3月18日にチュニジアの国立博物館でテロがあり、

21人が殺害されました。


1月には、パリでもテロがありました。


このニュースを見て13年前に見た
マルセイユの移民の人々の目の表情を
思い出しました。


その目には、怒り、悲しみ、恨み、差別など
いろんな事を、当時20歳の僕に訴えかけている様に感じました。




フランスにいたときは、
ビザが1年間しかなく、
日本に戻って働き始めると、
もう来れないかもしれないと思っていたので、
毎週末必ず食べ歩きに出かけました。


当時のミシュラン三ツ星21軒全部と
二ツ星、一ツ星を数十軒と、
食べ歩きました。


だからフランス全土をレストランに行くために周りました。


ただマルセイユは僕が周ったフランスの都市の中で、
とても独特でした。


マルセイユに行ったのは、当時二ツ星だった
ル・プティニース(現在は三ツ星)に行くためでした。


マルセイユの駅に降りて町を見たときに、
ほとんどが移民の人々で、こちらを見る目の表情が、
今も目に焼きついています。


食べ歩きに行ったレストランでは、
いつも調理場を見せてもらうのですが、
調理場には有色人種はほとんどいなく、
もしいてもほぼ9割が日本人でした。

僕が働いていたラムロワーズも同様でした。


でもプロンジュ(洗い場)には必ず移民がいて
そのほとんどがアフリカ系移民でした。



日本の飲食店などだと普通一年目の若い人が洗い場をやり、
鍋や皿を洗いながら、なべ底に残った
ソースを舐めて味を覚えるみたいな事が
あるらしいのですが、フランスではそれはありません。


プロンジュは別の仕事で特定の人がやるもの、
その特定の人が移民の人でした。




現在のフランスは、
料理人という仕事がきつくて低賃金なので、
フランスの若者たちが料理人にならなくて、
調理場にも移民の人がいるみたいなのですが、
根本的に白人が嫌がる仕事を
移民にさせるという構図には
変わりがありません。



日本にいたときは人種差別というものを、
一切体験せずに育った僕からすると、
フランスにいた一年間は衝撃的でした。


ヨーロッパは全体的にそうなんですが、
フランスでは人種差別規制法があり、
人種差別を肯定する発言は犯罪になるので、
言動で差別された経験はないですが、
行為で差別されることが多々ありました。


とくにまったく知らない人から差別されると、
かなり傷つきます。


そうすると仲のいい仕事仲間ももしかして、
心の中では差別しているのではないかと
疑心暗鬼になってしまい、
フランス人に対して人間不信になりました。



ただ日本人はアフリカ系移民のように
職業選択の自由がないぐらい差別はされないので、
アフリカ系移民からも日本人

(経済的に豊かな人が多いからかもしれませんが)、
何か別の人的なグループに入れられているような感じです。


おそらくそれが僕がマルセイユで感じた
目の表情なんだと思います。




ジョンレノンのイマジンや
ボブマーリーのワンラブ
を聞くと感動するし理想を感じるけど、
現実はとても厳しく人種差別だけでなく、
冷戦などの戦争も、
サブプライムローンなどによる経済不況も、
すべて疑心暗鬼が原因で、
あと宗教もこの問題と絡み合い、
解決は不可能に近いぐらい困難に感じます。



だから僕の中での結論は、

とても消極的だとは思うのですが、
できる限りみんな別々な場所で
あまり関わらないようにして暮らす以外
今のところはないように感じます。




フランスは不法入国している移民も大勢いるので、
正確な数字が分かりませんが

現在の人口の約6000万人中、
約1000万人ぐらいは

移民又は移民出身だそうです。


この問題はフランスだけの問題だけでなく、
EU諸国全体の問題になっています。


労働力を移民でまかなうのは、
結果的に失敗だとEU諸国が

教えてくれているのだと思うのです。


それにこれからの時代、

おそらくITとロボット技術の発達により、
労働力人口よりも労働力の質が

問われる時代になっていくと思います。


僕ら料理人の世界でもそれは広がっていて、
寿司業界はロボットが握るようになり、

あと冷凍技術の向上により、
本当に質の高い人以外は生き残れなくなっています。



日本はたまたま島国であったために、
歴史的にも移民が入りにくい国だったのだから、
いくら人口が減ろうが、GDPが落ちようが、
移民を受け入れないほうが良いように思います。



堺市泉北のフランス料理店 カウンターフレンチ レストランマヴィ

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僕は仕込みや営業後の後片付けの間は、
ネットの動画サイトのラジオやテレビを
聞きながら仕事をしています。


仕込みをしながらなので映像を見る余裕はなく、
基本的にラジオ番組かテレビでも
ニュースや討論番組を聞きながら
仕込みや営業後の後片付けをしています。


その中で青山繁晴さんが解説している番組を
よく聞いているのですが、
最近ふと気付いた事がありました。


青山繁晴さんは
「一緒に考えましょう」
「私はお世辞が言えない人間」
と言うフレーズをかなりの回数使っていて、
「一緒に考えましょう」は民主主義の国家が
よりよい政治をするためにも
みんな一人一人が考えることが
大事だと言う事で納得はできたのですが、
「私はお世辞が言えない人間」
と言うフレーズを何度も使っているのが
なぜか分かりませんでした。


