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鑑賞 006:ドラマ

2009年01月07日(水) Theme: 題詠100首2008鑑賞

ドラマの歌を鑑賞していて思ったのは、

世間にはたくさんTVドラマがあるにも関わらず、

ドラマに対するイメージというのは、大抵共通しているということです。

恋愛ものであるということ。そして、うまくいくはずないのにうまくいくということ。

ドラマは恋愛もの以外にもいろいろあるじゃないかーと思いますが

どんなサスペンスにも教師ものだの歴史物だのにも、恋愛要素って入っている気もしますね。


でも、最近、いわゆるメロドラマって、どのくらい視聴率とれているのかなぁ。

だって、あの「愛の劇場」が打ち切りになると言うではないですか。

私があまりにもドラマをみないのでわかっていないかもしれません、が、

「いわゆるメロドラマ」が終焉を迎えているということではないかと思うんです。

(いや、ほんとに見てないのでわかりません。あの篤姫すらほとんど見ませんでした。

去年見たのは、鹿男とブラッディマンディくらいか…よく見た方です)

だとしたら、「いわゆるメロドラマのイメージでドラマを詠む歌」ってどうなのかしら、とも。


そんな疑問を抱いたので、選歌するときに時間がかかってしまいました。

ドラマという言葉に対して、冷静な姿勢をもっていると思える歌を選んでみました。


密やかにわたしの中で進行しドラマはすでに最終章へ  (振戸りく)

わたしの中だけでこっそりと進んでいるドラマ。
心の中でひっそりと「これはドラマだ」と認識しているというのは、
プライドをもっているようにもみえますが、クールに見守っているようでもあります。
その距離感がいいなぁと思いました。

あたたかい部屋でドラマのきれはしがぽとりと床に落ちるのを見た (橘こよみ)

このドラマは、どんなドラマだろう。
ハッピーエンドか、バッドエンドか。ぽとりと落ちてしまったほうがよかったのか、落ちない方がよかったのか。
いろんな解釈ができると思います。

撮り溜めたドラマも観ないまま過ぎて沈々更けるただの真夜中 (わたつみいさな。)

本当に何の含みももたせない、一般名詞としての「ドラマ」という言葉の使い方をしている歌は
あんまり他にありませんでした。
なんとなく、他の歌と比べて心にひっかかったのですが、
余計なイメージをそぎ落としたほうが、逆にインパクトがあるということかもしれません。
次々更けるだけ、というのが、好きです。

ドラマから溢れ出す血の赤色は私を馬鹿にしているのです (新井恭子)


ドラマから出る血なんて本物じゃない、わかってる、という。

かと思えば、「馬鹿にしているのです」という言い方は、強がっているようにも見える。

偽物だってわかっているけど、本当は恐ろしい気持ちもあるような。

「ドラマ」はTVドラマでなく、何かの比喩かもしれません。


NHK朝のドラマは時計と言うきみは時計に涙ぐんでる (沼尻つた子)


まぁ、ドラマに関してあーだこーだと言ってみたわけですが、

実際見てしまうと、見入ってしまったり感動してしまうこともしばしばです。

「きみ」も、自分はドラマに対して冷静な姿勢をとってるんだ、時計でしかないんだ、っていいながら

なんだかんだで、じんときてしまったんでしょう。

こういう人は、ちょっと意地はっててもいい人だろうなぁと思います。





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鑑賞 005:放

2008年12月30日(火) Theme: 題詠100首2008鑑賞

透明のチューブに微かな笑い声病舎の支えはニッポン放送 (白辺いづみ)


こういうのって、実際の経験がないとできない歌だと思うので、あこがれます。

その人しか詠めない歌っていうのは、個性と経験と両方の面で言えると思うから。

微かな笑い声、というのが、その支えの大きさとささやかさを表すようでいいなぁと感じました。


作られることがないまま放られた弁当用の野菜をすてる (新藤伊織)


