1
|
2
|
3
|
4
|
最初
次ページ >>
2009-12-23 18:38:13
恋愛ジョーカー
テーマ:恋愛偏差値用語集
恋愛ジョーカーの「ジョーカー」とはトランプでいうババのことである。トランプゲームでババは何かの代わりになったり、いらないものになったり(ババ抜き)何かと自由に使えるものである。ただゲーム上いつ自分の手持ちにくるかわからないし、1回使ったらそれっきりでそのゲームが終わるものが多い。例えば、ポーカーは2枚同じ数字やマークを組み合わせたりして楽しむゲームであるが、ババを使ってペアを作ることができる。数字を並べるときもババを使って完成させることも可能だ。これも他のゲームで使われる技だ。これを自分が普通の手札、ある人をババと例えるとトランプゲームと同じような恋愛状況が身の回りに起きている。それはどういうことか。
例えば、町であなたがあまり好みではない人にしつこくされているとしよう。その時にある知り合いの人が通りかかって助けた。その時、しつこくされた人に「この人は私の交際相手です。」と嘘だったとしてもそう言うだろう。だが、知り合いの人のことを片思いしている人だったら、本命の人だったらどうであろうか。嘘だけど本当にしたいと思うだろう。その後発展するかは別として、今回は一時的な出来事の回避によるものだから、その知り合いはジョーカー的な存在になる。
これをトランプに直すと自分はハートの3だったとして、相手が他のマークの3だったらペアとして成立するが、知り合いはまだ完全に自分のものではないので、ジョーカーという存在になる。その場しのぎのために自分のペアになってもらって難を逃れる。その状況が似たような感じである。そうなるとつねにジョーカー役になっている人がいるのではないか。その人に特定の人がいないとなるとさらに条件として都合がいい。
さらにジョーカーを切り札として考えよう。例えば、ダンスパーティーに誘われたとしよう。男女2人で来るようにと言われたとしても、いつもの相手が都合悪い。そういう時にジョーカーとなりえる存在が知り合いにいるのでその人と行けるようになる。その人が交際相手も公認している人、いつもは遠い存在だけど連絡したら都合がついたような人だったら問題ないだろう。ただこれはサクラ的な存在ではなく、このブログでもよく取り上げている、やむ得ない事情により結ばれない関係や元恋人とか恋愛には結びついている関係でジョーカーのような扱いになる人である。
逆に合コン等でジョーカーを引いてしまって残りものになってしまったということもあるかもしれない。結婚したいけど残り物がババしかない。そうなるとババ抜き感覚になる。
ジョーカーはきたらラッキーで一時的な夢を与えてくれるような存在だが、でもジョーカーではなく、普通の札で揃えたい気持ちはある。今回の恋愛ジョーカーを自分と合う普通の札にするのは本人の努力次第である。 Love Shuffle~恋愛偏差値
2009-08-26 22:22:22
栄養士の業界用語のあれこれ
テーマ:恋愛偏差値用語集
農林水産省が発行する食事バランスガイドによると、まず「食事バランスガイド」は、5つの料理グループ(主食、副菜、主採等)に分かれていて、それぞれのグループをどれだけ食べたらいいのかの量を数える単位名を、
SVといっている。サービングの略らしいのだが、SVというと
ハンブルガーSV(ドイツのサッカークラブ)
that節SV(SVで主語動詞。英語の文法)
と連想してしまう。それで1つ2つと数えている。例えばおにぎり1つで主食が1つとカウントされる。それぞれどれだけとればいいのかは性別年齢によって異なる。そして食生活に関してよくある質問として、朝は時間がないので菓子パンで朝食にしたいのだが、「つ」には入るのかという質問。
答えをみると、菓子パンはお菓子としてカウントされ、「つ」にははいらず「ヒモ」になります。「ヒモ」って・・・だれの???と突っ込みたくなる。
よって朝食が欠食とみなされてしまう。だからおにぎりでもいいのでご飯を食べるようにしましょうと質問の答えとなっている。
業界によっていろいろな用語がある。管理栄養士の人でもこの用語は知らなかった。
この言葉を知ってから、いつもヒモしか食べてないと感じてしまう。
