第四国立銀行展

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「第四国立銀行展」、最終日に間に合いました。

@新潟市歴史博物館みなとぴあ


明治5年(1872年)、国立銀行条例により、米国のナショナル・バンクにならった近代的な銀行制度が日本に導入されたときに新潟に設立された第四国立銀行は、設立時の商号「第四」を現存する日本最古の銀行です。


第一国立銀行は、現在みずほ銀行、第二国立銀行は横浜銀行、第五国立銀行は三井住友銀行、、といったように、多くの銀行は消滅、解散したり、買収、合併で商号を変えていきました。第四国立銀行も、幾度か危機に直面したり、他の銀行を吸収合併しつつも「第四」を守りながら、時代の荒波を乗り越えてきたのです。

(第三国立銀行は株主間に生じた紛議により開業に至らなかったため、第三国立銀行はありません。)


第四銀行の歴史は新潟経済の歴史でもあります。

設立時の株主に、新潟湊の商人たちと蒲原平野の大地主たちが名を連ねているあたり、最初から地域に根ざした地銀らしいというか、開港当時の新潟の勢いを感じます。銀行設立に尽力した、当時の県令(県知事)楠本正隆 の功績も大きいですね。


貴重な資料が多く、金融に限らず、銀行の建物に関しても興味深いものがありました。



見逃した方は、第四銀行本店のだいし金融資料室を見学すると良いですよ。



清々しいお天気でした。




みなとぴあの敷地に 旧第四銀行住吉町支店の建物が移転復元されていて、1Fがレストラン・ぽるとカーブドッチ になっています。



バラも見頃。

昔の銀行は、建物が実に重厚です。









みなとぴあの帰りに、田中屋本店みなと工房 に寄りました。

熊本産椪柑を使った椪柑大福と豆大福で お茶タイム。

1Fで購入して、眺めの良い2Fで食べられます。


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枝村佐門と仲間達展・杜の蔵

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杜の蔵開廊10周年記念特別企画 枝村佐門と仲間達展は5月22日、日曜日迄の開催です。


七宝彫金のペンダントやブローチなど素敵なアクセサリーを中心に大きな作品もあり、個性的な作品に魅了されました。

とりわけ、プリカジュールペンダントに うっとり。







杜の蔵(新潟市江南区鍋潟新田1106)
5月22日迄10:00~16:00,最終日15:00迄。



昔の大きな米蔵を改装したギャラリーで、周辺は緑が多く、のどかです。


もう随分、日が過ぎてしまいましたが、先日、東京都美術館、根津美術館、森アーツセンターギャラリーへ行ってきました。




上野着8時15分頃。若冲展はチケットを持っていたので、若冲に会うまで1時間半ほどの待ち時間で済みました。

9年前、新潟市の白桃美術館(2011年閉館)で「若冲・蕭白・慮雪展」が開催されたときは、静かに鑑賞できたというのに……。


評判通りの大混雑。

此度は生誕300年のパワフルな若冲展です。圧倒されました。






次に、根津美術館で「国宝燕子花図屏風」を鑑賞。


眼福眼福。


雅味あふれ、別世界です。


根津美術館は庭園散策も愉しみ。


庭園は起伏に富み、趣深い石造物がいくつもあります。


カキツバタの花は終盤でしたが、どこを見ても絵になる光景。




NEZUCAFEでミートパイ&サラダ、紅茶を頂きながら、大きなガラス越しの豊かな緑に癒されました。



よく見ると、ケーキプレートにカキツバタが施されています。

ごちそうさまでした合格合格合格


都心とは思えない空間で、特別な時間を過ごしました。



その後、六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリーへ。




世界遺産ポンペイの壁画展で2000年前にタイムスリップ。

鮮やかな色の壁画と壁画制作のための道具にも見入りました。

ギリシャ神話をきちんと読みたくなったり…。


そして、火山噴火は日本にとって、他人事ではありませんね。

怖ろしい。


撮影OKの場所が 1ヶ所あります。


若冲、燕子花、ポンペイを満喫しました。

岐阜城・岐阜公園

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犬山城を訪れた翌日に岐阜城へ行ってきました。





金華山頂に建つ岐阜城への入口は岐阜公園。

銅像は、もちろん織田信長。




岐阜公園は斎藤道三や織田信長の居館があったとされる場所で、現在も発掘調査中。



では、ロープウェーに!






