ラブリンク 

    内藤みか

第1話


 スタジオキッチンの
窓からは、渋谷駅のハ
チ公前広場が見下ろせ
た。
 救急車が駅前に止ま
っていて、誰かがタン
カで運び込まれている。
 まだ夜の八時だった。
酔っぱらいが現れるに
は、少し早い時間であ
る。
 渋谷の街は、四六時
中、救急車が通りを走
っている気がする。点
滅している赤の灯が、
街のネオンよりも強く
目に刺さってくる。
「……まだですかねえ」
 カメラマンがため息
をついた。
 もう、夜の九時近い。
レンタルキッチンスタ
ジオにはムリを言って
午前〇時まで延長させ
てもらっている。
 今日は、Jリーガー
の阿久津雄大選手を取
材するはずだった。
「人気スポーツ選手が
作るスタミナ料理特集」
の取材である。
 阿久津選手はワール
ドカップで華麗なシュ
ートを決めた長身の男
で、若い女性に人気が
ある。今日しか身体が
空いてないというので
撮影をお願いしたのに、
突然の腰痛だとかで、
キャンセルとなってし
まった。
 代わりの選手を寄越
すからと言われたけれ
ど、まだ到着しない。
チームの広報に電話し
ても留守番電話になっ
ている。
 私は渋谷の街を遠ざ
かっていく救急車のサ
イレンを見つめ続けて
いた。
 あの紅が、時々、血
の色に重なることがあ
った。
 あの夜。白いタイル
貼りのバスルームが、
赤く染まった夜。私は
救急車で運ばれたのだ。
 思い出したくない記
憶が、フラッシュバッ
クしてくる。
 もう、終わったこと
なのに……。
その時、ドアが乱暴
に開いた。
「すみません、あの
『女性ウィークリー』
さんですか」
 ジーンズに覆われた
がっちりとした脚。そ
して筋肉質の体型の上
に、何の偶然なのか、
トマトのように真っ赤
なTシャツを着ている
男。
「僕、代理で来ました
安藤浩介です」
 照れ臭そうにそう言
って頭を下げた彼に、
私は言葉が出なかった。
 私は、安藤浩介を知
っている。前のめりに
突っ込んでいく迫力あ
るシュートと、甘いマ
スク。国際試合に出る
ほどの強さはなかった
けれど、ルックスの良
さも手伝って、女性フ
ァンにもかなりの人気
があった。
 でも二年前に事故に
遭い、膝を痛めたとか
で長期休養してからは、
あまり表舞台には出て
こなくなった。おそら
く昨年度は出た試合を
数えた方が早いだろう。
出たとしてもフルタイ
ム出場はさせてもらえ
ず、試合の後半に短時
間起用されるくらいだ
った。
 今まで彼を取材した
ことはなかった。だか
ら、これが初対面だ。
「突然で、申し訳ない
です。なんか、阿久津
がケガしたみたいで」
 浩介は少し不安げな
瞳で、私を見た。
「いえいえ」という顔
で僅かに微笑みながら
首を横に振ったが、声
がまだ出てこなかった。
 偶然にしては、でき
すぎている気がした。
 私は、安藤浩介のこ
とを、知っている。彼
が昨日、自宅近くのイ
タリアンレストランで、
ペンネを食べていたこ
とまでも。
 そのことを、彼の兄
である安藤亮太から聞
いたのだった。
 私は、安藤亮太を知
っていた。
 いや「知っていた」
という表現は、少し、
違う。
 私は、安藤亮太を
「買って」いたのだ。
だって、彼は、出張ホ
ストなのだから……。



(第2話に続く)


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