…微妙なタイトルですが。
電車でキネシするのか、電車にイライラするのか、、、後者です(^^;)

その1からの続きです。



・混んでる電車でスマホや本などを見ていること(ジャマ!)
・混んでる駅の階段でスマホなどを見ながら歩いていること(どけ!)
にイライラするのでキネシで調整してみたら、

五徳のアロマを何種類かかいだ結果

上記の状況には遭遇していないものの、
・全く違う状況(過去のできごと)にイライラしていたのに、そのできごとは普段思い出さないから意識していなくて、なおかつ「電車にイライラしているんじゃなかったんだ」と実感した
・またもう長年イライラしていた「電車で自分が降りるときに、降車人を待たずに乗り込もうとする人」の状況になっても余裕な気持ちで見ていられることに気が付いた。

ということになりました。

とくに後者!なんてこった!心が平和!

しかし、2週間ほどたって、またイライラし始めました。
こないだなんて、左右両方から乗ってこようとする人が入ってきて…いやほんと勘弁。先に降りさせてよ。

それから、新たな電車イライラを自覚。これも以前からなんですが
・降りる人がいるのにそこで踏ん張っている(道を譲るためにいったん車外へ出たりなどしない)人。


またもや五徳のあろまを嗅ぎ始めたところ、何度目かで筋反射が反応しなくなった。5本ともに「NO(違う)」という。かといって「他のアロマ?」で確認すると「NO」。

そこでイレギュラーな直感が。

…2本同時にかぐ? → YES

そこから、何度「2本嗅ぎ」をやったでしょうか(笑)

そしてあるタイミングでまた、「ああホントはあのときにイライラしたんだ」というできごとを思い出す。(これもまた私にとってはおおきなできごと。だけど、普段は思い出したくもないので封印されていたんだね、きっと。)

こんどは、その思い出したシチュエーションで五徳を嗅ぎます。2本でね(笑)

ところが、途中で猛烈な眠気に襲われ。しかし、まだその思い出したシチュエーションに対して、モヤモヤします。まだ続きがあるのか!



図解・全く違う状況(過去のできごと)にイライラしていたのに、そのできごとは普段思い出さないから意識していなくて、なおかつ「電車にイライラしているんじゃなかったんだ」と実感した


この図で言うと、今「傘!!!!」ってイライラしているとする。でも実は「傘はダミー」で本当は過去にあったできごと「〇〇」でイライラ!が発生し、且つ、それを消化しきれなかったため残っていて、似たようなイライラを発生しうる出来事のときに感情が喚起されていた、という仕組みになっていることを理解した、ってことです。

「似たような状況で感情が喚起される」ということについては、また触れます。

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人間の脳ってすごい働きをするんだな

そんなふうに感じたキネシオロジー調整があった。


私は、以前から
・混んでる電車でスマホや本などを見ていること(ジャマ!)
・混んでる駅の階段でスマホなどを見ながら歩いていること(どけ!)
にイライラしていました。

( )内は、イライラの具体的な内容です。


いつからイライラしてるか思い出せないくらい、そして「猛烈な」イライラ。

あまりに強い感情なので、まいど電車に乗るたびにこれを感じるのもストレスだなと思い、調整してみました。

正確には、たまたま五徳で調整してもらうときに思いついたテーマがこれで、自分では、ずーっと、単に「マナーの悪さに対するイライラ」だと思っていたので、「いやもっと深いテーマがいいんだけど」と思いながらのスタート。


ところがね、違ったんです。

マナーとか、そんなんじゃなかった。

「イライラしている」という事実に、「〇〇だからイライラしているんだろう」と勝手に理由をもっともらしく考えていたけれども。


電車とか駅とか、まったく関係ない。
私の人生の中心といっていいほどずっと消化できなかった、それくらい大きなできごとがきっかけで生まれた感情、それがまったく解消されていないままだった、ということ
・電車が云々ということは、本当はこのイライラには全く関係がないんだ、ということ
をまざまざと実感
しました。


人間の脳っておもしろい仕組みをしてるんだな。
そして、どんな感情であっても、わかったふうな判断をするもんじゃないですね。


調整はこんな感じ。
・友人に五徳でしてもらった
・自分でも五徳で何度かした(筋反射で選んで五徳だった)


その後、思いがけず、他のシチュエーションで変化がありました。(肝心の、テーマに沿った状況にはまだ遭遇していない。)

電車で自分が降りるときに、降車人を待たずに乗り込もうとする人にも、同じように猛烈な怒りを感じていたのですが、いざそのシチュエーションになって何も感じなかった自分に、あとから「あれ?私、いまイライラしなかったよね?!」と驚きました。

すごい!!

