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2015年07月01日(水)

青い鳥の軌跡

テーマ:ブログ

風に抗って飛ぶ 鋭角な翼を持つ コトバ
時代を超えて 誰もの内にある永遠の願いへと帰るために 
この国の精神が夢見たのは その持ち主であるアナタだ

高く投げられ 放物線を描いて消える文字ではなく
時の洗礼に磨かれながら 真直ぐな静かなる声をもて
魂たちに相続されてきた 生きたコトバ

その翼が印す 青い軌跡の受苦と恩寵
アナタが指差す 遥かへの解放の道程にある
痛切な問いの連続が描く線の発語である アナタというコトバ


PHOTO  HIDE


 こんばんは・・・スノウです。 
梅雨らしい、しっとりとした翠雨に抱かれた一日。
あなたはいかがお過ごしでしたか?

今夜の更新は・・・
『青い鳥の軌跡』という詩をもって、憲法について書いています。
さまざまなご見解があることですが・・・どのような立場にあっても、憲法と真摯に向き合う時が訪れたと思う今ここですね・・・。 
                                     スノウ

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2015年06月27日(土)

驟雨

テーマ:ブログ


突然の激しい雨が

白く世界を掻き消す 刹那

切り離された時間と時間との汀に
立ち現れる 透明な流れ


存在の輪郭を滲ませながら
光粒の陰影が描きだす 静謐の
その奥深く流れ続けているものを告げに
生まれきた命の水たち


 PHOTO HIDE

2015年06月23日(火)

青への祈り

テーマ:ブログ

青霞む 遠い時間を漂い
その小舟は 何処にたどり着くのだろう
生命が相続した記憶のカケラを乗せて

たゆとう小舟の行き先を問うて
まだ柔らかな若枝たちが伸ばす
その真直ぐな 瑞々しい手

答えを求める その手の平の上に
せめて ささやかな応えを渡すことができたら
もう二度と あの力に若枝の手折られぬよう


 PHOTO  HIDE


 こんばんは・・・スノウです。
あなたは今日をいかがお過ごしですか?
私は久しぶりに詩を書きました。
瞑想に似た、心静まる時間です。

詩を書かずに過ごした一か月余り。
街角やTVニュースから聞こえてくるのは、これからの日本のゆくえを問う若者たちの声。
私たち大人社会は、あの声にどう応えるのでしょう・・・

日本は二度と戦争に加担しないと信じ切って過ごせた私の青春。
あの時代は夢のようだったと追憶する日が来ませんように・・・
                                    スノウ

2015年06月19日(金)

ショーペンハウエルという名の白ウサギ Ⅶ    最終回

テーマ:ブログ

『人生は不可解なものです。 私は人生を、それについて考えることで送ろうと決意したのです。』 このショーペンハウエルの言葉は、朧げながらも 少女にとって大きなヒントとなった。
自分の答えを一生かけて探そう、ひとつひとつを自分の頭できちんと考えて生きよう・・・そう思えた時に心は平安を得た。

そんなふうにして私の探しものは一冊の本との出会いからスタートし、
ショーペンハウエルは私を様々な世界に連れていってくれた。
プラトン・カント・アリストテレス・スピノザ・ニーチェ、そしてゲーテ。
更にゲーテから、トルストイ・マン・ジッド・サンテグジュペリへと。
そのひとりひとりが皆、人生を考えつづけた先達だ。

とは言え、私が12歳にしてすっかり難しい本の虫になってしまったかというと、全くそうではない。

平安を取り戻した私は 相変わらず母の顧客や親族の無邪気なマスコットだったし、13歳の人生初デートで映画「小さな恋のメロディー」にドキドキしたり、ジャクソン5(当時マイケル・ジャクソンも13歳)に夢中になってデトロイトのモータウンレコードのJ5ファンクラブ日本人第一号になったり、ちゃんと女子中学生らしいミーハーな青春を楽しんだ。

