2006-11-30 23:50:12

悪質な風俗のごとく。

テーマ:コピーライティング

少し前、ある企業広告の提案で
顧客満足度NO1という表記を入れましょう
というプランを出したところ
NO1ということを、ひけらかすのは
感じが悪いと思われるのを
気にしたらしく、採用されなかった。しょぼん
 
結局、その案件はなぜか企業広告から
販促ツールに変化したため、
こちらの意図をきちんと伝える機会は

無くなってしまったのだが、

顧客満足度1位に選ばれたことを

伝える広告って最近よく目につくのだけど。
 
1番であることをひけらかしていると
思われることを気にする気持ちも
分からないではないが、それは
伝え方で解決することだと思う。
だから、ちゃんと言うべきなのだよ。
 
 
★今回のビックリマークなコピー。
 
 
わたしたちは、まだ、
アフターサービスを
完全に必要としない製品を
つくることができません。

 
 
パイオニアの企業広告より。
アフターサービス(修理など)満足度
2年連続1位という実績を伝えている。
 
アフターサービス満足度2年連続1位!
とどかんとストレートに言えばいいものを
なんて思ったりもするかもしれないが、
このような気になる表現をすれば、つい次の
ボディコピーを読んでしまうのが人の心理。
 
案の定、「アフターサービス満足度2年連続1位」は
ボディコピーの見出しにある。

ここがこの広告のキモだね。一番伝えたいことが

書かれてあるわけだ。
この場合、キャッチコピーがボディコピーへの
導入を促している
のだね。ダウン

 
キャッチコピーそれ自体で、伝えたいすべてを
言うことだってできるのだが、この場合
なぜ1位に選ばれたのかを伝え、いかに
アフターサービスに力を入れているかを
詳しく知ってほしいのだ。(だからわざわざ新聞15段の
大きなスペース)
 
長くいえば、「わたしたちは、
アフターサービスに力を入れて取り組んで
います。なぜならまだ、アフターサービスを
完全に必要としない製品をつくることが
できないからです
」と言うメッセージになるが、
わざわざ「なぜなら~」の部分をキャッチに
もってきたのは、キモであるボディコピーに
進んでほしいからだろう。

 

キャッチコピーだけでは、何を伝えたいのか

分からないし、取り方によってはネガティブな

印象がしないこともないわけだし。
 
でも、これも表現のアイデアのひとつ。
主役はキャッチでなくボディコピー
サッカーでいえば、FW(キャッチ)がくさびになって
2列目のMF(ボディ)が飛び出してシュート
というイメージである。
 
宣伝文の第1センテンスの唯一の目的は、
読者に第2センテンスを読ませることである

とジョセフ・シュガーマンは「10倍売る人の
文章術」で述べているしね。

 
その広告が、キャッチコピー一発で勝負するなら
ともかく、リードコピー、ボディコピーと
読ませたいのなら、風俗の悪質な竹の子剥ぎ(服を

脱ぐごとに金をむしりとる方法、気をつけてね!ドクロ)の
ように、あるいはキャッチコピーをおとりに

使った罠を仕掛けるように、核心へと導くような

アイデアが必要である。
 
広告だけでなく、WebサイトやDMのレターにも
使えるコピーの考え方である。(だから、

キャッチコピーですべて伝えられないと

苦しむ必要はないのだよ)
 
ところで、1位という評価を受けたら
それは言わないと損である。
特に第三者、とりわけ消費者からの
評価はきちんと伝えるべきである。

消費者主導で選ばれる時代だからこそ

大切なのだ。
 
1番は覚えられるが、2番手以降は
おおむね忘れられる運命にある
もの。

(徳川幕府の2代目将軍の名前なんて

あまり知らないでしょ?答え:徳川秀忠)
消費者はいちいち業界の順位や評価を
調べるわけではないのだから、
言わないと気づかないのである。

 
差別化がしにくい状況ならば、
なおさらで、顧客満足1位や
売れ筋NO1という刷り込みは、
知名度以上にアドバンテージ
となり得るのだ。
マーケティングは商品の戦いではなく、
知覚をめぐる戦いである
」(ジャック・トラウト)
 