ですがー。

後日またイライラが発生したとともに、別のテーマ&展開になったので、また書きまする。

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右の中指がね。

ここ2,3ヶ月えらいイキオイで荒れてて、季節柄、乾燥するというよりも、赤く湿気をともなっていた。

痒いときは、本当にかゆくてね。
物心ついたときからアトピーだったので、痒みには慣れているのに、それでも痒い。


ある日、真っ赤にじゅくじゅくしていて、ちょっとこれは、と思ってキネシしてみました。

軽くアロマを選ぶというよりは、しっかりやろうかなと。

もちろん、全部筋反射できいていきました。



今、この中指の調整をしていいかな? → YES

アロマを選ぶ → NO

先にやるべきことがある → YES

14筋をとる? → NO

カードをひく? → YES

タロット? → NO
エンジェルボイス? → YES

(へ~~~~~。おもしろい展開だ。)

そこからカードをひいたら、見事に、今の自分のフィットしたメッセージがでました。ちなみに、5枚引きのうち4枚が「行動」に関するカード。はい~~わかってます・・・行動追いついてません!(^^;)

そのあと。

アロマを選ぶ? が「YES」になります。お、アロマの許可が出た。

アロマは「五徳」。3本連続、ノーメッセージで香りだけ堪能して終了。


すると。

翌日からびっくり、数日続いた赤身とじゅくじゅく感がすっかりひいて、乾燥っぽい荒れに変わったのです。



こうね、頭で考えても解決できないことを、身体からみていくのは、本当~~~~にキネシオロジーは便利です。


写真は今日の指。やはり右の中指がまだすこし腫れています。

赤い丸のあたりが、真っ赤だったところ~。

このときの調整のあと、後日おもしろい調整(?)ができたので、またシェアします^o^

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今日、急に友人と会うことになりました。

あ~いい時間だった!と思ったら、その数時間後、エライことに気がづいた。

最近、どうも違和感があるなと思っていて、その正体がハッキリしたのだ。ありがたし友人よ。



友人とは、10年以上の細く長い付き合い。自称コミュ障(たぶんほんとにコミュ障)、SNSは一切しない、キネシオロジーも東洋医学も知らない。

ここ7,8年は会っても年に1回?2時間ほどで、今日は本当に久しぶりにゆっくり話すことができた。

そしたらまあ、
「東洋医学=あやしい、意味がわからない」「職場で気功をやってるオバチャンがいる=宗教、気持ち悪い」など、でるわでるわ(笑)

でもね、つい1,2年前にも同じように言われ、そのときは自分自身を否定されているように感じてとても悲しく、口をつぐんでしまったんだけど、今日はなんとも思わなかった。進歩!

私は普通に「どうしてそう思うの?」って聞いてたし、友人の「これ(自分の症状)って治らないんでしょ?」って言ってた認識も最終的には変わり「今度(私のところに)行こうかな」とまで言った。ふふ。

それでね。今日は素でいられて、本当に幸せでした。
と同時に、他の、いろんなシチュエーションで私が如何に素じゃないか、を改めて発見してしまい、まあ大変。

なんだ?私はなにになろうとしていたのだ???「なにぶって」いたんだ?愕然。

ここで「私はこういうキャラだった」なんてチマチマ宣言してないで、いろんなとこで素を出していきます。はーちょっとショック。

友人がコミュ障が悩ましいと言うに対して「初対面だって私と話しているように素でいればいいじゃん」なんてよく言ったもんだ。げー。



ああそうか。

「つきあい」とか「体裁」「ええかっこしい」で本音を認められないと、あるいは本音を出せないと、本当に疲れるんだな。

今日は何時間話していても疲れなかったし、逆に元気になれた。きっと、いい循環だったんだ。

先日、キネシオロジーと東洋医学のお話会を、無事終えました。

ほんとうは、質問をいただいてそれに応える、会話のくりかえしのおはなし会をイメージしていたのですが、いざスタートしたときにはあまり具体的なご質問もなく、

まずは、会話の流れから「五行とは」というお話になりました。

おもしろいのは、そのあと経絡やその走行の話までグッと踏み込んでいき、結局「陰陽」の話にはならなかったということ。

参加してくださったエツコさんが、写真を撮ってくださっていましたー!

