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Tue, February 21, 2006 01:52:53

南の島の小さな夏の虫

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小笠原に居た小さな頃、夏のある日一斉に飛び立つ小さな羽根の生えた虫が雪のように降る夜があった。
その小さな虫を食べ過ぎた大きな蛙は腹を膨らませ過ぎて死んでしまうものもいた。
次の朝、辺り一面に一晩で死んだ小さな虫が降り積もっていた。


南の島の夏は全ての生き物が生きていたのだ。


とてつもなく広い太平洋に囲まれたとても小さな島で生き物たちは生きていた。


静かな海の岩場では小さな魚が泳いでいた。いつ大きな魚に食べられるか分からないのに。

山には溢れるほど植物が生きていて沢山の実を実らせ熟した実からは酸っぱく腐った匂いがした。強くないものは太陽の光や栄養を得られずに育たない。それでもたくさんの実をつけて種を地面に落とした。


一晩で一斉に交尾をするために飛び立つ小さな羽根の生えた虫たちは一晩で一斉に死んだ。



生き物は死んで何かに生まれ変わる事は決してない。


でももし生まれ変われるのなら南の島の小さな夏の虫になりたいと思うのだ。
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Wed, February 15, 2006 14:28:50

テーマ:ブログ

気温も20℃くらいで春のにおいがします。
久しぶりに窓を開けてみました。
やっぱり春のにおいがします。
多分今頃、海はぽかぽかして気持ちいいのでしょう。

春は感傷的にさせます。
なぜなら日本で暮らす私達にとって、終わりと、始まりの季節だからです。
ぬくぬくとした暖かい風が僕らの町を吹き抜けます。
小さな頃、それもまだこの世の中の事は何も知らない頃から、何も考えずにこの季節が終わりと始まりの季節だったのです。
晩ごはんを食べた後のデザートにいちごを食べるようになると新しい学年が始まって、それは実は終わりと始まりでした。
いちごは甘くて少し酸っぱかったけれど、とても優しい甘さでした。
寒くて肌が千切れそうになるくらいのじんじんと冷えて痛かった冬の空気は自然と何処かに消えてしまい、気づくと春がやってきています。
春は優しいのです。まだTシャツ一枚になるには少し寒いですが、道端にすっかり忘れていたような美しい花を咲かせます。
知らない間に、草たちは命を取り戻し始めます。
それを見て小さな頃の私は、ああ、始まりの季節なんだな、と思ったのかもしれません。
始まりの季節には悲しみと喜び、つまり終わりと始まりに象徴されるような出来事がたくさん起こりました。
話をした事の無かった新しい友達、密かに想いを寄せている女の子との別れや接近、そばに居たのが当たり前だった友達との別れ。
新しい生活に置かれた小さな頃の自分がそれらの事を思い出すとき、時間というものは、一秒一秒と過ぎてゆく時間を過ごしている時には全く気づかなかったけれども、後になって考えてみるととてもとても短くて、それはたくさんの後悔が詰まっていた時間だったとも言えるのかもしれないなぁ、と感じていたように思います。

終わりと始まりの季節に象徴されるもの。
それは不安と希望です。
それは今、歳を取った自分にも、自然に襲い掛かってきます。
それは無意識に襲い掛かってくるのです。

20年と少し生きてきた私は、もうすぐ21才になります。
今まで感じてきた大切な感情はその時にしか感じられずに、今までのいくつもの大切なそれを、過ぎ去った過去に数え切れない程忘れてきたのかもしれません。
だから季節の変わり目にはそんな大切だった思い出が自然に蘇ってくるのだと思うのです。

今、何年も生きてきた自分は沢山のやり残した大切なことをし忘れて、春を迎えるのかも知れません。

不安と希望はこの季節に、この体に、深く深く染み付いているのです。

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Thu, February 09, 2006 14:59:36

料理

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料理は生きることと非常に近い場所にある。
当たり前だが人間は毎日数度、何かを食べる。
どこの国、どこの場所に行っても、食は生に親密である。
食がなければ、生はない。
食べる、というものは本来、エロティックである。
生に非常に親密で、生殖行為と同じくらい、エロティックである。