約4分間の空中散歩。


山頂駅に リス村もあります。






山頂駅から 約8分歩きます。


説明版が充実していて、じっくり読みたかったものの天気予報は、まもなく雨。

先を急ぎました。


二階堂行政がここに砦を築いたのは鎌倉時代。

山の上だから、見晴らしが良かったんですね。

当時は「稲葉山城」といいました。

戦国時代に斎藤道山が入城、その後、1567年に織田信長が攻略し、「稲葉山城」を「岐阜城」と改め、この地方一帯を平定、地名も「井の口」を「岐阜」と改称しました。約10年間、天下統一の拠点となった岐阜城でしたが、1600年、関ケ原の合戦の前哨戦で落城し、廃城となりました。



現在の城は、1956年・昭和31年に復興された鉄筋コンクリート造り。

三層四階構造で、最上階は展望台。




天守からの眺望。

鵜飼で知られる長良川が見えます。

連なる山並みを信長が眺めたのは、450年前。




岐阜城資料館では、井戸茶碗が印象的でした。

武具とは真逆の物だからか、一層、素朴な風情を感じます。


石垣、井戸跡。




太鼓櫓跡に建つ展望レストランで、名物の「信長どて丼」と「天下トリ(チキン)南蛮定食」をふたりでシェアしました。




信長どて丼・・・岐阜味噌のしっかりとしたお味です。



天下トリ(チキン)南蛮定食・・・トリとチキンをかけています。

お味噌汁は、赤だし。

ごちそうさまでした。眺めは最高!



ロープウエーで降りる頃、雨が降ってきました。


岐阜公園に板垣退助像があるのは、岐阜事件ゆかりの地だから。

実に歴史的な場所なのです。



颯爽と走る信長バス。

車内も凄いらしい。


信長ゆかりのお寺なども見学して、日本の歴史に思いを馳せた2日間。



犬山城と岐阜城のスタンプを押してきました。

国宝 犬山城

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今年の大型連休は遠出できたのが後半2日間だけでした。


かねてより行きたかった犬山城(愛知県犬山市)へ。



新緑の向こうに見えるお城の美しいこと!

入場券を購入してから、お城に入るまで45分待ちでした。


木曽川のほとり、小高い山の上に建つ犬山城の築城は1537年、室町時代。

織田信長の叔父、織田信康により始まった犬山城は、のちに織田信長が攻略し、信長の四男・勝長が城主となり、「小牧・長久手の戦い」を機に、豊臣秀吉が入城、秀吉の死後は「関ヶ原の戦い」の前哨戦で東軍に占拠され、1617年に徳川家康の重臣 成瀬正成が拝領。このとき天守に改良が加えられ、現在の姿になったといわれています。


明治6年に天守以外は一部取り壊しになり、明治24年・1891年の濃尾大地震で天守は半壊。マグニチュード8.4の大地震でした。修理を条件に愛知県から成瀬家に譲与され、多くの人々の支援により修復されました。


昭和10年、天守は国宝に指定されます。

天守は国宝四城(犬山城、松本城、彦根城、姫路城)の中で最も古いとされていて、かつて、信長、秀吉、家康が奪い合ったという天下の名城、天守が今もあるのは、修復を願った多くの人々のおかげなんですね。


そうそう、犬山城は平成16年に財団法人犬山城白帝文庫の所有となるまで、全国唯一の個人所有の城だった……って、凄い!




急な階段を上がり、天守最上階に出ました。

手摺が低いので、風に体を持っていかれそうです。


ツインブリッジ犬山橋側


江戸時代には、中山道と名古屋道に通じ、木曽川による交易の要衝だった犬山城。




夕暮れ富士の異名を持つ伊木山とライン大橋。

対岸は岐阜県。




興味深い史料がいろいろあります。



天守は外から見ると三重、中は四階、地下二階の構造。


天守を支える石垣。


混んでいてアタフタという感じでしたが、天守に上れて満足です。




暑い日でした~。抹茶ソフトでクールダウン。


城とまちミュージアムで 城下町の全体像を見ることができます。




城下町は古い建物が残っていて、風情がありました。




犬山 森のマルシェ

コンテナの上のウッドデッキから城下町らしい町並みを眺めることができます。





電線地中化は素晴らしい。景観がスッキリしています。





旧磯部家住宅など見どころが多く、また、飲食のお店が多い楽しい通りですね。


岐阜側から 美しい犬山城をもう一度見ることができました。


まさに、後堅固の城。