自撮りは苦手だけど、せめて経絡のアロマやたくさんテキスト広げてみんなでワイワイしたテーブルのうえくらいは撮っておけばよかったと思ったので、嬉しい♡(*^^*)



テーマを決めてゆるくお話するお話会と、以前のセミナースタイル、両方していこうかな~♪



しかし、良いのか悪いのか、1年間薬膳&東洋医学のクラスをしたら、もう一段階深いお話をしたくなりました。

既に「原点・原理」を伝えているのですが、伝え方の幅が広がったほうが、より早く、的確に届くハズ。

ということで、さっそく今週末、とある学校の授業を体験してきます♪




歯の治療。

ここ5年か10年か、ともかく長い間お世話になっていたのは、
・なるべく削らない
・患者さんに医療費の負担がなるべくかからないように
・患者さんの心地よさまでケアしてくれる(痛みに弱い、などを尊重してくれる)
歯医者さんです。

生まれて初めての歯医者さんがコワくて痛かったので、その後数年放置した経験のある私としては、いまの歯医者さんは、それこそ「ここならリラックスして治療が受けられる」ところでした。


が。


キネシをしたり、アロマでケアしたり、ここ数年をかけて心も身体も「再編成」のようなタイミングだったので、歯のバランスも変わったし、私自身の「どんな歯科治療をしたいか」という意識も変わりました。

おそらく、思考、心、身体などの緊張やストレスがとけてくるにつれ、顔つきも変わってきて、当然口のなかのバランスも変わってきたんでしょう。

削ってかぶせて数年経った歯が1本、最近たまに、物を食べていなくても痛いし物を食べると激痛、という状態になっていました。

やはり歯医者に行って、相談したほうがいいのではないか。でも、もし歯医者さんに行くとしたら、歯だけを診るのではなく、全体を見る歯医者さんにお願いしたほうがいいのか…?
(余談。さらっと書きましたが、「お願いした方がいい(ような)」という考え方のパターン、私はよくハマります。「見てほしいwant」と「見てもらった方がいい(正しい)should」とではずいぶん違います。そして、正解を求め始めると、答えがない/経験したことがない/未来のことだからわからない/過去のことだから事実や選択はもう変わらない こんな場合でも悩むことになり、余計なエネルギーをつかいます。

話をもどします。)




そもそも、あるタイミングの治療がキッカケでした。

右が虫歯のため、左だけでずっと噛んでいる。(この時点でバランスが崩れている)→右の治療をし、最後に高さやかみ合わせの調整「違和感ないですか?」

このとき。「左だけで噛んでいてバランスが崩れた状態が "常" の今、果たして "違和感ないバランス" って、本当にバランスしている状態なのだろうか。本来のバランスしていた状態とは違っているのではないだろうか」と思ったのです。



でも、新しい歯医者さんに変えるのって、勇気がいる。だから今も決めかねて、なあなあにしていました。

ところが。

つい先ほど、「ガリッ」とイヤな音が。

ど こ の 歯 !! (*´д`)

まったく予想外の場所の歯が、欠けました・・・orz

最近はね、以前のように「寝てるときにストレスで歯に力がかかる」ということも少なくなっている(ハズな)ので、まさかの状況。

おかげで、もう歯医者変えるっていうことだな、と静かに肚が決まりました。


自分を生きる、というのは難しい。

できるようになっている人には「カンタンでシンプルなこと」だけど、できていない人にとっては「なんのこと?」「それができていたら苦労しない」などなど、社会が、会社が、上司が、仕事が、部下が、夫が、家庭が、子供が、家事が…などなど、難しいことのように感じるし、「では自分を生きましょう」と決めたからといって、一朝一夕に「はいできた」とはいかないものである。



最近気づいたことがある。(気づき大好き・笑)

とある場で振り返りをしていた時に、大きな大きな、なんというか自分にとってすごく盲点だったポイントに気づいたのだ。

あ、私、気づくことが好きだったんだ!行動&現実化するとこって、別に興味なかったんだ!