おいしいものを、おいしく食べる、それは忘れがちになる時もあるが、それは非常に生きている、ということなのだ。
素材をよりおいしく食べるために、料理は発展してきたが、そこには数え切れないくらいのドラマとストーリーがあったに違いない。

アジアのある国の賑やかな大家族での食事。アフリカの小さな村の小さな集落の小さな赤ん坊に若い母親が与える離乳食。若い頃の体力はもうどこにも見当たらないが、今日もやってきた朝に当たり前のように腹を空かせ、いつもの朝食をとるヨーロッパのどこかの国の田舎の老夫婦。長く続いた戦争から息子が帰ってくる日の料理は、いつもより豪勢で、息子が小さな頃好んで食べたなつかしい料理に違いない。スラムの少年達はいつも食べている堅いパンよりおいしいものにありつけたときは目を輝かせて喜ぶだろう。大都市の洒落たレストランで若い男女は、これから服を脱がせ合うのだという欲望をその裏に懸命に隠しながら夕食を摂るのかもしれない。

シンプルに考えれば生きることは食べることなので、その生に直結した行為は、非常にエロティックなのだ。

気づかなければ、食べることというのは当たり前でつまらないものになるのかもしれない。人間は生まれてから死ぬまで何度食事をするかなんて数えられないほどである。

だから一回の食事でも多く、おいしくて美しい料理を食べたい、と思うのだ。
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Tue, February 07, 2006 19:44:31

今日も夢のお話

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今日の夢は赤ん坊の世話をする夢。

何故か赤ん坊の世話をしている。自分の子供ではないと思う。
それでも赤ん坊は心から愛するもので、自分はこの子を命に変えてでも守ってやりたい、と思っていた。
その子が笑っているとき、これ以上の幸せは他にはないような気持ちになるのだ。
その子が笑ってくれれば他には何もいらない。
その子には母親も父親もいなく、おそらく自分の子ではないのだが、自分の子として育てられている。
子供が欲しいという本能の表れなのか。
人は本能でセックスをするだけではなく、本能で子が欲しいと思うのだろう。

当たり前だけれど自分にも、ゴリラのように逞しい髭まみれの柔道家にも、CMで微笑むその存在だけで世界の平和の象徴なのではないかと思うくらいの美人も、ワンカップ大関を大事そうにちびちび飲むホームレスにも、30才を過ぎて肌も弛み年収もかなりあって週末にはひとりで出かけ贅沢な料理を食べひとりでいるほうが楽だものと強がる醜い女にも、アキバ系にも、ひどい顔に生まれたからなのか現実の男には興味が無いと言うこっちからお前なんて相手にするわけが無いお前となんか死んでもやりたくないと言いたいような女にも、本当に小さな赤ん坊の頃があって、その頃に誰かに愛情を与えられなければ死んでしまう。

その頃に愛を貰ったから今全ての人にやさしくなれるのだと言う人もいるがそれは違うと思う。
放って置かれたらすぐに死んでしまうような子を愛するのは大人の本能なのだ。


自分の親もおじいさんおばさんも、その前の江戸時代の先祖ももっともっと昔の先祖も20歳の時があって子育ての時があったのだなと思うと不思議な感覚にとらわれる。
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Mon, February 06, 2006 07:42:44

夢日記

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親しい友人が突然発狂し、怒っている様な笑っている様な恐ろしい顔で、オナニーを始める夢を見た。言ってもやめずに、そのまま部屋を飛び出して行った。

そして弟が拳銃で頭を打ち抜いて自殺をした。
もうだめだ、と死を受け入れようとしていると、まだ微かに息をしていることに気付く夢。



受け入れたくない現実が起こってしまったという絶望と無力感でひどい顔で泣き出しそうになる自分の顔を客観的に見ていた。

お前には全くどうしようもない現実は沢山あるのだ、という絶望と無力感とそして怒りだった。


現実は自分の関係ないところでどんどん勝手に進んでいくが、それを受け入れるという事は、一人では何もできない赤ん坊が泣き叫んでその不快感に慣れていく事と同じなのかもしれない。


