2011-03-24 23:45:38

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FPふくちゃん

メルマガ:FPふくちゃんの不動産投資はじめました!
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ブログ:FPふくちゃんの不動産投資はじめました!


■兵庫県生まれ

1981年8月26日、兵庫県美嚢郡(現在:三木市)生まれ。
兵庫県の片田舎で育った、関西人です。

普通の家庭に育ち、何よりも普通が一番と教えられて育ってきました。
父はサラリーマン(既に定年)、母はパートで働いており、
兄と妹がいます。

それから、どんな生活をして育ったきたのかについて、
こちらで公開したいと思います。



■ 生まれてから住んでいた場所

私の実家は、とてつもない田舎でした。

「たぬき」とか「いたち」とか、
そこら辺に、普通に出てきてました。

しかも、山の上に家があるので、
夜になると家の周りは、真っ暗闇状態です。

そんな自然に囲まれた環境に育ったおかげで、
今も視力は2.0です!

この幼少期の影響で、自然大好き人間になりました。




■幼少期~小学校

幼少期から非常に好奇心旺盛で、
自由奔放な性格でした。

親が目を離すと、すぐにどっかに行ってしまい、
かなり高確率で迷子になっていたことを覚えています。

興味があることに猪突猛進になる性格は、
この頃から何も変わってません(笑)


小学校では、クラスで一番計算が早い少年でした。
(もしかしたら、FPの才能もこの頃に開花したのでしょうか)

また、とても目立ちたがりやの性格で、
お遊戯会の劇では、必ず主役を立候補してました。
「ちいちゃんのかげおくり」っていうお話では、
主人公のちいちゃん役(注:女の子)も無理矢理やったくらいです(笑)