だから、人生の意味を探して 眉間に皺を寄せ読書サーフィン(という言葉はある?)に耽るのは、それからまだまだ先のこと・・・。

ただ、12歳のあの日から私に起きた変化は確かにある。
不思議の国のアリスでは金時計を持ったフロックコートの白ウサギが出現するように、私の人生には事ある毎にショーペンハウエルがヒョッコリ顔を出す。 すると私は 毎回ショーペンハウエルという名の白ウサギを追って、アリスのように不思議の国へと続くウサギ穴に飛び込むのだ。

そして・・・私の愛する白ウサギである初老の思想家が厳粛な顔で云う決め台詞は、いつもこう。
『 人生は不可解なものです。 私は人生を、それについて考えることで送ろうと決意したのです。』
                                   La Fin ・・・完


PHOTO  HIDE


 愛する皆さま 
ここまでお付き合いくださり、本当に有難うございました。
このような行き当たりばったりの妙な告白文に長らく耐えてお読みくださったことに心から感謝致します。

きっとあなたは、ご自分の人生にも白ウサギがいると発見なさったことと思います。それはどんな名前を持った白ウサギでしょう。

赤毛のアン? コゼット? 星の王子さま?・・・ それとも夏目漱石?
もしかしたらボブ・ディランかもしれないし、ビートルズやQUEENやユーミンかもしれませんね。

世界は、きっと果てしなく広く深い・・・
私たちが知っているのは、そのほんの一部に過ぎません。
まだ知らない何か、出会うべき何かが、
私たちの内外にあって時が満ちるのを待っています。

《今ここ》が投げかける問いに応答しつつ生きて
そして、探しものと深く出会いたい。
意味はきっとその奥に隠れているから・・・

100歳のおばあちゃまになっても・・・
白ウサギを追って、ウサギ穴に飛び込む私でいたい!
あなたの白ウサギさんにどうぞ宜しく!   スノウより
 

2015年06月16日(火)

ショーペンハウエルという名の白ウサギ Ⅵ

テーマ:ブログ

生きる意味。
どこからか湧いてきた その言葉がワタシを飽和状態にした頃、少女は一冊の本と出会う。 
『 愛と生の苦悩 』 、著者はショーペンハウエルだ。

もちろん、ショーペンハウエルという名のドイツ古典哲学者を少女が知る由もない。今で云う、ジャケ買いだ。 書店の棚を片っ端から見て歩き、
哲学コーナーの一番上段にあった その背表紙の文字に目が留まった。


側にあった踏み台を移動して、それから踏み台の上で背伸びをする。
(何しろ、その頃の彼女の身長はまだ138cmなのだから。) 出来うる限りの背伸びをして、少女はその一冊を手に取った。


『 愛と生の苦悩 』、その表題は自分の今の状態と関係があるような気がした。 目次を開く・・・『人生の空虚と苦悩について』という6番目の文字。
少女はどこか決然とした気分でレジに向かう。 はじまりの気分だ。

さて・・・その後。
少女にショーペンハウエルが理解できたかというと、もちろん否だ。
当然のこと、チンプンカンプンだ。 それでも、この厭世観満載の本は、
12歳の少女に辛うじてふたつの事を伝えた。


ひとつ。 当然の事と扱われて、その是非や意味について殆どの人が突き詰めて考えることをせずに一生を過ごすような事柄。
たとえば「なぜ生きるのか」とか「なぜ世界はこうなのか」とか。
そういった事柄に対して常識の枠の外から深く向き合い、普遍的な意味を見つけようとする人たちが存在すること。


ふたつ。 この一冊の中で、ワタシが理解できた殆ど唯一の言葉。
『 人生は不可解なものです。私は人生を、それについて考えることで送ろうと決意したのです。 』 23歳、ショーペンハウエルが紆余曲折の末、哲学専攻を決意した時の言葉だ。

この言葉は、そのまま、生きる意味への少女の問いに対するショーペンハウエルからの応答となった。少女はこの言葉を自分も生きようと思う。
本を閉じた日、私とワタシは穏やかさを取り戻していた。

