イチョウ伝来

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真の自生地については定かでないが、もっとも有力なのが現在の安徽省宣城県付近で、11世紀初めに当時の北宋王朝の都があった開封に移植された。

日本に持ち込まれたのは当然それ以後の事であり、諸説あり[8]平安後期から鎌倉時代にかけてとされている。1323年に当時の元の寧波から日本の博多に航行中に沈没した難破船の調査において銀杏が発見されている。現在では全国で栽培されている。

「いちょう」の名前の由来は、葉が鴨の足に似ている事から、中国語の「鴨脚(YaJiao ヤーチャウ)」が訛った、とされる説が有力である。但し、中国語はもともと方言差が大きく、また、のk/gの音価は中世以降大きく変化したため、「銀杏」と書いてそのまま「イー・チョウ」もしくは「イン・チョウ」のように発音する時代・地方から導入されたことも否定はできない。

ヨーロッパには1693年、長崎からケンペルにより再び持ち込まれた。現在はヨーロッパおよび北アメリカでも植栽される。


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