2017年2月7日

とらは天国へいってしまいました
まだ、2歳半でした




とらが亡くなって、今日で7回目の火曜日

すごく長かったような気もするし、
あっという間だった気もします

そしてまだ、信じられない、と呟く日もあります

大声をあげて泣く日もあります

とらのことをきちんとブログに残しておこうと思っても、書いては泣けてしまって保存、書いては泣けてしまって保存、を繰り返しこんなに時間が経ってしまいました



左右両方の尿管結石で、様子がおかしい、と気づいてからたった数日のことでした。



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最初に連れて行ったのはいつものかかりつけ医。
2月3日金曜日、朝一で受診。
検査をするからと預かり入院、仕事のあとお迎えに行ったら、血液検査はできたけど超音波検査は暴れてできなかったから飼い主さんに保定してもらおうと思って待っていたと…

えっ?
他のたくさんいる先生たちや看護師さんたちはできないの??
してくれないの???

不信感満載のままわたしが保定して超音波検査。
結果、症状が悪すぎてここでできることは何もないといわれました。
専門の医療センターを紹介するからそこに行ってください。でももう夜なので明日朝一で医療センターに連絡をします。時間を争う症状なのでおそらく明日の午前には診てもらえると思います。時間が決まり次第電話をするのですぐに動けるようにしておいてください、と。

血液検査の結果である程度深刻な状態だとわかっていたはずだろうに何時間も放置されたとら。
半日入院させてなにをしていたのか。
とらに残された時間を無駄に奪われただけじゃないか。

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翌2月4日土曜日、10:00に紹介先の医療センターへ。
とっても丁寧に説明してくれました。
でも最後に迫られたのは、100万円の手術をするか、このまま死ぬのを待つかの2択のみ。


こんなに選択肢がないのか…
どうしよう、どうしよう、どうしよう…

とらの検査を待っている間、ずっと考えていました。


その時、前日の夜から相談させてもらっていたわが家のわんこを譲り受けた保護主Tさんから連絡をもらいました。
「うちの子たちのかかりつけ医で話を聞いて来ました。同じ症状の子を何度も手術していると言われています。手術方法は1つではないそうです。今からとらくんを連れて来ませんか?」と。



医療センターからそのまま高速を飛ばしてTさんの紹介してくれたA動物病院へ。

先生の表情やお話から、かなり厳しい状態だということはわかりましたが「やらなければ死んでしまうから、やります」と言ってくださって、そのまま、入院。


説明するのが難しいけど、医療センターは納得して任せることができなかった。
施設はきれい、対応は丁寧、お金さえ払えばとらは助かるのかも知れない。
だけど、なにかもやもやする。
不穏なものを感じるというか…
とらをここにおいて行きたくないって気持ちにさせられた。
万が一の時にとらをここでは死なせたくないって強く思った。
嫌な態度を取られたわけでもない、嫌なことを言われたわけでもない。
それなのに帰るときには「こんなところにとらを預けて帰れるか!」とさえ思ってた。
あの気持ちはなんだったんだろう。


でも、A動物病院のY院長の診察を受けてお話を聞いていたら、この先生に全て、とらをお任せしよう、と思えるなにかがあった。
これもまた、うまく説明できないのだけど。

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翌3月5日日曜日、午後から手術。
5時間もかかった大手術。
予定では2時間くらいと言われていたけど、お腹を開けてみたら先生の想像以上にひどい状態だったようで、右の腎臓、尿管はボロボロになっていたので切除。尿管に空いた穴からおしっこがお腹の中に漏れ出てしまっていたので洗浄。結石は全て取り除いて手術は、無事に終わり。

ただ、予断は許さない状況であることは変わらない、とのことでした。

まだ麻酔から覚めてない術後のとらに会って帰りました。

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2月6日月曜日、仕事が終わってから面会に。
しんどそうな顔をしていました。
院長先生の話では、実際状態もよくない、まだまだいつなにがあってもおかしくないということでした。



一生懸命戦っている、とらの姿


でも、わたしの方によろよろと寄ってきて、おでこをなでたらちょっとだけ、気持ちよさそうに目を閉じて顔をあげてくれました。
そしてつい「がんばって、とら」と声をかけてしまった。
もう何日もつらい思いをしてるとらに、ひどいことを言ってしまったな、と今でも後悔しています。
そして、これが生きているとらに会えた最後でした。

ずっととらの側にいたい。
ずっととらを撫でていてあげたい。

後ろ髪を引かれながら帰りました。

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2月7日火曜日、14:00動物病院のスタッフさんから着信。
タイミング的に嫌な予感しかしなかった。
電話にでてみると、とら急変の知らせ。

15:00院長先生から、とらが亡くなったとの電話。



言葉にできない絶望と悲しみ



仕事中だけど泣けて泣けて仕方ない。
どうしたって止められない。
すぐに迎えに行ってとらを抱きしめてあげたかったけれど、こういう日に限って会社にはわたし1人。

社内に人が戻ってくるのを待つ間にお葬式の予約をしました。
実家の猫たちを送ってきた、愛知県あま市にある、愛心院さん。
愛心院動物霊園
電話でこちらの希望する送り方など、いろいろと聞かれている中で「猫です。病死です。まだ2歳半でした。」と答えると、受付の女性の方が一瞬沈黙されて「たくさん泣いてあげてくださいね」と泣きながら言われました。これでさらに号泣。

