不惑のもうすぐ40歳

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先日、友達の弟のお通夜の帰り、
一緒に行った仲間たちと飲んだ。


私たちは今年40歳になる、主に昭和46年生まれ。
もう40歳になったヤツもいる。


不惑と世間では言われても、悩みは尽きない。




皆同じように感じていたのか、
仕事の悩みや愚痴、人生観を語り合い、将来を憂い。


ふと、

「こんなネタで盛り上がるなんて、やっぱりみんな歳をとったよね。」

と誰かが言って、やや苦笑い。



ここんとこ無能な部下を抱えて行き詰まり、さらには迷走感が否めない私。
しかし、ディテイルは違っても、根底にある問題は皆大差ないなぁと。

とはいえ、おバ菅さんよりはマシだと思えてしまう、この不思議。笑



気の置けない仲間と話すうちに、
心が軽くなっていく気がした。



これも、生きてこその感覚。


友達の弟のご冥福を皆で祈りながら、
かけがえのない時間を過ごした。




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合掌

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友達の弟が肺がんで亡くなったと連絡があった。


去年、肺がんの末期であることがわかり、
余命宣告を受けていたそうだ。
でも、奥さんの希望で本人には伏せて、
抗生剤治療を続けていたそう。


学生の頃は私もよく顔を合わせていた。
やんちゃだけど一本筋の通った子で、
男気という言葉がぴったりな男の子だった。


メールをもらってびっくりして、
あわてて友達に電話をかけた。


すっかり気を落としてしまった友達の声を聞いて、
私も泣けてしまった。


今年は悲しいことが多い。





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Makes me remember

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東日本大震災から、もうすぐ4ヶ月。

ずっと探していた人の名前が、
GoogleのPerson Finderでヒットしたのは10日前。

既に200ページを超えてしまった警視庁広報資料の、
最後の方にその人の名前を見つけて、
私は帰り道の電車の中だというのに
人目もはばからず、泣いた。


・・・


私がかつて結婚していた頃、毎年のように通っていたのが
義父の実家のある宮城県本吉郡南三陸町だった。


初めて行ったのは、結婚する1年前の夏休み。
元夫の婚約者として田舎の皆さんに紹介された。

印象は、東北地方の土地柄もあり、封鎖的。
男尊女卑が色濃く残る、良くも悪くも典型的な田舎。


元夫に

「実家のお嫁さん、毎年お盆は全国に散らばった親戚が一気に集まって
家事も大変みたいだから、エプロン持参で手伝ってあげてくれる?
まっことはあまり歳も変わらないし、
きっと仲良くなれると思うよ。」

と事前に聞かされていた私は、
嫁に行くならこれも仲間入りの儀式として受け入れようと、
エプロン持参で緊張しながら義父の実家の敷居を跨いだ。


緊張のあまり笑顔もなかなか作れなかった私に笑いながら

「大丈夫、お客さんなんだから気を遣わないでゆっくりしてね。」

と気さくに声をかけてくれたのが、
私と2歳しか違わない、宮城の姉として慕っていた、幸子姉さん(仮名)だった。


しかし、客といえどもただ座っているわけにもいかず、
手持ち無沙汰なこともあって、
積極的に食事の支度や寝床の準備などを手伝い、
幸子姉さん(仮名)と私はあっという間に打ち解けた。


私たちの結婚式にも皆で遥々東京まで来てくれ、
結婚後も、同じ嫁同士とても仲良くさせてもらっていた。


当時、ふたりともスモーカーだったから、
一通り家事が終わってから幸子姉さん(仮名)は自分たちの自室に私を迎え入れてくれ、
タバコをすいながら、嫁の立場での愚痴を言い合ったりして、
本当に、あの短くて楽しかった時がどれほど貴重で慈しむべき時間だったか、
離婚が決まってから思い知ることになった。


離婚を決めた後、私からは特に連絡しなかった。
幸子姉さん(仮名)は元夫方の人だし、
直接お別れを伝えたところで、リアクションに困るだろうと思ったからだ。

離婚が決まって残念に思ったのは、
幸子姉さん(仮名)と子供達に会えなくなること、それだけだった。




最後に会ったのは、2004年の夏休み。


二度と会うことはなくても、元気でいてほしいと、心から願っていた。





そして、今年の3/11。

私はJRの電車が止まって帰れなかったため、
会社でNHKのストリーミングニュースを自分のPCで見ながら、
気になっていたのはただひとつ、南三陸町のことだった。


時間が経つと共に南三陸町の惨状が詳細に伝えられ、
テレビの画面やインターネットサイトに映るおぞましい惨状を見る限り、
私の知る南三陸町の美しい景色はどこにもなかった。



どうか生きていてほしい、無事であってほしいと祈っていた。

でも、私の願いは叶わなかった。




毎年お盆に南三陸町へ行く前、
幸子姉さん(仮名)へのプレゼントを選ぶのが楽しくて、
嫁として働くのは大変だったけど、
それ以上に、渡した時の喜ぶ幸子姉さん(仮名)に会いたくて、
嫁同士のスモーキングタイムが楽しみで、
田舎に行く時のブルーな気持ちが吹き飛んでいた。




本当に、本当に、残念です。
せめて、苦しまずに逝ってくれたと信じたい。

心から、ご冥福をお祈りします。



幸子姉さん(仮名)には、旦那さんとふたりの子供達がいますが、
私はまだ見つけられていない。

どうか、無事でありますように。





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