<18>未来型の医学と新しい可能性
胃潰瘍の成因をめぐる考察
安保徹
最もありふれた消化管粘膜障害である胃潰瘍の成因は、多くの臨床家や研究者の重要なテーマでした。しかし、今でもすべての人のコンセンサス(意見の一致)を得た成因にたどり着いたとは言えません。今でも「酸消化説」が残っていて、大まじめにH2ブロッカー(酸分泌の抑制)が処方されています。この薬は一般的に市販されるようになり、自分で買って飲んでいる人もいます。
「酸消化説」が消えたわけでもないのに、「ヘリコバクター・ピロリ菌説」が共存している現状もあります。「ヘリコバクター・ピロリ菌説」が本物なら、多くの有菌者が病気になるはずなのに、そのようなこともありません。一部の専門家はヘリコバクター・ピロリ菌のような常在菌を除菌すると良いと言っていますが、実際は解決するべき問題点が残ったままなのです。
本当は「ストレス、顆粒球説」を導入すれば一つの例外もなく、びらん性胃炎や胃潰瘍の成因を説明できます。ストレスは交感神経を刺激し血流障害と顆粒球増多症を招き、大量につくられた顆粒球は粘膜に押し掛けて常在菌と反応し組織破壊の炎症を引き起こすわけです。
しかし、すぐ結論を出してしまっても、皆さんには多くの疑問が残るでしょう。これらの原因について詳しく説明できますが、まず、胃潰瘍の成因をめぐる歴史を省みて、順番に疑問に答えることにします。
1800年代の学説
今から100年以上も前の1800年代には、すでに現在考えられているような代表的な「胃潰瘍成因の学説」が登場しています。まず最初に出たのがロキタンスキー(1814年)による「自律神経説」です。迷走神経(副交感神経)が刺激されて胃液の分泌が亢進していることをとらえています。
本来、胃潰瘍はストレスから始まっているので、交感神経刺激が起こるはずなのに、どうして正反対の学説が生まれたのでしょうか。その理解は、からだの治癒反射を考えると理解できます。私達はストレスの後に、ストレスから回復しようとか、あるいはストレスを解放しようという自律神経反射が起こり、それが副交感神経反射にきます。これとよく似た現象は大腸でも起こります。ストレスで交感神経が刺激されると消化管活動は抑制され便秘になります。しかし、それをはね除けようとして、副交感神経が強く刺激され下痢になるのです。そして、副交感神経反射には普通の症状である「痛み」が伴ないます。胃で胃液の分泌が亢進しても、大腸で下痢が起こっても痛みが出現します。痛みが副交感神経反射の症状の一つです。
このような事情で、胃潰瘍でもストレス性下痢でも、本来は「痛み」がストレスからの解放反射として起こっているのに、つらい症状なので病気の原因と間違えられてしまうのです。これは潰瘍性大腸炎やクローン病でも同様です。治るときに、痛みや腫れ(血流回復)が起こることを、現代の医師達も早く理解しなければなりません。
次に出た学説がウイルヒョウ(1852年)の「血管説」です。組織標本で局所に血管梗塞を見出し、このような考え方が提唱されたのでしょう。胃潰瘍の人はストレス状態なので、血流障害が強く起こると梗塞まで進むことが考えられます。
そして、ついに出現したのがガンツブルグ(1852年)による「酸(胃液)消化説」です。胃は酸が強く、いかにも胃液によって粘膜が破壊されそうな気がします。しかし、ストレス状態では分泌現象が抑制されるので、基本的にこの考え方が継承され続けていて、胃液や酸を抑制する医療行為が行われています。
1900年代に入ってからの学説
「ストレス学説」で有名なハンス・セリエ(1951年)が、胃潰瘍もストレスによって起こることを提唱しています。ストレスは自律神経系の中枢である視床下部を刺激して交感神経緊張が起こり、粘膜破壊につながると述べています。
その後、粘液や粘膜の防御因子に異常があるのではないかという考えなど、さまざま出たように思われます。その他に「粘液や粘膜のバランス説」というものもありました。しかし、自律神経説や酸消化説を上回る学説とはならず消えていったのです。したがって胃酸を抑制する薬剤が使用されているのが現状です。
1983年に、ワーレンとマーシャルによって「ヘリコバクタ―・ピロリ菌説の未熟な点は、この菌が常在菌として、ある年齢に達した人には保有されているということです。例えば、60歳に達した日本人ならば8割以上が保菌者です。しかし、60代の8割以上の人が胃潰瘍になっているわけではないでしょう。少し関連はあるが、絶対的相関がないという場合は、二次的因子としているというのが本当のところでしょう。