がーんΣ( ̄ロ ̄lll)

でもね、そのあとまた気づいたのです。

でも…それ(気付くことが好き)って、今の私じゃないよね??中国のおっさん時代の私だよね~~??

私、中国の哲学者とか、中国で典医をしていたような方とご縁があるようなのだ。その、哲学者さんのほうだね、きっと。

「なるほどーーーこういうことか!!」的な、思索や哲学した末の気づき。電球ピッカーん!人のこない里で、自給自足して、わずかな身の回りの人とだけ関わって、欲がなくて、みたいな生活。


対して、私が「今これから」どう生きていきたいか、という点においては、もう行動必須なわけです。むしろ、行動待ちな状態です。今年?去年?からインプットはもうおなかいっぱい、と、新しい知識を得るセミナーには参加していないほどです。(これも逆から考えたら、アウトプットや行動が足りないということでもあるんだけど。)


そう。

過去の経験(含む過去生、家系)においてどうこうだった、ということじゃない、そこは関係ない、いや、関係あるけどそこだけじゃない、あくまで

今の自分が、いま、どう生きたい???

というところが、置き去りになってはいけない。


いつの間にか、なにか(過去のこと、過去生のこと、家系のこと)などに自分を明け渡して、諦めて、自分を生きていないということ、多々あったな、と自戒記事。


あらためてそこを問い直して、これからは、「気づくのも好きだけど、現実変えてこう(行動もしよう)」と誓ったのでした。(ちょっと強めに書いておく。笑)

きっとね、現実変えてったら、今とは違う「なるほどーーーこういうことか!!」があるんだ。なんかようわからんけど行動する→結果が返ってくる→うぉー☆→また行動する・・・その循環で起こる奇跡的な出来事、感動の感覚はもう、旅を通して知っている。そして気づきは、あえて思考をこねくらなくても、動き続ける過程で必然に必ず起こることだった。
うん、そして、そっちのほうが楽しいんだ(笑)

むしろ、意図せずのほうが、あとで「大いなる伏線」となって戻ってきたりする。なんかようわからんけど好きになった顔回子淵も、oasisのある曲も、今になって、20年を超えた伏線だったことに気づいたし☆


世界100カ国以上で愛される、タッチフォーヘルスキネシオロジー。

創始者、ジョンシー先生に私がお会いすることはかないませんでしたが、ご子息のマシューシー先生には、4年前にロサンゼルス本間先生のゼミでお会いしました。

そのとき、私は生まれて初めて
理由はわからないのに涙が止まらない、という経験をしました。
(いま思い出しても、涙がでてきます。)

マシューシー先生は、
とてもユーモアと愛情に溢れた方でした。



先日、マシューシー先生が来日されていました。

私は参加しませんでしたが、マシューシー先生のタッチフォーヘルスのセミナーや、日本語版タッチフォーヘルスのテキスト完成でパーティーなどがあったようです。

横浜のキネシオロジスト澤さんが、タッチフォーヘルスセミナーの様子をブログにつづられています。

マシュー先生は変わらず、愛情深いデモだったことがとてもよく伝わってきて、

思わず「思い出し泣き」をしてしまうほどでした。

記事のなかの、マシュー先生の目!
愛情そのものです。




HSKキネシオロジーの起源のタッチフォーヘルス。
いつか、マシュー先生のセミナーを受けたいです。
しかし…通訳さんがいらっしゃる日本でのセミナーは、当分先かなあ…(´・ω・`)

星 黄色の日で、講座、体験会、個人セッションなどお好きなメニュー(カレンダー下に詳細)のご予約ができます。
星 きみどりの日は確定したイベント・講座日です。
9/12(月)、19(月祝) はじめての薬膳/東洋医学講座 14~16時
9/21(水) キネシオロジー体験会 14~16時

ラブレター ご連絡はこちらのフォームからどうぞ(24時間受付)。出張のご相談、お問合せもこちらからどうぞ。






○食:薬膳/東洋医学講座
1.はじめての薬膳/東洋医学(陰陽五行・いちばん大切なこと) 2時間
2.和の薬膳(日本に暮らす私たちに必要なエッセンス) 2時間
3.薬膳の理論、中医学を学ぶ6回講座 各回2時間 体質チェック・他特典付

