紫陽花の咲く頃

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再びタイムマシンの旅を続けよう。6月18日、19日の記録。


6月18日、福井駅前響のホール。この時期に毎年開催されるイベント『ROCK ON !!』へ初参加。響の大きなホールで演奏したことがなく、このイベントも出たことがなかったのだけど、色んなジャンル・年齢層が集まるこのような場は好き。趣向や集客の関係上、バンドはバンドで、弾き語りは弾き語りで、また年齢層ごとに固まるのが普通だし、またそういう傾向があっても仕方ないものだとも思うけど、僕はいつも心の中では何かそればかりじゃつまらんと感じてる。自分たちのやりやすい、また評価されやすい環境でばかりやるのはよろしくない。物事は流動性を失うと、衰退していく。位置の固定はすなわち死を意味する。分子は振動し運動する時に熱を発する。分子が移動しなくなった水は、腐っていく。




老若男女、オリジナル・カバーも問わず、ジャンルも問わず、様々な出演者が観れた。




僕も精一杯演奏させてもらいました。聴いてくれた方々、ありがとうございました。あと誰だかわかりませんが、僕のいない物販コーナーでCDを買ってくれてありがとう。また会いましょう。




楽しかった。大きなホールで天井も高くて気持ちいいね。


続く6月19日。この日は、僕が企画運営でお手伝いさせてもらったイベント『紫陽花の歌』がフラットキッチンで開催された。


出演は、能勢愛子・徳蔵 .com・濱野正基。弾き語り3マン。噛めば味が出まくる、スルメみたいな3人。告知の段階から言ってきましたが、それぞれギタープレイにこだわりを持った3人です。歌はもちろんですけども。



フラットキッチンは貸しスペースとして素晴らしく雰囲気がよい。下のバルも、帰りたくなくなる居心地のよさ。この日は下のお店は休みだったが、また近々飲みに行きたいな~。人生には無駄が必要だ。大いに!という考えに至るまでには少々時間が必要でしたけどね。




長い準備期間をとって、派手に集客して、立派な音響設備、きらびやかな照明装置を使ってやるビッグなイベントもいいが、素朴な空間で素朴な雰囲気で、パパッと瞬発力でもってイベント組んでやるというのもいい。僕はこういうライブが成功することが、本当の意味でシーンが底上げされ醸成されてきた証拠になると思っている。大きなイベントというのはある種のブーム性に基づいたものでもあるので、来れば去る、膨らんだら弾けて飛ぶ可能性をいつも孕んでいる。実際そうなるのを何度も見てきたし、性質上そういうものなのだ。



とは言っても、こういう素朴なライブが、一部の愛好家の間だけでひっそりと持っているようなものでいいという考えは棄却したい。人前に出るというのは、そういうことではない。常に不特定多数に晒され、評価される可能性と宿命を抱えている。この場も、新たなるムーブメントの、またそれぞれ個人の人生の、胎動のようなものになればいいと思う。


漸う暮れていく、窓の外、片町。出演者3人が、それぞれ違った色を発する。人それぞれ違うものだし、そうなって当然というところにたどり着くのも、そうそう簡単なことじゃない。葛藤と軋轢を越えて至るものだとすれば、皆旅の途中。ゴールなどはありはしない。自分自身がそうなんだろうし、この日の出演者の3人、そして観客の皆さんにとっても、この日この時この場所での一時は、旅の途中の合流地点。そして終わればまたそれぞれの旅路に戻っていく。

貴重な一時を、皆さんありがとうございました。紫陽花の咲く頃の、素敵な一夜でした。

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向日葵のように

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日記とかブログが、特に僕のそれに置いては過去に遡るタイムマシンのようなものとすれば、これは珍しく未来の話です。と言っても明日ですが。明日こそが未来だとも言えるかも知れません。


朗読会『弾かず語り 第十六夜』はこのブログが投稿される時点で、明日7月20日(水)に開催されます!場所はいつもの福井市Cafe S-Garden、時間は19時半開場です。



また別のエントリーで書きますが、6月に新潟で『弾き語りと弾かず語りの饗宴』という熱いライブに参加してきました。何というか自分の存在意義が問われるような、まさに真剣勝負だったわけですが、こと福井の『弾かず語り』には、評価や勝負、という概念を持ち込みたくないというのがあります。もちろん、「誰でも気軽に参加できる」会であってほしいからです。