あなたは、天使の梯子と呼ばれる空を見たことがあるだろうか。 
雲の切れ間から地へとまっすぐに差し込む光の筋たち。 
その一本が自分に向かって注がれていると感じる日が、人生には幾度かあるものですね。                                                                        Ⅶに続く・・・


PHOTO  HIDE

2015年06月12日(金)

ショーペンハウエルという名の白ウサギ Ⅴ 

テーマ:ブログ

 そして、自分を取り巻く世間の掟と対峙した ワタシは、ひとつの気づきを与えられた。 世間の構成員である大人たちは掟が正しいと判断して従っているのではなく、皆がそうしているからそうする・・・つまり、正面から向き合って考えた形跡がないことだ。

 「なぜ、そうするの?」 少女は、友達だと思ってきた大人たちに片っ端から問うてみた。 大人たちは自分が答えを知っているつもりで少女に説明しようとする。 説明しようとしてみて、初めて自分自身の考えが無いことに気づく。そして、まるで口裏を合わせたように云うのだ。
「大人になれば分かるから」 、と。

 ワタシは、周囲の大人たちに失望していた。 実体などない世間という幻想をまるで神様のように仕立てあげ、その暗黙の掟を批判的思考に晒してみる事さえしない。 集まれば噂話に明け暮れ、理由も分からない掟を鵜呑みにして人間に上下を付け、自分を常識人と自認している。 

 哀しかった。 もし大人たちが云うように、いつか自分もそんな大人になるだけなら、生きる意味などあるのだろうか・・・。
湧き出てしまったその問いは、ワタシに重く沈殿した。 
ワタシは、生きる意味を持たない自分が哀しかった。

 その頃、理論武装のために通うようになっていた 町で一番大きな書店で、少女は一冊の本に手を伸ばす。
背表紙に書かれた 『愛と生の苦悩』 という文字。
中学一年生の秋、ショーペンハウエルとの出会いだ。
                                   Ⅵに続く・・・



                   PHOTO  HIDE

2015年06月06日(土)

四年

テーマ:ブログ
~ 愛する皆様へ ~

6月6日。
今日は、このブログの4年目のバースデーです。
白ウサギのお話をちょっとお休みして、今日の気持ちを書かせていただきますね。

震災後まだ3カ月足らずだった2011年6月6日からの4年間。
それぞれの日々を生きながら、私たちの心は時折わずかな時間ここで交わり、静まることを重ねてきたと感じています。

そして今ここに455の短い文と写真が残りました。
あなたがこのブログの四角い窓越しに注いでいてくださるまなざしに、ひとつひとつ心込めて応えようとしてきた想いの果実です。

読み返せば、どれも拙い言葉で綴られた溜め息のようなものにしか過ぎませんが、私にとっては全てが神様からの贈り物です。どのひとつをとっても唯一無二のかけがえのない宝物です。

その宝物に心寄せてくださるあなたを知っています。このブログシステムにはアクセス解析機能がついているのですが、その解析の中で一番嬉しいのは日毎にご訪問いただいたページが分かることです。毎日、何十種類かの過去記事をどなたかが読んでくださっていると示され心躍ります。

あの方かしら?・・・と妄想してみたり(笑)、忘れていた自分の言葉に出会う機会にもなり、密かな日々の楽しみとなっています。 同じ詩に何度も「いいね」を付けてくださって、「この詩が大好きです。」と伝えてくださる方もいらしてとてもうれしく思います。

この4年間、ブログを通して豊かな才能と知識と卓越したセンス・純粋や優しさや深い哀しみの持ち主である多くの皆様方と出会う奇跡を得ました。具体的な教えをいただきながら、同じ人間はひとりも存在しないという事実を改めて思います。

 今日の記念日に・・・。
そしてまた、かけがえのないあなたが今そうしてそこに生きていてくださることに感謝が溢れます。ご一緒に生きていきましょうね。 たとえ遠くても日々の思いを分け合って・・・これからもずっと。 
                         

  そして・・・。
このブログの共作者であるHIDE氏と山本てつや氏に、今年も特別な感謝を捧げます。 早4年・・・455作品をおふたりから提供していただいたことになります。おふたりの才能と愛がこのブログを更新させています。ありがとう!

