平成30年1月1日

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    新年あけましておめでとうございます
     こ年も皆さま宜しくお願い致します
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2018年1月1日 06時57分
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11/14雲見 曇り~雨~

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台風情報 http://www.jma.go.jp/jp/typh/
気温 20℃
水温 20.4℃(最深低20.4℃)~21.5℃

風向 ポイント 南西 
透視 透視 5m~5m

最大水深  (午前) 16.5 m(午後)m

ウネリ なし・・午前()午後()

波浪   なし・・午前(微)午後()
流れ   あり・・午前(小)午後()


予報では南西~西5m~7mかと思いきや静か。

海は濁りが、透視透明も悪い・・・・

魚の群れはいるが良く見えない、いることはいるって感じで・・・・

今日はカメ(亀)が見られたので良しとします。

小牛湾内にて。

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以上・・・・。


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第二次世界大戦末期、日本陸軍が特殊任務を遂行するため、潜水輸送艇を建造し、現下田市 大浦湾鍋田に暁部隊の中の七里部隊の2隻がいた。
8月13日にその潜水艇八号艇一隻がグラマン機により爆沈

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正式名称を陸軍潜航輸送艇
秘匿名称を「まるゆ」と呼ばれた、陸軍のための潜水艦があった。当時の陸軍が、航空に次ぐ優先順位で総力を挙げ建造に取り組んだ「決戦兵器」で、民間のボイラー工場や鉄工所等で建造され、昭和18年12月に一号艇が完成、以後終戦までに40隻が就役し、さらに10隻が建造中であったと云われている。武器は前部上甲板に搭載された戦車砲の改造型のみで、食糧・弾薬・医薬品等の物資輸送を任務とした


八号艇の八丈島輸送は七回、新島輸送が一回
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八丈島輸送から戻り鍋田に仮泊中の八号縦は終戦二 日前の昭和20年8月15日早朝に米軍機の空爆を受け当直の10霊位が艇と共に戦死した

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八月十日の朝、作戦から帰港して鍋田に投錨していると、下田防衛の海軍高射砲陣地を、グラマン機が執拗に反復銃撃しているのを目撃。
八号艇十三ミリ双連機関銃で応援の射撃をして、指揮官機らしい一機を撃墜
この交戦で『まるゆ』の存在を知らせる結果になった
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四機のグラマンが伊東方面から飛来して、『まるゆ』の泊地を直線的に襲いかかり、急降下爆撃を開始した。

米軍が進駐する前に安全な清水港に脱出せよ」との命令で、『まるゆ』五隻と七里部隊は十七日に下田を撤退して、海路清水に向かった。


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五十二年二月八日、快晴、午前九時から遺骨収集の作業がはじまった。


40隻中、3隻が比島レイテ湾で、1隻八号艇が下田港で戦火に沈み、また1隻が荒天により遭難し、終戦時には35隻が残存した。


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