私は「料理を作ってくれた人に対する敬意」とでもいうのか、そういうものに敏感らしく、

作ってもらったのならしっかり食べろ!!という変な正義感があります。

結局お弁当そのものは作られなかったのでしょうが、弁当用の野菜をわざわざ別にとってあったんでしょう。

準備していたものが放られていて、捨てるという結果が、つらい。


この海を泳ぎきってと泣きながらわたしはあなたを産んで放った (みち。)


みち。さんの歌、この前も、生についての歌を選ばせていただきました。

もちろん、他の歌もすてきなんですが、私のアンテナにはこういうものがよくひっかかるようです。

泣きながら産んで放つ、というところとか。この強さが好きです。


一面のコスモス ふたり立ち止まり放送事故のような沈黙 (宮田ふゆこ)


この歌は映像ではなく、一枚の絵のようだと思いました。コスモスの色が見えそう。

だって「放送事故」なのだから、動きより静止、という感じがします。

この言葉がなかったら、二人が歩いてきて立ち止まるという動きが見えるだろうから、

一言あるかないかでがらりと印象が変わる、この言葉の選び方が、うまい。


思いっきり肩を回して放つから黄砂を破れわたしの手首  (水須ゆき子)

こちらは反対に、動のイメージが強いところが好きで選ばせていただきました。
肩から手首までの動き。遠心力を放つような。
知らないうちにまとわりつくような黄砂から飛び出せるようで、読んで、気持ちがすっとしました。

奔放な風のことばを聞きながら岬は夏をみごもるだろう (村上きわみ)

ああそうか、風が、夏の出生のきっかけとなるんですね。
岬が夏なのではなく、岬が夏を産むのか。
私はあまり海にいったことがなく、夏以外の海をほとんど知りません。
でも、どんなときも岬は岬で、むしろそこから季節はうまれて広がるのかもしれない。

熟れすぎた果実のように純粋なものがときどき異臭を放つ (花夢)

純粋なものとはいえ、それが正しいとは限らないこともありますよね。
でもそれを、はっきりと「異臭」と言ってしまえる花夢さんはすごい。
なんとなく、もともとある正しいイメージにひきずられる人も多いだろうに。
熟れすぎた果実と、純粋すぎる何か。

裏路地に放置されてる自転車に知らない町が匂うつかのま (青野ことり)

自転車に、別の町の住所などが書いてあったんでしょうか。
それとも、全然この町の雰囲気にはそぐわない、外の空気が自転車にあるんでしょうか。こっちかな。つかのま、だから。
裏路地だけど、外へ向くような自由さみたいなものを感じました。

青春の神様などにわけもなく抱きしめられて走れ放課後 (橘 こよみ)

「青春の神様」「放課後」という言葉、
ベタになりそうなのに、橘さんの歌だとさわやかというか、爽快な感じがします。
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鑑賞 004:塩

2008年12月28日(日) Theme: 題詠100首2008鑑賞

傷口に塩ではなくてはちみつを塗りこむようにひだまりにいる(月原真幸)

塩をぬりこむというのは多かったですが、こちらははちみつ。

はちみつとひだまりというと、なんだかはちクロのことを思い出してしまいました。

はちみつは本当に肌にいいらしいですが

ひだまりも、傷にはいいはずです、きっと。

質問にこたえないままその舌は塩キャラメルの塩をみつける (やすたけまり)


塩キャラメルって、全然塩辛くなくて、むしろ甘いんですよね。

甘さを際だたせるための塩を舌で探り当てる、ことばは出さない。

私ったら塩を忘れたおにぎりのような顔して突っ立ってたの (遠藤しなもん)


「塩を忘れたおにぎりのような顔」というのがいいなあと思いました。

塩を忘れたおにぎりを「食べたときの顔」じゃなく、「おにぎりのような顔」ってとこが。

誰か、あとから塩をかけてくれた人はいたでしょうか。


飽和することを知らない瞼裏で塩分濃度はただ増すばかり (はせがわゆづ)


どんどん流れ出ていく涙。

塩分濃度が増すんだから、水分だけが流れてしまって

ひりひりするような塩分だけが自分に残ってしまうような感じでしょうか。痛くてつらい。


つい今日も彼女の好みに茹でていた玉子に塩をおもいきりふる(五十嵐きよみ)


