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日々のことを綴っていきたいと思います。


【エコールアンシャンテ】

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2011-12-25 23:03:37

Dec. 25 (Sun)  くじ運

テーマ:ブログ
私は、今まで宝くじを買ったこともないし、自分で積極的に懸賞はがきを送るということもなかったが、ひょっとして私って、くじ運がある?と思う出来事が最近あった。

11月に久しぶりに出席したpartyでのこと。
出席者は約200人で、日本人は10人足らずだった。喉が渇いた私がビールやワインでいい気分になっていると、会場がしーんと静かになった。と、傍らの友人がわたしをどん!とついた。
『ほら、来た!ハワイ、ハワイ !』
ぼーと酔っ払ったわたしは、せきたてられるままに壇にあがった。
東京-ホノルル間お二人様をひきあてたらしいのだが、わたしの服装や、まごついた雰囲気はいかにもハワイに遠いらしく、近くの人たちに、『ハワイに行ったことがあるの?』と口々に聞かれた。いいえ、という私の答えに、そうだろうなあ、といううなづきが続いた。

帰宅して、周囲の人に幸運な出来事を話しながら、まてよ、庭のgarden tableも 確か、5年前、以前の居住者が置いていったのが古くなって、捨てた3日後、到着した。cat foodの懸賞であたったフランス製のものだ。その5年前も確か、なかなか来ない友人を待ちながら、手持ち無沙汰で書いた、どこかのスーパーの売り場にぶら下がっていた懸賞はがきで、九州一周を引き当てたし、実家の大きな額縁の絵もなにかの懸賞で・・・。とでてくる、でてくる。
50%以上の確率でないかしらん。

そして昨日、クリスマス・イブでにぎわう御成り商店街で、母に送るお菓子を買った店でもらった抽選券2枚のうち1枚が三等賞で、ささやかだが現金をいただいた。

今日、その懸賞で、鎌倉のスーパーで出会う、時々話をする宿をもたない60代のおじさん(本人いわく、しがらみがいやだとかで一日中スーパーのベンチに座っている)-にクリスマスだから、とお寿司を買った。

なにかを手に入れたら、やはり、どこかで出さないとね、もっとも来年も私のくじ運が続くことを願って、という下心もあるのだが。

豊かな人、そうでない人、と様々な人と出会うにつれ、いったい人生のどこでこういう差がでてくるのだろう、と興味深くもある。
2011-07-29 14:37:19

July 29 ( Fri) 猫 Co-Cooが消えてしまった

テーマ:ブログ

猫は死ぬ時、飼い主に姿を見せないというけれど、ただ、うるさくない静かな場所にいたいから、という人もいる。

昨年のMimiに続いて、3日前の夜、Co-Coo(クックー)も姿を消した。

6年前の夕方、庭にいる私の足にごつごつした骨だらけのなにかが身体をこすりつけた。やせこけた、見るからに餓死寸前の黒猫だ。子猫かと思うほど小柄で、しかし、缶づめを2個たいらげた。

自宅は、野良猫の溜まり場のようなもので、捨てられたか、野良でいるには弱すぎるか、老いた猫が現れる。

Co-Cooと名づけた猫は、避妊手術もすんていた。なぜ捨てられたかわからないが、検診に連れて行った獣医師は、
『若く見えるが、最低でも5,6 才になっているだろう』と言った。

上品で静かな猫で、生徒達にも人気があり、
『この猫だったら飼ってもいい』とよく言われていた。

猫じゃらしや、ひもで遊ばせようとしても、機敏なのに、ぼうっと見ているだけで、今まで飼われていただろう家での暮らしぶりが透けて見えた。多頭飼いで一匹一匹遊ばせる余裕がない家なのかもしれなかった。
自宅に慣れるにつれ、少しずつ私と遊んだり、庭のばったやちょうちょを追いかけたりし始めた。

