Everything Comes from Everything Else

日々の徒然日記

愛する息子との生活
ハンドメイド
ちょっと脱線 など
思い思いを綴ります

あらゆるものは すべて あらゆるものから生まれてくる

 起点のないものなどありえない

だけど

理由がみつからないけど
とにかくそこに存在するもの


ADHDと高機能自閉症との併合障がいを持つの息子との毎日

そして 聴覚障がい者としての自分

キモチ
ココロ

素直に表現していきたい


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悲しみを癒すことができれば

とか

悲しみを乗り越えて

とか

 

悲しみ をどう乗り越えていくか、ということは

あちこちに書かれたりしているけど

 

自分がこれまで

大切な存在を亡くしてきて

その悲しみを乗り越えたか、と聞かれれば

決して 乗り換えてなんかいなくて

 

近いところでは

祖母のこと

まだ笑いながらの話題にはできないし

ふと祖母の話題になると涙が出るし

まだまだその悲しみは居座り続ける。

 

それから叔父、伯母。

時々の思い出話には出てきて

「そういうこともあったなぁ」って思うけど

やっぱり涙が出る。

 

4年前に虹の橋を渡ったまろちゃん。

「まろだったらこんなことしてた。」

とか

「これはまろちゃんが好きだった。」

って、笑って話せることも多くはなったけど、

いちばん思い出してしまうのは、いちばん辛い瞬間。

 

『まだまだ、自分は悲しかったことが消化できないんだなぁ』

と思っていたけど

「悲しみを乗り越える」 ことは 

決して「忘れる」ことではない、そう思うようになった。

 

思い出すだけで涙が出て話せなくなるのは

悲しみの占める割合がまだ大きいんだろうけど

時間をかけて、少しずつでも思い出話ができるようになったら

それは 「乗り越え」 ではなくて 「受容」なのでは。

 

大切な存在が亡くなって、会いたいと思うし会えないことに寂しさが募る。

どう願っても会うことは叶わないのに、会いたい気持ちは消えなくて苦しい。

 

そんな悲しみ、苦しみは間違いなく本当なんだけど

そういう辛さがあっても

毎日を笑って、ときには楽しんで過ごすことができて

今、側にいる愛しい存在との幸せを感じながら生きている。

 

相反する感情が共存してるような気がするけど

それが真で

悲しみだけでは生きていけない

毎日の生活で出会う楽しさ、嬉しさ、愛おしさが

自分の内にある悲しみもひっくるめて

毎日を生きる力を与えてくれるのだと

 

そう思えるようになったら

祖母の写真みたら涙が出ること

まろちゃんの話をしたら悲しくなること

伯母のこと、叔父のことを想いだしたら悲しくなること

そういう感情にも決して罪悪感は感じなくていいんだと思った。

 

覚えていてもいい。

悲しみを忘れられなくてもいい。

忘れる必要もない。

辛さ、悲しみを知っているからこそ、側にいる愛しい存在がより愛しい。

 

 


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今の会社に入って1年。
ずいぶんと仕事を任せてもらえるようになり
少しずつでも自分の力になっているのを実感する。

それでも、いろんな方面の仕事を持っているほかの皆さんに比べて
手が空きすぎてる時も多いので
この前の個人面談のとき部長にそのことを言ってみた。

『今の仕事内容とか、どう?だいぶ慣れた?』
と聞かれ
『慣れました。仕事の中でいろんなこと覚えられて楽しんでます。』

『そっか。困ってることとかはない?』
と聞かれ
『んんーー...手が空いてる日が続くことがあるので、
もっといろんなことを勉強したいです。』
と答えた。

そしたら、
『手が空いてる時間のことは気にしなくてもいい。
その時間を、これまで書いたことのない図面の練習に充てたり、
建築の鉄骨やアルミ関係の勉強をしてほしい。』
と言われた。

作業日報に書ける業務内容がない日も多いので、気にしてたんだけど
気にせず勉強に時間を使っていいんだ、とホッとした。

CAD設計課は、昨年12月から組織改編で少しメンバーが変わり
そのメンバーの中で上に立つ正社員のベテランの女性が入ってきた。
仕事には厳しい人だとは知ってたけど、一緒に仕事したことなくて
どんな人なんだろう、どんな雰囲気になるんだろうと不安があったけど
いざ、その体制になって
最初は手探り、相手の気持ち探りの状態から始まって
少しずつだけど、その方とのコミュニケーションもとれるようになって
私自身は、良好な関係を作ることができたかな、と感じている。

