小説**虹の遥か『花』10

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やけにぎこちない笑顔でご飯は?ってハルが訊いて、風呂から出てきて穿いた下着だけの格好でとりあえずビールを冷蔵庫から出して何も作ってなさそうなキッチンを横目に食べてきたって嘘ついた。

帰ってきた瞬間分かった。
ハルは嘘がつけないから。
あんな目して、笑ってる方がおかしいよ。


Tシャツと半パンを着てから黙ってテレビをつけて。
呑みながら考えてた。
なんで泣いてんのか。
なんで何も言わないのか。
ハルがそんなふうになるのは初めてだった。



“誕生日、来週、
花の。”


ちょこんと隣に座るから、ハルの顔を覗いて見上げる。


“来てほしいって言うし、ちょうど休みだから。
ハルも…”


手を下ろしたままのハルに言わなきゃ。
いつか、こんなふうに話すことになるんだって覚悟はしてた。
思ったから。
あぁ、そのときが来るんだって。
花が帰ってくるって連絡を受けたとき、ついにそのときが、って。



“…あのな、”

“行って。”


ハルが遮った、その続きを仕舞う。


“花ちゃんのお誕生日。
ごめんね、私予定がある。
だから、かずだけで…お願い。”


ハルはそう言うと、お風呂入るねって笑って立ち上がった。
その手を下から伸ばした手で掴んで引いて、それから笑ってる奥でちょっと困った顔のハルからじっと、ずっと目を離さない。


“話がある。
俺の、話。”


空いた手で伝えようとして思わず両手を使った途端離されたハルの手が宙で止まった。

その離された手を見つめるハルの目がいつになく寂しそうで、今までで一番悲しそうに笑った。


そして、テレビを見たハルが急におもしろいかと訊いた。


“私には、分からないことが多い。
他人よりずっと、察する力も足りない。
みんなが当たり前に出来ることが出来ずに落ち込んだり泣きたくなったり、かずに出会う前はいなくなりたいって思ったことだってあって、だから、今が幸せで、甘くて……。

そのテレビはおもしろいの?
かずの仕事はすごいの?
聞こえるって、どんなの?”


そこまで言って手を下ろしたハルの、本当が見えない。
たぶん違う。
本当に言いたいことはそんなことじゃない。


“持ってるよ、俺が。
おまえにないもの持ってるから。
持ってるんでしょ?
言ったでしょ?
俺にないものはおまえがくれるんでしょ?”


いつか、ハルが言った言葉。
天井を見上げて、俺の目を見て、そう言ったから。

だから、俺だってそんなおまえに…



“ごめん。”


そう言ってまた、ハルは笑った。
嘘くさい笑顔で、眉を下げて睫毛を微かに濡らして。


“お風呂入ってくる。”



ハルの後ろ姿。
それがバスルームに消えてしばらくして、仕事を思い出してテレビを消して自室に入った。

あれ…?
そう感じたのは直感で、だけど確信で。


様子がおかしかった理由を悟った。





つづく



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