と言うのも明らかなお世辞を
言っている時が多々あるからです。


お世辞を言う事は良いことではないかもしれませんが、
それほど悪い事でもなく、
なぜそんなあからさまな嘘を言っているのだろうと
よく分かりませんでした。


それで最近気付いたのですが、
青山繁晴さんはニュース解説しながら
よく番組に出演している周りの人に
クイズ形式で問題を出すことがあり、
正解すると打ち合わせはまったくしていない事を強調して、
非常に褒めます。


あと、ラジオ番組で多いのですがリスナーからのメールで
青山繁晴さんと同じニュースの捉え方や、
政治思想の事が書いてあると、
これ以上にないくらいの賛辞で褒め称え
テレビやラジオに出ている非常に学歴の高い評論家よりも、
普通の仕事している人のニュースの捉え方や、
政治思想のレベルが格段に高いことを
強調します。


僕は思想的に全部ではないですが、
青山繁晴さんの政治思想と近い部分もあるので、
何も気にせず聞いていたのですが、
よく考えてみると、
ニュースの捉え方はケースバイケースでしょうが、
政治思想は明らかな間違いは
もしかしたらあるかもしれませんが、
正解なんて絶対にないし、
レベルの高い低いも正確には非常に分かり辛いものです。


だって政治思想に正解があるのだったら、
政治家なんていらないし
政治思想のシステムを作って
官僚に運営させればすべてうまくいく話しで、
民主主義なんていらないと言う事になる。


なのにおそらくラジオ番組で青山繁晴さんに
メールを送っているリスナーはそれが正解だと思っている。


僕自身も最近までなんとなくそうだと思っていました。


なぜこのように思ってしまうのかと考えたところ、
青山繁晴さんは世界各国のインテリジェンスに
関わりも深いし知識も深い。


だからインテリジェンスなどのスパイの工作活動の
大きな仕事の一つは思想誘導で、
これは思想誘導のテクニックの一つ
ではないのかなと感じました。


そのシステムで考えると、
青山繁晴さんはお世辞が言えない人間で
自分が出した答えはお世辞で褒めているのではなくて
正解を出したから褒めてもらえたと感じ、
この政治思想が正しいと感じ、
テレビやラジオに出ている

非常に学歴の高い評論家にはだせない正解で、
なおかつ青山繁晴さんは

常日頃「一緒に考えましょう」と言っていて、
この政治思想は一緒に考えたもの、
すなわち自分で考えたものになると
言うことではないのかなと思うのです。


ちなみに僕は青山繁晴さんを
批判している訳ではないです。


おそらく戦後日本は、
スパイ防止法がなく周辺国のスパイに
教育、政治、宗教、マスメディアにいたるまで
かなりの工作活動をされて、
それらが複雑絡みあって元に戻すことが非常に困難で、
「目には目を歯には歯を」の形しか
無理だと判断されてしているのだと思います。



ただ、自分が今持っている思想と言うのは、
本当に自分で考え導きだしたものなのかは、
常日頃考えないと非常に危険だなと思いました。


あと、おそらく無理でしょうが、
中学校か高校か大学に、
インテリジェンスという科目を作り、
思想誘導のテクニックなどを教えれば、
人間不信になる恐れがあるかもしれませんが、
考える能力も上がるし、
詐欺師やカルト宗教にはまったりするのを
予防できるのではないかなと思います。



堺市泉北のフランス料理店 カウンターフレンチ レストランマヴィ

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今年の9月の半ばから後半だけ
急激に暇になりました。


予約が全然入っていなく、
うちの店は80%ぐらいは
直前の当日予約か予約なしのお客様なので、
少し暇になるかなと思っていたら、
それもほとんどありませんでした。


確かに毎年この頃になると
おそらく地域の祭りの準備があったりするためか、
少し暇になるのですが、今年はひどく、
その上、オマール海老の水槽のクーラーが
壊れて買い換えたため経費がかさみ、
ダブルパンチで、経済的にも精神的にも
とても厳しくなりました。


