ドアを開けると、広いリビングが広がっていた。
「靴はちゃんと脱いでね。日本式が抜けない所はたくさんあるから。」
リンは、なぜだか照れくさそうに言った。
ドアからは、壁沿いに置かれている大きなテレビが目に入った。
その下の棚にはたくさんのDVDが並べられているのが分かる。
その向かいには、何冊もの雑誌や本が無造作に置かれた大きなローテーブル、
それを囲むように3つの柔らかそうなソファが置かれていた。
その奥にはキッチンが見え、あまり使われていなさそうなダイニングテーブルがあった。
椅子は4脚。どれも客人を待っているように見えた。
そして、僕の目を釘付けにしたのは、テレビから数メートル離れた所にあるドア。
あれが僕の部屋になるのだろうか?
「ここが君のものになる予定の部屋。」
予想は当たった。リンはドアを開け、電気をつけた。
大きめのベッドに勉強机。クローゼット。それだけ置いてあっても充分な広さがある部屋。
もちろんテレビも備え付けられていた。
「ネットも接続できるよ。もちろん追加料金はないから。」
テレビを見つめていると、リンが付け加えた。
その奥にドアが一つ。きっとシャワールームだろう。
「ここにあるものは全部君のものになるよ。シャワーとトイレはここ。」
奥のドアを開けて、また電気をつけて見せた。
「バスタブはないけど、まぁ、専用ってあんまりないだろうから。快適だと思うよ。」
僕は無言のまま部屋を眺めていた。
リンは部屋を出て、リビングのテレビをつけた。
ガチャガチャと音を立てている。きっと見るべきDVDを探しているのだろう。
それから、キッチンで何かをやっているらしい音が聞こえてきた。
そして、話し声。流暢な英語で話している。旦那だろうか?
僕は意識を部屋に戻し、ゆっくり部屋を見て回った。
備え付けの家具やシャワールーム、じっくりと見た。どこにも落ち度がないように。
これで、週60ポンドだなんて、夢じゃないだろうか?
いつの間にか、部屋のドアに戻っていたリンが付け加えた。
「掃除は自分でやってね。」
「あぁ・・・それはもちろん・・・本当に60ポンド?」
「そうだよ。次行っていい?」
リンは次の説明に移っていった。
「リビングは好きなときに使ってくれて良いよ。大抵私が陣取ってるけど。
DVDも見てくれて全然構わないから。部屋に持っていって一人で見ても良いよ。
冷蔵庫はスペース開けるから、そこ使って。
キッチン道具とか食器は、あるもの好きに使ってくれればいいから。
洗濯機も一緒。でも、洗剤は自分で買ってきてね。
こっちから先は、私と旦那のプライベートルームと仕事部屋だから立ち入り禁止。以上。質問は?」
バスの中で気さくに話していた雰囲気とは打って変って、事務的に作業をこなしている様子だった。
コーヒーを作り、僕にも差し出すと、ソファに座って、タバコを巻き始めた。
「・・・あぁ、友達を連れて来たり、泊めたりするのは?」
僕は、キッチンを見て周りながら聞いた。
リンは、巻き終わったタバコに火をつけて答えた。
「あぁ、問題ないよ。でも、あんまりリビングは使わないでほしいな。
それから、パーティとかやりたかったら前もって言ってね。他には?」
リンの吸っているタバコから、匂いなれない匂いが香ってきた。
「それって・・・もしかして・・・」
リンは微笑むだけだった。
「もう自分のスイッチ切ったから、早めに済ませたいんだけど・・・
帰り道分かるよね?申し訳ないけど、送ってくつもりなんてないから・・・それとも?ん?」
リンは自分の吸っているマリファナ入りのタバコを差し出した。
目線はスタートしたDVDの映像に向けられたまま・・・
僕は恐る恐る差し出されたそれを受け取り、何も考えず、思いっきり、ただ、その煙を肺に取り込んだ。
肺から血管にとりこまれた煙が、全身を駆け巡るのを感じた。
しばらくして、脳からふわぁっなのか、くらぁなのか・・・
とにかく、今まで感じた事のない感覚にとらわれた途端、ソファに倒れこんだ・・・
横で、クスクス笑っているリンの声が聞こえてきた・・・