***** ご訪問ありがとうございます*****



$Michael Jackson を語らせて!


インドの古いことわざにあるように
その人のモカシンを履いて2ヵ月歩いてみるまでは
人を判断してはいけない。
ほとんどの人たちは僕のことを知らない。
だからほとんど本当ではないあんなことを書く。
それに傷つき、そして子ども達のことが気にかかって...

涙が出ることなんてしょちゅうだ。
世界中の僕の子ども達、僕は彼らのために生きているのに。
確かなことだけしか言えなかったら
これまでのことは書けなかっただろう。
動物は攻撃をするが
生きるためであって悪意からではない。
それは批判する人たちと同じだ。
彼らは僕たちの痛みではなく
血がほしいのだ。
それでも僕は成し遂げなければならない。
あらゆる物事の真実を探し求めなければならない。
その力に耐えなければならない。
世界のために、子ども達のために
僕は送り出されたのだから。
でも、ずっと前から血を流してきたことに
どうか慈悲の心を。

MJ


1987年10月12日
People誌より



**********


1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2016-11-21 22:03:18

If you read this, thanks for caring.

テーマ:エピソード
ちょうど1年前、Janetの東京公演キラキラ










今新たな命を生み出そうとしているJanetと
きっとそれを誰よりも見守っているMichaelの共演
“Scream”の撮影現場でのエピソードをこの機会に。










事故は、マイケルと妹のジャネットが共演したミュージック・ビデオ、
Screamを撮影していたユニバーサル・スタジオで起きた。
以前、私はデンジャラス・ツアーの演出とリハーサルの仕事をしていた時
マイケルと会ったことがありました。
Screamの監督のマーク・ロマネクと美術監督のトム・フォデンの2人は
妥協を許さない完璧主義者でした。
このとき私は、トム・フォデン率いる美術部門と仕事をしてました。


Screamはこれまでで最も費用をかけたミュージック・ビデオでしょう。
予算は約830万ドルだったと思います。
美術部門の予算がそのほとんど、もしくは半分でした。
LAのユニバーサル・スタジオにあるフルサイズの3つのスタジオで撮影が開始され
その3つのステージには12以上のセットが設置されました。
撮影が始まると、セットでの着付け係が私の役割でした。
セットにいる間、タレントと密接に関わるのは自然なことでした。
とてつもない大仕事であったことに疑いはありませんでした。











撮影初日、朝7時に電話がかかってきて、マイケル以外は夕方近くまで拘束されました。
それからマイケルにヘア・メークをし、撮影が始まるのは午後4時半。
その後約20日間、夜に撮影することになるだろうことは明らかになりました。
マイケルがそんな風に、夜撮影をすることを望んでいることも。


撮影が本格化するとマイケルが現れし、撮影の説明をするマークに出迎えられました。
マイケルとの最初の撮影シーンは、白い床の上で踊るシーンでした。
マイケルはカメラから2mほど離れた場所に立ち2~3カット撮影すると、床が滑ると訴えました。
私は、目の細かいスチールウール、雑巾、"特殊な液体"が入ったスプレーを手にセットに入り、
スチール・ウールで少し床を拭くと後ろに下がりました。
カメラの後ろからマークがやって来て確認すると
私に確認する前に“ツヤ”をなくすかどうかトムに尋ねました。
私は"大丈夫"と言い、特殊なスプレーをさっと一吹きすると、すぐに乾いてツヤがでました。
立ち上がると、私の顔を見たマイケルは、笑顔で
“ツアーのリハーサルにいたよね"と言いました。
“そうです"と言うと、"お子さんたちは元気にしてる?"と尋ねられたので
“元気です、とても"と答えました。
そして撮影が再開されるとマイケルは少し踊って、そして我々は休憩に入りました。


予測通り、クルーの呼び出しは午前7時から午後4時に変更になり
我々は毎晩午前4~6時まで作業を行いました。
撮影最終日の最後の数時間、私たちは“禅”のセットに移りました。
これが本当に最後の日、最後のセットでした。
美術部門はマイケルがセット中央の座禅堂に入る前に最終調整をしていた。
マイケルはその様子を眺め、なんて美しいセットなんだと言いました。
彼はとてもリラックスしていて、仮設の寺院の真ん中に座るのを楽しんでいました。











マークが大きな声で、天井の内貼りの位置を変えようと言ったので
はしごをつかんで一番上までよじ登ると、はしごがぐらつき始めました。
不幸にも携帯のこぎりが跳ね返り、私の左薬指切断しました。
無言で私はおしりのポケットの雑巾に手を伸ばし、
それを指に巻きつけてはしごを降りると、セットを離れました。
私はトムの方に向かい、何が起きたのか説明すると
トムにステージの端に連れて行かれ、コンクリートの上に横になりました。


するとたくさんの人とマイケルが現れ、しばらく横たわった私の周りに立っていました。
マイケルは、上に伸ばした私の左手に目をやり、そして私の顔を見ると
私の左側に膝まづき私の右手を握りました。
彼は私を見つめて、申し訳ない言いました。
申し訳ないと言い続け、涙を浮かべていました。
彼は私が救急車に運ばれるまで、私の手を握っていました。


