こんにちは、カナコです。

今日は、長いこと考えた結果決めたことをお知らせしたくてブログを更新しにきました。

ちょっと長くなりますが、ゆっくりお読みいただけたら幸いです。


 私たちは、ホームページを作ったりブログに記事を書いたりする、これまでのIF現象に関する表現活動を、いったん無期限に休止することにしました。


 というのも、本を書いてからこっち、今までがむしゃらに続けてきたIFさんたちについての表現、説明活動の方法について、これでいいのかな、満足できないな、という思いが強まってきたからです。

 具体的に言うと、表現したいのに、見てもらいたいのに、ホームページだって準備したのに、言いたいことが書けない。書かなきゃ、って思い詰めても、なにを書いたらいいかわからない。前はあれほどあふれるほどに出てきたのに、じょうろの水がなくなったみたいになんにも出てこなくて、かなしくてかなしくてたまらないのです。自分がからっぽになったみたいで、なにも言えないのが苦しいのです。本当は、IFさんたちを表現したくて、知ってもらいたくてたまらないのに。

 これは、今までの方法が合わなくなったうえに、IFさんたちを認めてほしくてまず分かったことから!って外に出すのを急ぎ過ぎて、自分の知識とか発想とかを豊かにしてあげる余裕がないままからっぽになって、能力オーバーになっちゃったんだなあ、と悩みはじめて2ヶ月弱、昨日になってようやく納得することができました。

 今までの方法、というのは、とにかく理詰めで「IF現象はこのようなものです、定義はこうで、私の経験から推測するに(ここが弱いとこだったけれども)かくかくしかじかの性質を持っていると言えます」みたいに、ひたすら客観的にありとあらゆる人々にわかってもらおう、水も漏らさないようにきちんとしよう、というところを目指してきたことを指します。

 

 でも、私が本当に伝えたいのは、そんな実験用ラットの観察記録みたいな側面ではないのです。イヤもちろん、ある程度の客観的視点から見た性質の説明も入れないと現実感が薄まってさらに納得いかない事態になるんだけど。もっと、IFさんたち個人個人の、人間くさいとこを伝えられるようになりたい。社会で生きてる彼らの心とか、私たち生身の身体があるものとの共通項とか違いとか、そこからどんな問題が起きてくるのかとか、もうちょっとこう、主観的なところも混ぜた視点で見たい。

 私の主観と、ルークや涼都さんの主観がぶつかったら何が見えるだろう?

 彼らははどのくらい、私の被造物としての影響をその感性に受けているんだろう?

 なにが見たいかはわかってるのに、その方法がわからないのです。ただわかるのは、客観視だけの理詰めだけじゃ足りないってことだけ。

ルークの言葉を借りるなら、「理屈だけじゃないんだよシェリ、俺はお前の道具じゃない、人間なんだ」。

 今までの方法じゃ、いつの間にか発表することが第一目標になって、自分が研究するための対象として彼らを見ていたんだ、と突きつけられてはっとしました。そうじゃない、私がしたかったのはそうじゃないの。もっと感情を覚えていたい!でも、どうしたらいいのかわからない。理詰めでやりすぎた。

 

 だから、今はその方法を探しに、3人で旅に出ます。どのくらいかかるかわからないけど、発信しつづけたいからこそ真剣に、探してきます。そのあいだ、広く世界に語りかけるのはお休み。きっぱりお休み。

 もっと狭めて、友だちづきあいとか、IFさんと自分の感性に向き合うとか、そっちが先なのだと思います。外に向かって広く発表するのは、また語れる、これがその方法で、こうしたい、そうしたくてしょうがない、とかきたてられたときにこそやるのです。それまで、焦らず豊かになりたい。


 このブログは、いつかそんな風に発信したくなった時のために、いつでも帰ってこられる場所としてここに残しておきます。私たちが旅から戻ってこられた日のために。

 いつか、またお会いしましょう。どこにたどり着くかもわからないけれど、どうかしあわせを見つけられますように。このブログを読んでくださるかたに、なにか良いものを見ていただけますように。

 それでは、またお会いできるその日まで、ごきげんよう。ありったけの感謝をこめて。


カナコ



L「旅に出ます、か」

K「探しものしましょう、一緒に生きていることを、過不足なく証できる方法を」

F「理詰めだけではない、と言われると切ないな」

L「世界が広がるのさ、先生。からっぽになったらまた満たせばいい」

K「その底には、今まで見ていてくださった方たちへの感謝があるわ」

L「そうだな、それを忘れちゃいけない。見送ってくださる方たちへ、俺からもせいいっぱいの感謝をささげます。3人は、ずっと一緒にいたくて歩いてきました。その夢を叶えるため、新しい場所へ行こうと思います。いつかまた語れるその日に、お会いできますように。Remerci infiniment!」

F「本当に、今までありがとうございました。新しい場所への旅路に、僕も連れだって行けることが心から嬉しいです。これからも、3人はなにも失わず成長していけるでしょう。豊かになった言葉で表現で、良いものが作れますように。ありがとう、ありがとう」


 

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