どうしてかしら

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どうして短歌は57577なんだろうな、と思う。

ただの31字ではだめなのだ。これは歌だから。


という話を某人と話す。


5と7の組み合わせで、波みたいにゆりうごかす。

5555なんて、韻律としては、単調になりすぎるんだろう。

5656じゃあ、一文字しか変わらないから、韻律の微妙な区切れ目としては不十分だろう。


ただの31として読むのもいいけれど

ぜんぜん5と7を意識しないのは、短歌ではないんじゃないだろうか。


たとえばこの文はさんじゅういちもじで書かれているが短歌でない

(たとえばこ のぶんはさんじゅ ういちもじ でかかれている がたんかでない)


短歌とは何かって定義する試みはたくさんあるようで

口語短歌やネット短歌(といういい方は全然好きじゃないけどあえて)が広がると

その枠が広がりをみせようとしたり、広がりをはばもうとしたり

ごちゃごちゃといろいろ見えてくる。

やっぱり、なんでもいいわけでは、ないだろうな。

短歌、というものは、57577でできていて、31字の詩ではない。


これは自由律の短歌を批判しているわけではなく

むしろ、31字ならなんでもいいや、って感じの短歌、とか

一応57577ではあるもののなんとなく全体としてぺったりして、リズムが感じられないような短歌

への批判である、つもり。

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いみふめい

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わからないとか
そんなんじゃなくて、やることをちゃんとしない自分がいやだ。

何してるんだろう私

好きなことばっかして
逃げてばっかで
全然ダメだなって思ってへこむ。

しかもやらないのは、自分が努力してもできないことを認めたくないからで、
そういうどうでもいい理由で逃げるのってかっこわるくて
またへこむー

かっこわるいよー私
人を巻き込んでも何もできない。
あー
意外とみんなそういう私のかっこわるさに寛容で
いや
私がわかりにくい話し方しかできないから
ほんとにかっこわるいのがなんなのか
きっとわかってないんだ。
ごめん
うーでも
いつもいつも話してる人には
話しすぎてこわくなって
全部知られたくなくて
ていうかわかんなくてもいいんだよ、

あーこんな感じで意味不明に話すんだ。
いみふめいだー

かっこわるい
もっとがんばりなさい。
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ずうっとじいっと

無意味に我慢をしていたのですが

なんの意味もないですね。無意味ですねそんな我慢は。

書きたい。

なんか書きたいよー。詠みたいよーーー。


ずうっといろいろあって

もう今は無理だ、と半ば諦め状態だったのですが


そろそろ言葉がお腹の中にたまってきた。

気体が液体になり、そろそろそろそろ結晶化しそうだ。

どの窓辺に置いたらきらきら輝くだろう。

うきうきする。


題詠マラソンは去年完走したので

今年は必ずしも完走を目指していない。

一番好きなものが詠めればいいわけで

それは題詠マラソンにこだわらなくてもいいはずよね。


あぁ、夏です。

週末になるとどこからか必ず花火が打ち上がっている。

小さな事でもくるくるかわっていく。

残せるものは残しておきたい。

すぐに忘れちゃうから、ビフォーアフターで全部観察したい。

忘れたくない。

忘れないで。


心の底からほんとうに願うことは言葉にはならなくて

少しずつ近づけるものを探す、まずはおおざっぱに「このへん」って区切ってから

それをどんどん小さな塊にまるめていくと

いつかたどりつけるのかもしれない

なんて思うから

短歌はきっとちょうどいいんだ。


向かい合うことは難しい。

私は自分の中の上ずみだけ見てたら、うまくいかないもの。

くるしいものをあえてかき回して浮き上がらせて

つらいつらいって言う

けどほんとうに浮き上がってくるものは

忘れかけていたやさしいものだったりするから

向かい合わなくては。

忘れたら駄目だ。

忘れたくないんだ。

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