でも10月1日になったとたん、、
急に忙しくなり
何とか正常な状態にもどりました。



僕は人生で起こることに
偶然はなくすべては必然だと思っているので、
これはどういうメッセージだったのだろうと考えると、


「結果は努力のおかげ」というのは正確な表現ではなく、
「結果は努力と関連性がある」が正確な表現だという事に気がつきました。


というのも努力のおかげと言うと、
結果に対して80%以上、
言い方によっては、
ほぼ100%のようにとれるからです。


僕で言えばどんなに仕込みを
努力しようとも、
その時にお客様が来てくれないと、
何も良い結果を生みません。


それどころか、日にちが経てば
まったく使えなくなり廃棄するか
自分で食べるかしかなくなり、
どちらにしても経費が無駄にかかり
経営を圧迫します。



今、世界で70億人以上の人が生きていて
その個人個人が出す結果と言うのは
多かれ少なかれ関わって影響を受けあっている。



うちのお店で一番出るワインはチリ産のワインなのですが、
その理由はコストパフォーマンスがとても良いからです。


なぜコストパフォーマンスが良いのかといえば、
チリワインは19世紀半ばにヨーロッパの産地を

襲ったフィロキセラの影響で、
フランスで職を失った専門家の多くが
チリに渡った歴史があり品質が良く、
チリの人は先進国に比べ低賃金なのと

チリと日本はEPAを結んでいて関税がかからないからです。


食材もその日に良いものが手に入るかによって

料理にかなりの影響を及ぼします。


あとフランス産の物もたくさん使っているので、
火山が噴火したりなど、いろんな災害で
フランス産の物が空輸できなくなるだけで、
うちのお店はかなりのダメージを受けます。


この事と僕の努力は関係は無い訳で、
でも結果、恩恵を受けています。



もっと元をただせば、
辻調理師専門学校にいけたのも、
フランス校に行けたのも、
母子家庭の中、
必死でやりくりしてくれた
母親のおかげだし。


ラムロワーズで働けたのも
フランス校の先生が
僕を選んでくれたからですし。


タイユバンロブションで働いて、
まだ二十歳そこそこの僕に
普通はやせてくれない仕事を
やらせてもらえたのも、
当時の料理長が
気に入ってくれたからですし。


独立できたのも、
リーマンショックの前だったのと、
審査にあたった国民金融公庫の人が、
担保なしの24歳の若造に
融資を許可してくれたからですし。


あと周囲の人や環境以外にも、
その人が持って生まれた才能も
関係するでしょうし。



ただ僕は努力をする事が、
それほど意味がないと言っているのではなくて、
1日1.25ドルで暮らす「極度の貧困」は約12億人もいて、
これは先進国など物価の高い国の貧困層を入れると
最低でも30億人以上になるみたいなので、
人類の半分ぐらいは「努力をやめる=死」な訳で。


そう思うと、
多少個人差はあれど努力することは
人類的には当たり前の事で、
努力するかしないかと
選択できる人は
かなり幸運なんだと思うのです。



よくよく考えると、
当たり前の事に気がついたのですが、
僕にとっては目からウロコで、
良いメッセージをもらえたと感じました。



堺市泉北のフランス料理店 カウンターフレンチ レストランマヴィ

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サバイバル公園

テーマ:

最近の子供の運動能力が落ちてるという話を
テレビでしていたのを観て、
サバイバル公園というのはどうだろうと思いました。


親の同意書がないと中に入れないようにして、
サバイバル公園内で起きた怪我などはすべて自己責任とし、
安全対策のとられた遊具などをおかずに、
ある程度、自然に近い状態にして、
子供たちがボールで遊ぼうが、
穴を掘ろうが、自由にさせる。


そしてこの公園の中央に、
たしか日本サッカー協会のコーチのライセンスの試験でも
同じような事やっていたと思うのですが、
中学生~大学生までを対象に
コミュニケーション能力と難題克服能力を
高めるための、階級別の国家資格取れる
施設を作る。


試験内容は受験者全員にくじ引きをさせ、
数人単位のグループを作り、
初めて会った人とコミュニケーションを
しっかり取らないとクリアできない試験を出す。


たしか日本サッカー協会のコーチのライセンスの試験では
アスレチックコースみたいな所を数人で、
重い丸太をどこにもぶつけないで、
運ぶテストだったと思います。


この国家資格を階級別にして、
最高をS級ライセンスにして、
これをもってると、
進学や就職に得になるようにする。



なぜサバイバル公園の中央に、この施設を作るかは、
試験の待ち時間を、中学生~大学生の人も公園で遊ぶと思うので、
年齢の違う子供たちが同じ場所で遊ぶことによって、
新しいコミュニティが生まれると思うからです。


まー、予算や法律などが問題でできないかもしれませんが、
思いついたので書いてみました。


みなさんはどう思われますか?



堺市泉北のフランス料理店 カウンターフレンチ レストランマヴィ

最近、映画「桐島、部活やめるってよ」
を観ました。


僕はホラーが苦手なので、
所々観たくないなと思う
シーンがありましたが
いろいろ考えさせられる
映画でした。



僕の勝手な解釈ですが
この物語の作者は、
人間は生まれや育った環境も違うし、
「蓼食う虫も好き好き」で、
物事を主観的に捉えて、
自分の価値観で判断するのではなく、
相手の価値観で判断するべきだと
言いたいのだろうと思いました。



この映画の登場人物で言えば、
久保孝介(鈴木伸之)たちは
バレーボールに情熱を注いでいて、
桐島の事が自分たちの価値観での最重要事項である。


前田涼也(神木隆之介)たちは
ホラー映画を撮ることに情熱を注いでいて
ロケーション撮影を良い状態で行うことが
自分の価値観での最重要事項ある。


久保孝介(鈴木伸之)にとっては
ホラー映画などどうでもいい事であり、
映画のセットの隕石も、
石ころのような物であり、
イライラをぶつける対象として隕石を蹴った。