どきどきする歌です。

たぶんゆで卵だから朝ご飯で、だから二人は一緒に暮らしているのに、

彼はまだ、前の彼女に対する感覚が抜け切れていない。うわーくやしい。


ヘルシンキの海のことなど思いつつじゅんと脂をこがす塩鮭  (久野はすみ)

久野さんはヘルシンキに行かれたことがあるんでしょうか。

フィンランドのほうでとれた鮭。

一日のなんでもないところから、ヘルシンキまでとんでいける感覚がいいなあと思いました。


もう我慢しなくてもいい父親と減塩されていない生ハム (矢島かずのり)


我慢しなくていいお父さんのことがとても気になります。

普通は、塩分を控えろと言われたら、控え続けなくてはならないわけですから。

そうなると、この生ハム(高級品?)を食べる食事は

家族にとって大きな意味があるようです。



塩分の多いみずうみ照れながらあなたとふたりに浮き足立つ (富田林薫)


「塩分の多いみずうみ」は、「浮き足立つ」の序詞で

この歌は別に、死海にきてるかどうかは関係ないんじゃないかなぁと思います

(が、どうでしょうか)

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鑑賞 003:理由

2008年12月27日(土) Theme: 題詠100首2008鑑賞

「理由」ということばは普通にも使われるものですが

それだけで詩的な響きをもつことばでもあると思います。

だから、その響きを活かすのか、あるいはあえて抑えるのかが難しいと感じました。


「○○の理由」という使い方が多かったのですが

「好きになる理由」「生きる理由」「泣く理由」なんていうよくある使い古されたフレーズがちらほら。

そんななか、「○○の理由」という使い方でいいなと思ったのは下のいくつか。

たまたま、生死に関わるものばかり選んでしまいました。


わたしより先に死にゆくひとをもうゆるせるだけの理由がほしい(田丸まひる)


先にいってしまうひとを「ゆるせるだけの理由」

ないから、もどかしくて、どうしようもない気持ち。ほんとうは許す許さないではないのだろうけれど。


わたしにも子を産む理由が見つかるね 首のみじかいキリンがいれば (幸くみこ)


自分の事情や人生とかではなく、もっと生物学的な理由ならば。

つまりは、その理由だけでは不十分だということか。

「首のみじかいキリン」がいいなぁと思いました。


にんげんがにんげんのために用意した理由によって生まれぬいのち (みち)


幸さんのとは逆に、生物学的でない、「人間的」な理由。

何が正しいんだろうなあ…


歩きだす理由を探している君とおなじ深さの夜を見ている (内田誠)


この歌を読んだとき、なぜか

「あぁ、私、こういうのを詠みたかったなぁ…」と思いました。

なんでしょうか。波長が似ているんでしょうか。


「理由もなく」なんて使い方も多かったですが、

短歌における「理由もなく」って、「ああ」「やぁ」「えーと」くらいの意味しかなさない、

つまりほとんど意味のないことばになりがちだと思います(という自省もこめて)。


猟犬が一匹 猟犬が二匹 猟犬が理由もなくふえてゆく(我妻俊樹)


我妻さんの「理由もなく」は「やぁ」なんてのとは全然違って、

このことばがなければ歌の印象が一変するくらいです。

「理由もなく」だからこその、不思議な感じ、もっといえば、不気味な感じ。


なんでだろ、なんでだろうと泣くきみのかなしい理由をつくってあげたい (白田にこ)


白田さんのは、「きみ」は理由もなく泣いているんですが

それを「かなしい理由をつくってあげたい」ということで、

すごく切ない歌ができあがってると思いました。

きみにもわたしにも、理由が必要なのに、ない。


今度は、理由という概念そのものだったり、比喩に使ったりしていたものです。


理由にも家系図がある君がいま得たのは理由の妹のほう (鳴井有葉)


理由の家系図、っていうのがおもしろいです。

あれやこれやとつながっていて、じゃあ、最終的にひとつに帰結するんだろうか?