市場に入る前に、まずは消費者や
お客の心に入ることってことさ。恋の矢
 

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2006-11-29 23:55:39

商品のことを言ってはいけない。

テーマ:コピーライティング

僕のオトンは、写真は撮るものではなく、
撮られるものと思ってるふしがあって、
写真を撮るのが下手である。
被写体が人の場合、頭が切れていたり
端っこの人の体が切れていたり、
画面がななめになっていたりと
まともに撮れていることは少ない。
 
そんなオトンのことを
「写真のセンスがない!」と批判をする、
オカンも背景をきちんと入れないと
気がすまないようで、背景は
きれいに撮れているが、誰が写って
いるのかよく分からんという写真を
よく撮る。証拠写真としては
いいんだけどね。
 
そんなオトンとオカンに
買ってあげたいカメラです。カメラ
 
 
★今回のビックリマークなコピー。
 
 
顔がきちんと撮れると、写真は楽しい。

 
 
キヤノンの「フェイスキャッチテクノロジー」
というデジカメ技術の広告より。
人の顔を瞬時に検出して、ピントと露出を
最適化するおりこうさんな技術とのこと。
 
ところで、広告の表現(ネーミングなども
含めて)の考え方に商品そのものではなく、
コンセプトを伝えましょう
ということがある。
商品を使うことでもたらされる
メリットを表現するというのもその一つだよね。
 
メリットを伝えるというのは、
とても基本的なことだから、分かっている
方も多いと思うが、そこからもう一歩
工夫をすると、効きはもっと良くなるはず。

 
どういうことかと言うと、
メリットなどコンセプトを語るときは、
商品を使う側、つまりお客さんからの
視点で語る
ということ。
 
ほとんど誰もがお客さんとしての
立場から、広告に接するわけだから
お客さんの視点から語った方が
共感しやすい
のは、言わずもがな。
そうなると興味も
持ちやすくなるというもの。
 
だから、カメラという機械は、
写真を撮る機械ではなく、暮らしや
コミュニケーションを良くする
ツールであり、人の顔をきちんと
撮れるということは、きちんと
撮ること自体よりも、
写真を撮ることを楽しくする
ことに価値がある

と伝えてあげることが大切だ。
  
顔がきちんと撮れます。で終わらずに
もう一歩踏み込んで、写真が楽しい。

とユーザー、つまりお客さんの視点で

語ってあげると受け手は「そうかも」と思い、

だったら欲しいなと思わせ易くすることができる。

いろいろとごたくを並べたが、

この商品のコンセプトは何か、それによって

自分はどのようにうれしいニコニコと感じるか。

という所から考えてみるといい。

この広告はシリーズ展開されており、

もうひとつのコピーは、

 

人が撮りたいのは、人の顔。

 

…というやつ。

コンセプトを語っているわけではないが、

これもユーザーの視点で願望を語っているよね。

何気ない表現だけど、ちょっと手馴れていないと

難しい表現である。。そんなときは、ストレートに

「人の顔をきちんと撮りたい。」でもOKっす。

 


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2006-11-24 23:56:12

欲しいのは、アレの歓び。

テーマ:広告

毎日、広告を眺めているとね、
ちょっと特定の業種や会社を意識して
見ていると、業界の動向とか会社の戦略
なんかが見えてくるわけだ。
 
たとえば自動車。車

最近はやはり時代の流れを反映して、
「環境」とか「安全」を意識した
訴求だとか「ファミリー」への訴求
が目立っていた印象がある。
 
他には、車のイメージを
人生観だとか哲学とかと
重ね合わせるような

訴求のやり方もあるよね。
 
はそういう傾向を感じながら、
不思議に思ったことがあって、
それは何かと言うと、
アレは言わなくて良いのかということ。
一番本質的なことだと
思うのだよ、アレって。
 
それで、そのアレなんだけどね、
コレのことなんだよ。ヒミツ
 
 
★今回のビックリマークなコピー。
 
 
日本のクルマに、
ときめきが帰ってくる。

 
 