仕事に厳しいのは確かだけど
分からないことを分からない、では終わらせない
分からなければ、現場の人にだってすぐ聞きに言って、はっきりさせる
気になったことはすぐ聞いて、後に回すことはない
私の失敗も、どこでどう失敗してるのかを分かりやすく説明してくれる。

なによりも
今、彼女がやっている仕事は、おそらくもう入社20年以上の方なんだけど
かつてやったことがない仕事だったにも関わらず
ものすごく勉強熱心で
最初抱いていた不安や気構えは不要だったな、と思うくらい。


今回の人事異動は、今まで生き字引みたいな方が違う部署に行ってしまったりで
私たちにとっては本当大きな変化だったんだけど
・わからないことをすぐに聞く
・できるだけ、どんな些細なことでも話をする
・常にコミュニケーションをはかる
そういうことを心がけることで、私には仕事がやりやすい環境になった。

何事も、その環境を受け入れて、自分自身の考え方、やり方を見つめなおすこと。
必要に応じて、自分自身を変えていくことも大事。
変える、というのは、決して『良くも悪くも変える』ではなくて
『相手の良い面を受け入れ、良い考え方を吸収して自分の考え方、仕事の方法を
改善したり、物事の見方を変えてみる』

そういうことって、仕事をしていく上で大事な歩みの段階だな、と思う。


で、明日は、他部署から新たに設計課に配属された3名の方々の
歓迎会を兼ねての新年会。
そんな大事な日の前に風邪ひいてえらい目にあってますけどがーん…llllll(-_-;)llllll
でも飲むもんねーーーーー!!!

 


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昨年末に発達外来で学習障害の可能性の話をして。 
学習障害の特定に結び付く検査をしましょうということになりました。 

今月18日、その検査の前段階になるカウンセリング。 
最初に海砂輝が1時間ちょっと。 
次に私が1時間ちょっと。 
幼少期からの成長過程などを聞かれたり、これまでの学校との関係とか。 

心理士の方が言われました。 

「デコボコのあるお子さんって、取り繕うとする様子が見られることが多いんです。 
だけど、海砂輝さんはそういう部分が全くなくて、素直に話をしてくれました。 
それに、自分のことも冷静に分析できていて、特性のこともきちんと受け入れておられて。 
それは、これまでのご家族の関わり方が本当にお上手だったということです。」 

話を聞くと、デコボコのあるお子さんは、親御さんの思いとして 
できない部分を伸ばそうという傾向が強く、 
できる部分さえ頭を抑えられて伸ばせないまま成長してしまう。 
そうなると、伸びるはずだった能力さえ伸ばせなくなって 
親や大人の顔色を見ながら、自分を抑えながら成長してしまう。 

そんなお子さんも多いそうです。 

私は、海砂輝がどうしても苦手、とする部分は 
ある程度、それこそ落第しない程度にできればいい、 
反対に、できる部分は好きなだけ伸ばしていけたら、と思って育ててきたので 
その育て方は間違いじゃなかったのかなぁとちょっと嬉しくて。 


でも。 

ADHD、高機能自閉症。 
成長して、大人に近づけば、だんだん楽になっていくかと思ってたんだけど 
高等教育に入ると、また違う問題が発生。 
なかなか気持ちの休まる時が来ないなぁ、と 。ε-(‐ω‐;) 

2月から3月にかけて、3回にわけて検査を受けることになりました。 
K ABC-Ⅱ という検査です。 

どんな検査かなぁと調べてみたりしたけど、あまり詳しいことが分からず(^_^;) 
この検査では、学習障害の中でも、何が苦手なのかが分かるそうです。 
得意な部分もね。 
それがちゃんとしたデータとして出されてくるもの。 

18日に、年末に主治医にお願いしていた 
「学習障害の疑い」 
「本人の要望により、心理等検査を行います」 
という内容の診断書を頂いたので、3日かけて海砂輝の担任の先生宛に手紙を書き 
その診断書を学校に提出しました。 
その診断書一枚で、すぐ何かが変わるとは思わないけど 