泣き疲れた時にやっと現実を受け入れられるのである。

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Sun, February 05, 2006 07:00:22

夏が好きだ

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6月中旬から夏休みが始まるくらいが大好きだ。
8月ももちろん好きだけれど、もうその頃には夏の終わりを考え始めている。
高校の時、夏服に変わった制服で学校を早退する時。
奴らはバカだなぁと思いながら、自転車をゆっくり漕ぐ。
学校では何百人の若い男女が暑い校舎でじっとしている。教室の中はとても暗い。外を見ると全てがどうでも良くなるような空が見えるのに。
とてつもなく高く、たまに見える雲も人間達にあなた達には全く興味がありません、というふうにただただ流れてゆくのだ。
世の中で一番偉いのは夏の太陽だ、学校の先生でもないし大学でも会社でも社会でもない。夏になって高いところに登るようになった太陽だ。こんな天国みたいな世界にいるのにずっと建物の中にいてじっとしているのは罪だ。木や草は冬には考えられなかったくらいの勢いで命を取り戻しているのに。
少しじめじめしているが全てを許してくれる甘くて愛しい女性のように風は、優しい。愛する女の愛撫のように優しく少し汗をかいた肌をなぞってゆく。
草の生い茂る中からたくさんの虫の声が聞こえる事に気付く。
何処からか小さな子供とその母親の話し声が聞こえてくる。
小さな鳥は好きな枝から好きな枝へと飛んでゆく。
道端の草と小さな虫、その脇に生えている木、その枝に止まる小さな鳥、それらを見ていると、最後には高い高い空ととてつもないエネルギーを放出している太陽に気付くのだ。
学校にいる時には気付かないことだが時間はとてもゆっくりと流れる。草や虫たちはその間にそれぞれの生活をしている。
暗くて静かで何百人もの若い男と女がじっとして一つの部屋にぎゅうぎゅう詰めにされている社会には居たくない、と思った。

そんな自分を代弁してくれるものをひたすら探していたし、今もそれは変わらない。

気持ちいいほうに楽なほうに逃げたのではない。
あらゆる美しいことに身を委ねる事を、“選択”したのだ。
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Tue, January 31, 2006 07:20:03

この国には危機感というものが無い

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マッコウクジラのクソ、竜涎香は金と同じくらいの値段で取引されるそうだ。あまりにもいい匂いがするので、竜の涎だと信じられてきたらしい。鯨のクソで一攫千金!探しに行きたいな。

東京事変の「大人」やっばいね!亀田師匠のベースがエロい。俺が女なら濡れてしまうであろう。

朝のニュースはテレビ東京に限る。金融の話をさらりと話すキャスター達が格好良すぎるのだ。テレビ東京の金融関係のニュースは一日に3回やる。みんな格好良い。解説者に的確な質問をする。「今週はアメリカ企業の大手数社による決算報告を控えていますが、日本経済に与える影響は具体的にどのような変化が予想されますか?」
アホみたいに簡単にニュースを解説しようとする他の局は見るに耐えない。最近ではNHKまでがアホみたいな喋り口である。キャスターが自分が生きてきた経験を生かし的確な解説をするのではなく、ただただ当たり障りの無い感想を笑顔で言うだけなのだ。笑顔でどうでもいい話を女性アナウンサーと世間話をするのだ。「ほんとに彼女の笑顔を見ていると元気がでますね、明日も頑張ろうって気が起こりますよー、私は昔から彼女に注目していたんですけどねぇ」「ほんとに綺麗な方ですよねぇー」「ほんとにねぇ、見ているだけでため息がでますねぇ、わたしのいちおしですよぉ」

大衆は安心できる言葉を求めている。バカでも分かる簡単な言葉で。「牛丼はみんな大好きですがね、私も本当に大好きなんですよぉ、日本が誇るファーストフードですよねぇ、一日でも早くおいしくて安全な牛肉が食べたいですねぇ、安ければもっといいですけどねぇ、ハハハ、一日でも早くアメリカ政府のってっていしたかんりとたいおうをねがっています、さぁつぎはかわいらしいぞうさんのおはなしです」