健康にしてもダイエットにしてもバランスの良い食事をすることが大切だ。
2009-01-18 18:06:37
Love Shuffle ラブシャッフル
テーマ:恋愛偏差値用語集


ブログネタ:
新ドラマ、あなたが見始めたのは? 参加中
本文はここから
これはTVでも放映されているドラマの話でもあるが、この話の流れに関してもこのブログで紹介している話と関連している部分がある。
恋愛というものは人それぞれ価値観や経験が全く違う。結婚に至るまでも初交際相手がそのままパートナーとなったり、いろいろ経験してきた中でたどり着く人もいる。前恋人と別れ現恋人と交際し始めたら前の恋人の方がよかったと思う人もいる。ヨリを戻そうとしても連絡が途絶えたり、前恋人の方が他のところでうまくいってたりして何か自分は失敗しているように思う。交際中でもうまくいっていなくてどうしていいのかわからない時。そういういろいろないきさつによって自分はどういう相手が適切なのか、どういう生き方が適切なのか一度考えてみようというのがラブシャッフルの狙い。方法は複数のカップルの中で恋人を期間限定で交換する。交換することによって自分の価値観だったり、現恋人の見えなかった部分が明らかになったりする。そうすることによって元に戻った時にまた違う視点で恋人を見れるようになる。ただ短所はそのまま他の相手の人を本気で好きになってしまって元に戻らなくなってしまう恐れもある(自然発生)。
その方法論の中でこのブログでも取り上げている「仮付き合い」「契約付き合い」等というのが活きてくる。期間限定であるが他の人と交際モードで付き合うことによって自分の価値観や恋愛観等がわかるようになってくる。
普通、交際中に浮気や二股というとしてはいけないということにはなるが、ラブシャッフルはお互いのカップルの中での同意の上で行っているものであるから、例え交換中にその相手を好きなったとしても浮気や二股ということにはならない。
ラブシャッフルは、恋愛を経験するにあたっての今後の悩みや不安を最小限に抑えて今後の自分に活かす。ただの失恋となるとショックは大きいが、ラブシャッフルという暗黙なルールを設定した上で行えば、同じ上記で記載した経験をしたとしても気持ちは最小限に抑えられる。失恋によってトラウマになる人もいるので。ただラブシャッフルは自分探しのために行うものであるから、人の恋人を奪うために行うものではない。だから相手によって態度を変えるというのもラブシャッフルを行う意味にはならない。 Love Life 本店へ
2008-10-29 21:37:05
遠距離片思い
テーマ:恋愛偏差値用語集
遠距離片思いと聞くと遠距離恋愛のことだろと思うだろう。でも遠距離恋愛はお互い生活する場所が離れている状態で交際しているという前提で使われている。だから片思い状態で遠距離恋愛というと何か違う感じがする。このHPでは片思いについて相手との距離だけではなく、心の距離と時間の距離等を分けて説明している。そこで片思いにも片思いなりの遠距離恋愛というのがあると思う。その一例をあげてみた。
その前に、場所の距離及び心の距離並びに時間の関係についての片思いをまとめた例として、学校の先輩のことが好きだけど、話したことないし、毎日会うこともない。しかし、このHPでは同じ学校(場所)にいるなら会おうと思えば会えるし、そこで声をかけようと思えばかけれる。そこでうまく共通する所を見つけていけばいいではと説明した。この状態は例えると短距離片思いではないか。
遠距離片思いは、例えば、好きな人が何かの事情で違う場所へ移ってしまった。学校を卒業して離れ離れになったというパターンでもいい。その人とはもともと仲がよくいい人間関係であった。ところが、ある事情によりまたはそれぞれ別の方向へ進むことになった。離れる前から恋心を抱いていたが思いは伝えていなかった。その状態で思い続けていたらどうであろうか。また会う機会はある。もしかたら会えないかもしれない。けど諦めていない。新しい環境で好きな人はいるのと聞かれたときに、「好きな人は遠い世界でがんばっているの。」と言った時、おそらく相手は地方から上京していって何かの目的のために頑張っているのであろう。または転勤したかもしれない。大きなことで言うと野球をしに大リーグへ渡ったとか。自分は自分なりに新しい環境で頑張っているのであろう。今恋人がいない理由がそういうことだったら。そういう状態を遠距離片思いとよんでもいいのではないか。近くにいても生活が違うため普段は会えない。これも当てはまる。