そして、一番になって目立つことに、
親に褒められることに、とても快感を覚えてました。

小学校の頃は、面白い子、
勉強ができる子、足が早い子、
そんな男の子が、もてる時代です。

私もそんな「もてる男の子」の一人でした。
この頃までは、非常に順調でした。


■中学校

中学校になると、周りと比べはじめました。

他の小学校からも生徒が集まってきて、
今までの世界とは全く違います。

今までは、一番早く計算できたのに、
中学では違いました。

そんな中、今までの「できる自分」を守りたくて、
テストでカンニングをしました。


まんまとバレてしまいました・・・。

その後、先生に生徒指導室に呼び出され説教、
親に連絡をされ、親父にものすごい勢いで怒られ、
母親に号泣され。。。


母親に号泣されたのは、かなり辛かったですね。

何故そんなに号泣されたのか、後からわかったのですが、
両親は、自分たちのことを責めていたようです。

「良い成績を取るように、プレッシャーをかけすぎてしまった」


そんな自分が、悔しくて、恥ずかしくて、一晩中泣きました。

親を悲しませるようなことは、絶対にしちゃいけない。
その日から、絶対にズルは辞めようと決めました。

当たり前のことなんですが、私の人生では、とても大きな教えでした。

その後、生徒会の副会長になったり、
学級代表に選ばれて、卒業式で送辞を述べたり、
一気に挽回していった気がします。



■高校

高校は受験をして、地元の進学校に入りました。

高校までは、約20kmの距離を毎日、
自転車で一時間かけて、通学していました。

バスもありましたが、片道780円かかったので、
親に負担をかけないようにと思ってました。

高校はサッカーと勉強に全ての時間を使いました。

大学に入ったら、一人暮らしをしたかったので、
経済的な理由からも、国立大学現役合格を目指していました。

そんな、部活と勉強漬けの日々でしたので、
小学校、中学校時代と比べると、
おとなしい感じの男子でした。


■大学

念願の国立大学(鳥取大学)に現役で合格し、一人暮らしをはじめました。

これからは、ITの時代が来る!ということで、
知能情報工学を専攻に選びました。

ただ、それまでパソコンなんて、ほとんど触れたことがなく、
単なるイメージで、専攻を選んだことが失敗でした。

大学の授業が始まり、すぐに思いました。

「パソコンって、面白くない。」

その当時は、画面の前に座って、
キーボードをかちゃかちゃすることの、
何が面白いんだろうって感じでした。

そんな状況だったので、ろくに勉強もしないでいると、
2年目に入る頃には、全く授業についていけなくなりました。

ただ、その分、仲間をつくるための時間は、
十分すぎるほどありました。

今でも、その仲間との繋がりは、私の財産です。

大学の3年間は、バイトと、仲間とバカ騒ぎだけで、
あっという間に、時間が過ぎ去っていきました。

ただ、さすがに就職活動が迫ってきた時、
このままでは社会に出ても通用しないだろうと焦りだし、
留学を決意しました。


■オーストラリア留学時代

オーストラリアにワーキングホリデーにいきました。

最初は、自分の苦手な英語を克服したいという思いもあり、
3ヶ月間はホームステイをしながら、
メルボルンの語学学校に通うことを決めました。

日本から、ホームステイ先を決めていたので、
安心して、オーストラリアに着いたのですが、
初日からホームシックにかかりました。

ホームステイ先は、かなり当たり外れがあるといいますが、
私のところは、お世辞にも当たりとは言えませんでした。

純粋なオージーのおじいちゃん、おばあちゃんの家庭ですが、
何故か食事が、毎晩カレーなんです。

インド人かよ!とツッコミたくなりましたが、
そこは、私の大好物がカレーであることが、
功を奏して助かりました。

しかも、水にうるさく、シャワーは脱衣所に入ってから、
出るまでで5分厳守でした。

ある日、少し時間をオーバーすると、
部屋に張り紙がしてありました。

「あんた、シャワー長いのよ!」

そんなメッセージだったと思います。

次の日からは、部屋で服を脱いで、
ダッシュでシャワールームに行ってたことを、
鮮明に覚えています。

語学学校でも、ある程度は勉強できましたが、
やはり実践で使うレベルまでは上達せず、
ここからは、自分にスパルタでいこうと決めました。

オーストラリアには、ウーフというしくみがあり、
お金のやりとりなしで、「食事と宿泊場所」と「力」そして
「知識・経験」を交換します。

つまり、働くかわりに、寝床とご飯をもらえるという制度です。

これは最適だと思い、早速いくつも電話をするのですが、
つたない英語での交渉も上手くいかず、中々行く先が決まりませんでした。

そんな中、快く引き受けてくれた一家がおり、
オーストラリアのど真ん中辺りに、ファームステイに行きました。

そこは、もはや、
私の田舎なんか比べ物にならないくらいの、
ドドドド田舎です。

「あっちの山から、あっちの山まで、うちの土地だから。」

「えー!!!」

田舎なんですが、あまりにも壮大すぎて、心から感動しました。

周りを見渡しても、山しか見えず、夕方になると、
夕日で空がピンク色に染まり、夜になると、
星がめちゃくちゃ大きく見えました。

もちろんそこには、日本人は一人もおらず、
完全に日常とかけはなれた空間でした。

朝起きると、まずは斧を持って、薪を集めにいきます。

すると、野生のエミューが目の前を通りがかり、
目が合って、お互いに牽制し合う、そんな行事から、
一日がはじまります。

その一家は、色んな動物を飼っていたのですが、
その中に、やぎを2頭飼っていました。

そして、私の仕事は、やぎの小屋をつくることでした。

といいましても、そんな「知識・経験」があるわけでもなく、
イエス、イエスと言っていたら、その仕事が与えられていたという
状況だったと思います。

セメントの粉から、ブロックをつくって、それを乾燥させて、
小屋を作り上げていく。

地道な作業ですが、少しずつでき上がっていく、
様子にはとても感動するものがありました。

そのファームでの経験は、非常に貴重でした。
今でもサバイバル精神は旺盛です(笑)

ファームステイ後は、
車を購入して、オーストラリア半周の旅をしたり、
旅の途中では、またファームステイをしたり、
最終的には、ケアンズの旅行代理店で働きました。

オーストラリアでは、自分の価値観や世界が広がったことと、
生きる力を養うことができたのが、大きな収穫でした。

それが、今の営業力にも、かなり影響してます。
やっぱり、生きる力、自分の思いを伝える力は、大切ですね!


■カンボジアで日本語ボランティア

オーストラリアから帰国後、
大学卒業前に、約一ヶ月間、
カンボジアに日本語ボランティアにいきました。

オーストラリアで鍛え込まれた私の根性に、
その当時、怖いものはありませんでした。

「社会人になる前にもう一度、世界を自分の目でみてみたい!」

この思いから、当時、影響を受けていた、
コンバット・カメラマンの沢田教一さんが、
亡くなったカンボジア(首都のプノンペン)に、
行ってみたいと思いました。

今も、素人ですが、写真撮影は大好きです!