ほかの猫たちに嫉妬されるのが面倒なのか、暖かい時は、近所の屋根にいたり、駐車場の車の下で寝そべっていた。

この3ヶ月、少しづつやせて、口にするものも、できるだけ自然のものに近くなった。

自宅に来たときから、歯槽膿漏でそれがどんどんひどくなり、
最後は、pet foodを布巾でしぼり、スポイトで飲ませ、生魚を小さくきって これは口にした。


それと共に失禁も。

昨年のMimiのが衰弱の時と同じ状態だ。Mimiの時に、中国製のタオルを小さい体の猫に使うのがいやで、実家に、国産やorganicのタオルをたくさん送ってもらっていたので、それを寝床に敷き、まめにとりかえた。



3日前の夜、8時ごろ、食事をすませた猫が、ふいっと外に出たので、私は追いかけた。すると、10メートルばかり行ったところの橋の上で、こちらを向いてすっきりと座り、その姿がまるで、
『来ないで』というようだったので、わたしはくるりと向きを変えたが、5, 6歩行って振り返ると、もうそこにいなかった。

自宅の周りは、山や林が多いので、昨年のMImiもその中に消えていった。

Co-Cooは、無欲で、与えられたものを口にし、与えられた寝床で、(私のベッドだと外の猫がいるから、書斎の椅子の上か、ホットカーペットの上)だれの邪魔にもならず、ひっそりと生きて、死んでいった。

最後の日、写真を撮った。これだけがこの猫の思い出になった。だから、ここに書いた。

2011-07-05 17:28:36

July 5(Tue) Human Resourcesの講義に参加して

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6月30日はNational Centre of ScienceでHuman Resourcesに関する講義があった。


6月16日のluncheonでお会いしたアメリカ人教授に招かれたわたしだったが、建物が立派なので、最初、面食らった。なにしろ、デパートのない街に住んでいるので。


講師はアメリカミネソタの大学から来日したアメリカ人男女の教授で、皆さん、コンビニのお茶や水、お菓子を持ち込んで、夕食代わりに口にしながらのat homeな集まりとなった。

わたしは、紫陽花の名前のこんぺいとうを持参して、喜ばれた。


アメリカの状態とアジアの状態を比較した講義だった。

会社で、怒りを感じたり、不満をもっていてもそれをどういう風に解消していいのかわからない時、この日のような論理的な説明を聞いておくと解決法が示唆されているように感じたし、解決できなくても相手のことが理解でき、深い敵意にいくまでに怒りを静められるのかも、と思った。


M&Aの後、特にアジアの国で、トラブルが個人的なものになりやすい。


海外では、会社や仕事での意見の相違は、その後、個人の問題やトラブルにはならない。


という研究がOHPで詳しく説明された。


これにはうなずけた。わたしが日本の会社で、いや、外資系の会社でも同様だった。勤務は、日本人が圧倒的に多いか、日本人化したガイジンばかりだったから、わたしは浮いてしまったもの。


もう1人、アメリカ人女性で、以前、日本の会社で、敵意やトラブルが日常的にあまりにも多いので、今は香港に移ってコーチングの仕事に携わっている人が、彼女の経験を述べた。


講師の1人は女性だったが、

「海外で、学位をとって日本に帰国した人の直面する問題点」にまで広げた話は、興味深かった。


わたしもこの後、自分の意見を述べた。会社をやめ、local townにひっこんだ理由を延べたが、その後、

「静かな落ち着いた古都で暮らすことだけでは、満足ができなくなってきて、月に数回都会にやってきて忙しい人たちと交際したり、on-lineで仕事をしたり、少し変えている」と付け加えた。香港に今は住む女性がおおいに賛同してくれた。


2時間半の講義プラスQ&Aだったが、最後は背負っている文化が違う人間同士の間での繊細さが必要だろう、という結論になった。


まあ、相手も思いやることは、よほど高度なintelligenceの持ち主同士でないとできない。今のわたしは、同じ程度のintelligenceを持つ人とだけとの付き合いしか興味がなくなっている。持ち時間のことを考えて、言いがかりとつけたり、長い説明のいる人には近づかないようにしている。会社を辞めている人間の特権なのかも。


わたしを招待してくださった女性教授は、行きたい講義やpartyには連絡をしてちょうだい、と後日連絡をくださった。


今まで敬遠してきたアメリカだか、親切で寛大な彼女のおかげで、わたしの社交も彩りが豊かになりそうだ。






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