反対に前田涼也(神木隆之介)にとっては
桐島の事はどうでもいい事であり、
撮影を邪魔された上に
映画のセットの隕石を蹴られた。



これを逆の形で表現すれば
久保孝介(鈴木伸之)たちが
バレーボールの試合をやっている所に
前田涼也(神木隆之介)たちが
カメラを持って乱入して
試合を台無しにしたという事になる。


どちらも同じ事で
非常識でひどい事のはずだけど、
両者の力のバランスや
同じ価値観を持った人間が多いか少ないかで、
判断される場合が多い。




僕もフランスにいた時に感じたのですが、
日本では良いとされたり
常識と思われる事が、
フランスでは悪いとされたり、
非常識と思われる事がある。


国や宗教や育った環境が
変わればまったく正反対の
価値観になる場合がある。



戦争などもこれが根底にあるように思う。
自分たちの価値観の正義が
暴走しておきているように思います。



アメリカを見ていて特に思うのですが、
正義という言葉をあまり使うのは
危険だと感じます。


というのも、人間は神様じゃないし、
人間が行うことで
完全な正義なんておそらくないし、
ましてや戦争に正義なんて
存在するはずがない。



例えば、フランス革命にしても
ブルボン朝(ルイ王朝)の圧政によって
長年虐げられてきた平民の
正当防衛による止むを得ない内戦であって、
正義ではない。



正義という言葉を使う事の
危険性は歴史が証明していて、
古くは十字軍、
近代史で言えば
ナチスのホロコーストや
アメリカの原爆の使用や
カーチス・ルメイの指揮した
民間人に対する絨毯爆撃など、
猟奇的な殺人と思うことでも、
正義と言う言葉の力で
良心の呵責なく平気で行える
人間になる。



もし正義があるとしたら
全世界の人の価値観に関係なく

正義と思えるものが正義なんだと思う。


例えば飢えに苦しんでる人に
食料をあげる事などが
おそらく正義に近いものなんだと思う。


ただこれも僕が料理人だから
より感じるのかもしれないが、
食料は人間以外の植物や動物の命であり、
その命をいただくという行為自体は
止むを得ない事であり、
完全な正義ではない。



そう思うと人間の行うことに
正義に近いものはあっても
完全な正義はないと思っていたほうが、
良いように思う。



堺市泉北のフランス料理店 カウンターフレンチ レストランマヴィ

勝って兜の緒を締めよ

テーマ:

最近、勝って兜の緒を締めよという
言葉が大事だなと感じました。


なぜ感じたかというと、
いいとものテレフォンショッキングにでた
能年玲奈さんを観たからです。


あまちゃんを観ていた影響で、
能年さんの出演する番組を
録画して観たのですが、
極度の人見知りというのをふまえても、
あまりにも生放送のトーク番組に
出演する準備をされていないのと、
いただいた仕事をしっかりこなそうという
やる気がないなと感じました。


数週間前に出演した生放送の
NHKのあさイチでは
もう少し話せていましたし、
やる気も感じました。


たしかに女優なんだから、
フリートークなんてできなくても
良いのかもしれませんが、
映画、ドラマ、舞台などにでれば
番宣もしないといけないでしょうし、
どんな仕事している人でも
好きな事や得意な事だけ
すれば良いなんて仕事はないでしょうし。


嫌いな事や苦手な事でも
仕事なんだから、
しっかりやらないと
良い部分の評価に悪影響を
及ぼすでしょうから。


それを観ていて、
当時の顔が似ているからか十年以上前の
広末涼子さんを思い出しました。


当時の広末さんもドラマに出れば高視聴率だし
歌を歌えば数十万枚売り上げるすごい人気でした。



僕がフランスにいたときに
リュックベッソン製作の
WASABIという映画公開されて
特別ファンというわけでもなかったのですが
映画館に観に行って
広末さんすごいなーと
思ったのを憶えています。


まー、もちろんフランス語だったので
半分ぐらい意味分からなかったんですけどね。


そんな広末さんが17年ぶりに主演した連ドラも
脚本が悪かったのかもしれませんが
かなりの低視聴率だったみたいですから
人生というのは波乱万丈ですね。



人間の人生、山あり谷ありで
いつも良いわけないのですが、
人生うまくいってるときほど、
厳しい意見に耳を傾けるべきだなと感じました。





僕も今から考えると修業時代が
人生うまくいってるときだったんだなと思います。

特にタイユバン・ロブションにいた時は、
面接の時に当時の料理長が
理由はよく分からなかったのですが、
気に入ってくださって、
普通はやらせてもらえない
仕事までやらせてもらえました。


