5/10 最悪な事態が発生!
脳MRIで血栓が見つかりました…( ´༎ຶㅂ༎ຶ`)
大動脈解離の合併症【脳梗塞】です。
でも、この時点ではまだ私は脳梗塞の怖さを分かっいませんでした。
後遺症というのは、身体の運動機能の麻痺や低下の事だと思ってました。
だから、夫は麻痺はないし、リハビリすれば病前に近い状態まで回復するものだと思ってました。
もっと怖い後遺症が夫を苦しめるとは思ってませんでした。
今考えれば…今までせん妄だと思っていた妄言は脳梗塞の後遺症によるものだったかも?
*
最近の夫の様子↓
リハビリで歩行器を使って歩けるようになった。
寝返りができるようになった。
看護士さんに声掛けして貰ってトイレへ行けるようになった。
(但し、自分からトイレへ行きたいとは言わない。)
食欲はやはりムラがある。
入院から約1ヶ月で体重は14kg減っていた。
日中はナースステーション前の談話スペースで過ごすようになった。
(日中寝るのを防止)
過ごすと言っても、車椅子に座ってただひたすらボーッとしている。
テレビも点いてはいたけど、見てるんだか見てないんだか…
この頃から自発的に言葉を発しなくなった。
これが脳梗塞の後遺症として今も続いている……

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27日にHCUから一般病棟の個室へ移動。
ナースステーションがすぐ前にあって
ベッドの下には転倒防止のために
踏むとナースステーションに通知されるマットが敷かれていた。

酸素チューブが取れた。
点滴も今日の夕方で終わった。
ドラえもんグローブも外して貰えて
身体周りがかなりスッキリ。
あとは、尿道カテーテルだけ。
夜から普通食になったけど、半分くらいしか食べない。
解離の進行はなく、なんとダメになっていた腎臓が再び機能し始めたとの事!
血流の悪さで一時的に機能しなくなっていたらしい。
脊髄の神経のMRIの結果も異常なし!
これで麻痺の心配もなくなった。
脚もかなり曲がるようになっていて
自分で身体を横向きにできるようになったので
床擦れの心配もなくなったかな。
1つずつ、1つずつクリア!
本格的にリハビリルームでのリハビリも始まった。
先ずは立つ練習。
そして、歩行器で歩く練習。
リハビリの後はかなり疲れるようでものすごく寝る。
起こしても全然起きない。
午後はほとんど寝ていてる。
深い眠りから起きた後は、妄言が多い気がした。
*
息子が
「なにか食べたいものとかない?」と聞くと
【んーーー、ないなぁ。】
「フルーツとかなら食べれるんじゃない?」
【フルーツ?フルーツってなんや?】
「果物だよ。メロンとか苺とか…」
【あー、フルーツ。果物…んーーー(しばし考える)
パイナップル…とか?イチゴ…とか?】
何故か疑問形で答える。
パイナップルが好きだったなんて聞いた事ないし。笑

心拍数を測るクリップみたいな器具を自分で指に嵌めたり外したりしてるから
『それで遊んじゃダメよ。』って言うと
【うん?これな、最先端やねん。】
何の最先端なんだ?笑
『へぇー、それ最先端なんやー。』
って言うとニヤニヤしながら
【うん、そうそう。最先端。ふふふ】
その様子に息子と爆笑してると夫も笑っていた。
入院して初めて笑ったかも。
*
この頃は、食欲にムラがあって完食する事はほぼなかった。
水はかなり飲んでいた。
あと、後で息子から言われて気付いたけど、
この頃の夫は、何か尋ねると必ず口を尖らせて
【うーーーん…】と考え込んでいた。
考えても答えは
【わからんなぁ。】
【知らんなぁ。】
【特にないなぁ。】が多かった。
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夫の変貌に絶望と不安を感じながら病院を後にした。
さっき見た夫の様子が頭から離れない。
食欲もないし、たぶん自分一人ならきっと食べてないと思う。
でも、普段貧しい食生活をしている息子に
母親が側にいる時くらいはちゃんとご飯を食べさせなきゃ、
と思って息子といる時はご飯も食べた。
(ここぞとばかりに食べる息子…)
*
神戸や大阪、横浜にも住んだ事はあったけど、
その頃からウン十年経った東京の人の多さに驚いた。
夜10時11時を過ぎても新宿や池袋は昼間と変わらない人の多さ。
まぁ、どこからこんなに人が湧いて来るんだろ。
そして、まぁまぁいろんな人がいるいる。笑
人間観察はなかなか面白かった。
田舎者の私は、電車の中に貼られてる広告だけでワクワクしていた。笑
どうせなら遊び目的で来たかったなぁ…
満員電車に揺られながら、都会で生きて行くって大変だなぁ…と思った。