 

朗読に慣れている、という方も(『弾かず語り』にはあまりいないですが)、興味はあるけどやったことない、やってみたいけどちょっと緊張するなあ、って人も。とりあえず上手くやることから解放され、評価する・されるってことなしにやってみようじゃないか、という会です。ただ人の朗読を聞いて、自分もただやってみる。これが弾かず語りの出発点であり、基本だと思っています。別に上手くできなくてもいいんです。自分が聞いてやってみることで、各々が言葉と向かい合う機会になれば、それ以上のものは求めません。


詩や、小説、短歌や俳句、日記やブログ、好きな歌手の歌詞を読んだりする人もいますし、落語をやった人もいました。ラップをやってみるというのも面白いと思います。つまり、言葉を大切にした表現であれば一部の文学作品などに限らずOKです。もちろん自作・他作も問いません。


観るだけでもOKです、ご興味ある方はお気軽に足を運んでみてほしいなと思います。

 



関係ないですが、カレーが好きです。三国のsamasamaのカレー。




海辺のsamasamaまで歩いていく途中の景色です。詩ってのはそこら中に落っこちていたり、散らばっていたり、時には風のように吹いたり、雨のように降ってきたりするもんなんですね。こういうものを捉えて、言葉の形を借りたものが「詩」なんでしょうね。


世界を完全に表現できる唯一のものは、「詩」なんじゃないかな。

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ストイックイズム

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タイムマシンの旅は続く。6月11日。(書き貯め大放出)


ノーサイドでのライブは結構久々だったかもしれない。2月のワンマンライブ以来やった記憶が無いので、本当に久しぶりだったのだろう。4月にもノーサイドでとあることを画策していたが、いろいろありポシャッたので、これだけ空いてしまった。


alt of the society、僕が東京バンド時代に知り合った縁で福井にツアーで来るようになった。

前回ノーサイドに彼らが来たときの記事はこちら→

http://ameblo.jp/macchan429/entry-12076803599.html


今回は新アルバムのリリースツアーということだった。福井からはFFFとOne Side Of Me、そして松波哲也。バンドに混ぜてもらえるのは嬉しい。弾き語り同士で固まりすぎるとどうもいけない。バンド/ソロ関係なし、ジャンルも関係なし、ってのが理想郷。理想はなかなか叶わないから理想なんだけど。理想と思うのはあくまでそこ。



皆さんいい面構えだと思います。



alt of the society。何て言うか、自分の横っ面張った痛みで自らの存在を確かめようとするようなバンドですね。透明な轟音が耳元を過ぎ去っていく。



One Side Of Me。福井の若手・・・とは言っても聞いてみたらまあまあ歳は食っている・・・がノーサイドでは若手・・・かく言う僕もノーサイドでは若手である。その日の中で一番年下であることも珍しくない。


彼らは以前やっていたバンド(メンバーの半分が在籍していた)を観たことがあり、彼らも僕のライブを観てくれたことがあるので、既知の間柄。だが現バンドのライブを観るのは初めて。うん、良い感じ。まだまだ進化しそう。メロディーを大切にするバンドだね。



そしてFFF。最近テツヲさんの体調が芳しくなく(本人もネタにしているが)、心配だけど、良い時も悪い時もロックンロールですから。むしろ僕はテツヲさんに関してはブルースだと思ってるので。でも身体はぜひお大事に。


僕は一番目。MCで言ったことに対してテツヲさんから「そのままでいい」と言っていただき。笑

本当にね、勇気が出ますね。僕もそこそこ歳をとりました。迷うことはあんまりなくなりました。どうしていいかわからない、ってのが迷いだとしたら、そういう状況はほとんどない。苦しんだ時期もあったけど、その中から自分なりに対処法ってのを身につけてきたし、希望の見出し方も身につけてきた。しかし迷いは無くてもその時々の悩みってのは常につきまとう。これはもう一生つきあっていくものだし、それが前に進む原動力にもなったりする。自分で解決していくしかないんだよね。でも時々もらえるこういう言葉が、僕を勇気づけてくれるんだね。まあ、何とかなるでしょって。


何かこの場にいられてよかったなあ、っていう1日でした。ストイックさが心地よいね。ご来場の皆さんも、ありがとうございました。


勇気。

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