タイユバン・ロブションの新人は
一年間はアプランティ(見習い)で、
ごみ捨てなどの雑用を主にする仕事
しないといけないのですが、
僕は8ヶ月ぐらいの時に
たいした技術もないのに、
料理長の鶴の一声で、
デクパージュという
魚をさばいたり
肉を切り分けたりするポジションに
移してもらえましたし、
そのあとも、いろんなポジションに
移してもらえました。


だからよく先輩からは、
調子乗ってると何度も言われたり、
お前が魚さばくと遅すぎて
魚に火が入ると言われたり、
スーシェフからは、もっと感謝して
一生懸命やれという意味で
「俺がお前ぐらいの年齢の時は、
魚に触ることも許されなかったかったんだぞ」
と言われたり
でも今から考えると、
何度も厳しい事を言われたから
自分なりに必死に
がんばれたんだなと思います。


当時は21歳ぐらいでしたから、
たいした技術もないのに、
厳しい言葉がなければ
勘違いして調子に乗って
いたでしょうから。


だから、厳しい言葉を
くださった先輩方には、
感謝しなければいけないな思います。


ただ僕は体育会系ではないので、
蹴られたり、フォークを投げられたり
したこともありましたし、
若干トラウマになっているので、
もう会いたくないですけどね。


僕は24歳10ヶ月で独立してから、
うまくいかない人生が今のところ
7年6ヶ月続いていますが、
これからうまくいく人生が、
また来るかもしれないので、
今度は一人ですし、
自分で自分に厳しい事
言っていかないと
いけないなと感じています。




能年さんのブログのコメントを
見ると全部見たわけではありませんが、
いいともの出演をべた褒め
しているものばかりでした。


あまちゃんの水口琢磨(松田龍平)
のシーンの台詞で、
「世の中動かしてるのは
一番かわいい子や一番才能のある人間じゃなくて、
二番目なんじゃないかって思うんだ。
二番目の人間が、一番の人間に対して
恥ずかしい姿見せたくないって
がんばった時に成功するんじゃないかって」
というのがあるのですが、
その意味がなんとなく分かった気がします。


あまちゃんのヒロインのオーディションに参加して
ヒロインになれなかったけど、
若き日の天野春子を演じた有村架純さんが、
食わず嫌いに出ていたのを観たのですが、
収録だからかもしれませんが、
しっかり話せていたし、
笑いもとれていたし、
気合入ってるなと感じました。


もちろん人間なんて、特に芸能界は
妬み嫉みの塊みたいなものでしょうから
100%聞く必要はまったくないとは思いますが、
妬み嫉みの意見だって
その悪意のせいか、意外と当人の弱点や
改善するべき部分を言っている
場合がありますから、
要所要所では聞くべき部分があると思います。


でも、能年玲奈さんには20年後に大女優といわれる
ような人になってほしいと思っているんですけどね。



堺市泉北のフランス料理店 カウンターフレンチ レストランマヴィ

喜怒哀楽

テーマ:

人間は何のために生まれてきて、
いかに生きるべきなのか?
という漠然とした疑問を持っている時に、
いろんな本を読んだりして、
喜怒哀楽の経験をするために生まれてきたんだ
という結論で納得して分かったつもりになっていたのですが、
ここ数日前に頭では分かっていても、
実感として分かってなかったという事に気がつきました。



僕は独立してレストランマヴィを開店してから今で、
7年5ヶ月になります。



その7年5ヶ月の間に2回風邪をひいて2日だけ休みましたが、
それ以外は一年365日休んでいません。



というのも、
接客や調理や片付けを

すべて一人でやっているので効率が悪く
休むと家賃などの経費や

借金の返済ができなくなるし、
料理の仕込みも間に合わなくなるからです。



なぜ一人ですべてやっているかというと
もちろん人件費を削減するためもあるのですが、
部下の仕事の失敗も背負いたくないし、
成功も横取りしたくないからです。



ただ休まないで働くというのはとても体がきつくて、
睡眠時間もろくにとれなかったりで、
確か3~4年目ぐらいだったとは思うのですが風邪をひいて、
一日だけ休んだ時に、

熱は一日で下がったのでそれから休まず働けたのですが、
その後一週間ぐらい経験したことのないぐらいの胃痛に悩まされて、
すごい辛かったのですが病院に行く時間もないので、
薬局の胃薬で何とか治したのをきっかけに、
仕込みの状況をみて遅れているときは
ランチの営業だけを休むようにしました。



そんな必死な試行錯誤の7年5ヶ月で
今も状況は変わらず進行中なのですが、
数日前に何のきっかけもなく、
空から降ってくるように喜怒哀楽すべてが重要で
その四つ感情が互いに関係し合って
相乗効果を生んでいるんだと感じました。



それはとても不思議で、
たぶんマラソンのセカンドウインドウみたいな感じで、
とても感動的でした。



自分の今の状態と比べるのは
恐れ多いし失礼だとは思うのですが、
偉いお坊さんがとても厳しい荒行などをするのは
こういう不思議な体験をするためなのかなと思いました。