○心と身体:キネシオロジー
・体験会 2時間
セッション 60分
・講座
├ 1.心と身体のつながりを体感する1day講座 10:00~17:00
├ 2.あなたの周りに幸せひろがる・カフェキネシ講座 2時間
├ 3.アロマでセルフメンテナンス・ピーチタッチ講座 2時間
└ 4.チャクラの調整・チャクラキネシ講座 2時間
※2~4の講座は、専用ケアキット取寄せのため 希望日の10日前までにご予約ください。

ラブレター ご予約、お問い合わせ







なにか行き詰っているときに必要なのは、安易なハウツーを知ることではない。

今、ネットでも書店でも安易なハウツー本が増えているので、物によってはかえって自分のなかの情報を増やすだけで現実への変化には結びつかず、またできない自分を責めるというループになりかねない。

「○○できる7つのこと」とかそういうタイトル、もう飽き飽きじゃない?

で、何が必要かというと、
自分を客観的に知ること。
自分がどこで、なにで行き詰っているのかを知ること。

その目的が本当に適正な大きさ、一歩なのか、そもそも「この目的いらなかった!」ということもある(転職しようと思ってたけど転職が解決ではない、と知ることなど)、

目的を達成するにしても、
行動が必要なのか、
思考のチェンジが必要なのか、
感情や過去の体験が癒される必要があるのか
必要なのは分析か、言葉か、ただ自然のなかに行くだけでもいいのかもしれない。
そしてそれらはスパっと縦割りできるものではなく、複合的だ。

たとえば私は、感情や思考が強く行動が弱い。
なので、行動力強化のためのアプローチをするといい。ただ、行動するということ自体に抵抗があるし行動力が弱いということを気づいたのもだいぶ最近なので、最初は感情や思考からのアプローチが多かった。当然、現実は「ゆっくりと」しか変わらなかったし、根本的には解決はしなかった。
けれど、感情思考にあふれた私には、やはりそこにアプローチしてそれらがある程度落ち着くというプロセスが必要だったのだ。(今も思考や感情が渦巻くときもあるが、以前はひっきりなしに頭のなかでおしゃべりと感情が渦巻いていた。)
そのあと、「現実がトントンと変わらない」=行動力が弱いということに気づき、そこを突き詰めて知ることがよかった。知ることで、行動力が弱いのではなく、目標が多すぎること、適正な一歩が作れないこと、不安が強くて行動できないことなどなどがわかった。

行動力にあふれた人がいる。そういう人には私のアプローチや軌跡はなかなか理解しづらいと思う。「なにまどろっこしいことやってるんだろう、さっさと行動すればいいのに」こういうわけだ。
そして、こういう方がなにか詰まったときには、私とはまた別のアプローチが必要になるのだ。

だから、どうやったらできるようになるんだろうかと、ハウツーを知りたくなるのはわかるけど、そもそも自分がどういうタイプかわからなければ間違った情報にばかり飛びつくことになる。

それに、世の中にいろんなハウツーはあふれているけど、「これさえやれば」という手段は実は少ない。



普段自分がどうなのか、
なにが適正なのかを知ることは本当に大切。

年齢、性別、立場は関係ない。
何を経験し、その事実をどう認識してきたか、で決まる。

人はみな偏りがある。偏り、その認識、感性が個性である。もちろん、生まれたばかりのときは「先天」が強いだろうけれども。

んで、その適正な認識がないと

・○○さんは*ヶ月でここまでできたのに
・○○さんと比べて△△さんは
・もう◇歳なのにどうしてこんなこともできないんだろう
こういうことになる。

今、ざっと挙げたけど、これって、仕事/恋愛/家庭/育児 なんでも当てはまる悩みではなかろうか?

一般的な基準でも、小手先のハウツーでもなく、唯一無二の自分や相手を観察すること。それが、最初の一歩なんじゃなかろうか?

そして、、観察を深めれば深めるほど、いかに○○できない自分や誰かを責め、いかに人と比べ、いかに環境やなにか(他者、過去の経験、未来への不安)のせいにしているかがよくわかってくる。
んで、皮肉なことに、それをやっているうちには、根本的には変わらない、変われないのだ。(だって、行動して現実変えたら、何かのせいにできなくなるからね。)そもそも正確には、なにかのせいにするので精一杯で、現実を変える、行動するパワーがない。

事実にたいして解釈、認識をし、あたかもそれが当たり前や常識であるかのように感じているが、そこに因果関係はない。事実と解釈/認識をイコールにしている(したい)だけなのだ。