翌週退院すると、マイケルとジャネットから贈り物が届き始めました。
素敵な石鹸、バスローブ、、お香、カードといった、上品で素敵な品物たちが。
とにかく、これが私に起きた出来事です。
マイケル・ジャクソンは私の手を握っていてくれた。
もしあなたがこれを読んでくれているなら、やさしさに感謝しています。

Richard Berg







こんな事故があったとは知りませんでした。









そんなやさしさがあったことも。










日本の寺院をイメージしたセットをMichaelは気に入り
とてもリラックスしていたということも。










SCREAM







*******************************





何度も言うけど…











それ絶対自分で乗せたよね?笑















☆We love Michael forever☆
ばらばらばらばらばらばらばらばらばらばらばらばらばらばら






AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
同じテーマ 「エピソード」 の記事
2016-11-02 21:44:16

”星美ホームバザー☆ファイナル”

テーマ:イベント情報


赤羽にMichael Jacksonが…
そんな夢のような時間があったのは2006年。


年月が流れ
Michaelが3人の最愛の子どもたちと訪れた星美ホームのサローネ(ホール)が
とうとう取り壊されることに。
肉親と離れて暮らさなければならない子どもたちがより快適に暮らすためならば
それも致し方ないことですよね。


明日3日、星美ホームで最後のチャリティバザーが開催されます。












オイラもサローネでお手伝いさせていただきます☆
お時間のある皆さま、是非お越しくださいませ!










☆We love Michael forever☆
ばらばらばらばらばらばらばらばらばらばらばらばらばらばら






AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2016-10-31 23:01:12

食え!そしてデブになれ!

テーマ:エピソード

attachment00.jpg





今日はHalloweenハロウィンハロウィンハロウィン
さっきテレビで3000人でThriller踊ってたthriller
Halloween、Michaelの仮装をした人たくさんいるんだろうなぁ☆




…てなわけで
ウィアード・アル・ヤンコビック☆
…てなわけでの変な記事タイトルw







Michael公認コス(≧▽≦)




彼は私たちの電話にかけなおしてくれただけでなく
“Beat It”のパロディーの制作に同意してくれました。
おもしろいアイデアだと思ってくれたのです。
その後、2作目のパロディ“Fat”を制作した時は、
親切にも、ビデオのために地下鉄のセットを使わせてくれました。
彼はいつでもとても協力的でした。

彼と個人的に初めて会ったのは、
1984年に“Eat It”を作る許可を得てからしばらくたってからでした。
私たちが“Eat It”の共作者であることを証明する契約書には
私のサインの隣に彼のサインがありました。





マイコーのサインでかっ( ̄□ ̄;)



おそらくその4年後、2作目のパロディー“Fat”を制作した頃、
彼のショーのバックステージで彼に会うことができました。
彼はたくさんの人たちと一緒にいたのですが
持参したEven Worseのゴールドレコードをプレゼントすると
彼はとても喜んで、感謝の言葉とあたたかい言葉を言ってくれました。

個人的に彼に会うことは素晴らしく、まるで別世界にいるようでした。
彼は超有名人であり、そして超有名人であり続け、
彼を1人の人間として考えることですら難しいことでした。
彼はいつでも並外れた存在感がありました。

次に彼に会ったのは、あるテレビ番組の収録の時でした。
彼は“Black or White”を歌っていました。
スラッシュがい他のを憶えています。
彼と簡単な会話をしました。
私の映画「パロディ放送局 UHF」に出ると言ってくれました。
彼はとてもやさしく静かに話す人でしたが、
いつもとてもフレンドリーに接してくれました。

当時私は“Black or White”のパロディーをやろうとかと考えていましたが
彼は“Black or White”はよりメッセージ性のある曲だと考えていたので
その曲のパロディには乗り気ではありませんでした。
私はよく理解できました。
彼は私の頼みを寛大に聞いてくれました。

もしマイケル・ジャクソンのパロディーをしていなかったら
今私は何をしていたのでしょう?
非常に大きな意味で、彼は私の人生を飛躍させてくれました。
無名の男からバーガー・キングで気づいてもらえる男に私を変えたのは
“Eat It”でした。

-"Weird Al" Yankovic


(Source/rollingstone.com)






Eart It(食え!)




Fat(デブ)





オイラ、ちゃんと見たの初めて(;´▽`A``
笑ったー!
笑いって癒し☆


人を笑わせるのが大好きだったMichaelの
その人柄を垣間見るエピソード。
ほんとにどこまで癒してくれるのでしょ!








おまけに
Black or Whiteはより大切な曲だってことも知ることができて
なんだか嬉しい。









ねぇねぇ?
世界中にはまだまだMichaelのキラキラの欠片たちがあるんだねキラキラ















ホンモノも貼っとこ♪


Beat It




Bad














☆We love Michael forever☆
ばらばらばらばらばらばらばらばらばらばらばらばらばらばら








AD
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。