ストレスのあるイライラする日々を送っているから、
リゾート地でのんびりすごしたり、

ぼーっとしたりするのがとても幸せに感じますし。



闇の中にいるから一筋の光がとても美しいと感じますし。



それにもし人間が喜怒哀楽の喜と楽だけしか

求めてないのであれば、
説明つかない行動や欲求が多々あります。



例えば、夢というものを考えてみてもそうです。
夢を叶えるというのは困難な場合が多く、
長期間の努力が必要となりとてもリスクが伴います。



恋もそうです。
いくら優秀な遺伝子を求めるとはいえ
実るか実らないか分からない者を求めるのは
とてもリスクを伴います。
もっと確実に遺伝子を残せる相手を求めるはずです。



仕事もそうです。
日本のように物価の高い所にいて
ある一定のお金が手に入れば、
すべての人が物価の安く働かなくていい場所に
移住しようとするはずです。



友達を作ろうとするのもそうです。
自分と違う人間を信頼したり、
関わたりすると裏切られるリスクが高くなります。



あと困難な事や命に危険が生じることに
挑戦しようとする人や、
それを見て感動して応援する人というのも
説明がつきません。



桂枝雀師匠の創作落語で茶漬えんまという落語で、
極楽はとても静かで、
蓮の花が咲く音がするだけの退屈な所だ
という表現があるのですが、
確かに、もし死後の世界に

極楽という場所と
地獄という場所があったとして、
極楽には善人しかいなくて
とても美しい場所でも、
ずーっといると善人や美しいものがすばらしい
という感覚が薄れていくだろうなと思いますね。



それに善人であれば、
現世に苦しんでいる人たちがいたら
もう一度生まれ変わって助けようとすると思うので、
極楽にずっといようと思う善人は

いないような気もしますね。



おそらく人間は、
一年間ぐらいのスパンで
喜怒哀楽の4つの量が同じぐらいの量になった時に、
幸福な人生、充実した人生と感じるのではないかな
と思いました。



ただ僕は喜怒哀楽の量で言うと、
怒と哀の量がちょっと多すぎるので、
いつになるか分かりませんが、
もう少し売り上げを上げて、
週に一回ぐらいは休めるように
しないといけないなと思いました。



堺市泉北のフランス料理店 カウンターフレンチ レストランマヴィ

あまちゃん

テーマ:

僕はあまりドラマを観ません。



というのも365日休みがないので、

ほとんどの僕の人生は調理場で働いてるか、
家で寝ているかで、自由な時間が限られており
テレビは好きなヨーロッパのサッカーを録画していたものを

観る以外ほとんど見ないし、
ドラマは映画と違って、何時間か観ないと

自分にとって面白いドラマか分からないからです。


前に観ていたドラマも3年ほど前にやってた龍馬伝だし、
その前は作品は思い出せませんが、

おそらく学生の頃なので10年以上前だと思います。


ちなみにNHKのドラマが好きなのではありませんよ。
僕の人生でNHKのドラマを観たのは龍馬伝とあまちゃんだけです。

龍馬伝を見たのも龍馬を含め幕末の志士の、

熱い部分がとても好きだからです。



僕があまちゃんが観はじめたのは、
一ヶ月ほど前に放送された、

朝まであまテレビからなんですが、
なぜ観ようかと思ったきっかけは、

たまたまテレビをつけたときに、
あまちゃんの91話の海女カフェでアキちゃん(能年玲奈)

ユイちゃん(橋本愛)が喧嘩をするシーンで、

それまでのあらすじがまったく分からなかったのですが、
ものすごく引き込まれてグッとくるものがあり、
恥ずかしながら能年怜奈さんと橋本愛さんを

当時はまったく知らなかったので、
若いのにすごい役者さんがいるなと感じたのがきっかけでした。



ただ途中から見ても、あらすじが分からないなと思ってた時に、
朝まであまテレビを観て、はまってしまいました。


朝まであまテレビはダイジェストだったので、
ネットで動画を探し放送されたものすべてを観ました。


宮藤官九郎さんの作品はCMとかで見た事はありましたが、
あまりにもぶっ飛んでるような印象があり自分には合わないだろうと、
勝手に思い込んでたので観たことがありませんでした。


あまちゃんは要所要所にリアルさはあるのですが、
ドラマというよりコントと思えるシーンがたくさんあり、
中にはアドリブで笑ってるシーンがあり、
普通のドラマなら明らかにNGな部分を使ってる。


