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恋愛小説『Lover's key』

#25-1 一歩前進(shinichi's side)





カーテンを開けると、朝日が部屋に差し込む。


今朝はいい天気だ。大事な日がこんな天気だと、気分がいい。


俺は窓の前でぐーんと腕を上げ、大きく伸びをした。


───今日は、12月18日の日曜日。


由愛を俺の両親に会わせる日だ。


まずは11時に由愛の家に行って由愛の母親と話をする。そして、その後由愛と一緒に俺の家に来るというのが今日一日の段取り。


まだ朝の8時だから、時間は十分にあるんだけどだからと言ってゴロゴロ寝てる気分にもなれなくて。


とりあえず、リビングへ行こうと自室を出て階段を下りた。


「おはよう」


リビングのドアを開けると母さんが俺に気づいてすかさず声をかけてきた。


「おはよ」


俺もそう答えながらソファーに腰掛ける。すると、ソファーに先に腰掛けていた親父が新聞を読みながら俺に「おはよう」と応えた。


何気なくていつもと変わらない朝の風景。


かと、思いきや。


何かしっくりこない。


違和感を覚えて、部屋をくるっと見回す。すると、若干部屋が模様替えされていた。


「何だよ。コレ。配置とか変えたの?」


TVの位置や、サイドボードの位置、カーテンの色、ラグマットまで新しいものになっていて驚いた。


「あらやだ。今頃気づいたの?昨日の夕方からこうなってたのに…」


母さんは俺の発言にかなり不満そうだ。「今日、進一が彼女連れて来るって言うから、母さん張り切ってキレイにしたのよ?!」と、クチを尖らせている。


親父には「開発職のくせに、ちょっとした変化にもすぐに気づけないようじゃまだまだだな」と、ダメだしされるし。


いやいや。朝から、ホント参った。


でもさ。言い訳させてくれとは言わないけど…。


と、心の中で呟いてみる。


昨日は食事をするのにこのリビングに足を踏み入れただけで、他はずっと部屋に篭ってたんだ。


輝との一件が、相当堪えていて。


夕方、家に帰るなり、俺はそのまま自室へ直行した。


今すぐ由愛に電話したい。輝とのことを確認したい。何度もそんな衝動に駆られたけど、その度に思い留まった。


今電話したら、嫉妬という感情が抑えきれずに責めるようなことを言ってしまいそうで。それで仲が拗れるのだけは嫌だったから……。


とにかく冷静になろうと、好きな音楽をかけながら椅子に座ってボンヤリとしていたけど、どうしても考えてしまって。




───『多分、話せないんだよ。オレが抱きしめてキスしちゃったから』




テルの言葉が頭にこびりついて離れない。一発、二発と、本当は殴ってやりたかった。


でも、あの場で熱くなったらダメだと自分自身にブレーキをかけていた。


…由愛は、この事実をどう受け止めているんだろうか。


最近様子がおかしかったのは、もしかしたらこれが原因か…?


ここのところ構ってやれる時間がほとんどなかったから、それで由愛が不安になってるんじゃないかと思ってたけど、とんだ見当違いだったのかもしれない。


輝が絡んでる。


そんな気がして仕方がなかった──。


その後、7時頃に母親に呼ばれてダイニングで夕飯を食べ、ゆっくりする間もなくすぐに風呂に入った。


だからリビング全体を眺めるほどの時間は無くて。気持ちもテルとのことに持っていかれてたから部屋の変化に気づけなかったんだと思う。


風呂から上がって再び自室に戻ったころには少し気分も落ち着いてきたから、これなら大丈夫だろうと由愛に電話を掛けた。


明日の最終確認だけ。


そう自分に強く言い聞かせて、由愛の家に行く時間をもう一度伝えたり、今日の由愛の様子を聞いたりしていた。


由愛は相当緊張しているのか、眠れるかどうか不安だと言っていたから、「俺にまかせておけば大丈夫」と安心させるように宥めて長電話はせず手短に電話を切ったんだけど。


きちんと眠れただろうか。今朝はまだ電話してないけど、出掛け際にもう一度電話することになってるからその時に聞いてみよう。



・・・・・・・・・・。



ソファーに腰掛けて、ついているテレビをぼんやりと見ながらそんな昨日を回想してみる。


何にせよ、結局由愛が選んでくれたのは俺なんだから、輝を恐れる必要は全く無いのに。なぜか輝の真っ直ぐな姿勢が引っかかるんだ。


……。


ダメだ、ダメだ。


今日は大事な日なんだから。


雑念は追い払って集中しないとな……。


「野崎さんが来るのは大体2時ごろよね?」


母さんがそう言いながら俺にモーニングコーヒを淹れて持ってきてくれた。俺は「うん」と頷きコーヒーを受け取る。


「とうとう、進一も身を固める歳になったんだな…」


親父が感慨深げにポツリとそう漏らした。


俺は、里香が亡くなったときに家族にかなりの心配をかけている。


落ち込み具合が半端なかったから、もしかしたら両親は俺が一生独身かもしれないという覚悟はしていたんじゃないかと思うんだ。


でも、こうして彼女を再び連れてくることになって。


口には出さないけど、心底ホっとしているんじゃないかと思う。


だから。今日は色んな意味で家族にとっても俺にとっても特別な日なんだ──。



*******



 朝飯を食ったり、両親と雑談してるうちに、約束の時間が近づいてきた。


俺は急いで支度を済ませると、自宅を後にした。


今日は親父の車を借りて由愛の家に行くことになってるから、玄関を出てすぐにカーポートへ向かう。


車に乗り込み、コートのポケットから携帯を取り出すと、由愛の携帯に電話を掛けた。


「はい、もしもし」


2コールもしないうちに出てくれたから、多分電話を待ってたんだろうと思う。


「ごめん、俺だけど。遅くなっちゃったかな…。今から家出るから」


「うん、わかった。大丈夫だからゆっくり来て!今日車だもんね?安全運転でね」


「了解。あ、由愛…」


「ん?」


「昨日ちゃんと眠れたか?」


俺は昨日の緊張した様子が気になって確認したんだけど、由愛は「うん、平気だったよ」と明るい声で返答してきて。


その声を聞いて安心した俺は、「よかった…。じゃ、またあとで」と電話を切った。


車で向かうと由愛の家までは20分ほど。隣町に住んでるというのは、結婚してからも何かといいかもしれない。


日本に帰ってきて俺の実家に住むようになっても、母親想いの由愛はいつでも様子を見に自宅へ帰れるから。


なんて。


俺はそんな未来を考えながら車を走らせていた。





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