もし、恋愛より何か自分に賭けている人であるのであれば、そういう恋愛パターンでもいいだろう。相手が遠くで頑張っているから自分も頑張れる。両想いになって交際するのが一番いいと思うが、片思いのまま終わっても自分がそのおかげで何かの目標に達することができるのであれば、有効なものではないか。
Love Life本店へ
2008-09-18 00:14:02
縁と運命の作り方
テーマ:恋愛偏差値用語集
縁と運命と言うのは、どこで出てくるのか分からない。だからといって待ってくるものではないし、自分で追いかけてくるものではない。わたくしもアドバイス書きをするときに、「これは縁がなかったかもしれない」と書くときがある。だが、縁や運命と言えるまである程度の行動は必要だと思う。アドバイス書きするときもそういうことを前提として書いている。ではどういうことなのか。
わたくしは、縁や運命は結果論と考えている。ところがすべてそういうことで決め付けていいのか。いい縁や運命だったならそのままの状態で満足はするが、とってもいい人だったのにどうしても会えなくなってしまったとか、自然な流れで人間関係が終わってしまった場合、自然な流れでこうなる前に自分で何かアクションを起こすことができなかったのではないかと考える。学校の卒業もそうである。特に一度も話をしないまま、別れがきてしまって一生会えない状態になってしまった場合。これは今まで片思いで終わってしまう人がこのパターンだと思う。そういうときにあそこで声をかけておけばとか、告白しとけばよかったとか、あそこでもっと仲良くなっておけばとか、いろいろあると思う。ところが、そういうこともせずに自然な流れで何とかなるだろうと思っているから、いざ会えなくなると後悔する。そしてそこで勝手に縁がなかったと思うのである。
縁や運命を求めるには、本当にただの運だけではなく、自分の行動にもカギになっているかもしれない。そこでこういう行動をしたから、たまたまある人と出会って、とんでもない展開になり、理想へと進んでいったということもあるのではないか。再会ということもある。当時はあまり仲がよくなくても、再会したことによって仲良くなることがある。そしてそれが運命の人となり、結婚することもある。やはり行動をしなくては縁や運命をつかむことができない。行動しているにもかかわらず、偶然がないというのはやっぱりある人との縁がなかったのかもしれない。
わたくしの場合は、いろいろな人間と関係があっても、お互いの行動はしっかりしているので本当に自分と共通する時間でないと会えないことが多い。その中でも偶然でいいから何回も会えたり、話しができたりするならいろいろな展開をしていくと思うが、なかなかそうもいかない。それでもう会えなさそうな状態になると、やっぱり縁がなかったのかなと思う。ところが、わたくしはいろいろな行動をしているともう会えないと思っていた人でも再会することがある。その中でもあの時声をかけとけばというのはあるが、自分の生活と合っていないのであれば、やはり縁がなかったのかと思ってしまう。いくらいい人間関係でもお互いの環境や進むべき道によって離れ離れにならざる得ないことがある。これもやっぱり縁かなと思ってしまう。これを現実に変えるなら相当な覚悟をもって相手の環境へ飛び込んでいかないといけない。ところがそれが絶対成功するとは限らない。それで人生を不意にしてしまったら意味がない。
やはり縁や運命はある程度のところまでは自分で何とかできると思う。ところが、その中で何か自然と離れてしまったとか、お互いの都合で環境が違ってしまったのなら、これは縁や運命として受け入れなければならないのではないか。それでも諦められない恋があって1%でも確率があるなら、相手に直接アタックするのではなく(場合による)、何か行動してみてください。遠回りしていても何かの偶然で再会するかもしれません。そしてそれが意外な展開になったのであれば、それが本当の運命かもしれません。 Love life本店へ
1
|
2
|
3
|
4
|
最初
次ページ >>