                               2015年6月6日 スノウ
                  
 

PHOTO  HIDE

2015年06月02日(火)

ショウペンハウエルという名の白ウサギ Ⅳ

テーマ:ブログ

 それは恋とも呼べないような淡い想いを発端に起こった出来事だ。
その春、少女は中学生になった。 学区が小学校より広がるため、小学6年間と違う顔ぶれが混じる。

 少女は毎晩、夕食前後のキッチンでその日の出来事を何もかも母に話して聞いてもらう。きっと母は少女自身よりも早くその淡い想いに気づいていたのだろう。

  制服が夏服に変わった頃の或る日、母は言った。
「あなたはこの頃、Y君が素敵だってことばかり話してるわ。もし恋してるなら、パパに相談しなくちゃならない…。」

「どうして?」と少女は無邪気に問う。
これまでも小さな恋はたくさんしてきたし、いつも今回と同じように母に何もかも話して一緒にときめきを楽しんできた。
「パパを呼んで話すから、応接間で待ってなさい。」 
母は厳しい顔で言った。

 それから応接間に来た両親がどのようにのその事を説明したのか、私には殆ど記憶がない。両親が私に教えたかったのは、 「結婚できない相手がある」という事だ。
私が惹かれた美しくて優秀な少年は、被差別部落の出身だった。

 その時、初めて私は両親に「ワタシ」を見せた。
ワタシは、どういう理由でその人たちが差別されなくてはならないのか納得できる説明を求めた。両親はワタシを納得させられる言葉を持っていなかった。

 「理由はともかく世間がそうとしている現実だ。それに逆らえば辛い思いをしなくてはならない。」と繰り返すばかりの父は、哀しみでいっぱいの顔で私を何かから守ろうとしていた。

 結局、ワタシは泣きながら宣言する。「納得いく説明もできないことに、私が従うと思わないで。もし強要するなら、世間とだって、パパとママとだって、とことん戦うから・・・。私はパパやママが思っているような子じゃないんだから!」

 その日を境に、愛する人々が「世間の掟」をワタシに納得させるために両親から派遣されてくるようになり・・・。
 12歳のワタシは理論武装のための知識を求め、お小遣いを握りしめて町で一番大きな書店に向かうことになる。
                                   Ⅴに続く・・・


PHOTO  HIDE

  愛する皆さま 
Ⅳ話・・・皆さまはどのようにお読みくださったでしょうか。
重い問題に触れることになりそうで、実はこの一週間グズグズしておりました。でもやはり、ここを避けて白ウサギの出現はないと覚悟して書きました。
今ここから思うのは、それでも私は愛されていたということです。
それがわかるまでに膨大な時間がかかってしまいました。
この記事をここまでお読みくださった皆さまに感謝します・・・。
                                   スノウ

2015年05月27日(水)

ショーペンハウエルという名の白ウサギ Ⅲ

テーマ:ブログ

 その少女は、母親の店のサロンに集う大人たちに好まれるべく教育された子どもだ。礼儀作法や言葉使いはもちろんのこと、場を読んで言動すること。おしゃまな女の子らしさで大人の会話に上手く加わる術をも、ずっと以前から体得している。

 大人たちにとって子どもは理解できない方が好ましいような会話であると判断すれば、子どもらしい無知を装って微笑みを誘う。
必要ならば、そっと存在感を消す心得もある。

 無邪気な幼さを纏って喜びや歓迎される程度の悲しみを表現し、常に同じ世界の住人としての親しみと期待を含んで大人たちを慕っている子ども。自分という存在に気付いた時、彼女はそういう子どもに育っている自分を知った。

  少女はそういう自分が嫌いではない。ただ、内に湧く自然な思いが、周囲に期待されているものとそぐわない状況に対処する必要は幼い頃からあった。「私」の中の「ワタシ」は、そのバランスを取るために生まれ、思春期に向かって次第に大きくなってゆく。

