まっちー(machida-ito)のブログ

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テーマ:

江戸と浅草「隅田川の由来と歴史」(その2)

 

隅田川の名が見られるのが、「伊勢物語」であります。その伊勢物語の隅田川に関する記述は、「なをゆきて武蔵の国と下総の国との中にいと大きなる川あり。

 

それを「すみだ川」云う。その川のほとりにむれいて思ひやれば、限なく遠くも来にけるかなとわびあえるに渡し守はや船にのれ、日もくれぬというにのりてわたらんとするにみな人ものわびしくて京に思う人なきにもあらず、さる折しも白き鳥のはしと足のあかき志きの大きさ成なる水のうへに遊びつつ魚をくふ。京には見えぬ鳥なればみな人しらず、渡し守に問ひければ是なん都鳥といふをききて『名にしおはばいさこそとはん、宮古鳥、わかおもふ人はありやなしやと』と詠めければ舟こぞりてなきにけり」

 

この「伊勢物語」九段は隅田川を述べる時必ず引用される文であります。

 

藤原定家直筆と称されています流布本が角田川と記しているので角田という字のつくり(書き方)がありすみだと書いたことがわかります。

 

なお、この宮古鳥(都鳥)はカモメ科の百合鷗であると言われており一方都鳥はちどり科に属します。

 

ただ在原業平がみやこ鳥と云った鳥は百合鷗であった訳であります。

 

そしてもっとも肝心な点は「伊勢物語」の成立年代が作中の語法及び収録されている若の関連から見て延喜十三年(913年)ごろに勅撰された「古今和歌集」と同年代の作あるいはすこし下った十世紀中期に書かれたものではないかと思われています。

 

いずれにしても隅田川は武蔵国の大きな川として知られていたことは確かなことであろうと思われます。

 

なお在原業平は平城天皇の皇子阿保親王の第五皇子で母は桓武天皇の皇女伊登内親王であります。

 

そして「伊勢物語」から約一世紀後の康平三年(1060年)頃に書かれた「更級日記」にも隅田川についての記述が成されています。

 

ありがとうございますニヤリ

 

 

代表 まっちー音譜

 

株式会社 町田絲店 代表取締役

 

 

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