃、先生は相次いでご子息を亡くされて2年しか経ていなかった。

二男の画家 史男氏は32歳で旅下のフェリーから転落し、一カ月後にご遺体で発見されたそうだ。
そして翌年、34歳のご長男が心不全で急逝されたとある。
先生の本格的な青の時代は、この哀しみのあとに訪れたものだった。
 後年、先生はご自分の青について、こんな風に語られたそうだ。

「依然として青が私のタブロオに欠かせない色である。だからコバルトとウルトラマリンの消費量が多い。海に消えた彼も青は好きで。夢みた海の祭りは華麗だった・・・」



        荒れる海  難波田 龍起



 難波田 龍起 (1905.8.13~1997.11.8) 】

日本抽象絵画を確立した洋画家。高校生の頃に隣家に住んでいた高村光太郎の薫陶を受け、芸術の道を志した。当初は詩を書いていたが絵画に転じ、形象の詩人と呼ばれるに相応しい作品を残した。

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2014年12月10日(水)

The Scarlet Letter

テーマ:ブログ


青く透る水音が聴こえる 
微かな迷いに揺れながら

遠いまなざしに化身して 

私を密かに捕らえる 命の音


私も微かに揺れながら
見つめ返す 想いの汀に
青く薫る あなたを抱いて

ひとり佇む


翼を得ようとする者たちの裁きが 

緋色の文字を その身に強いても 

透明な喜びへと昇華した人の気高さに
人知れず 跪く
夜に



PHOTO HIDE

2014年12月08日(月)

待降節 ⅲ

テーマ:ブログ


冬の小径をゆく人の影揺れて 

暮れかかる刻の色 淡く街を抱く頃 

足元にある 問いの気配に立ち止まる 


どこにたどり着くのか 

答えは いつも行方不明 

どこから来たのかを問うに似て 


それでも 渇きのままに求め
光に導かれて歩む小径に
愛という言葉は 立ち昇る
































PHOTO HIDE

2014年12月04日(木)

待降節 ⅱ

テーマ:ブログ

LEDの青い光が 無数に降り注ぐ街 

オーナメントな夜会を ふたり抜けだした 

黒いカクテルドレスの右腋に挟んだ クラッチバッグ 

左手には さっきまで履いていたピンヒールのビジューパンプス



本物の青星の下 暗い石畳の街路を 

解き放った裸足で あなたと猫のように歩く 

懐かしいね こんなことがずっと昔にもあった 

でももう kissするためじゃないわねって 笑って



この暗い夜を 本当に照らしているものが何か 

少しは分かるくらい大人になった 私たちのクリスマス 

ねえ もう一度 シリウスに向かって飛ぼうよ

本当に光り輝くものを目指して




PHOTO HIDE

2014年12月01日(月)

待降節 ⅰ

テーマ:ブログ

青い宵 

今年も 山間の仮設住宅集会所にクリスマスの灯が点り 

遠く望む 夕凪の海を慰める


静かに凍りはじめる大気 

あの日 失ったものを慕う想いたちが 

暮れゆく青に融けて漂う アドベントの薄暮


只広い アスファルトの駐車場に
ひとり 子犬を抱いた人の
細い影だけが伸びて 
未だ帰り来ない 救い主を待つ



PHOTO HIDE


星空 急ぎ足で季節は移り・・・・・
アドベントを向かえた街は、華やかなクリスマス一色です。
皆さまはいかがお過ごしでしょうか。

毎月、いわき市の仮設住宅を訪問している教会の仲間たち。

この土曜日には、今年もいわき市の仮設住宅集会所にクリスマスツリーを持って出かけてゆきました。


世界中で、多くの方々がそれぞれの辛さを抱えてあることを思わされます・・・。  スノウ

2014年11月25日(火)

夜想曲  ― ノクターン ー

テーマ:


夢から覚める直前の曖昧さで

焦点をしぼりきれずに漂いながら
裸の爪先で踊る アダジオ

見て ゆうべの月が綺麗


終わりが哀しいのは何故?
そこからが始まりだと知っているのに

これまでのすべてが愛おしいから

これからのあなたより 今は




PHOTO HIDE

2014年11月19日(水)

空への返信

テーマ:つぶやき


視線を感じて見上げた 空の手前 

あなたに似た光に いのちが透けてた


わからないと言えた時 知りたいと思えた時 

いのちといのちは きっと繋がるから 


自分が何も知らないということを

ちゃんとわかっていたいって そう思った・・・今




PHOTO  山本てつや
2014年11月13日(木)

遠い青を望んで - 返信 -

テーマ:

遠い青を望んで あなたのことを想っていました 

山や川や草や木々や いのちの感触が遠いものになってしまったと 

あなたの小さく嘆く声が聴こえたので 山や川や草や木々や いのちのことを 

私は じっと考えていました 



小暗い森の底から遠い青を望んで あなたの哀しみを想っていました 

湿り気の多い腐葉土が 足下からいのちの匂いをさせて 

風はそれを大きく吸いこみながら 西へと駆け抜けてゆきました 

その時 プラタナスの大きな葉が一枚 いのちの意味を問いながら散りました



大樹の下から遠い青を望んで あなたのいのちを想っていました 

山や川や草や木々と同じいのちが 今そこに体温を持って宿り  

静かに そして絶え間なく生命を更新し続けています 

確かないのちの感触が あなたの内に その只中に脈打ち息づいています 



遠い青を望んで あなたのことを想っています 

見るために目を瞑り 聴くために耳を塞いで  

「真理を知らぬ 哀しみ」と名づけられた あなたと同じ根を掘って 

もう渇かない水を飲んだ あの詩人の歌が今 青い空を突き抜けてゆきました


PHOTO  山本てつや




2014年11月08日(土)

静夜思

テーマ:


問うならば 白き花に 

この想い映して 香り静けく

惑いし夢の残り香さえ
いつしか 時の技に洗はれむ



切なき調べ 小夜曲の 

流るる先に居る人の 影青く 

波ひとつ立たぬ 夜の海に似て 

秘して月映す 水鏡のたまゆら



PHOTO HIDE

2014年11月06日(木)

VOICE ⅱ

テーマ:ブログ


愛を呼ぶ声が

音もなく 空気をふるわせて 

開け放った私の午後の窓に届く


或るときは 風に混じり 

或るときは 蝶翅を纏い

・・・もしくは 鳥の姿を得て


記憶の湖底を這うように生きても

哀しみの海に漕ぎ出でて
帰路を忘れて 彷徨っても


捜しているのは いつも愛

きっと誰だって そうだから 

心静まり 耳を澄まして


So・・・you can hear the voice



PHOTO HIDE

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