いらっしゃいませ!


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全国一の宮参拝もネタがたまっているので、たまに掲載しようかと思います。

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  • 19 Jan
    • いきなり三陸

      というわけで、東北に来ています。 八戸から宮古に移動します。 乗ったのはリゾートうみねこです。 久慈駅では、評判の高いうに弁当を買いました。 実は私はウニが大好きということは全く無いというか、進んで食べはしないのですが、このウニは臭みが無くて美味しかったよ。 三陸鉄道は昨年4月に一部開通しましたが、まだ2駅がバスによる連絡になっています。 2駅にかかわらず、バスは山道を走るので30分かかる上に、乗り継ぎも悪くて、三陸鉄道に戻るまで1時間30分もかかります。 1日も早い全線開通が待たれます。 今は宮古で反省中。 ソイの姿焼、美味し。 去年よりも復興は進んでいるようですが、まだまだ支援が必要ですじゃ。

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  • 14 Jan
    • いきなり温泉

      というわけで、山田温泉玄猿楼に来ています。 浴室の窓からは雪景色が望めます。 巷では大雪の報道がひっきりなしのやうですが、雪が当たり前だとその切迫感が分からず、滑稽ですらあります。 一時耳にタコができるほど繰り返されたセリフ、想定外も想定せよ、という事から行くと、首都圏の雪対策も必要なのでせうか? 閑話休題。 黒い猿が見つけた温泉らしい。 猿が人にどうやって教えたか、情報収集するですじゃ。 Android携帯からの投稿

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  • 05 Jan
    • 朝日山

      新潟で仕入れてきた日本酒をいただきます。 朝日山大吟醸ですよ。 しばらく新潟で仕事していた時期が有りまして、そのころ行きつけの飲み屋にある酒は唯一、朝日山でした。 まあ、大吟醸なんてことも無かったわけですが。 というわけで、今年2回目の正月気分です。 明日はまた初詣かな?(笑) 小吉が2連発で、リベンジしないと気が済まないですじゃ。 、

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  • 01 Jan
  • 30 Dec
    • 11月四国の旅 その11

      坂本龍馬の誕生日は11月15日で、今年177歳になるそうです。 誕生日に近い日曜日に龍馬祭りが開催されます。今年で39回目を数えます。 イベントではこのように大きなバースデーケーキを作って祝っています。 チョコレートの龍馬像は、やはり誰かが食べてしまうのかな~、などど考えながら、高知駅行きのバスに乗りました。 自家用車は駐車場に入れず大渋滞ですが、それを尻目にバスは定刻運行です。 残念なことに、乗客は少ないです。 自由民権記念館の横を通りました。 もう少し時間があれば行ってみたいところです。 高知駅で預けていた荷物を回収しました。 ここだけの話ですが、駅構内のコインロッカーは有料ですが、ちょっと探すとコイン返却式のロッカーがあります。 もし高知駅で荷物を預けることがあれば、幕末志士社中近くを探してみてください。 高知~岡山~新大阪~富山の陸路ルートで帰ります。 約680kmの移動です。 高知から岡山まではこの南風14号に乗ります。 電化されていない区間を走るので、気動車です。 昨日は大雨でほとんど車窓の外が見えませんでしたが、今日は快晴で吉野川の流れも落ち着いて見えます。 こんな天気なら、大歩危小歩危の散策もさぞ楽しかろうと思われます。 指定席は通路側でずっと窓側は空席だったのですが、琴平から参詣帰りらしき女性が乗ってきて、座るなりカーテンを閉めました。 これから瀬戸大橋を渡るのに、アンタ、何してくれるのさ。 四国の特急は指定席がいっぱいでも自由席ががら空きの時がありますので、自由席に移りました。 瀬戸大橋を渡り、児島駅にはアンパンマントロッコ列車が停車中でした。 機会があれば乗ってみたいものです。 出来れば晴れた日に。 このあとは岡山から新大阪まで新幹線、新大阪から富山まではサンダーバードで大移動です。 しばらくしてひろめ市場の明神丸から荷物が届きました。 かつおのたたきです。 ひろめ市場の味には及ばない気がしましたが、それは冷凍物だからというよりは、市場の雰囲気もあったのでしょう。 皆さんも高知に是非おいでになり、かつおのたたきを賞味してみてください。 11月四国の旅、これにて読み切りといたします。 お付き合いいただきましてありがとうございました。