日産のNEWスカイラインの広告より。
ちょっと話が飛ぶが、
少し前にレクサスの広告もBMWの広告も
安全技術について語っていた。それで
安全思想の新しいトレンドでも?と思った
ものだが、BMWのコピーにひっかかった。
 
安全になることは、
退屈になることではない。

 
といかにもな表現で安全技術と走りの両立を
語っているが、僕が興味をもったのは、
ボディコピーの「しかし、安全性を追求するあまり
退屈なクルマになってはならない。クルマは本来、
歓びや刺激に満ちた乗り物であるはずだ。」
という一節。
 
僕がアレと言ったのは、コレである。
分かるよね、「カ・イ・カ・ン」。ラブラブ!
(長澤まさみクンは言ってくれなかったけど)
 
BMWの広告のロゴマークの下には
駆けぬける喜びというスローガンが
あるが、まさしくコレである。

クルマに乗ることの醍醐味って

やっぱりコレじゃないの?
 
特徴や車種によるけども、クルマで走る快感を
言うことに遠慮しているような広告が、
このところ多かったので、少々じれったい
気がしていたのである。
 
さしてクルマに興味の乏しい
僕が思うくらいだから、クルマ好きの
人はもどかしく感じていたのかなと
思ったものだ。どうですか?
 
話をスカイラインの広告に戻す。
ここでは
、「クルマが走ることそのものに
ドキドキワクワクした。」
とか
「いつからクルマは、移動するための便利な
道具になってしまったのか」

クルマ好きが共感しそうなアレについて
語っているのだ。走る歓びってやつだ。
 

僕の中ではスカイラインといえば、
子供のころに走っていた2000GTの
イメージが強く、それにふさわしい
なんともスカイラインらしい
メッセージである。
 
視点を変えて考えると、
何よりも
走る歓びをクルマに求める人々へ
向けている
広告なのだ。
誰でもOKということでない。
乗ってもらいたい人だけのための

メッセージなのである。こだわる人へ
向けているのだ。

 
お客さんを選んでいるということだね。
クルマを移動の道具と思っている人までを
取り込もうとしているわけではなさそうだ。
 
誰でもではなく、
買ってもらいたい人だけに
伝わるようなメッセージ
というのも、
コピーや広告を考える上でのひとつの方法である。

ピンポイントで伝えるということだ。
 
今の時代のクルマの広告にしては、

なかなか痛快な表現である。
それだけに、強い印象が残ったのである。
こういうメッセージが出てくるということと、
景気が良くなってきた(あまり実感ないけど)
こととって関係があるのかな。
そんなことが気になった。

 
ところで、スカイラインのコピーで
思い出すのが、
 
愛のスカイライン。
 
ケンとメリーのスカイライン。

 
という有名?なコピー。だからだろうか、
NEWスカイラインの広告キャラクターには、
“ケン”こと渡辺謙さんが起用されている。
(まぁ関係ないと思いますが)
もう一人は、イチロー選手。
お二人とも、アメリカで活躍されて
無精ひげが似合っているという共通点がある。
サムライの格好も似合いそうだし。
 
21世紀のスカイラインは、

「ケンとイチローのスカイライン。」

ということには、もちろんならないよね。にひひウサギ
 

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2006-11-15 23:54:47

何を読んでも、ボサノバに聞こえる。

テーマ:その他

その75歳のおじいさんは、「コンバンワ」と挨拶をすると、
椅子に座って、ギターを弾き唄いはじめる。
それから約2時間半、ほぼノンストップで
30曲以上も唄ってくれた。音譜


大勢の人々は、おじいさんの声とギターの
一音一音を聞き逃すまいと神経を集中、
その気が周りに充満して、なんとも不思議な、
それでいて痛快な時間でした。
 
おじさんの名は、ジョアン・ジルベルト
ボサノバの神様とか王様と呼ばれています。
(なぜかブラジルの音楽とサッカー界には、
王様や神様、法皇やミューズと呼ばれるが多い)
 
先週、そのジョアンじいさんの

コンサートにいってきました。
過去2度の来日を逃して、あきらめていたので
今回の3回目の来日は、天からの贈り物

のように思いました。プレゼント
 
聴いたことのある方は、分かると思いますが、
ジョアンじいさんの声とギターは
世界遺産に推薦したいくらい唯一無二の
魅力を持っています。
そのためでしょうか、なぜかジョアンのことを
語るときはみな詩人になるようです。
 