でも物語に引き込まれて、
泣ける部分はとても泣けるし、笑える部分はとても笑える。
僕にとってこの作品は、とても衝撃的でした。


というのも僕の中で物語に対して「事実は小説よりも奇なり」

という思いが強くあって、
フィクションの物語に感情移入できない部分があって

冷めてしまうからです。


でもあまちゃんを観ていると徹底したリアルさなんか

どうでもいいんではないかと思えて、
観ている人が、喜怒哀楽の感動ができ

「明日も仕事がんばっぺ!」

思えればそれで良いんだと感じたんです。



こう感じた時に、自分の料理に対する

無意識な固定観念に気がつきました。


僕は普遍的な物が好きで、

常日頃100年後もおいしいと言ってもらえる料理を作りたいと
考えて料理を作り続けています。


なぜ100年後もおいしいと言ってもらえる料理を作りたいと

考えているかというと、
お客様のほとんどが同業者の料理人や料理評論家のように、
フランス料理店を何百軒と食べ歩いているわけでないからなんです。


同業者の料理人や料理評論家にとっては

食べ飽きて新鮮味がないかもしれませんが、
初めて食べたと考えれば伝統的な料理も斬新な料理も、
そのお客様にとってはどっちも斬新な料理なんです。


そう考えると話しはシンプルで、

どっちがおいしいかという事なんです。



なので修業時代、与えられたレシピの中で

この作業は本当に必要なんだろうか?
本当によりおいしくなっているだろうか?
確かに三ツ星でいるためには調査員は料理評論家と同じで

フランス料理店を何百軒と食べ歩いているわけですから、
斬新な料理でないと評価されにくいというのがあり、

新しい食材を使ったり、
より斬新な料理にしていったりしないといけない。


でもこのソースよりも伝統的なソースのほうが

面白くないかもしれないが、
より主材料に対しての相性も良いし、

よりおいしいのではないのだろうか?

といつも感じながら働いていたからです。


ただ僕の料理は伝統的な調理法や料理かといえば

そうではありません。


真空調理機、中心温度計、スチームコンベクションオーブン

なども使うし、新しい食材や器具でも

良いと思ったものは何でも使います。


でもあまちゃんを観て、無意識に新しい斬新な料理を

若干ではあるんですが、
斜に構えて見ている自分にいる事に気がつきました。


というのも伝統的な料理で100年以上前の料理が

今も残っているというのは、
いろんな料理がほとんど消えていく中で

残ったすばらしい物だから、
おそらく全部ではないかもしれませんが100年後も

残っていく確率が高い料理。


それに対して斬新で流行の料理は今はもてはやされても、
100年後残るのは伝統的な料理に比べ非常に確率が低い。


この確率が低いために若干ではあるんですが

公平に見ていない自分に気がつきました。

確率は低くても斬新な料理の中にも普遍的な料理はあり、

それを軽視してはいけない。


それに伝統的な料理も、先人の偉大な料理人たちが

当時斬新な料理として考えたものなのだから。


今の料理人も先人の偉大な料理人に学び、
新しい料理を作って料理をより進化させなければ

ならないなと感じさせてくれる作品でした。



堺市泉北のフランス料理店 カウンターフレンチ レストランマヴィ


昨今、既得権が問題になっていますが、なくして自由化すると、
過度な競争が生まれて合併を繰り返し、

結局最終的に大きな独占企業になる恐れがあると聞きます。
そこで既得権を上手に分配しながら、

適度な競争をさせる方法がないかと思い、
ドイツサッカーブンデスリーガーをモデルとしたら

良いのではないかなと考えました。



サッカーのクラブチームのほとんどが赤字経営らしいですが、
ブンデスリーガはスペインやイタリアのように

多額な借金をする事は許されず、
特定の選手に破格な年俸を支払う事も

健全的な経営の理由から認められないらしく
健全なクラブ経営がされていて、リーグのチームの

平均観客動員数も世界一だそうです。



そこでドイツサッカーブンデスリーガーをモデルとした、
既得権の分配、昇格、降格制度を

構築できないだろうか考えてみました。



ブンデスリーガーに所属しているのは3部までらしいですが、
そうすると降格した時の変化が大きすぎるので、
会社のジャンルによって変えるべきですが、

10~20部ぐらいを作り、
既得権を1部から優先的に分配する。



年間の売上高
年間の純利益
社員の最低賃金と最高賃金の差(もちろん小さいほうが高ポイント)
社員の労働時間(残業の少なさ)
社員の福利厚生の充実度



これらを絶妙なバランスでポイントに変化させ、
最上位から最下位まで順位をつけて、
下位3会社が降格、上位3会社が昇格するようにする。



そして降格会社から昇格会社に社員を優先して

移籍できるようにして、
降格会社のリストラを避けるようにする。



例えば規制緩和の影響で問題になっている

タクシー会社でいうと、
1部の会社が車両の最大保有台数を一番持つ事ができるようにして、
2部、3部となるにつれ最大保有台数を減らしていく。
そして降格会社から昇格会社に

タクシーの車両ごと社員を優先して移籍できるにする。



あと駅前などのタクシー乗り場の使用の権限なども、

1部から優先的に分配する。



新規参入は自由にできるが、最下部からのスタートにする。



年間の売上高と年間の純利益がポイントにつながるため

競争がうまれるし、
健全的な経営をするようになる。



ポイント制度のおかげで、
社員の最低賃金と最高賃金の差を少なくしようとするため
社員の賃金格差の是正にもなるし、
非常に優秀なマネージメント能力やアイデアのある役員の、
一種のパートタイム労働化が広がり、
いろんな会社の役員を兼務するようになり、
雇用の流動化につながる。



社員の労働時間の改善や福利厚生の充実につながる。



それでこの制度をしっかり機能させ監督、監視する協会が

必要となるので、
天下りの役人の人にやってもらったらいいと思うんです。



ピラミッド型の官僚機構では、
どうしても天下りがでてしまうのであれば、
訳の分からない財団法人などを作って、
何をやってるか分からないよりは良いと思うんです。



既存の会社を何部に位置するのかなど、
難しい問題があって不可能だったり、
他にも問題がいろいろあるかもしれませんが、
思いついたので書いてみました。



みなさんは、どう思いますか?