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  • 29 Dec
    • 11月四国の旅 その10 桂浜

      桂浜行のバスに乗りました。 バスはしばらく市電と並行して走ります。 さっき駅で見たアンパンマンの電車とデッドヒートを繰り広げます。 停留所で追い越し、信号で追いつかれるという、低レベルなレースでした。 やがてバスは海に出ます。 見よ、輝く太平洋を。 桂浜近くでは駐車場に入ろうとする自家用車が大渋滞。 桂浜にはこの方の銅像が海に向かって屹立しています。 良い子のみんなは、もちろんこの人を知っていますね。 像の隣には展望台がありました。「龍馬に大接近」と書いてあります。 タダなので登ってみましょう。 ここからは龍馬像と同じ目の高さで風景を眺めることができます。 心はいつも太平洋ゼヨ! この展望台は11月25日までだそうです。 残念ながら、今から駆けつけても間に合わないということをお伝えしておきます。 桂浜に降りて、ビールをいただきます。 この日は龍馬まつりが開催され、公園ではイベントが、浜では少年たちの剣道大会があったりして多くの人が来ていました。 浜砂でゲージツ的な像を作っている人が居ました。 左が龍馬(多分)と右が龍(西洋風)です。 祭りのイベントとして、大漁旗を振るという体験もできます。 天気も良いし、みんな喜んで降っていますよ。 いや~脳天気だな~ というわけで、私も振ってみました。(笑) はい、脳天気なもんで。 漁師さんが使う本物だそうです。 心はいつも大漁ぜよ。 いや、楽しかった。 そろそろ帰らないと。 次回最終回、なんとか年内にこのシリーズは終わりそうです。 つづく。

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  • 23 Dec
    • 11月四国の旅 その9 高知城

      高知滞在最終日です。 昨日の大雨が嘘のような快晴です。 お出かけにあたっては、市電が欠かせませんね。 今日も1日乗車券を買いましょう。 実は、桂浜に行く予定でしたが、バスに乗り遅れてしまいました。 次のバスは1時間後なので、別の場所を観光しましょう。 山内一豊の妻の像です。 高知城にやって来ました。 逆光で撮影ポイントが無くて困りました。 木陰からなんとか撮影。 良い天気と有って、家族連れが鳩に餌をやる微笑ましい光景も見られました。 そろそろ次の場所へ行かねばと撤退中に、良い鑑賞ポイントが有りました。 たまたま観光ガイドの方が「ここが一番の撮影ポイントです」と話しているのが聞こえてきて、なんだか得をしたような気分になりました。 高知城は4重6層の独立式望楼型天守だそうで、山内一豊が築城しました。 高知城は昭和9年に国宝の指定を受けていますが、高知大空襲で一部が被害を受けました。 この時坂本龍馬の生家はじめ罹災家屋は12000戸に及びました。 1949年文化財保護法が施行されると、国宝保存法は廃止され、高知城は国の重要文化財に指定されました。 というわけで、桂浜に向かうべく、高知城を後にしました。 高知城近くのNTTの前には、よさこいの鳴子が飾ってあるのが高知ならではです。 高知城前では市が開いていました。 桂浜に向かいます。 つづく。

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  • 22 Dec
    • 11月四国の旅 その8 高知の夜景