 
今回のビックリマークなコピー(みたいな言葉かな)
 
 
ジョアン・ジルベルトは
電話帳を読んでいる時でさえ、
とてもミュージカルだ音譜

 
 
あのマイルス・デイビスの言葉だと
言われています。これには諸説があって、
「ジョアン・ジルベルトは新聞を読んでも
美しく聞かせることができる。
彼には五つ星をあげたい」
と言ったとも言われています。
 
真偽のほどは分かりませんが、どちらも
ジョアンの声について語られた言葉。
あまり電話帳を声を出して読みませんけどね。
でも声のことを、「とてもミュージカル」なんて
言うあたりは、ずいぶん詩的だと思いません?
 
昨年、来日して感涙もののステージを
見せてくれた、ジョアンよりも一回り下の
ブラジル音楽のアーティスト、
カエターノ・ヴェローゾ
も自分の曲の中で、
「これよりいいものと言ったら沈黙しかない。
そして沈黙をも凌駕するのは、ジョアンだけだ」

という歌詞で賛辞を送っています。
 
それで、コンサートの話に戻すと
まぁちょっと不思議な体験でした。
例えるなら、千利休の茶室で利休にお茶を
馳走になっている感じ
(といっても
そんな経験ないからあまり突っこむなよ)。
侘び茶にも通じそうです。(これも思いつき)

 

でも無駄なものが一切なく、ただ声とギターが

あるだけ。でもそれらが奏でられると、その場に

宇宙が出現するようなところは、あながち

侘びの世界と似ているような気もするのです星空
 
演奏中、聴衆はみな心地よく緊張しながら
ジョアンの声とギターに耳を傾けています。
ノイズが入るので、会場の空調も切っています。
みな余計な音を出さないよう、セキやクシャミ
どころか、鼻をすするのもガマンして聴いているのです。カゼ

 

黄色い声など皆無、かけ声など論外という
感じです。(それでも耐え切れずでっかいクシャミ
の方もいました、たぶん周りの人は殺意を覚えた
だろうなぁ)

 
その雰囲気が、利休がお茶を立てる、その所作を
息を詰めて見守る客のようで、さらに感動をしても
表現を抑えてしまう、感情を表現したいけど、
ジョアンが作り出す小宇宙を壊さないよう、
気を使ってがまんしている。

 
なんだかSMプレイのような感覚(あくまでイメージね)が
不思議だと思ったのです。体は正直なもので、サンバ調の
曲だと体で拍子をとりたくなるんですよ。
でもそれも控えめにしてしまったり。
 
不思議といえば、ボサノバという音楽。
昔、よく商店街やスーパーのBGMでかかって
いましたが、耳障りのよい気持ちのよい
印象がありますが、そんなとっつきやすさ
とは反対に、けっこう複雑で高度な構造と
演奏を求められる
音楽のようです。
 
予想外なシンコペーション(ビートの強さの位置を
ずらす感じ)、複雑なコード、半音(ピアノの鍵盤
でいうと黒い鍵盤)の多いメロディ…
聴きやすさと裏腹の自由自在に変化する、
つかみ所のない構造。
あの国のサッカー同様、さらりと難しい
ことをやってのけているイメージでしょうか。
 
実際に、ジョアンじいさんの声と
ギターを耳にして、それを強く実感しました。
とくにギターはすごい!
こういう比較もどうかと思いますが、
のだめ のピアノみたいです。(マンガで
しか聴いたことはありませんが)
 
カプリチオーソ、カンタービレ
(気ままに気まぐれに歌うように)って感じ。
自由自在に気ままに弾いているようで、
正確なビートのなか、

絶妙のシンコペーションが響きます。
曲が終わって、思わず「すごーい」と
つぶやいてしまったこと数回。!!
 
