紡錘車といえば、うちのHPでご紹介してある「ドゴン族の紡錘車」 ・・ (・・。)ゞ
このドゴンの紡錘車は、後世の使い方が面白いのですが 、
日本の紡錘車はどんなだったか興味があったので、この講座も楽しみにしていたんですよ。
弥生時代の紡錘車は、土製、石製のものがあり、
土製には、「初めから紡錘車として製作されたもの」と「弥生土器を転用したもの」の2種があるそうです。
ドゴンのような彫り物が施されるのは、古墳時代から後のようです。
どういった意図を持って文様を彫りこんだのか知りたいものですが、今回は弥生時代・・ということで、また今度・・(*v.v)。
藤村1997よりさて、この紡錘車を使って、1着の貫頭衣(身長150cmくらいの人ののひざ丈のもの)を作るのに、どれくらいの糸を紡ぐ必要があると思いますか?
答えは、約5400m!!
10m紡錘するのに1時間かかるから、5400mだと、540時間・・・(。>0<。)
刈り取りから、織り上がりまで6ヶ月位かかるのだそうです。
弥生時代の衣服に使われた材料は、主に麻と絹。
機織りは、稲作文化の伝来とともに日本列島に伝わってきており、主に女性が家族のために布を作ったのだろうと言われています。
布を縫い合わせる針は、ウニのトゲや骨製。。。

こうして見ていくと、だんだんと弥生人の姿が目の前に浮かんでくるようです。。
魏志倭人伝に、
「・・・その風俗は淫らならず。男子はみな露かいし、木綿を以って頭に招く。その衣は黄幅、ただ結束して相連ね、ほぼ縫うことなし。婦人は被髪屈かいし、衣を作ること単被の如く、その中央を穿ち、頭を貫きてこれを衣る。」
とあります。
口語訳すると、
「・・・倭の風俗はきちんとしており男子は冠をかぶらず、木綿で頭を巻き、布は幅広い布をただ結び重ねるだけで、縫うことはない。婦人はお下げや髷を結ったりして、衣は単衣のようにし、真中に穴を開けて頭を通して着るだけである。」
ふむふむ。
そして、「男子は大小と無く、皆面黥面文身す。」
つまり、男は刺青をしていた。。。
これが、祭祀などを司る人々の服装となると、また違ってきます。
土器に描かれた「鳥葬の司祭者」などは、頭に羽飾り、顔にくちばし、体に羽衣状のびらびらの布。
また、太宰府市の吉ヶ浦遺跡で、腕に貝輪をして絹をまとった人骨が出ているそうで、この人たちも祭祀にかかわった人たちなのでしょう。。
「ジュディオングが着ていたような、白絹の羽衣のような衣装に、青い玉を身に付けた人が、向こうから歩いてくると見とれてしまいますね~」
と、田崎先生がおっしゃっていましたが、このような美しい弥生人を思い浮かべるとロマンがあります。。
:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
装身具と衣・・出土するわずかなヒントから、弥生人の姿を妄想することが出来る楽しいひとときでした。
次は、第4回 下條信行先生の「鏡-装いと威信」についてです。
注:紡錘車とは、糸を紡ぐときに使うはずみ車のこと。(上図参照)