      昼にワインと土佐牛をいただいて、あまりに美味しかったので再訪を約束した店にやって来ました。 ワインを扱うなんていい度胸、と書きましたが、インド料理の店もあります。 しかも結構ワインを持ち帰るお客さんも多かったので、うまくやっているようです。 土佐赤牛のワイン煮とソーセージをいただきます。 遠方からの観光客で1日に2回来店する人も珍しいのでしょう。 美味しい物をいただいたうえ、ちょっとサービスしてもらってしまいました。 (もしかしたら、自分が得した気分になっているだけかも) ひろめ市場でのミッションはこれにて終了。 皆さんももし行く事があれば、プティ・ヴェールに行ってみてください。 Longlongのブログを見たと言えば、何も特典は無いと思います。 (なんのこっちゃ・・・) はりまや橋~~ 高知市東部にある五台山山頂にある展望台に登りました。 高知の夜景を見る。 本日最後のミッションです。 内陸の方を見たらこんなかんじです。 地平線のように見えているのは、そこから先は山になっているので建物が無いためです。 高知はかつては入江で、「河内」と書いて「こうち」と読んでいました。 良い文字をあてるということで「高智」としたのですが、いつしか日が取れて「高知」になったそうです。 「日」はどこ行ったのか? いつの間にか飲んでしまったという、高知ならではのエピソードでした。 もともと入江だったということで、高知市内はほとんどが海抜1~3mなんだそうです。 津波が来たら、あの光の地平線まで逃げることは不可能で、ひとたまりもないと言われつつ、そんな大きな波が来ないことを祈っているという説明でした。 最後に笑えない話を聞きました。 とにもかくにも、こうして高知の夜は更けていくのでした。(こればっか) つづく。

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  • 19 Dec
    • 11月四国の旅 その7 高知のミッション

      ん 土佐國一の宮参拝のミッションを無事に終えて、高知に戻って来ました。 いったん宿に入りまして、くつろぐ内に雨が上がったようです。 4時頃の高知駅前の様子です。 夕方が近づいていますが、雲が晴れてきて、逆に明るくなった気がします。 市電にもリョーマさんが描いてありました。 路面は濡れていますが、もう傘は要りません。 お、これは誰の影でしょう。 再びひろめ市場にやって来ました。 まだ5時ですが、ちょっと早い夕食をいただきましょう。 かねてより評判の明神丸でカツオを食べる、これがここでのミッションです。 カツオを藁を燃やす炎で炙ります。 こちらのおすすめはカツオの塩たたきです。 既にゴキゲンで騒いでいるグループも居ましたが、おじさんとおばさんの陣取る隙間に入り込む事ができました。 塩たたきとウツボの唐揚げでビールをいただきます。 おばさんとは仲良くなってしまって、「ちょっと荷物見ていて」なんて頼まれる始末。 しかし、隣のテーブルの礼服のお嬢さんたちが気になって仕方ないや。 明神丸に行ったら、カツオのたたきを家に送りなさい。 というミッションもありました。 このコーナーから宅配ができます。 撮影の許可はもらっていますが、看板娘のお顔は隠しました。 とても愛想の良い、明るいお嬢さんでした。 あ、まだミッションがあった。 昼に約束していたところがあった。 つづく。

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  • 16 Dec
    • 11月四国の旅 その6 土佐國一の宮 土佐神社