ヘリコバクタ―・ピロリ菌はpH1~2ぐらいの強酸では、ほとんど増殖できないので、ヘリコバクター・ピロリ菌が胃潰瘍形成とつながってくるには条件が必要です。つまり、胃のpHが強酸性を維持できなくなるという条件、一つはストレスによって分泌現象が抑制されて起こること、もう一つは間違った治療(H2ブロッカーなどの長期投与によって胃の内部環境が壊されたとき)なのです。
「ストレス・顆粒球説」
顆粒球は細菌処理に大切な白血球の一つですが、過剰になると常在菌と反応して炎症を引き起こします。そして悪化した場合、組織破壊の炎症から潰瘍形成に至るのです。このような考え方は、戦後まもなく斉藤章(元東北大学医学部講師)によって提唱されていましたが、広まることはなかたのです。しかし、この考え方を導入すると例外なく、びらん性胃炎や胃潰瘍の成因にたどり着けるのです。マウスを拘束ストレスにかけたときの顆粒球の動きを示しました。胃だけは、時間が経つにつれて顆粒球が増えていく結果が出ています。
消炎鎮痛剤(NSAIDs)を使っていても胃が炎症を起こしますが、これも交感神経刺激作用を介して顆粒球増多をもたらしているからなのです。潰瘍性大腸炎やクローン病でペンタサやサラゾピリン(腸溶性のアミノサリチル酸)を使用しても病気は悪化していきますが、同じメカニズムによるものです。顆粒球は常在細菌と反応して炎症を引き起こすので、ヘリコバクタ―・ピロリ菌の存在は二次的に意味を持つのです。しかし、除菌までするというのはやり過ぎでしょう。
顆粒球とヘリコバクタ―・ピロリ菌を増やしている原因のそれぞれを取り除く、NSAIDsなどの使用を止める、制酸剤で胃の内部環境を壊すことを止める、などに気をつけることです。
顆粒球は濃をつくる白血球ですから、たくさん集まると一か所にまとめられて外に放出される運命をたどります。これが、びらん性胃炎から胃潰瘍に進展するメカニズムで、すべての胃粘膜障害のメカニズムを無理なく説明できるのです。例外ばかりの酸消化説やヘリコバクタ―・ピロリ菌説の限界を知ってほしいのです。
最後に、H2ブロッカーとプロトンポンプ・インヒビターの作用について述べましょう。水酸化アルミニウムや水酸化マグネシウムのような制酸剤とは違った特徴があります。H2ブロッカーはそもそも、抗ヒスタミン剤の中からスクリーニングで見つかった薬剤です。したがって、酸を抑制するだけでなく、ヒスタミンレセプターを持っている他の細胞にも作用を及ぼすということです。
顆粒球も膜上にヒスタミンレセプターを保有しています。このため、H2ブロッカーは胃の酸分泌を抑制すると同時に、顆粒球に働いて増殖を抑制する作用があったのです。しかし、顆粒球への作用は長く使用していると効果は減弱します。
もう一つ、プロトンポンプ・インヒビターは酸分泌の抑制作用だけでなく、多くの細胞の分泌現象を機能的に抑制する力があるということです。このため、顆粒球の細胞外分泌現象が抑制されて、顆粒球の活性酸素放出作用などが低下するのです。この働きによって顆粒球が常在菌と反応して組織破壊する力が低下します。つまり、プロトンポンプ・インヒビターの胃粘膜保護作用も酸分泌の抑制を介するよりは、顆粒球の働きを止めることによって起こっているわけです。しかし、分泌現象全般に作用するため副作用も強くなります。
このように、「ストレス、顆粒球」を導入すると胃粘膜障害の全体像が明らかになります。あらゆる薬剤に頼り過ぎ、無理な生き方や心の悩みを解決することが病気を治す本当の力になるでしょう。からだを温めて血行を良くすれば、組織の修復はより早くなります。ぜひ実践してみてください。
管理者からの一言
新薬は、旧薬よりも高価で、良く効きます。しかし“効果が大きい代わりに副作用も大きい”と言われる所以が良く分かると思います。病院に行くと、薬が処方されますが、飲み続けている限り、悪くなります。最終的には手術で取ってしまいます。治るどころか悪くなります。かといって、ドラッグストアから胃薬を購入して、服用するのも危ないです。
私の義理の兄は胃潰瘍で手術してから、糖尿病になり、その後の人生は好きなタバコも酒も楽しめずに、亡くなりました。
御自分のお体を御慈愛ください。