一昨晩は8日ぶりに恋人と会いました。

いつもの彼の仕事場で。


でも、彼は今回も迷ったんだそうです、アタシを呼ぶかどうか。

8日前に発生したあるアクシデントが、未だ尾を引いているようです。


「でもな、今日を逃すとしばらく会えへんかもしれんから」

彼は、アタシを呼ぶことに決めた理由をそう話しました。


今度の土曜が次の彼のシフト日なんですが、その翌日にレーシックの検査を受けるため、その夜は21時ぐらいに寝ないといけないんだそうです。

予約がうまくいけば、さらにその次のシフト日翌日に手術を受けようと思っているんだとか。


そうなると、次に会えるのは早くて月末。

久々に約1カ月空くところだったのです。

だから彼は、まだアタシと会える状態ではなかったにもかかわらず、呼んでくれたのでした。



一昨晩のことはまたあらためて書くとして、今日はその8日前の出来事の続きを書きたいと思います。






――恋人の提案で遠回りをすることになり 、アタシたちはゆっくりと並んでウチに帰った。


5連休のちょうど真ん中にあたるその日は、初夏並みの暑さ。

でも空は曇っていたため、日差しはそれほど強くなく、まさにお散歩日和だった。


ウチに入ると、開口一番に彼が、


「暑っ! この部屋!」


と言った。


アタシがひとり暮らしをしている部屋は、窓が南向きで最上階。

ゆえにとても暑いのだ。


冬はあまり暖房をつけなくてもいい代わり、夏は……というか、春や秋でも冷房が必要な日があるほど。

だけど、最近のエアコンって燃費がいいのか、毎晩、冷房をつけっぱなしで寝ている8月でも、他の月と比べてそれほど電気代に差がない。


むしろ、お湯をよく使う冬のほうが、暖房をそれほどつけていないのに高かったりする。

(あ、ウチはオール電化なのです)


エアコン<電気温水器


らしい。


そう考えると、暑い部屋でよかったと思う。

寒い部屋だったら、冬の電気代が恐ろしいことになっていたかもしれない。





「ごめ~ん、暑くてー」


アタシがわざと憎たらしい口調で言うと、彼は噴き出した。



「じゃあ、窓開けるな。少しは涼しくなると思うし」

「そやな(笑)」


まだ笑っている彼。

そんなにアタシの言い方がおかしかったんだろうか。

失礼しちゃう。


「なんかさぁ、さっきまであそこ歩いてたと思うと、変な感じやね~」


窓の外に映るのは、遠回りした道。


「おぉ、そっから見えるのかー」


彼はそう言いながらアタシの隣に立つ。

まだ周辺の地理を把握していないらしい。


まぁ、無理もない。

彼がウチに来るのは暗くなってからが多いし、ここは国道からも駅からも近いので、車で来るにしても、電車+徒歩で来るにしても、周辺に意識がいかないのだ。

もう1年半近く住んでるアタシですら、一筋隣の道にどういうお店があるのかをよくわかっていなかったりする。



「あ~、あそこを歩いてきたのか。いつも来るのが夜やしさ、こうやってちゃんと景色を見ることってあんまりなかったよな」

「夜景も綺麗やけどな」


彼に付き合ってもらってお部屋探しをしていたとき、「毎日生活するんやから、景色も大事やで。特にあなたは家からあんまり出えへんやろ」と言われたことを思い出した。


確かに、景色が与えてくれる力は大きい。

疲れたときに眺めると、元気が出てくる。

(この人の言うとおりにしてよかったな)


あらためてそう思った。




交替でシャワーを浴び、借りてきたDVD「蛇にピアス」をセットしてベッドに横になる。


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初っ端から、主演の吉高由里子ちゃんがヌードを披露していて、かなり驚いた。

彼も、「ちょっとちょっと、モロ出しやん。いいの、これ?」と茶々を入れたり(笑)

でも、不思議とイヤらしい感じはなくて、純粋に綺麗だなと感じた。


内容は、究極のサディストとマゾヒストの話。

観ていると、自分の身体まで痛めつけられているような気分になった。

舌のピアスを拡張していくところなんて、あまりに痛々しすぎて何度も顔を覆ってしまったほど。


これを演じるのは相当体力がいっただろうなと、ますます吉高由里子ちゃんを好きになった。

そりゃ、新人賞も取るわけだわ。



小栗旬君やら藤原竜也君やら唐沢寿明さんやら、主役級の俳優さんもちょい役でたくさん出ていて、最後のテロップを見ながら、「あれ、こんな人、出てたっけ? あれ、この人も?」と、何度も叫んでしまった。


人気俳優を1カットだけ出演させる……これぞ、蜷川幸雄監督のお力なんでしょうね~。



アタシも彼も、ごくごくノーマルな人間なので、この映画に登場する人物たちの気持ちはまったく理解できず……。

吉高由里子ちゃん演じるルイが、“痛みを感じることでしか生きている実感を味わえない”というようなことを言うのだけれど、聞けば聞くほど、そういう世界(?)との隔たりを強く感じた。


