April 04, 2011

なぜつくるのか?ハンスコパーと芸術の根っこ

テーマ:ハンスコパーと芸術の根っこ
この記事は実は震災前に書いていたもの
震災があってこれどころではなくって下書き保存のままのものでした

だからタイムラグはあってマッチしれないかもしれないど永遠のテーマのような気もするのでアップ

ハンスコパーという人のことです
彼は陶芸家とくくっていいと思います
彼はルーシーリーの仕事のそして精神のパートナーでした
彼を詳しく調べたわけではないの私の気になる所だけピックアップしたいとおもいます

ハンスコパーは死ぬ前にいろいろものをたくさん捨てたそうです
だけど奥さんがどうしてもすてられなかったものがあったそうです
それはハンスコパーが生涯大切にしていた一枚の写真でした

それがこれ
京都の美術教室

彼はこの写真の陶器に向けてこう本に書いています

「 何千年も前につくられ

  いろいろな意味で生き抜いてきた

  つつましく無抵抗で

  どことなく滑稽な

  しかし力強く神秘的で官能的だ

  何かを伝えるのではなく

  自己表現するわけでもないが

  しかし

  その作り手と生きた時代の人間世界を内包し映し出しているように見える

  その

  微かな力で 」


すごい洞察力で、しかも冷静に情熱的にものを観ていると思います


そして 「 何を創るかではなく、何故創るのかが大切 」 と言った言葉

これらに感動せずにはいられませんでした

美術の芸術の根本ですよね
何故人は太古の昔からものを創ってきたのでしょうか
そして必需品だけではなく、必需品にさえデザインを施し
実際に役に立たないもの」(=美術)を創ってきたのはどうしてでしょうか

そこに、これは何か、ということは必要ではないんです
作り手が、何故これを創る必要があるのか、ということが問題なんですね、大切なんですよね

だから描く絵が人間を描いていても実際人間にみえなくてもいい
ただただそのままの目に見える人間を描くだけなら写真でいいわけです
その観たものを自分のこころを通してどうみるのか、そしてどう表現するのかなんだと思います


この話を友人にしていたらハンスコパーがルーシーに送った手紙の言葉をおしえてもらいました
それはこうです

「 あなたがあなたでいてくれてありがとう
  あなたがあなたででいてくれることが私の幸せです 」

自分らしく生きるとはどういうことでしょうか
自分らしく自分のままいきていくことを人が認めてくれるとはどういうことでしょうか

誰かの真似をするのではなく
自分らしさを追求する
それはわがままではなく
宗教でもなく
崇拝でもなく
無理することでもなく
強がること無く
自然であること
そういったことを美術を通して探してもいいんではないでしょうか

あかん?



。。。。。
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コメント

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2 ■*sora*さんへ

いえいえ
*sora*さんの根っこにあったものが顔を覗かせているのだと思います

育てていけたらいいですね
きっと描けると思います

コメントありがとうございました!

1 ■こんばんは

上手、下手ではなく、ただありのままに自分を描きたい…そう思えるようになれたのは、先生に会えたからだと思います。
好きだった美術…でも大嫌いになった美術…でも今は大好きです。私の人生も絵に描けるといいなぁ。

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