歌にしても、脱力した鼻歌のような
印象がありますが、とても正確な音程。
歌メロディに半音が多いから、音程が
不安定だと、本当に鼻歌になるわけです。
でも、そうならない。すごいです。
 
確かに1950~60年代の録音と比べると
声にハリはありませんでしたが、70年代の頃と
比べるとほとんど変わっていない
印象でした。
本当に人間?いやそうでなくやっぱり神様でした。晴れ
 
終盤にはあの名盤「ゲッツ/ジルベルト」 収録の
想いあふれて」や「デサフィナード」、
「イパネマの娘」を披露、これまで他の人による

いろんな名演があるでしょうけど、

やはりジョアンの声とギターで聴けた

というのは格別です。ニコニコ
 
この夜の出来事は、さっそく
僕の「生きていて良かったベスト30」に
チャートインしました。ベル
 
そして教訓も学びました。
それは、お気に入りのアーティストが
高齢(または高齢間近)の場合、来日するなら迷わず行くこと。
また来るから今回はいいやという油断は禁物。
 
過去、マイルス・デイビスとチェット・ベイカーを
逃したのは残念でした。元気そうだったから
亡くなるなんて思いませんでしたもん。

 
今回、運良くジョアンじいさんに会うことが
できましたが、あの年齢ですから
来日してくれたことは本当に

奇跡のようなことだったんじゃないかと

思うのです。

コンサートのタイトルも「最後の奇蹟」だしね。
 
☆今回の教訓

いつまでも来ると思うなクラプトンとストーンズ。
 
 
ジョアン・ジルベルトのアルバムは
いろいろありますが、声とギターだけの
侘びの世界が堪能できるのはこの2つかな。
 
「ジョアン声とギター」(2000)
 
「三月の水」(1973)

 

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2006-11-09 23:52:07

正直者は、バカをみない。

テーマ:コピーライティング

今まで、いろいろな人から注意されてきたけれど、
言葉を見たり聞いたりすると、ついダジャレを
考えてしまう。
 
最近、全日本大学駅伝という言葉を聞いて、
つい全日本大学駅弁と反応してしまった。
タスキの代わりに、駅弁をリレーで食べながら
走るランナーという妄想もしちゃったし。バカ?
 
しかしだね、今日新聞で見たアシアナ航空
割引運賃の商品名でびっくり。
その名も「まほうSKY」、魔法使い?
案の定ロゴマークは、ほうきに乗った
魔法使いのイメージ(らしい)。
どうよ、これ。とほほなセンスではあるが、
ダジャレもバカにできないじゃないか。
 
で、ハッキリ言おう。
僕の駄洒落の大半はつまらん。

でもあなたの心を和ませようと

せいいっぱいがんばっているのだ。
たまには笑って、ね。にひひ
 
 
★今回のビックリマークなコピー。
 
 
人をよろこばせようと、見えないところで
がんばっている。それが部品の美学であるが、
たまには誰かにほめられたい。

 
 
電子部品メーカー、アルプス電気の広告より。
なんだか可愛げのある表現である。
まるで社員全員の気持ちが託された
ような、それでいてどこか微笑ましい
メッセージなのである。
 
ボディコピーには、ぎっしりと自社の製品の
こだわりや思いが語られている。
だから、「それが部品の美学。」で終わっても
よいのだが、「たまには誰かにほめられたい。」
の締めの言葉があることによって、

正直なやつよのぉと好感度がそこで上がる。ニコニコ
 
自社の製品について知ってもらいたいと
いうこともあろうが、でも本当はほめられたいんです。

とその一心で広告を出しましたという姿勢が
とても素直で可愛げがあると感じたのだ。

 
人と置き換えてみると分かるよね。
基本的に
広告では皆、おれが、オレが、俺様が!
と自慢しがち
なのだが、たいてい人は

そんな俺様表現を言う奴には好感は

持たないものだ。それどころか反発を感じるでしょう?
 