この日はホテルが取れなくて、やっと取れたのが赤羽のホステル。(赤羽ってどこー?)
要はカプセルホテルなんだけど、ちょっと今風なお洒落な感じ。
カプセルホテル泊まったことないけど。笑
外観はすご〜くお洒落だったけど、部屋(というのか?)はカーテン1枚の1.5畳ほどのスペース。
犬小屋に寝てる気分でした。笑
でも、寝られればそれでよかった。
さっさとシャワーし精神安定剤を飲んで寝ました。
*
翌日、病院へ行くとICUからHCUへ移動していた。
『ここどこかわかる?』
【ん?ここ?んーーー、どこ?】
『ここは病院よ。』
【ここ病院なん?うそーーーん】
『嘘じゃないよ。笑』
【ふぅーーーん。病院かー。】

この日の昼から流動食が始まる。
(ほとんど食べない。)
リハビリスタッフさんも介入して脚のマッサージや車椅子へ移動、座るリハビリも始まった。
(初日は移動だけで血圧が上がったので即中止された。)
担当医やリハさんが夫の脚を持ち上げて膝を曲げるとなんとか曲げることはできる。
手を離すから脚に力入れて!と手を離されると脚は力なく伸びてしまう。
足の指を曲げて!と言われると僅かに指が曲がった。
絶望の中でもいろいろ1UPです!!!
担当医曰く、
「廃用症候群を回避するためにも早期からリハビリを始めます。」
廃用症候群?
また聞いたことのない単語が登場した。
今の文明機器は本当に便利。
すぐにGoogle先生に聞いて『なるほど〜』と納得。
忙しい担当医に聞くよりGoogle先生に聞いた方が早かったりする。
*
入院時は2週間で退院と言われていたけど、少々事情が変わってきた。
退院ではなく転院という言葉が担当医から告げられた……
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緊急搬送されてから5日目。
担当医から連絡があった。

4日目から下肢麻痺とせん妄が見られます
せん妄?
初めて聞く言葉だった。

翌日、病院へ着いて夫に面会する前に
担当医から夫の今の状況について説明を受けた。
「せん妄というのは、認知症に似た症状です。
認知症は治りませんが、せん妄は一時的なもので治ります。
大動脈解離を発症した患者さんの6割はせん妄になります。
今日面会して前回と様子が違ってて驚かれると思いますが、せん妄によるものです。
あと、下肢麻痺は血流が悪くなって起こっていると考えていますが、最悪の場合、解離した一部が脊髄の細い神経まで達している可能性もあります。
その場合、麻痺が回復することはありません。
今後、車椅子での生活になる、ということも一応考えておいてください。
ただ、可能性としてはものすごく低いです。
あと、腎臓の1つが機能していません。
腎臓は2つあるのでもう片方が無事なら人工透析は必要ないです。」
という事を告げられました…( ꒪⌓꒪)

私の頭の中は?マークがいっぱい。
ただただ大変な事になってると思いながら
『はい』と『そうですか』『わかりました』しか言えず。

正直、状況が把握できないまま夫に面会するのが怖かった。
前回と同じようにICUの夫のところへ行くと
変わらず点滴やいろんな管が付いていて
ベッドサイドのモニタですべて管理されている。
手にはドラえもんのようなグローブをされ
(勝手に点滴の針や管を抜くらしい)
鼻には酸素チューブ。
脚には浮腫み防止ソックス。
大きな鼾をかいて寝ている。
時々、腕がビクン!ビクン!と動く。
イケメン担当医が
「○○さん!奥さん、来てくれましたよー。わかりますかー?」