 12歳の夏。 中学の制服を着た少女の中の「ワタシ」は、ひとつの言葉と対峙している。「世間」という言葉だ。
これまで「私」が閉じ込められていた愛すべき世界は、まさにそういう名前を持っている何ものかの縮図であることを思い知ったばかりだ。

 「ワタシ」は世界に失望している。 その失望は「ワタシ」だけに留まることができず、「私」をも侵食し始めていた。
少女はもう、昨日のように無邪気に笑うことができない。
もう、昨日のように大人たちに期待することができない。
それは、恋とも呼べない小さな淡い想いを発端に起こった出来事だ。
                                   Ⅳに続く・・・


                    PHOTO  HIDE



  愛する皆さまへ
こんなⅢ話になりました・・・。
本当に可愛くない子どもの話で、皆さまには胸が悪くなるような思いでいらっしゃることと想像します。(笑)
実はもう、「ショウペンハウエルという名の白ウサギ」を書き始めたことを後悔し始めている弱気な私です。(笑)
この先を書くことは私にとって大変勇気のいること。
身の上話を書く気は一切ありませんが、もしHIDE氏の投げた何かに対して真面目であろうとするならば避けて通れない気がしています。ああ・・・。  スノウ

2015年05月23日(土)

ショーペンハウエルという名の白ウサギ Ⅱ

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 「スノウは十代で生きる意味を探し始めたんだろ?幸せなカワイ子ちゃんに生きる意味なんて興味ないはず。どうして生きる意味なんて欲しくなったの? どういう方法で探してきたの?」

 HIDE氏が投げかけてきた此の問い…38年来の友情に応えるべく、私は「ワタシ」の始まりに向かって時間を巻き戻そうと試みる。


 脳の高速巻き戻し機能がカチッと小さな音をたてて自動停止したのは、中学一年生12歳の私だ。 もうすでに「ワタシ」のカケラが胸に住んでいる。
 この少女は、生まれた時から大人たちの世界の住人だ。

彼女は、大人たちに愛される女の子であることが自分の義務として課せられていると感じている。それを負担だと思ったことはない。自分がその義務を果たすことが大人たちを慰める・・・それは自分の存在価値に繋がっている。


 少女の母親が経営する洋装店が、学校以外の彼女の世界のほとんどだ。
店とアトリエにはさまざまな境遇と思いと欲望を持った人間が出入りする。

 NO.1ホステス・社長夫人・院長夫人・政治家夫人・キャリアウーマン・女性教師・アトリエのお針子たち・・・其処は女たちが生身を晒す場所でもある。


 少女はここで育ち、この世界の大人たちから愛されてきた。

女たちは皆、それぞれの不幸せを抱いている。

それは大抵、男たちが運んできたものだ。


 女たちは、この少女にそれぞれの少女時代の面影を重ねて愛しんだ。

それが女たちにとって、男たちと出逢う前の無邪気で傷のない日々を愛しむ行為であることを少女は知っている。
 
 大人たちは、彼女がいつまでも無垢な子供であり続けることを望んでいた。でも既にずっと以前から、少女は内に「ワタシ」を持つ疑問符でいっぱいの子供だった。

                               Ⅲにつづく・・・





PHOTO HIDE



ウサギブーケ1愛する皆さまへ
「ショウペンハウエルという名のウサギ」を、私はごく軽いタッチの少しだけ哲学風なメルヘンとして書くつもりでおりました。
でも・・・序章であるⅠ話をお読み下さった愛する方々がくださったコメントを読むうちに、軽くお洒落に流してしまうことに抵抗感が芽生え・・・少々悩みました。悩んだ結果、こんなふうに少し重いⅡ話になりました。


今回の記事はいつか書きたいと思っていた何かに触れていて、自分でもこれから何が出てくるのか楽しみです。
つくづく、ここでの記事は皆さまとの合作であると実感します。
心から感謝しつつ。 

スノウより

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