検察が政治・行政上、中立な立場だと誤解している人々がいるが、それは間違いである。


 検察が中立な立場になりえないから、特捜部なる部署が検察内部につくられた。


 もともと、法務省と検察庁は一体の関係であり、法務省の上層幹部は検察官たちが占める。


 法務省の事務次官や局長のポストは検察官が占め、エリートなら刑事局長→事務次官→検事長→検事総長という具合に出世していく。(※ただし、民事局等の民事を扱う部署の局長には裁判官が法務省に入りポストにつく)


 その組織システム上の理由から、検察官以外の法務省所属の公務員が事務次官になることは、まずありえない。


 つまり、法務省自体は検察官によって支配されている。


 ちなみに、検察庁は法務省の下に位置しているとされているが、組織人事上、事務次官は検事総長・次長検事・検事長の下に置かれている。


 法務省が行政の一部であり、検察官が支配するとはいえ官僚である以上、当然省益というものがある。つまりが、法務省にも政治的立場があるということだ。法務省が政治的中立を保てないなら、法務省と一体となっている検察も政治的中立を保つのは難しい。


 しかし、政治色の強い刑事事件を検察が扱うには政治的に中立な組織が必要になった・・・だから「特捜部」が作られた。



 それで、「国策捜査」だが・・・


 警察は、基本的にすべての刑事事件を立件しようとする。(あくまでも基本的にだが)


 しかし、東京地検特捜部の人員は、検事が約40名、事務官が80名余。これだけしかいない。警察のようにすべての刑事事件を捜査することなど不可能だ。


 だから、捜査する対象を選別する。つまりが独自の判断で捜査対象を決め、追い込み、立件する。


 国策捜査である。


 どのような対象を捜査することが国家のためになるかを、自らの基準で選別している時点で国策捜査の何物でもない。


 わたしは国策捜査が悪いと言っているわけではない。特捜部が政治的中立を最大限保っているのなら、国民もそれは十分納得いく捜査にもなりえるだろう。


 しかし、今回の西松献金事件、どうもその中立性が怪しい。


 民主党の小沢代表だけを捜査対象として、国家利権に近い与党の大物政治家の追求はほとんどされていない。


 そして、これが一番不審に思うのが、検察の捜査情報のリークのひどさだ。守秘義務の違反すら考えられる。


 特捜部もその人員が検察官で構成されるからには、検察内部での圧力は当然あるだろうし、すべてにフリーハンドであるとは全く考えれない。であるならば今回の事件、何らかの政治的圧力か、もしくは法務省内部の省益的圧力が、かかっているとも考えられる。


 もし、そのようなことを検察が否定したいのならば、特捜部の責務として、政治的中立を守ることと同時に、国民に自らを政治的中立であると信用させなければならないだろう。そうでなければ、国策捜査など続けることなどできない。


 これは警察にも言えることだが、国民の信用あってこそ、特捜部は捜査機関たることができる。


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