前記事の温泉銭湯へ行く前に、少し界隈歩きました。

 

「吉原弁財天本宮」

 

すぐ近くの「吉原神社」飛び地境内です。

↑リンク先にも古地図ありますが…

吉原の範囲四隅+大門(吉原への入り口)にあった神社が合祀されたのが吉原神社。

 

昭和9年に、コチラ「吉原弁財天」も合祀。

 


とても小さな境内。

しかし雰囲気はけっこう重いというか深いというか…。

 

 

奥には、花園池(弁天池)がほんの一部残されています。

(クリックで拡大)

 

 

関東大震災で、唯一の出入り口・大門が閉まっていて燃える吉原から逃れられず…

池で490人の遊女が溺死した。

色々な記事が掲げられてる中に…

 

 

遺体が折り重なった池の当時の写真や絵もありました。

 

 

小さな境内にはたくさんの石仏。

それぞれに線香が手向けられており、あまりカメラを向ける気になれず。

緑の濃い季節。

同じように慰霊の想いも濃く感じた気がしました。

 

 

そして慰霊の観音様。

 

思い出すと泣けてきてしまう…。

 

 

奥に「弁財天」が祀られてます。

 

弁財天は遊郭時代から信仰を集めていたそうで。

浅草名所七福神の一社となっています。

 

 

華やかな壁画は芸大生によるもの。

 

 

花園池の名残。

綺麗にされ、鯉が泳いでいる。

 

池のほとんどは埋め立てられ、ビルが建っている。

(よくビルを建てようと思えたな…と驚いてしまうけど。

そんな事言ったら東京は何度も焼けてるんだもんね…

江戸時代入れたらスゴイ回数に…。)

 

 

 

(クリックで拡大)

 

幕府公認の遊郭、吉原。

最初は日本橋人形町辺りに、点在していた遊女屋を集めた(元吉原)。

何度も焼けた&江戸の中心地過ぎるので、この界隈に移転となった(新吉原)。

昭和33年「売春防止法」の成立で廃止。

 

 

 

あと1回つづく…

 

 

 

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芹沢友綺
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