人が戻って来るのを待って、すぐに早退して迎えに行きました。

17:00過ぎだったかな、とらに会えた。
すぐに抱きしめた。
冷たいだけでまだ生きてるみたいにつやつやなとらの毛。
だってまだ2歳半だもん。
こんなにきれいなとらをあしたには焼かなきゃいけないなんて信じられない。

スタッフの方と、そのあと院長先生からもとらの話を聞きました。
この日の午前中にはうろうろと歩いたりしてスタッフの方たちと今日は調子いいね、と話されていたそうなんですが、午後になって急に「ギャー!」と叫んで急変したと。


診察時間中にもかかわらず丁寧に説明してくださって、帰るときには院長先生やスタッフの方が車まで見送りの挨拶にきてくださいました。
とらはこの病院であったかい方たちに囲まれて心ある治療を受けることができたんだな、と感謝の気持ちでいっぱいになりました。


久しぶりに帰って来られた家。
悲しい帰宅になってしまったけど、とらが大好きだったソファで寝かせてあげました。



普段、それが原因で病気になるのは嫌だからと、滅多にあげることのなかったおやつ。
こんなことならおいしいおやつ、たくさん食べさせてあげればよかった。

夜、ベッドに入ってからも息子の叫ぶような泣き声が悲しくて、なかなか眠れなかった。

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2月8日水曜日、とらとお別れの日。
朝起きたら、息子が一晩とらと一緒に寝てた。


よかったね、とら
大好きなおにいちゃんと最後一緒に寝られたね


とらが家の中でお気に入りだったところでたくさん写真を撮りました。


14:00葬儀



たくさんのお花と一緒に炉に入っていくとらに、ずっとずっと大好きだよ、ありがとう、と何回も何回も何回も、伝えました。


16:00、帰宅


小さくなってしまったとら





後日、とらのことでずっと相談にのってもらっていた、わが家のにゃんこのひまりの保護主Kさん、わんこのかのんとくるみの保護主Tさんからお花やお供え、そしてたくさんのお気持ちをいただきました。



勝手に姉のように慕わせていただいて、本当にたくさんの話を聞いていただき、励ましていただきました。


後悔と悲しみばかりで泣き続けていたわたしにKさんが「短い命でも長い命でも、その子の最期がどれだけ幸せな時間の積み重ねだったかが大事ですよね。」と言ってくださったのです。なのにまだ気持ちの整理ができていなかったわたしは「とらが幸せだと思っていてくれたかわからない」と嫌な感じの返事をしてしまいました。
するとKさんは、

【あなたの愛情がそのままとらちゃんにとっての幸せだったと思います】

と言ってくださったのです。
この言葉に涙が止まりませんでした。



もしも
もしもそうなら
わたしは本当に本当に
心の底からとらを愛していたよ


遠くへお引っ越しされたKさんがわざわざ送ってくださったお花
きれいだね、とら



Kさんはとらが亡くなった時、わたしのこのブログを最初から読み返してくださったそうです。
でも、わたしはもっと悲しくなりそうでできなかった。
数日経ってから読み返してみました。

そこにはとらとの楽しかった思い出がありました。
とらと過ごした毎日は、本当に幸せでかけがえのないものでした。

ブログに残しておいてよかった、と思いましたし、もっともっとどんな他愛ないことでも残しておけばよかった、という気持ちにもなりました。

とらのことをアップできたら、ひまりやかのん、くるみとの毎日を残していきたいと思いました。





そして。。。

とらが亡くなって1ヶ月が過ぎたころ、A動物病院から1通の封筒が届きました。






とっても丁寧なお手紙で、もう、見た瞬間から大号泣してしまいました…
とらが亡くなってしまったことは本当に悲しいです。
後悔もたくさんしているし、自分の選択が正しかったのか間違っていたのか、未だに悩んでいます。

なにも考えず、100万円を払って手術を受けていればとらは生きていたかもしれない…
それとも、あんなに悪い状態だったのだから余計なストレスを与えずに手術せず、対処療法を選択し、自宅で過ごし、家族に看取られながらの方がとらは幸せだったかもしれない…

正解はわかりません。

本当の気持ちは、亡くなってしまうのなら、やっぱり病院のステンレスのケージではなくて、とらの大好きなやわらかいベッドの上で最期を迎えさせてあげだった。

でも、とらは最期、こんなにあたたかい方たちに囲まれていたんだと思うと、そばにいてあげられなかった私の気持ちがどれだけ救われたかわかりません。
この手紙を頂いたことで、少し自分の気持ちに整理がついたように思います。






とら
生まれかわっても
またわたしのところに戻ってきてね

ずっとずっと待ってる
ずっとずっと大好きだよ




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