とにかく、“痛い”2時間だった。

痛いのが好きな人には最適かも。





「うーん、最後がよくわからんかったなぁ」


観終わったあと、彼がつぶやく。

いわゆる余韻を残す終わり方だったのだ。

はっきりと“end”って感じじゃない。


「確かに、『ん? どういうこと?』って感じやったね」

「まぁ、おもしろかったけどな」

「吉高由里子ちゃんはかわいかったし♪」


アタシはそう言いながら、身体を転がして彼のほうを向く。

彼はフッと笑い、アタシの頭をゆっくりとなでた。

そしてギュッと抱きしめられる。


唇を重ねながら、彼がアタシの首に手をかけた。


「ギュッ! ――こんなことしながらするわけやろ。俺にはそんな趣味ないけど」


さっきの映画に、首を締めながらセックスをするシーンがあったのだ。


「こうやって?」


アタシも真似て、彼の首を絞めるふりをする。


「アタシもそんな趣味ないけどね」

「そんなこと言って、ホンマはベルトで手縛られたいんちゃうん(笑)」

「ないない(笑)」

「そっか(笑)」


そのまま、貪るようにキス。


意識していないつもりでも、映画に何度も何度もそういったシーンが登場したからか、すでに準備万端のアタシたち。

上になり、下になり、夢中で抱き合った――。





「今、何時や?」


事後処理を終え、彼がそう言いながら、枕元の時計を見た。


「5時半か……」

「早いね……」

「……あのさ、申し訳ないんやけど、もうちょっとしたら出るわ」

「え?」


駐車場を空けなきゃいけないのは20時なのに?

夜も一緒に食べるって言ってたのに?


頭のなかに疑問が浮かぶ。


「ちょっとな、喉が痛くなってきて」

「え、大丈夫?」

「単なる風邪のひき始めやし、薬のんだらすぐ治ると思うねん。こないだ、めっちゃ強力な薬もらったから」


アタシは胸が苦しくなった。


「だからとりあえず、早く帰って早く薬のんで、早く寝るわ。あの薬、もってきたらよかった。あれのんだら一発やしな」

「そうなん?」

「うん。もうたぶん明日には治ってると思う」

「そっか……。でも心配……」


アタシがそう言うと、彼はギュッと抱きしめてくれた。


何がいけなかったんだろう?

外を歩いたから?
ウチが暑かったから?

乾燥してるから?
それとも、抱き合って汗をいっぱいかいたから?


彼が、ウチに泊まったあと、風邪をひくことが多いというのもひっかかっていた。


今年に入って彼が風邪をひくのは5回目。

その原因を、毎回自分がつくっているような気がして、申し訳なく、悲しくなった。



「そしたらシャワー浴びてくるわ」


彼がバスルームに姿を消す。

DVDを返しに行かなければならないので、そのあいだにアタシも着替えることにした。


さっきまでがあまりに幸せすぎたため、落差が激しく、余計につらい。

あんなに幸せだったのに、最後がこんなふうに終わると、この日のことすべてが悲しくなる。

“終わりよければすべてよし”ならぬ“終わり悪ければすべて悪し”か……!?



アタシが期待なんてしちゃったからいけなかったんだ。

“昼間”に“外”を歩けただけで幸せだったのに、夕食のことまで考えちゃったから。


やっぱり欲張っちゃいけないんだ……。



それを、身に沁みて痛感した。



シャワーを浴び終えた彼が、部屋に戻ってくる。

着替え途中のアタシに一瞥をくれ、


「DVDなら帰りに返しとくで」


と言った。


「風邪ひいてる人に、また歩かせられへんよ。車で行けば早いし」


そう口では言ったけれど、実のところ、少しでも長く彼といたかったというのもあった。




ウチを出る前にバイバイのキスをし、並んで出る。

同じ“並んで”でも、昼間とは心もちが全然違う。

昼間は、まだまだ時間はたっぷりあると思っていたのに、今はこの一瞬を惜しむように歩いている。


こんな気持ち、しばらく忘れてたな、と思った。


頻繁に会えなかったころは、いつだってこんな気持ちだった。

なのに、会えるようになってからは、いつの間にかそれが当たり前になっていて、それ以上を欲張ってしまう自分がいた。

それに気付かされ、愕然とする。


今回、彼に風邪をひかせてしまったのは、きっとアタシのこういう気持ちに起因するのかもしれない。



DVDを返却し、彼を駅まで送る車のなかで、彼に問うてみる。


「風邪、何がアカンかったのかな? 汗いっぱいかいたから?」

「いや、もう今朝からちょっと怪しかったねん。たぶん、昨日、裸で寝てしまったからやろな。1枚でも着とけばよかった」


前の晩も一緒に過ごしたのはアタシ。

どっちにしても、この風邪の原因はアタシが絡んでいるようだ。


気分が晴れないまま、彼を見送った……。





アタシに欲張る気持ちがあったことは否めない。

それが結果、大切な人を苦しめてしまうことになるのだ。

アタシにとって、それが一番つらいことだから。


情けなくて涙が出る。


今回の出来事は、絶対に忘れちゃいけない、と思った。