「普通学校の普通級で、通常の入試で入学した生徒にも 
こういった困難を抱えている子がいるんだ」 

ということを認識する第一歩になってくれれば、と願います。 


この検査を受けるにあたり、 
・親が書くアンケート 
・親以外の家族が書くアンケート 
・海砂輝をよく知る第三者が書くアンケート 
この3つを渡されました。 
「『第三者が書くアンケート』は、もし該当する方がいなければ 
どうしても、というものでもないので、気にしないでください」 
と言われたけど、家族から見た海砂輝の様子と 
第三者が見る海砂輝の様子は必ず違う部分があるはずだから 
海砂輝を客観的に分析するためには第三者の目がある方がいいはず。 

悩んだ末、3年間担任を受け持ってくださった附属中学校の先生が思い浮かびました。 
だけど、今は中学校自体が入試のシーズンで学校は大変なはず。 
3年生は高校入試を控えてるし、お忙しいはずだから 
もうダメモト、アンケートを書く時間を取ることがご負担になるようなら 
断られても仕方がない 
……でも、できるなら前向きに検討して対応してほしい 

そんな気持ちでメールを書いて先生に送ったところ 
送ったのは夜中、夜が明けて朝8時過ぎに、中学校の担任の先生から電話を受け 
「海砂輝君が有意義に学校生活を送るための協力は惜しみません」 
という、本当に涙が出るくらいありがたいお返事を頂きました。 
つくづく、海砂輝は恵まれてたんだぁと感じています。 


これからどういう方向に転ぶか分からない。 
検査することで、それを海砂輝がどう受け取るか、そしてどう動くのか。 
私は学校に対してどう行動を起こしていけばいいのか。 
そういういろんなモヤモヤが 
少しずつでも解決に向かうよう 
真剣に海砂輝に向かい合って行こうと思います。

 

 


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今日、1月17日は
息子 海砂輝の16回目の誕生日。
いつもは慌てて買いに行くケーキを
今年は珍しく(笑)前もって予約しておきました(*´ω`)

16歳、まだ成人でもないし、かと言って子供でもない。
こんな中途半端な年代の、しかも男の子には
なかなか親の言うことは心に響かなくて
手ごたえを感じないままでも一生懸命向き合って話をしてきたけど

今日は手紙で思いをしたためました。

16歳になった海砂輝を見てると、なんだかいろんな思いが蘇ってきて
この時間はまだお腹も張るだけだった とか
ここあたりから先生や看護師さんが慌ただしくなった とか
もう気を失う直前で緊急オペになる頃だ、とか

そう、今日生まれても、私が海砂輝に初めて会えたのは
2日後の19日だったんだなぁ、とか。

16年、16歳ともなると、長いように感じるけど
あっという間で
もうそんな遠くない時期に
私が関われない部分もできてくるだろうし
今だって、海砂輝のすべてを知り得てるわけじゃない。

でも、私は無我夢中で海砂輝を育ててきた。

今でも思い出す。
産まれてからこれまでのことを。

未熟児で産まれてNICUの保育器の中。



小学校入学




中学校入学




国立高専入学




そして今日…写真撮られるのもイヤ?(^_^;)
なかなか良い笑顔を見せてくれない( ;∀;)

HAPPY BIRTHDAY !!




でも、どんな海砂輝だって、私の大切な宝。
これからも、海砂輝とともに親として成長していきたい。

親として、一年でいちばん嬉しい日って
子供の誕生日なんだなぁ……と
改めて実感。

 

 


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自分でも嫌んなるくらい日記書けないです(w_-; ウゥ・・
でも自分に対しての忘備録的なものでもあるので
今年はこまめに書けたらいいなぁ~…

七草も過ぎましたが
皆さま 明けましておめでとうございます( *・ω・)*_ _))ペコ
今年もよろしくお願いいたします。

 



仕事は1月4日が仕事始め。
新年早々その日は有休取得奨励日だったんだけど
まだ年間10日程しかもらえない私。
10日ほどの有休から5日分も消化奨励で使われちゃ困る(^_^;)
というわけで、CAD室一人で仕事してました。


