赤ちゃんの情報は誰のもの?(6)

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みなさんこんばんは。またも中々ブログが更新できず・・

さて、前回は諸外国では赤ちゃんの病気を理由に中絶が認められているけど、日本では法律上認められていない。しかし実際は行われているというお話をしました。

ここでもう一度病気の赤ちゃんを中絶するということを考えていきたいと思います。

病気と一口に言っても、人間が持って生まれる病気には重いものから軽いものまで幾種類もあります。同じ名前の病気でも重症度にも開きがあります。

私がイギリスに留学していた時にこんな症例がありました。妊娠中期のスクリーニングで手足の指に異常が見つかったのです。Cleft hand(=裂手)という病気でした。それ以外の合併奇形がないか超音波で可能な限り検査して見つからず、染色体も調べて正常だったのですが、ご両親は中絶を選ばれました。

私は超音波を勉強しに行ってたので、指先の奇形を見つけたことに喜んだのですが、そのことが結果的に赤ちゃんの命を奪ってしまったことがショックで、出生前診断の是非について改めて考えさせられました。

日本でも単独の口唇裂だけで中絶を選ぶ人もいますが、日本人の一般的な感覚として指先や唇の奇形での中絶に賛成する人はごく少ないのではないでしょうか。(手術という方法があるし。)

では、どんな病気による中絶なら、日本で比較的一般的に行われているのでしょうか?

これは産婦人科医たちの感覚ですが、産まれても子宮の外では生きていけないような重い病気(例えば無脳児)、重い合併奇形や精神発達障害を持つことが多く新生児期~乳児期に死んでしまうような病気(例えば18トリソミーや全前脳胞症)については、人工妊娠中絶を勧める(=前提に説明をする)ことが多いと思います。(もちろん21週までに見つかった場合です。それ以降に見つかった場合は産む以外の選択肢はありません)

これには理由があって、私たち産婦人科医は、母体とお腹の赤ちゃんの命を天秤にかけざるを得ない状況になった場合、母体を優先すると言う大原則があるのです。
妊娠を継続することとお産という行為は、母体の健康を脅かしかねないことです。世のお母さんたちはみな自分の身を削って母親になったのです。

育つことのない赤ちゃんのために、妊娠を継続し出産するというコストは高すぎる。だから中期に中絶をするのが妥当だと言うコンセンサスに近いようなものが産婦人科医たちの間にあるのです。

そのような重症な赤ちゃんを身ごもって、21週までにそれが見つかったお母さんに告知していろいろお話をすると、私たちと同じように中絶という決断を選ばれるご夫婦が多いです。ですから、一般的にこのような考え方は妥当だと言えるのだと思います。
当然ながら中には「どんな赤ちゃんでも自分のお腹に宿った赤ちゃんを中絶するのは嫌だ」と考えられる人もいて、10カ月まで妊娠継続し出産される方もいます。

以前は、そのような赤ちゃんが産まれると、積極的な治療を施すことなく看取っていました。

しかし、最近では小児科の先生方の中に積極的な治療をするべきだという先生方がおられて、18トリソミーなどの児を外科手術を含めて可能な限り治療する施設も出てきました。
そして今の時代、そういった治療のおかげで奇跡的に育っている赤ちゃんのお母さんがブログなどを通じて、赤ちゃんが生きながらえているさまを伝えるということが起こっています。

医療の発達と、救われるべき命。

その線引きに変化が見られているのです。

このことは昨年の新生児周産期学会でも話題になっていました。例えば、ブログで18トリソミーの子が4歳になって走り回っている動画が載っていたりすると、それはものすごくインパクトがある。そうなれば、同じ病気の赤ちゃんを産まれてからただ看取るだけという方針に納得されないご両親も多くなるだろう。その時に新生児医療はどうするべきなのか、と。

一つの命に対して出来る限りのことをする。

それ自体は一見正しいことのように思えます。

ただ、医療資源、特に周産期・新生児の医療資源は決して余裕があるものではありません。あるNICUを持つ病院が18トリソミーの赤ちゃんの治療に人手と時間を費やしているために、別の切羽詰まった妊婦の母体搬送を断らざるを得なくなることもあります。また治療は公費で賄われます。そうなれば、やはり一人一人だけの問題ではありません。

新生児医療の場合、赤ちゃん本人の意思が分からないという問題があります。小さい体に何度もメスを入れられ、管につながれて保育器の中にずっといる、その苦しみは赤ちゃんにとって産まれて来た喜びとどちらが大きいのだろう。親も医療者もそれぞれの立場で推測しながら方針を決めるのですが、主観に影響されるのは避けられないでしょう。その中で医療者は両親の選択を手伝い、決定を尊重しているわけなのです。(しかし決断は簡単に出来るものではなく、医者に「治療法がありますがどうしますか」と言われれば「結構です」とは言えないという問題もあるようです。)

新生児周産期学会では、治療した児の予後を今後集めて行って、やはり大変予後が悪いということになれば、治療を勧めないという根拠になるだろうと話されていました。(すくなくともあの会場の大多数は、18トリソミー児への集中治療には消極的だったと思います)

医療の進歩と共に、悩ましい現場が増えていく。これは周産期の現場だけでなく、老人医療でも問題になっていますね。それは誰にとっても他人事ではありません。

長くなったので今日はここまでに。
次は赤ちゃんの権利について考えてみたいと思います。