matumoto

努力って言葉もめんどうだねぇ…

2009-11-04 20:17:12 Theme: ブログ
どうも、松本です。
毎度のことネットサーフィンをしていましてね、こんな記事を見かけました。

レジデント初期研修用資料
「努力は報われないほうがいい」
http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/558


この本文の最初で語られている所が気になりましてね。
以下引用。

「現在進行形ですごい状態にある人を見て"僕も頑張ってああなるんだ"なんて、その人と同じやりかたで、同じ場所を目指して頑張るのは、危険なことだと思う。何かの間違いがあって、頑張ったその人の成功を許してしまった業界は、その時点で詰んでしまうから。」


この記事を書いた方は医療の現場に従事しているみたいで、そこで思いついたことを書いたみたいです。
読んでいてい思ったんですが、ここで語られていることって物作りでも言えることなんだろうね。

音楽やっている人や物書きの人の中には、「天才」と呼ばれる先駆者を目指して努力をしている人って結構いると思うんですよね。
個人的に「○○みたいになりたい!」と目を輝かせている人を見ると、ちょっと違和感を感じるのは自分の中にある「個性」で勝負しなきゃズルい!というよりも、先駆者の「間違った」解釈が「正しい」と認識されているようで気持ち悪かったのかな。


最後に、もう一文を引用。
「自分の生きていく世界で「頑張る」こと自体は幸せなことだと思うし、「頑張る」方法が間違うのはしょーがなくて、そこで競争すればよくって、頑張るなというのは違う 」


著者の方が上のように言われて、何も言えなかったんだって。
競争をする相手が自分でもそれ以外の人間でも、その中で何をする?
ここに限るんだろうね。

Comments

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1 ■No Title

とても深い内容だと思いました。

たとえば、スケールの概念も間違いかもしれませんからね。
何かを気持ちよいと感じた人が過去のものから気持ちよいものの最小公約数的な共通点を見出していったのかもしれませんが、
リディアンクロマティックコンセプトのように違う尺度のものもありますからねー。

2 ■→guitar player 健吾さん

どうも、コメントありがとうございます。

お読み頂きありがとうございます。
確かに、スケールやら十二平均律やらは、過去の人間が作り出したものですからね。
音楽をやる上で、どうしても先駆者を意識してしまうところもあるかと思うんですが、それを目指して努力をするってのはどうなのかな…というのが、現状の考えです。

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