でも、ちょっとでも正直さ、本音が垣間見える
ような物言いは好感を持たれやすい

それがたとえ広告でもね。

 
広告も、またそのコピーもコミュニケーション
を媒介するものであるから、できるだけ

素直な姿勢の方がいいに決まっている。

 

俺が俺がのデリカシーのないポジティブ思考の

広告は、かえってうそ臭い、知らない

会社なら、うさん臭いと思われがちだ。

あまり威勢を張ったり、身の丈以上に

見せることもないのだよ。
 
マーケティングの戦略家、ジャック・トラウト、
アル・ライズ両氏も言っている。
「あなたが自分のネガティブな面を認めたら、
顧客はあなたにポジティブな評価を与えて
くれるだろう
」と。

 
この間、0円広告でひんしゅくを

買ったソフトバンクモバイル。
よく見たら0円じゃないよとツッコミを
入れられやすい広告よりも、
「業界3位なもので、せめてサービスを
よくせざるをえないのです。」
と言うくらいの
素直さがあればいいのになと思ったもんだ。

 

正直は最良の策である

という格言もあるらしいしね。

つまり、正直を逆手に取れっていう

戦略もアリなのさ。

  

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2006-11-03 23:51:03

あなたがいじめる相手は、誰かにとって大切な人。

テーマ:その他

モノをつくることは、まずヒトを知ること。
 
とは、ナショナルのユニバーサルデザインの広告。
人を知ることって簡単なことのように
思えるけど、実はとても難しい。そんなことに
あるTV番組を観て気づかされた。
 
NHKの「課外授業ようこそ先輩」という番組がある。

社会で活躍している様々な分野の方が、母校で

子供たちに特別な授業をするという内容である。
 
先日、工業デザイナーの奥山清行さん
(フェラーリやマセラッティのデザインで
有名な方ですね)その番組に出演されていたのだが、
その中で、とても印象的なことを言った。

 
 
★今回のビックリマークなコピー(のような一言)
 
 
君たちが嫌いな人でも
その人は誰かにとっては大切な人

 
 
番組の終わりの方で、奥山さんが
別れ際に子供たちに言った言葉。
すぐにメモらなかったので
実は最初のほうは正確ではないが
ほぼ同じだと思う。
 

授業の課題は「大切な人に乗ってもらう車」を考えること
だったのだが、僕の印象に残ったのは
お父さんに乗ってもらう車を考える班の子供たち。
子供たちは、お父さんは肩が凝っているだろうから
とマッサージ器などのある車を考えていた。

奥山さんは「本当にそう思う?」「もっと考えると、

違うものが出てくるんじゃない」とさらに想像する

ことを要求する。
 
そこで、実際に子供が父親に取材してみると
父親が乗りたいのは子供とゆっくり話せる車。
子供は自分なりに考えたのだが、父親が望んだ
こととはギャップがあったんだ。

 

ね、人を知る、思いやるって難しいよね。

最近、僕も仕事で同じことを経験したし。ガーン
 
奥山さんは、はじめから尋ねるのではなく
まず自分で考えることが大切だと言う。
想像力を働かせることを求めているのだ。
とにかく、とことん考える、想像することを
怠ってはいけないということだ。
 

世の中、便利になるとあまり頭をつかわなくて
すむことが多くなるから、よけいに
子供のころから想像する大切さを

伝えたかったのだと思う。
大切な人を思いやるということは
想像力を張りめぐらすことでもあると

いうことなのだ。
 
たびたび紹介しているけど、
糸井重里さん「商品の表現であろうと、写真の
表現であろうと、文章の表現であろうと、それを受け取った
人のことを想像しないでいい表現はひとつもない」
と言っている。
 

相手への想像力を大きくするということだね。
奥山さんの伝えたかったことと通じると思う。

商品の送り手は、「その商品を使う人の生活を

想像すること」から、絶対に逃げてはいけない。

と糸井さんは言うが、デザイナーも

コピーライターにも言えることだ。
 
紹介した言葉は、奥山さんがポツリと言ったことだし、
その時の授業のテーマを総括した表現では
ないとは思うが、いじめによる悲しい
出来事が続く、ここ最近の状況を知るにつけ
この言葉がよけいに響いたのだ。
 
いじめた相手は、その家族や友人にとっては
大切な宝なのだというところまで、想像を
働かすことができれば、少しは希望が持てる

状況になるんじゃないかと思うわけなんだが。

まぁ自分への戒めの言葉でもある。


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