これは智くんのお話
大野さん・・こんな私でも
あなたと並ぶことができますか?
最初から 「背伸びをしてキスをして」1
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休みが明けて月曜日
私はいつものパンツスーツで出勤した
「花蓮ちゃん・・何度も電話したんだよ。ごめんね・・私が無理に連れてったから」
いつもより暗い顔した知佳を、心配させたままだったことに気付いた
「ごめん知佳、携帯壊れちゃったみたいで通じなくて。ほら、新しいのに変えたんだよ。カッコいいでしょ?」
壊れたなんて嘘・・でも、気持ちを切り替えたくて選んだこのスマホは
男性が好みそうなデザインで、私らしくて安心する
私の明るい笑顔での会話に、もともとポジティブな性格の知佳はホッとしたようにノッてくれた
「本当だ。色も黒にしたんだね。すごくカッコいいね」
「でしょ?着信音もね、面白いのにしたんだ」
「水沢さん、それ新機種なの?見せて見せて」
集まってきた女子たちともワイワイと話しながら、笑顔で気持ちを包み込む
そう・・こうやっているのが私の幸せ
ピンク色の恋なんて、似合わないんだ
上司に頼まれて、重い書類を抱えて歩く廊下で
大野さんにすれ違った
この間の気まずさを隠して、会釈をして過ぎようとすると
声をかけられた
「それすげえ重そうじゃん。少し持ってやるよ」
「ぜんぜんですよ~私、力持ちなんですから」
「ほら、よこしなって。無理すんな」
「本当に大丈夫です。気にしないでください」
急いで去ろうとすると、腕を掴まれた
「水沢さんは・・いつもそうやって・・・。女の子なんだから甘えたっていいんだよ。ほら貸しなって」
私の腕から半分以上の書類を持ち上げて、大野さんは歩き出した
難なく持ち上げるその腕に・・ その気持ちに・・・
男らしさを感じて、ときめいてしまいそうになる
でも、もう恋するのは止めたんだから・・・
私たちは黙ったまま、並んで歩いていった
「ありがとうございました。助かりました」
書類を無事に届けてお礼を言うと、大野さんは、ふんわりとした笑顔を見せた
「これからコーヒーでも飲もうと思ってんだ。水沢さんも、どう?」
「え・・///あの・・私は・・・」
「あ、花蓮ちゃん。ちょっといい?話があるんだ」
声の方に向くと佐藤君がいて、私に笑いかけていた
「話し・・ですか?」
「うん。大野、ちょっと花蓮ちゃん借りるな」
佐藤さんは、私の腕を掴んで歩いて行って、廊下の角の死角で止まった
私を勝手に名前で呼ぶのも、こうやって強引な所も、私は好きになれなかった
佐藤さんは私よりずっと背が高い。だから見上げるように上を向いた
ドン・・と腕を顔の脇の壁につかれて、近くから私を見つめてくる
これって・・今流行りの壁ドン・・よね?
パニックを起こしてる頭でも、心は冷えていて
好きでも無い人にされても、なんとも思わないんだって知った
「あの・・話ってなんでしょうか?」
「なあ、俺ってカッコいいだろ?」
「・・・は?・・ええ・・まぁ・・・」
この人・・何言ってるんだろう。確かにイケメンなのかもしれないけど・・・
佐藤さんはため息と共に、その腕を外した
「なのにさあ・・知佳ちゃんは靡いてくれないんだよな。だから花蓮ちゃんに俺のこと薦めて欲しくってさ」
「知佳の気持ちは自由ですよ。私が何を言ったって変わりません」
「・・・ったく冷たいな。少しは協力してくれてもいいじゃねーか。とにかく、これを知佳ちゃんに渡してくれよ。よろしくな」
「困りますっ!・・って、もう行っちゃったし・・・」
手に残った手紙らしい封筒を、仕方なくポケットに入れて歩き出すと
先の自販機の横に立って、缶コーヒーを飲んでいる大野さんと目があった
今の・・ 見られてた・・?
距離があるから、会話は聞こえてないと思うけど
こんな私が壁ドンに動揺しているところなんて・・見られたくなかった
デスクに戻って、隣の知佳に声を掛けた
「ごめん・・知佳。断れなかった」
その名入りの封筒を差し出すと、知佳はニガ笑いをして受け取った
「いいよ。佐藤君も懲りないね。私の好きな人・・言っちゃおうかな」
「それは、やめといた方がいいよ。相手がいることだからね」
「うん・・分かってる・・・」
知佳はその相手・・窓際のデスクの男を切なげに見つめた
その薬指に光るものが、知佳の悲しみの原因だった
知佳も恋に悩んでいる・・・
私も・・って、もう諦めたのよね・・・
さっきの大野さんの視線や声を思い出して
胸がキュっと痛くなる
この思いは、いつかは忘れられるのかな
窓の外の暮れていく夕日を見つめて、私はぼんやりと考えていた
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