あまくした理由を撒いてあるきます どうか迷子になりますように (花夢)


ヘンゼルとグレーテルみたいになりたい、という感じでしょうか。

理由は他の鳥に食べてもらいたい、理由なんかなくしてお菓子の家にたどりつきたい。


神様が理由を書いたノートには君の名前が3つあったよ (ハナ)


デスノートを連想した私は安易でしょうか(あれも微妙なとこまでしか読まなかったなぁ…)

一つの理由に3つ同じ名前がでてきたのか、それとも3つ別の理由に一度ずつでてくるくらいなのか、とか

いろいろ想像できます。君、すごい立場にいるんだ、気づいてないけど。


まだ硬い冬のキャベツを剥くうちに理由のようなものが残った (佐原みつる)


「理由のようなもの」という、あいまいなところが逆にいいと思いました。



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鑑賞 002:次

2008年12月24日(水) Theme: 題詠100首2008鑑賞

えんぴつの線で消された目次とかこの本はところどころ涼しい (紺乃卓海)

本が涼しい、というのが新鮮な比喩でした。
ページの間から風がふいてきそうな。どうして線で消されているのだろう。
あたためていた席だけど次の人どうぞ 私はもう帰ります (A.I)

席をあたためる、というのが、いい。
「席」は何かの比喩かもしれない、とも思いました。



あの頃は一次関数 坂道を自転車で駆け上がったりした (あおゆき)

あおゆきさんの歌で、以前にも好きだと思ったのは自転車のモチーフを扱ったものでした。
この方の自転車が私は好きなのかも知れない。



振り向かない人の背中が あれはもう知らない何か 次々と花 (羽根弥生)

次々に色をつぎ足すパレットに僕の持ち得る自由のすべて (はらっぱちひろ)

視覚的にきれいな歌だと思いました。
パレットに自由が制限されているあきらめにも見えるけれど、
制限のなかで精一杯の自由を広げようとする強さも感じます。

次の日も次の日もある我々のめくり続けられていく空白 (鳴井有葉)


私の使っている手帳は1日1ページなんですが、
まったく何も書かない日もあります。
予定が入って手帳がうまることは、忙しいけれどどこか楽しい。
その逆の、空白。

次の方、どうぞ。それじゃあ、口開けて。喉が赤いね。恋でもしました?(サオリ)

なんでその展開?って思うのに
なぜか忘れられなくなる歌でした。
句読点がないともっと勢いがあっていいかもしれないです。

へそを囲むように二次元ポケットを描くと思わせさてなんでしょう (穴井苑子)

四次元、とか異次元、とかいう言葉の語感がどうも苦手です。
それだけで異質な雰囲気をだせる言葉だから。
穴井さんの歌は、「四次元ポケット」というある意味一番身近な「四次元」なのかと思いきや
「二次元ポケット」。しかもそれを「描くと思わせ」る。
この歌の世界は、すごいと思う。

長男としての自覚がない俺をどうか次男にしてくれ 親父 (矢島かずのり)


長男長女の本、なんてものがあるらしいですから
どうも第一子というのは、他の兄弟からすれば違う存在のようです。
責任だの自覚だのを持たなければならないらしい。
次男にしてくれ、という言葉は、逃げているというよりも
自分を見つめきったうえでの言葉のような気がします。

次はもうないものとして(好きになる)わたしのなみがざぶん、ざぶんと (花夢)


わたしのなみ、はいろんな読みができると思います。

「好きになる」という感情のなみ、でしょうか。それが、ざぶん、ざぶん。





唐突に海がひらけて次の駅までのつかのま息をひそめる (ひぐらしひなつ)

はじめて電車で行った駅までの道のり、でしょうか。
電車は人間がひいたものだけれど
立ち向かえない大きな海に、敬意やおそれのようなものを抱いてしまう。

次世代の交配が生む輪かくにくっきり君の素直を刻む (ワンコ山田)

素直さは、優性遺伝かしら、劣性遺伝かしら。
輪かくに刻む、というのが好きです。
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