      参道を進みますと木製の明神鳥居がそそり立っています。 土佐一ノ宮 とある扁額がかかっており、笠木は瓦葺風になっています。 土佐國一ノ宮 土佐神社 高知県高知市一宮しなね に鎮座。 式内社 国幣中社 祭神 味鋤高彦根神(あじすきたかひこね) または 一言主神(ひとことぬし) 味鋤高彦根神 大国主命の子、古事記では阿遅志貴高日子根神と記述。 陸奥國一の宮 都都古別神社(つつこわけ 紹介済み)の主祭神。 国土の開拓、農工商あらゆる産業の繁栄の神様 一言主神 古事記では雄略天皇が百官を連れて葛城山に登った時出会った神。 (解説は文末にて。お時間があれば御覧ください) 地元では志奈禰様と呼ばれる。 「シナネ」の語源は、志那都比古神とする説、新稲が訛ったとする説などがあり定説はないそうです。 古くより南海の総鎮守として家内安全、農産繁栄、建設、政治などの神様とされ、 さらに御功績により航海安全、交通安全、病気平癒の神様と称えられるなど、 広く開運招福の御神徳があるとして、崇敬されています。 本殿は入母屋造りの全面に向拝をつけた、大きな屋根をもつ建物です。 長宗我部元親が建立した国の重要文化財です。 本殿の後ろには鬱蒼とした森があり、この一帯が古くから祭祀が行われた聖地であることがうかがえます。 森の中の小道は人と会うこともなく、気持ちも引き締まってきます。 境内の東北にはこんなところがあります。 礫石と呼ばれる自然石を磐座として祭祀したものと考えられ、古代に遡ると言われています。 大神の鎮座地を決めるために投げた石がここに留まったと言われます。 境内の説明看板。 見にくいですけど、赤い矢印が指しているのが土佐神社の本殿を含む建物です。 十字になっているのがわかるでしょうか。 本殿に向かってとんぼが飛び込む形に見立てた「入蜻蛉(いりとんぼ)」と呼びます。 蜻蛉が飛び込む意味は、戦勝を報告するという事だそうです。 左右に飛び出た翼廊がトンボの羽に見立てられでいます。 鼓楼はこれも二代藩主山内忠義の建立で国の重要文化財となっています。 土佐一宮駅に戻って来ました。 雨もかなり小降りになりました。 一宮は「いっく」と読みます。 覚えておいてね。 土佐一宮は高知からたった2駅ですが、頻繁に列車が来るわけではありません。 列車の時間に間に合うように駅に行くのは、実は結構大変なのです。 どのくらい大変かというと、この時も乗り遅れてしまったくらいに大変なのです。(苦笑) 幸い時間帯が良かったようで、10分ほど後に快速がやって来ました。 さて、今回の主な目的は達成したので高知で観光いたしましょう。 え、今のは観光じゃないのかって? (無視) つづく。 ********** 祭神と鴨氏について ********* 味鋤高彦根神 大国主命の子、古事記では阿遅志貴高日子根神と記述。 葦原中国(あしはらのなかつくに)は天照大御神の子正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)の治める国であると言って国譲りを求めます。 しかし最初に送った天穂日命(あめのほひ)は大国主命に懐柔されて返答しなくなりました。 続けて天若日子(あめのわかひこ)が遣わされますが、大国主命の娘である下照比賣(したてるひめ)と結婚してまた8年間音信不通になります。 下照比賣の兄が味鋤高彦根神です。 (中略) 天若日子が死んでしまった時に味鋤高彦根神が弔いに来ますが、死者とそっくりだったため親族に天若日子と間違われ大層怒り、喪屋を切り伏せて飛び去るというふうに書かれています。 一言主神 古事記 雄略天皇が百官を連れて葛城山に登った時、向こうから全く同じ人数いでたちの行列がやって来て、問いかけると同じ問を返し、行いも全く同じことをしました。 天皇が名を問うと、「吾は悪事も一言、善事も一言、言い離つ神、葛城の一言主大神ぞ」とこたえます。 天皇は恐れ畏み、太刀弓矢や百官の衣服を拝み献上しました。 続日本紀では後半の話が全く異なり、怒った天皇が一言主を土佐に流したことになっています。 この2柱の神は同一神という説もあります。 山城国葛野の賀茂県主は、大和国葛城の地祇系賀茂氏が山城に進出したものとする説があります。 諸説あり確認せずに断言できないが、古事記に記述される阿遅志貴高日子根神は落雷を想像させ、雷の神格化と思われます。 賀茂別雷神社の主祭神は雷神であることが明らかで、これも同一神(またはその子)ではないでしょうか。 葛城で一言主神を奉斎していた一族は鴨族と同族で、一族が奉拝する神が一言主でした。 それが土佐に移って土佐神社のこの場所に祭ったのでしょう。 邇邇芸(ににぎ)命が鴨氏に土佐を治めるよう命じたといわれます。 土佐神社のことをかつては土佐高賀茂大社と呼んでいました。 また山城に移った人々が祭ったのが賀茂別雷大神で阿遅志貴高日子根神とこれまた同一神なのでは無いでしょうか。 2つの川が合流してYの字ができます。 賀茂別雷神社はその合流地点内側の西側で少し上流にあります。 土佐神社もまた同じような位置関係にあり、少し山に入っていくあたりという点でも同じです。 2つの神社が同じ一族の考え方により、同じような地形を選んで場所を決めたというのは考えすぎでしょうか。 (注意) ここの記述は私の考察です。 私なりに取材や情報収集はしていますが、おそらく独断も含んでいます。 学説や定説ではない場合もあります。

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