カンボジアでは、カンボジアNGOという学校で、
寝泊まりをしながら、日本語先生のボランティアをしました。

当時は、そんなに生徒も多くなかった気がしますが、
今は連日、2000人の生徒が訪れるようです。

私は人一倍、環境順応能力は高いので、
すぐに生活には慣れたのですが、最後まで慣れなかったのは、
水シャワーでした。

カンボジアくらい熱い国でも、
水シャワーはかなり辛いです。
しかも、水が衛生的ではないので、
一度、意識が無くなるくらいの腹痛に襲われました(笑)

カンボジアでは、私にとって、全てが新鮮で、衝撃的でした。

プノンペンは、首都といえども、
大変貧しい生活をしている人が多いですし、
日々生きる事に必死な状況が、当たり前のように広がっていました。

ただ、そんな環境でも、子供たちの目が、
明らかに日本の子供よりも、キラキラしてるんです。

当時の私(21歳)と同い年の子たちでも、
本当に些細な事で、心から笑うんです。

みんな夢を語るんです。

貧しくても、環境が整っていなくても、
みんな好奇心と向上心で、満ち溢れていました。

そんな子たちと、生活を共にした、一ヶ月間は、
数えきれないほど色んな事を感じることができ、
今までの人生の中で、最も中身の濃い一ヶ月間でした。

カンボジアでの経験は、今の私に大きな影響を与えています。

これから、いくつになっても、
いい年して、子供みたいにって笑われても、
目をキラキラさせながら、
夢を追い続けたいと決意しました。

今はそれが、FPの仕事と、不動産投資ですね。

その先には、たくさんの人に、
私が今まで多くの影響を受けてきたのと同じように、
多くの人に夢を追い続けてもらえるよう、
今度は自分が、影響を与えていきたいと思うようになりました。


■ウエディング・プランナー時代

カンボジアから帰国後は、大学を卒業し、
就職をしました。

基本的に、私が専攻していた学科からは、
ほとんどの人がSEになるケースが多いのですが、
なんせパソコン嫌いだった私は、
「多くの人の人生にかかわる仕事がしたい!」
という思いから、ウエディング・プランナーという仕事を選びました。

就職活動は、それなりに大変でしたが、
結果的には、自分の希望の道に進めたので、
よくやったなという感じです。

ウエディング・プランナーというと、
当時、ドラマもしていて、
今よりも、かなり人気が高い職業でした。

笑顔に包まれた、華やかな職業というイメージでしたが、
会社に入ってみたところ、現場は、かなり大変でした。

なにがって、完璧に女性社会でしたから、
今まで、いきおいで泥臭く生きてきた私には、
慣れるのに少し時間がかかりました。

私は、最初から、「やるからには同期で一番をとります!」
という発言をして、周りにライバル心むき出しでいました。

それが、調和を大切にする状況の中では、
中々受け入れられませんでした。

ただ、今から考えると、女性社会でなくても、
あの時の自分の態度には、かなり問題があった気がします。

おかげで今は、相手の気持ちがわかる人間になりました。

ウエディング・プランナーの仕事は、
大きく分けると二つにわかれます。

一つ目は、打ち合わせ業務。
結婚式が決まった夫婦を、挙式当日まで、何ヶ月もの間、
何回も打ち合わせを重ねて、当日のオペレーションまで行う。

こちらが、一般的にみなさんがイメージする
ウエディング・プランナーだと思います。

二つ目は、新規営業です。
当たり前ですが、結婚式を決めてもらわないと打ち合わせもできません。

日本では、結婚式場は何千とあります。
同じエリアでも、競合する式場はたくさんあります。

そんな中、自社で結婚式を決めてもらう。
会社にとっては、最も重要なスポットです。


通常、新入社員は、研修期間(6ヶ月)が終わった後、
先輩にジョイントしながら、新規営業を学びます。

その後、徐々に打ち合わせ業務を学んでいき、
最終的には、一人で担当を持つようになります。

このように、どちらの業務も受け持つのが通常です。


私も同じように、研修期間が終わり、
新規営業に出るようになりました。

当時、私が働いていた会社では、
四半期に一度、全国の社員を集めて、
社員総会が行われていました。

そこでは、全国でトップの営業成績を出した社員を
全社員の前で、表彰することになっていました。

まず、当面の目標をそこにおきました。

単純な私は、当時のマネージャーに誘導されるまま、
「絶対にトップをとります!」と宣言していました。

ただ、マネージャーもその気にさせておきながら、
「まぁ、まずは決定率40%を超えたら上出来だね」
という状況でした。

というのも、上場企業で、営業社員だけでも何百人とおり、
平均決定率は30%~40%くらいですから、
研修が終わったばかりの新入社員には、
かなり難しい目標だったようです。

でも、私としては、根拠のない自信でいっぱいでした。
やると決めたら、とことんやってみよう!