このような世界の中で危機感を持つことは困難である。

希望が無い事を曖昧にしている。

全ては危機感、この状態をどうにかしないといけない、具体的なヴィジョンを現実のものにする、という強い願望でしか、物事は根本的には変化しない。

簡単で適当で曖昧で誰もが共感できるような事をアナウンスしている。

大事なことは危機感を持つことだ。
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Tue, January 24, 2006 00:16:29

マスメディアに象徴される均一主義

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全ての人が平等に生きていく権利がある、という訳の解らない大義は今、社会では当たり前のものとされている
テレビには、体が弱い者や一人では動けないような老人は死んでも仕方ないとか、ホームレスは死ねばいいとか、アナウンスするものは無い
マリリン・マンソンは神はテレビの中にいる、と言った
その通りだ
全ての民衆が安心する言葉はテレビの中にある
キリストは民衆が安心するような言葉を示しただけだし宗教は悪だ
弱いものが死に強いものが生きるということを忘れさせる
そのおかげで人間は異常に増えすぎてしまった

人間ほど悲しい生き物はいない

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Wed, January 18, 2006 05:09:52

ねずみの夢

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現実か夢かはっきり思い出せないけど、あの後一回だけ、ねずみの足音を聞いた。

夢だったら悲しい。そんな夢を見る自分が悲しい。


ねずみになりたい。


何のためにねずみは生きるのか?



理由など無い。

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Wed, January 18, 2006 00:18:35

自分、を理解すること

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夏と夏の太陽と海と音楽と文学と芸術とビールと酒とうまい食べ物とたばこと耳が千切れる程でかい音とライブハウスと夜の街と酒に酔った女の人の少し濡れた目と欲望に正直なキレイで若い女の人とずっと我慢していたせいですっかり濡れてしまった脱がせて貰うために着けた女の下着の横から手を入れて初めて性器に触れる瞬間と張りのあるおっぱいと高校生みたいにノーマルなセックスと適度に羽目を外した変態プレイと射精とスポーツとスピードと跳躍と世界平和とテロリズムと人間の作った巨大な建造物と自然と獣と鳥と植物と星と宇宙と地球と南の島と遥か遠くから空気を運んでくる風と途切れることなく押し寄せる静かだがその力を隠し持っている波と人間の作り出した風を使う奇妙な道具で物凄いスピードを出しながら波を駆け下りる瞬間とそのスピードのまま同じ波の頂上を見ながら板を踏み込んで波を削り飛沫を上げる瞬間とその波の力の及ばない場所で浅い海を泳ぐ小さな魚と深い海に住む何か分からない巨大な生き物と午前中の静かな海と優しく長く降る雨と台風ととてつもなく巨大な波と全ての物を吹き飛ばしてしまいそうな風と台風が遠くへ行ってしまった後のそよ風とじりじりと肌を焼く夕方のとても大きく見える太陽と夏の夜を照らす大きな満月と夜に鳴く小さな虫と昼間より大きく成長したかのように見える森何かが鳴いている声が聞こえて来る暗くて肌を湿らすようなひんやりとした森と長く長く静かな夜とか、が好きで欲望に正直に生きるのが好きで我慢することが死ぬ程嫌いです。


これが自分だ。

好きなもの嫌いなもの。

一番大切なもの。

世の中には自分の好きなものと嫌いなものがある。

だが、一番大切なもの、を決めることは難しい。

人は一人では生きていけないが、人に全てを理解してもらうことは無理だ。

体験した場所、見たもの、聞いたもの、全ての情報を単位をつけて表せば天文学的な数字、になる。

人は一人では生きていけないが、自分にしか分からないものはたくさんある。


自分を知ること、理解すること、それが一番大事だ。

当たり前だが人のことは全て理解できない。


本当に必要なもの、一番必要としているもの、それが何なのかを見つけること。



生きることは射精だ。射精とそれに変わる位気持ちいいことを探すことだ。





自分の場所は自分で手に入れる。

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