2009-07-24 02:45:18

エゴン・シーレ 二重の自画像

テーマ:ブログ

art⇔Interactive⇔life-The Prophet

預言者(二重の自画像)


楓さんの記事 を読んだら、風水的によくなさそうとあるような作品をあえてアップしてみました。


Ryoさんの「エゴン・シーレ 磔刑」に、シーレは二役を演じているというような内容に、次に紹介する作品を思い出したのはいいのですが、うる覚えとタイトルがわからなく2時間くらい美術書とネット検索で時間が過ぎました。眠いのですが、ここまできたらがんばりますよ、明日も仕事ですがね。



art⇔Interactive⇔life-The self seers I

The self seers I (自己観察者Ⅰ) 1910年 所在不明


art⇔Interactive⇔life

The self seers II - Death and man  自己観察者 Ⅱ 1911年


(C)画像引用、解説参考は、ヴォルフガング・ゲオルグ・フィッシャー著 「シーレ」(日本語版)です。


先に、「Ryoさんの「エゴン・シーレ 磔刑」に、シーレは二役を演じているというような内容」と書き始めましたが、その記事をまず、読んで下さい。シーレは何を演じているかを。

 

 エゴン・シーレ 磔刑 (Crucifixion)


まずは自己観察者Ⅰですが、自己の二重性をあらわしているそうです。ここでは二人の人物はよく似ています。背後のシーレは前方のシーレに視線を注いでいます。


シリーズⅡですが、死と男となっています。背後に亡霊のようなもの。楓さんの記事に、クリムト「愛」 がありますが、そこに当時は「世紀末のオカルティズム、神秘主義についても触れています。」とありました。1915年の作品「二重の自画像」がその一例らしいです。


「霊体」と合体した一人なのか、「分割」された分身のモチーフなのか。


あるいはフロイトの「自我」と「超自我」、「意識」と「無意識」なのか。


この人物は背後にいる死神としての自分を見て、驚いています。人物の顔と亡霊の仮面は現在と宿命的な未来を対比しているのだそうです。


シーレは死のモチーフについて語っています。生と死がどちらも同時に存在することを。


「私は人間だ。死を愛し、生を愛す。」


art⇔Interactive⇔life-devotion

最初の画像「預言者」は、分身像です。手前の裸の人物は傷心の面持ちで、もう一人は黒いマントの男。


「私は一度にあらゆるものを体現する。だが私はそれを全て一緒に、また同時にあらわすことはできないだろう」

シーレの「Devotion」は自己の分割でしょうか。


三重の自画像 」は画家自身の並ならぬ顔、身体の関心を持っており、6重の自画像といってもよいと書いてありました。


1913年の「真実は見出された 」(クリムトもたしかこういうことを言っていたのを誰かの記事でみたことがあります。arei さんかsaiさんでしたか。)は、シーレは短い僧衣をまとい、そのうしろにもう一人が隠れています。


sai さんの記事には、「隠者たち(隠者) 」が掲載されていましたが、あれは二重肖像画で、クリムトとシーレです。


areiさんの記事にも、墨で描かれたクリムトとシーレの二重肖像画「後光のある二人の男 」がありますのでごらんください。

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