
わたしが自分というものを見つめるようになって以来、
「わたしは何を願っているのだろう」
「わたしは何がしたいのだろう」と、
自分自身に問いかけながら、今まで歩いて来ました。
そして、最近ようやく「わたしの想い」というものが、
自分の中でシンプルにまとまってきて
言葉で表現できるようになってきました。
今回はその「わたしの想い」と、そう思うようになった
経緯を書いてみたいと思います。
わたしが自分というものを見つめるようになったのは
うつ病になったことがきっかけでした。
今から24年前に、わたしは結婚して主人の実家へ嫁ぎ
4年目に子どもを出産し、その後すぐにうつ病になりました。
結婚してから、自分が育った環境や自分が持っている
価値観とは違う人達がいるコミュニティーの中に入って
生活してみると、楽しことや感心すること、驚くことや
どうしても理解しがたく、反発を感じたことなど
いろいろなことを体験しました。
それまで、わたしの人生では、学校や会社においても
そういう違った個性が集まるコミュニティーに、
属してはいたものの、その中では「類は友を呼ぶ」という
法則通りに、自然に自分と気の合う仲間が集まってきて
今思えば、その頃までのわたしは、自分の目線や思い込み、
価値観で人や物事を判断していても、何不自由なく生きて
来られたのだと思います。
結婚するということは、夫婦がお互いに向き合いながら
一から新たに、生活の基盤を築き、家族を作っていくという
生涯をかけた大きなイベントなのだと思います。
そして、お互い自分たちが育った家族や親戚、友人、
ご近所の人、仕事関係の人などが属するとても広い
コミュニーティーの中で、いろんな人とコミュニケーションを
取ながら、自分たちが「どう生きていくか」を
常に選択していくことだとも思います。
このコミュニティーが、いわゆる社会というものですよね。
そういう意味では、わたしが親元から離れて初めて
社会に出たのは、結婚してからだったのです。
それまでの人生の中で、わたしは大きな挫折も味わうことなく
生きて来られたので、子どもを出産した後にうつ病になった時
一気に自分にいろんな問題が押し寄せて来て、
その当時は、「どうしてこんな事になったんだろう。」
「 どうして自分がこんな目に合わないといけないんだろう。」
ということばかり考えていました。
そして、毎日が苦痛で、「この状況から逃げ出したい。」
「もう死んでしましたい。」と、いつも思っていました。
うつ病気とわかってからは、わたしと子どもは実家で世話に
なりながら、母親の勧めで心療内科へ通いました。
その頃は、うつ病が今のように多くの人に認知されておらず
わたし自身も、気分が落ち込みやる気がしないのや
体が動かないという辛い経験は初めてだったので、
「普通の人が出来ることが、自分は出来ない」ということを
自分自身でいつも攻めていました。
そして、周りの人たちもきっと自分のことを「ノイローゼ」や
「精神病」にかかった人という目で見てるのだろうと
いつも、ひとりで殻に閉じこもっていました。
そんな中でも、主人や身内の人はわたしを心配してくれ
いろんなことを言ってくれました。
心療内科の先生もカウンセリングをしながら、
私が話すことをジャッジしたり、私に病名や症状を言って
診断する様なことはしない、とても良心的な先生でした。
うつ病が完治するには、2年半ほどの時を要しました。
その間には、寝たきりの状態に近い時もあったり
病気が完治しかけた頃には、阪神大震災が起こりました。
わたしと子どもは大阪の実家にいて無事でしたが、
家にいた主人や義母は被災し、多くの人が亡くなった中で
有難いことに命は無事でしたが、住んでいた家が半壊状態で
住めなくなり、2年半の間、仮設住宅での生活も経験しました。
子どもが生まれてすぐに、わたしがう病気になったことや
阪神大震災があり、あちこちの家に住んだりして、落ち着かない
環境の中で4歳ごろまで育った、息子には本当にかわいそうな
思いをさせましたが、そんな中でも私たちが恵まれていたのは
実家の両親や兄弟、親戚、友人、ご近所の人たち、同じく主人の
まわりの人たちなどにお世話になり、息子もいろんな方々に
お守りをしてもらい、多くの方の愛情をいっぱい頂いたことです。
