2014年02月20日(木) 12時58分32秒

「運」とは何か。確率論で言う“偏り”なのか。あるいは能力なのか。

テーマ:専属カメラマン☆チャーリーの寄稿ブログ
この記事は同日付けの「民主主義と確率論。多数決と昼飯から考察。」の続き(3ページ目)です。
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「運」とは何か。
“偏り”か、神の“えこひいき”か。または“報酬”なのか。

当選者が分母と同じ数クジを買ったわけではないのだから。
もしルチアーノショーのスタッフが当たったtoto1等(1/160万)を、人生の一直線上の「道」に例えた場合、偶然(?)にその“瞬間”を踏むタイミングで購入しなければならない。

それを“能力”だと考えたら(「運も才能のうち」という考え方に似ている)、
見事に当たる人がいるなら、わざわざはずれる人がいるんじゃないか。

そこで、今回のモンティ・ホールの問題をルチアーノショーの2人の女性にトランプ(ジョーカー2枚とエース1枚)で試してもらった。

1人の女性は過去にこの理論を学んでいたため、「変更した方が2倍当たる」と即答。この女性は4回連続で変更したが、実は全て最初に選んだカードが当たりで、「わざわざ」当たりを避けてしまった。

もう1人の女性は直感的に「変更しない」と即答。この女性は4回連続で変更しなかったが、全てハズレだった。

確率論を信じた方はハズレ、自分の直感を信じた方もはずれた。
確率論で言えばただの「偏り」で片付けられるケースだ。

がしかし、世の中、こういうケースの方が多くないか。
そして、こういった事象が続くことで、本当に当たりはあるのか?と問う人も出てくる。

たったの4回で何がわかる?
ごもっとも。しかし確率論は、無限回数繰り返すことで収束すると定義されているから、無限回数繰り返さない人間社会は、常に偏りの中に存在していると言える。
※理論と現実は切り分けないと、実生活で役に立たないただの学問と化してしまうので、今回は現実的な回数を。

でも。
もしかして、これでもちゃんと収束しているんじゃないか。収束していることに気付かず、偏っていると思い込んでいるだけではないか。
モンティ・ホール問題のように、皆がよってたかって「正しいこと」を批判・反論するケースもあるのだから。と考えてみた。

もしかすると他人がはずれた分だけ、どこかに当たりが集中している(ちゃんと収束させている)可能性もある(まるで掃除機のようなバキューマーがいる)んじゃないか(笑)とか。
これはクジや個人単位による収束ではなく、人口(人口全体または何らかのグループ)を分母とした収束の考え方だ。

強引だろうか。
地球上でずっとルーレットが回っているイメージだ。

アガタスミオ
アガタとオガワスミオ。

もし分母を人生の道における「歩数」だと考えたらどうだろうか。

toto1等で例えると、160万歩中の1歩が当たりを踏むイメージだ。

では、その瞬間が早く訪れる人と、後から訪れる人についてどう説明するか。
人によって「時間の進むスピードは異なる」としてしまうと、既存のいろんなものに不整合が生じてしまうので、同じ1秒の“分解能”(密度・解像度)が異なると考えてみた。
1秒単位の人と0.1秒単位の人は、1秒後には10歩(と例える)も差がある。

/*
自転車に例えるならば、小さいギアで必死でこいで走り続けるのと、大きなギアでゆったり走る違いといったところか。良い悪いの区別はなく、命がけのレーシングが好きな人もいれば、ひなたぼっこしながら読書が好きな人もいる。
*/


こうして細分化(分解)された人は、同じ時間内に多くの歩数を歩むため、他人よりも早く160万歩目が来るという考え方だ。
そう考えれば、決して偏っているわけではなく、全てを網羅した中での的中(確率論通り)と見なすことができ、現実社会において確率論を否定する必要はなくなり両立する。
言い換えるともの凄い勢いでハズレを繰り返していることでもある。

反対に、小刻みに分解しなければ、160万歩目に到達するのに時間がかかるだけで、実質的にはずれている回数も少ないということになり、大当たりは起きないかもしれないし、或いは穏やかに“その日”を迎えるかもしれない。下記の女性のように。

米宝くじで590億円の高額当選、84歳女性名乗り出る
「行列に並んでいると、親切な人が行列の順番を譲ってくれ、私に先に買わせてくれた」という。

これらの考え方の前振りとして、前々々号にてアセンション=bitの上昇(すわなち分解能の上昇)のシナリオを描き、なおかつ「最小時間」(プランク時間)について触れた。

私は確率を信じている。
しかし「念」というものも信じているし、「運」も信じている。
そして「引き寄せの法則」と言われるものも信じている。

そもそも当選が続出したルチアーノショーの謎を解きたく確率論からπにまで至ったのだが、ようやく全体がつながってきた気がする

ランダム(気まぐれ)のある一点を読み取れる(または「引き寄せられる」)何かがあるのではないかと思う。それが「運」かもしれないのならば、「運」の正体を知りたいというのがこの研究のテーマだ。

big1000当選
そんなことを書いていたら、また当たった(BIG1000)。
ルチアーノショーミラクルだ。

と言っても今回は雨で1試合流れた上で2等。確率は1/805くらい(笑)。
ポーカーで言えばフルハウスよりちょっと良い辺り。

ブログを書き終える頃、こぼれ落ちてきた2等を手にしたチャーリーでありました。

★あとがき
確率論については今回をもって完結編のつもりです。
次回は五感について追っていきたいと思います。

ロマンに酔いたくなったらルチアーノショーへ。

Photographer: Charlie

この記事は、下記の記事の延長線上にあります。
“時”の概念と、確率論の“収束”は似ていないか。
“時”の認識から「思想」(宗教)と「現実」(科学)を照合する。
1°=0.27777%のズレと地球のbitの上昇と2038年問題と。
「時間は不連続ではない」二人の世界。
ルチアーノショーの科学。8,000兆桁のπ(パイ)と予言。
1/38500秒=0.0000259秒のアガタと水風船。
1/8000秒=0.000125秒のドラマ。


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