堺市泉北のフランス料理店 カウンターフレンチ レストランマヴィ

最近、マイケル・サンデル 究極の選択お金で買えるもの買えないもの」というテレビ番組を見ました。


この番組はマイケル・サンデル教授、が賛否の難しい問題
アメリカのハーバード大学の学生、中国の復旦大学の学生、

日本の東京大学の学生、ゲスト5人(古田敦也、猪瀬直樹、

SHELLY、高田明、斉藤慶子)と議論していく番組です。


この番組の中で代理出産ビジネスは正当か正当ではないかという

議論がありました。

インドのアナンドというところでは代理出産がビジネスになっており、
一回の代理出産約7000ドル支払われるそうです。

インド7000ドル平均賃金10年分に相当するものだそうで、
代理出産ビジネスのおかげで、非常に貧しい生活をしていた

女性たちが良い生活ができるようになっているそうです。


この議論の中で代理出産ビジネスは売春に似ているという

刺激的な発言がでて、その反論にそれは代理出産をしている女性

失礼だという発言がありました。


それを聞いて僕は、その反論自体が売春をしている女性

失礼ではないかと感じました。

世界中の売春をしている女性たちのほとんどが好き好んで

そんな仕事をしている訳がなく、
生活が貧しかったり、満足な教育を受けられなかったり、
職業選択の自由がなかったりして働いているのであって、
彼女たちは、別にけがれたりしているわけではないと思うのです。


売春するしか生きるれない環境や社会が、

けがれているのだから




この番組を見てから、ふと思い浮かんだ言葉がありました。
比較優位という言葉です。


比較優位とは経済学者デヴィッド・リカードが提唱した概念で、
一国における各商品の生産費の比他国のそれと比較し、
優位の商品を輸出して劣位の商品を輸入すれば
双方が利益を得て国際分業
が行われるという意味で、
結果的に全体の生産性があがるという事です。


今の先進国にとって女性の社会進出は必要不可欠で、
APEC地域だけでも女性の社会進出は少なくとも
年420億ドルもの経済効果があるそうです。


この二つをふまえて今回の代理出産ビジネスを考えてみると、
女性の社会進出で一番の壁といっていいのが妊娠出産です。


インドの代理出産ビジネス

依頼人の精子と卵子人工授精させ、
インド人女性の子宮を使うという事なので、

遺伝子的には依頼人のもので、

妊娠出産だけをを代行するというものです。


これを比較優位で考えてみたときに、

これはかなりのビックビジネスになってしまうのではないか

と感じてしまいました。


例えば、最近増えてきている女性経営者にとって妊娠出産は、

会社に多大な損失をだすリスクがあり、
インドの代理出産ビジネスを使えれば、

かなりのリスクは回避できるのではないかという事です。


この事はこのテレビ番組の議論にはでてこなかった事なので、
僕が勝手に想像している事ですが、このままいけば

起こってしまう事なのではないかと思ってしまいます。


おそらく妊娠出産ができない人だけしか使えないように、
法律を作れば大丈夫
だという人がいるかもしれませんが、
妊娠出産ができないという基準を作るのは

とても難しい事だと思うのです。


そもそも妊娠というのは授かりものでしょうし、
妊娠はともかく、高齢者出産のように出産に
危険が伴う場合
はどう判断すればいいのか。


持病がある人妊娠出産をする時のリスク
どう判断すればいいのかなど、たくさんの問題があります。



他には、妊娠出産は女性にとって喜びであり、
その事を自分ができるのに、
他人に頼む人はいないと言う人もいるでしょうが、
本当にそうなんでしょうか?


僕は男ですから気持ちが分かっていないのかもしれませんが、
例えば二人目の子供を妊娠出産する時に、

誰か代行してくれたら、ありがたいなと思う人
絶対に一人もいないとは思えないのです。


反対にミルトン・フリードマンのような新自由主義的

考え方の人には、妊娠出産してもらっても良いじゃないか

という人もいるかもしれません。


でも赤ちゃんは妊娠中、母体のお腹の中の胎盤に、

へその緒で繋がっており、血液から酸素や栄養分や水分を

吸収して胎児へ送る事について問題がないのか。


又は、子供の成長過程によって身体的障害がまったくないのか、
ないとしても2代3代代理出産をした時に問題がないのか、
いろいろ考えられます。


もちろんいろんな宗教文化など倫理的にも問題があります。



皆さんはどう思いますか?



堺市泉北のフランス料理店 カウンターフレンチ レストランマヴィ