そして、同じく私も多くの人の思いやりと愛情を頂き
本当に恵まれていたのだと思います。
その後も、子育てや仕事をする中で、いろんな人な人と出逢い
いろんな事があり、嫌な思いをしたり傷つくこともありましたが
そんな中でわたしが学んだことは、相手のことが理解できない
ことによって、生じる不快な感情から相手と敵対したり
ネガティブな感情を持ち続けるよりも、相手と同じ人間である
自分の内を見て、自分を理解する方が
どれほど「自分と人を許せて楽になることか。」
相手を変えようとするよりは、自分が変わった方が
どれほど、「自分と人を愛せて心が安らぐことか。」ということでした。
わたしが、そういう事を学ぶために、今までのことがあったんだと
思えるようになったのと、これまで出逢ってきたすべての人に
感謝出来るようになるまでには、長い時間と多くの経験を要しました。
わたしは、人にはそれぞれ成長や発達の速度があり、
それを速い方が良いとか悪いとかと判断するものでもなく、
全ての人が存在するから全体としても大きく成長し、
進化することが出来ると思うのです。
自分が壁にぶち当たり、悩んだり病気になった経験の中で
自分というものを見つめて、いろんな事を学ぶうちに
自分が知っているよりも世界は遥かに広く、見えない世界である
精神世界や天界、自然界など様々な世界からも、自分は多くの
恩恵を受け取っているのだということが解り、狭かった自分の
物の見方や考え方が変わりました。
この解り得たものが「叡智」というものなのだと思います。
また、わたしがうつ病になった原因には
「自分の言いたいことが言えない。」
「本当に思っていることが言えない。」
「社会や学校教育、親や大人によって子どもの頃に
植え付けられた価値観や正しい・悪いの基準で物事を
判断し決めていたこと。」
「正しい良い人を演じていたこと。」
「自分に自信がない。」
などがありました。
これらはすべて、出逢った人とのコミュニケーションで
感じる自分の「感情」によって、気づくことが出来ました。
そして、少しずつ「本当の自分の姿」 「本当の自分という存在」が
見えてきて、自分の本心に従って行動するようになりました。
そうすることで、自分が変われて今までよりも
もっと自由に楽に生きられるようになりました。
今、世の中にも自分を見つめて、自分らしく生きて行こうと
している人がどんどん増えて来ている様に思います。
わたしは、自分が成長していく中で
自分らしく生きようとする仲間と繋がり
自分の本質を知り、本来の自分を
表現することの歓びを
共に分かち合いたいのです。
自分や人を信じて愛せた時に
どれだけ心が愛と安らぎで
満たされて健やかなことか。。。
それを、共に分かち合いたいのです。
そして、こんな繋がりの輪が広がって
みんなが健やかに生きて行けるような
明るい社会になることがわたしの願いです。
これが、ヒーラー・カウンセラーとして
活動する目的であり、わたしの想いです。


ヒーリングセッションで人を癒したり、「叡智」を語り広めながら
日本全国をまわり活動する、魂(意識で生きる)繋がりの友が
2月に関西に来ます。
とても心優しいヒーラーさんで、常に自分の心に正直に
自らが勇気を持って行動することで、多くの奇跡を
起こし続けている人です。
*個人セッション *無料ヒーリングセミナー
*多くの人が自分の本質で人生を楽に生きられるように
叡智を語る「そらの会」・「叡智のバトン」を開催します。
http://www.sora-ni.com
http://ameblo.jp/sora-ni/entry-11090654167.html
http://ameblo.jp/sora-ni/entry-10974911501.html ご興味のある方は、「ヒーラー・カウンセラー:そら」さんまで
お問い合わせ・ご連絡下さい。

わたしは、「叡智のバトン」に参加します

※大阪の「叡智のバトン」会場は、わたしがスタッフを務める
「カウンセリングスペース・リブ」のセミナールームをお借りするので
参加される方は、参加費12,000円とは別に、会場費3,000円を
参加人数で割り、負担して頂くことになります。

love and peace