源行近のブログ

山陰の戦国時代を郷土史レベルで研究しています。主に人物や城跡が中心です。
城を歩き始めて12年……


テーマ:
島根県雲南市木次町に所在する山です。

妙見山遺跡 妙見山遺跡は、木次町・三刀屋町公共下水道終末処理施設建設に伴って、平成5~6年に調査された祭祀遺跡で、妙見山から派生して斐伊川を眼下に見下ろすこの尾根上に所在しています。山岳信仰の舞台となった妙見山遺跡は、その名が示す通り、妙見信仰、すなわち北斗七星を祀る信仰といわれ、中世山岳仏教の参拝地でもありました。平安時代初期、奈良薬師寺の僧・景戒によって記された「日本霊異記」の中で、妙見菩薩に灯明が献じられたとあるように、遺跡からは1万点を超える中世土器が出土しており、この中には灯明皿として使われた杯や、皿が多数含まれています。掘立柱建物も5棟(推定)確認されており、鉄釘のほか、通常の建物には使われない飾り釘も出土していることから、宗教施設が存在していたと思われます。 また、遺跡内からは、鉄滓(てっさい)や、焼土も見つかっており、この尾根上で宗教施設にともなった小鍛冶が行われていたことも考えられます。 時代は平安時代、9世紀から12世紀にまたがっており、この地が長い山岳仏教の修行信仰地として続いていたことをうかがわせます。ことによると、中世には、妙見山と並んで、かつて42もの僧坊があったと伝えられ、木次町字谷、及び寺領地内に所在する「伝室山寺跡」の二つの参拝地が存在してた可能性も考えられ、中世びとの厚い信仰心がうかがわれる貴重な遺跡でもあります。
 平成13年12月 木次町教育委員会

ここの尾根の先端部は城名備山城があり、大国主命が従わない八十神を平らげるために築城したと伝えられ、中世の文明年中(1469~87)に佐世政勝によって築城された城です。

説明にある室山寺院は政勝の子高二郎が僧となり建てた寺で壮大な寺院となりました。
この妙見山が寺院と関係があるのはやはり木次の新造院を建てた勝部虫麿呂と関係があるのでしょう。

佐世氏については以前にも記していますが、日御崎神社の小野政高の弟とされている白神勝高が佐世を称しています。
大原郡内は虫麿呂いがいの勝部氏のいた地域で佐世も関連があり、鎌倉時代頃の日御崎検校である小野政高の血筋は勝部氏とみています。ちなみに後醍醐天皇の船上山の戦いに朝山氏も馳せ参じています。古志と神西の一帯は日御崎神社との繋がりが深く、勝部朝臣である朝山氏もその一つでしょう。この朝山氏の系譜には政の字を含む一族が見えています。

詳しいことはいずれ……

さて妙見山は登山口と書かれた場所からのぼります。
整備された階段を意気揚々とのぼりますが、山頂付近で笹が覆い歩行困難でしたが、道を開き標高171.9mの山頂に
到着

道中で城名備山と木次の斐伊川を眼下に見つつ無事に登れました。
山頂からは東側がわずかに望めます。山頂の三角点回りも開いておきましたので、笹が茂るまえに訪れて見てはどうでしょうか?





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