昨年終わりは、ホント精神的に参ってしまうことが多く
海砂輝ともケンカ?がしばしば。
4月に第一志望校の富山高専に希望たくさん持って入学したものの
思い描いてた生活と現実の違いに戸惑い
成績が思うように伸びず、先生に親が呼び出されること3回。

授業でノートは取らない、プリントもキレイに書けない。
課題も忘れる、できることとできないことのギャップが酷すぎる。
そんな言葉を浴びせられて、その挙句の言葉が
『義務教育ではありませんから、容赦なく落第させます。』
と、[義務教育ではない]を免罪符のように使われることに違和感を感じ。

義務教育ではない、と言いながら、それならなぜ親を呼ぶの?と思うけど
呼び出された以上話をしないでいられるわけじゃなく
一応海砂輝の発達障害のことを話をしたんだけど
結局、先生の目からは海砂輝は
『ノートも書かない怠けている子』
と見えてるんだなぁと気づきました。

ノートもプリントも上手に整理したり書いたりできないのは
小学校、中学生のときからずっと。
これは、
「ノートのスペースと言う限られたスペースに収めて書くことが困難」
であることは、ADHDの特性にもある特徴。
ただ、好きな教科でさえまとめるのが難しいと言われると
もしかして、他に原因があるのでは?と思い、12月に発達外来の先生に相談、
限局的学習障害の可能性があるという話になりました。

学習障害は、有名な人ではトム・クルーズの「読字障害」なんだけど
海砂輝の場合は書くことが困難な「書字障害」ではないか、と。

そういう可能性をあるということを前提にして海砂輝と話をしたとき、
・ノートを取れないのは、ノートのスペースを把握できないこと
・書いてると先生の話に集中できずに、気づいたら話が進んでいること
・先生の説明を聞く、黒板を見る、理解する、ノートを見る、文字を書く、
 そういう複数のタスクを一度にこなすことが困難であること
・自分の記憶の仕方は、まず写真を撮るようにイメージで頭に入ること
・イメージで入るため、文字のみの歴史や国語はイメージができにくいこと

このような困難な部分があることに海砂輝自身が気づき、
学校に対してどのような合理的配慮を求めたら、自分はもう少し理解できるか
そういう話し合いまでできるようになりました。

発達外来の先生にも、まず学校へ出す書類として
限局的学習障害の疑いの診断書を書いて頂くことに。
そして、今はまだ新しくて海砂輝の通う病院では行ったことのない心理検査を
春までに何度かに分けて行うことになりました。
高専は理系の学校だから、おそらく言葉だけでは先生の理解を得るには難しく
数値でのデータが出るものを見せる方が説得力があるだろうし
海砂輝自身、自分が何がしんどいのかをはっきり知りたいという気持ちもあって。

知的に問題のない学習障害は傍目からは怠けと見えることも多く
それによって子供自身が傷ついたり、不登校の原因になったり。
海砂輝も、体調不良を訴えることも多く、ストレスが強くかかってたのかもしれない。
それでも、学校は好きだというから、イヤになる前に手を打たないと。

学校に対して求める合理的配慮については、発達関係の友人からのアドバイスも頂き
海砂輝との話し合いも何度かして
写真を撮ることが許されないなら、ボイスレコーダを、ということに。
検査を進めて、具体的な困難な部分が明確になれば
求めたい配慮も明確になるのでは、と思っています。


海砂輝のことであれこれ悩んで、ケンカして。
そんな一年を過ごして、騙し騙し過ごしていた腕の痺れがどんどん酷くなって
今は左手でモノを持つことさえままならず。
これではいけないと思い整形に言ったら
『頸椎ヘルニア』と診断され。

 


原因が分からないことを恐れていた私には、原因が分かったのはいいんだけど
思いのほか衝撃的な症状だったのでかなりショック。
根本的な治療は手術しかないそうです…_| ̄|○


…と、自分のことでもガックリきてたら
ここ数日、ぷりんの様子が変だな?…と思い体重を計ったら
12月半ばに病院行ったときから400g減っていました…

 



もう一昨年になるのか、2016年の11月に余命3ヶ月と言われて
それから1年、良い意味で裏切ってくれて元気でいてくれた。
ガンは消えないと分かっているけど、期待してしまったよねぇ。
『頑張れ』
とは言えないけど、少しでも長く一緒にいてくれますように。

 

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