「えーっと、203の鍵は・・っと。」






よく使い込んだ焦げ茶色のセカンドバッグの中を、


白髪混じりの長い眉の下にある小さな瞳をさらに細くして見回している。








「おぅ、これじゃぁ!」






そう言って、


優奈に鍵を差し出した、管理人のクニさんの老眼鏡は、


今にもその小さく尖った鼻から滑り落ちそうだった。






「ありがと、クニさん!」



鍵を受け取り、


さっそく部屋に入ろうとした優奈に、




クニさんがすかさず口を開いた。








「おぅ!ちょっと待った!


 まずはこのヒマワリ荘の新しいお仲間さんに挨拶をせねばのぉっ。」










・・挨拶?





田舎から今日上京したばかり、くたくたの優奈は、


ドアの前に置かれた引越しの荷物を目の前に、正直ため息をつきたくなったが、


それを感じさせない笑顔で返した。






田舎暮らしが長かった優奈は、


こうしたご老人の長話には慣れている。








「優奈さんのこのヒマワリ荘での新しい生活は、


 それはそれは充実した毎日になろうのぉ。



 じゃが、これだけは覚えておくのだよ。



 新たな扉を開く時には、それなりの覚悟で臨むことじゃ。



 そして自分を見失わないこと。いいかね?」










・・新たな扉。





ここでの昔話や自慢話が延々と始まるのを覚悟していた優奈は、


ちょっと大袈裟だけど、自分の新生活を後押ししてくれるような、


クニさん流の温かい挨拶を、単純に嬉しく思った。










「はいっ!これからよろしくお願いしますっ!」








優奈はこの春、念願の大学に合格し、


上京することになった。





田舎の両親の反対を押し切ったこともあり、


少しでも経済的負担を減らそうと、アルバイトをしながら一浪して、


やっと掴んだ新生活だった。






このヒマワリ荘に決めた理由は、単純明解、




家賃が安いから。







「ほぉっ、ほぉっ、ほぉ~っ。元気なお嬢さんでなによりじゃ~!」






都会暮らしに不安がなかった訳じゃない。








でも親しみやすい管理人クニさんの登場で、


優奈の気持ちも少しやわらいだ。










ようやく部屋に入れる。






クニさんが去ったところで、


優奈はもう一度、鍵穴を見つめた。





カチャ!








この扉を開けたら、私の新しい生活が始まる。








おかしいな、なんだか急に気持ちが高ぶってきた。








優奈は、203号室のドアを開けた。









○●第2話へつづく●○









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