そんな気持ちにさせてくれた、マネージャーには今でも感謝しています。

そんな状況の中、最初の四半期が始まりました。

当初は、今のような営業スキルもノウハウも何もありませんので、
とりあえず全力投球でした。

とにかく目の前の新郎、新婦を楽しませること、
幸せな様子を想像してもらうこと、
こちらが目をキラキラさせながら語ること、
それだけに全力投球でした。

一組の接客が終わると、いつもヘトヘトでした(笑)

そんな風に、必死で接客を続けた結果、
最初の四半期で、いきなり全国トップになりました。

全社員の前で、社長から表彰された時の震えは、今でも忘れません。

そこからは、トップを取り続けることと、
少しでも良い営業成績を出す事を目標にしました。

夜、仕事が終わった後に、一人でロールプレイングをしながら、
会場を何度も周り、いくつもストーリーを組み立てました。

全ての場所ごとに、一番景色が綺麗に見える立ち位置を探し、
ご案内する時の自分の立つ位置まで、正確に研究していきました。

この場所では、新婦さんにこんな感情になってもらって、
その時の新郎さんの反応に合わせて、こんな言葉が最適だなとか、
本当に細かいところまで考えました。

間違いなく、誰よりも会場を歩き回っていました。

そのおかげもあり、約2年間の間、常にトップ営業マンとして、
成績を残す事が出ました。

最終的には、私の平均決定率は、80%くらいでした。


■現在の仕事(ファイナンシャル・プランナー)

ウエディング・プランナー時代、当初は大阪で勤務していましたが、
直接、社長から声をもらい、横浜に転勤しました。

前の会社の中では、かなり待遇も良くなってましたし、
将来有望な状態でした。

そんな中、ある日、事務所に外資系金融機関を名乗る人から、
一本の電話がかかってきました。

「福田さんをスカウトさせていただきたい。」

突然でビックリしましたが、自分が評価されていることに悪い気はせず、
とりあえず、一度会うだけ会ってみようと思いました。

そこで、今の仕事につくきっかけとなった人に出会いました。

その人に、こんな質問をされました。

「福田さんの夢は、なんですか?」
「今の仕事で、その夢がかないますか?」

今から考えると、当時の私は、
目の前の営業成績を追い求めるばかりで、
具体的に夢を描けていませんでした。

世界を見て、色んな経験をして、
夢を追い続けたいと決意した自分の目標を、
見失っていました。

あらためて、自分の夢を考えてみました。

この先の人生をかけて、人の役にたてる仕事がしたい。
多くの人の人生にかかわる仕事がしたい。

そして、影響を与えられる人間に成長したい。

私は、迷う事なく、すぐに決断しました。
そこからは、いつもの全力投球です(笑)

現在は、個人事業主という形で、多くのお客様をサポートしています。

もちろん、まだまだ未熟で、発展途上です。


■今後の目標

現在の夢は、とても明確です!

私は、現在の仕事で、ご縁があった方から、
不動産投資というものを教えてもらいました。

まずは、不動産投資&ネットビジネスを通して、
しっかりとした収入を確保する。

お金に縛られる生活からの脱却が、まず第一です。

金銭的に自由になることで、心にゆとりが生まれる。

そして、そこで得たスキルやノウハウを多くの人に伝えていく。

現在は、物件購入に向けて進行中で、
日々の活動をメルマガで公開しています。
(メルマガ:FPふくちゃんの不動産投資はじめました!執筆中)


多くの人と、共に笑い、共に成長できるように。

その先には、人としてもっと成長し、
多くの人に影響を与えられるような人間になる。


最後に、

今までの私の人生を振り返ってみると、
本当に多くのご縁に恵まれています。

ターニングポイントになっているところでは、
必ず、良い人に巡り会えています。

そんな人に、私もなれるよう、日々頑張ります。

長い文章になりましたが、ここまでお付き合いいただき、
どうもありがとうございました。

どうぞ今後とも宜しくお願いいたします。

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