僅かに開いた目は虚ろ…
だけど、私の方を見て【うんうん】と頷いて手を上げようとする。
この前とあまりに違う夫の状態にショックを隠せない。

「ちょっと夢の世界に居ますけどいっぱい話しかけてあげてください。」

だけど、ショックのあまり言葉が出て来ない…
すると、夫の方からいきなり
【ママはどう思ってるの?】と言ってきた。
【このままでいいと思ってるの?】
何の事を言っているのだろう?
『ん?なに?なんのこと?』
【○○(息子)や○○(娘)のこと…】
なんかよくわからないけど
『大丈夫だと思うよ。○○も○○もちゃんとやってるよ。』
【そっか……】と言ってまた鼾をかいて寝る。
と思ったら突然目を開けて
【そろそろ行こか…💤】とか
【隣の部屋で話し合いしてるから…💤】とか
【最近はいろんな新しいものが出てきてるから…ナンチャラカンチャラ…💤】とか
いきなり難しい数字を読み上げたり、
仕事に関係した単語が出てくる。
とにかく支離滅裂で話が噛み合わない。
訳のわからない事を言っては寝る…の繰り返し。
たまにどこかへ行こうとする。
(脚は動かないから手の力で動こうとする)

とにかく夫の前では泣いちゃいかん!と思って
『○○(娘)は今どこに行ってるかわかる?』と聞いてみた。
【○○?うーーーん、うーーーん、どこ?知らんなぁ…】
『フィリピンだよ!』
【!!!フィリピン?なんで?】
『英語の勉強だよ!』
【英語?ふぅーーーん…💤】

息子に昨日もこんな感じ?って聞くと
昨日はTVで幼児向けの教育番組を観ていて
ニワトリやヒヨ子が出てる番組だったけど、
終わった後もずっと
【ニワトリはどこ?ヒヨ子は?】と何回も聞いてきた…と言っていた。
息子もかなりショックを受けていた。

病院を出てからも息子と会話もなく…
どうしたらいいのか、さっぱりわからなかった。

ノア&ルナも頑張った!

テーマ:
松山⇄東京を行ったり来たりの生活。
疲れた私を癒してくれたのはノアとルナ♡
この子たちにも寂しい想いをさせてしまった…
ペットホテルにお泊まりなんて何年ぶりだろう。
ノアは13歳、ルナは10歳の老犬。
老犬の場合、何かあったら困るので
一般のペットホテルではなかなか預かってくれない。
昼間はスタッフがいても夜は真っ暗な部屋に置いてけぼり。
考えただけで耐えられーーーん!
しかし、今回はそんな事を言ってられない状況…
家にワンコだけ置いて行く事もできず、緊急だった事もあり、
今まで何度か利用した事があるペットホテルへ無理を言って預かって貰った。
後ろ髪を引かれる…( ´༎ຶㅂ༎ຶ`)

2日間、特に問題なく過ごしたようだけど心が傷んだ…

この先まだ何回か預ける事になりそうなので
もっと安心して預ける事ができるペットホテルを探した。

ありました!!!
うちから車で10分ほど。
普通のお宅で自分ちのワンコと同じように
ずっと一緒に過ごしてくれるところ。
お天気が良い日はお庭で遊ばせてくれるし、
老犬だって、服薬してる子だって預かってくれる。
オーナーさんはドッグトレーナー。
お散歩代行や長期の預かりもしてくれる。
そして、オーナーさんの奥様は前に利用していたペットホテルで働いていた方。
なんという偶然!!!
すぐに連絡しました。
ノアルナの事も覚えてくれていました。
本当に良かった(*´꒳`*)

LINEで愛犬の様子を知らせてくれたり、
写真や動画も送ってくれます。

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亀さんと遊んだり。

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オーナーさん宅のワンちゃん。
ルナの顔…( ´° ³°`)プッ

夫が転院するまで何度もお世話になりました。
本当に助かりました。
ノアとルナも頑張ってくれました!