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2014-04-18 22:26:00

当たり前のすれ違い、について。

テーマ:ブログ
2014年4月18日(金)先負

本当に使えない社会人は50代、というニュースを見た。その理由としては、①情報機器が使えないのに、高い収入をもらっていることに起因しているようだ。また、②何らかのトラブルがあったときに、管理職にもかかわらず、責任を取らないことにあるようだ

さて、この2つのことを思う、若い人たちの感覚として、どちらも当たり前の感覚なのだろう。①に関しては、この情報社会の中で、情報機器が使えることは当たり前のことなのだろう。しかし、その社会は、早い人でも現在40代の人が上限で、50代の人たちは、自分たちが努力しようとしなければ使いこなすことはできない。しかも、その努力は今まで積み重ねてきた努力とは違う。そのために、なかなか踏み出すことができない。それは、若い人たちでさえ、新しいことに挑戦することにためらうのと同様のはずであろう。しかし、その努力しないことを不満に思う。その上、自分たちが汗水垂らして稼いできた収益から仕事に見合わない収入を得ていることの不満からきているような気がする。

また、②に関しては、管理職という肩書は、部下の責任をとるものだ、という感覚が若い人の当たり前の中にあるのだろう。しかし、昔の日本型企業は、年功序列が励行され、長くいた人の方が出世できる仕組みだったわけである。その評価は、その企業に属していた長さだけであり(能力も評価されたが、どちらに比重が高いか、というと所属していた長さということである、、、あしからず。。。)、そこには、管理職たる責任が明確に意識されていないことも多いような気がする。しかし、若い人たちには、建前含め、管理職は部下の責任を持つものだ、と当たり前に教育されているがために、若い人たちから見たら不満に思うのだろう。

正直私は、その両面に挟まれた状態にあるので、どちらの状態も理解できるような気がする。(これは気がするだけかもしれない、、、あしからず。。。)この当たり前のすれ違いは、どちらがいいとか悪いとかではないような気がする。私は、自分の講義の中で、この社会において大切なことは、人間の多様性を知っておくことだ、と言っている。おそらく、これからの社会においては、どちらがいいとか悪いとかの優劣をつけることではなく、お互いにお互いの当たり前を改めて再構築し、そして、自分たちが過ごしやすい社会を作っていくことにあるような気がするのである。。。
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2014-04-17 22:26:00

メモすること、について。

テーマ:ブログ
2014年4月17日(木)友引

新年度が始まると、いろいろなところで聞かれることが多くなる。
聞かれることは嫌ではないのだが、同じことを何度も聞かれると、嫌になることがある。とりわけ、その状態を改善しようとしないことに対しては、そう思うことが多くなる。では、その改善方法とはどんなことかたいして難しいことではないと思うのだが、聞きに行くときに、メモをする(本当にメモをしなくてもいいのだが、最低メモをしようとする態度は見せてほしいものである、、、あしからず。。。)

どうやら、このメモをする、という習慣がない人が多い気がする。しかし、このメモをする、という行為は忘れないようにする行為の他、意識する、ということが追加される。そのため、メモをしたことに対しての実行率は高まるような気がする。もしくは、頭の中が整理されるような感じになるような気になり、次なるアクションが理解されやすくなるような気がするのである

ただし、時折メモ魔と呼ばれる人がいるが、この場合は忘れないようにする機能だけが先行しているようである。本来としてはそこから整理することが必要なのであろう

さて、新年度が始まるにあたり、ぜひこのメモをするという行為を習慣づけしてほしいと思う。メモの内容は、できれば人生の目標を定め、それに近づくための具体的な行動を年間の目標としてメモすることから始めるのがいいような気がする。しかもこのメモは、できればボールペン等消すことができないようなもので書いておくことが大切であろう。そして、常に見直し、できなかったとしてもそれを取り消し線で消し、改めて追記するようにすればいい。しかし、こんなことをメモするようにすると勘違いをする人もいるのだが、そのメモされた目標は必達しなければならないようなことでなく、また脅迫概念に囚われる必要などまったくない。本来はできればいいのだろうが、できなければ期間を延ばせばいいだけのことである。人生は、そんなに長くないのかもしれないが、短くもない。のんびり過ごしていけばいいだけの話であるような気がする

聞きとめるためのメモの大切だが、そんなメモの使い方をしてほしいなと、思うのです。。。
2014-04-16 22:26:00

冷蔵庫、について。

テーマ:ブログ
2014年4月16日(水)先勝

ある講義の中で話していることであるが、なぜ、家庭にひとつの冷蔵庫が必要なのかということ。

冷蔵庫の主な機能は、食品の保存であろう。その保存の基本が冷暗所での保存から、冷蔵庫、とつながるのであろうが、冷暗所であればうちの中のどこかにはあるのではないでしょうかそこに保存するのと何が違うのであろうか問題は、冷凍食品群である。こればかりは冷蔵庫で保存しなければいけないのであるが、今やコンビニは至る所にある状態。セブンイレブンなどは、全国で16,375店(2014年3月末日時点)もあり、世界最大の店舗数を誇る数まで生活の中に浸透している。そうであれば、例えばもし冷凍食品がどうしても欲しいのなら、必要なときにコンビニまで買いに行けばいいだけのことなのではないかと思ってしまうのです。(そんな時間はない、という人がいるかもしれませんが、、、あしからず。。。)

そもそも、食品が一番おいしいのは、旬のものである。それも、採れたてのものがもっともおいしい、と思っている。ということは、冷凍で保存する仕組みを持っている以上、おいしいものは食べられていないのではないかと思うのです。昔の人は、保存するために漬物に加工したり、発酵食品を作ったりしていたのではないだろうかそんな工夫をしながら、旬のものは旬のうちに食していた。それは、素材の味をあじわうことで楽しんでいたのではないかと思うのです

最近、日本食(和食)がユネスコ無形文化遺産に登録された。その後ろには、日本人の伝統的な食文化とある。この部分には、日本の豊かな自然とともに作られてきた文化が隠されているような気がする。ここには、冷蔵庫はないであろう。

個人的には、日本の食は大好きである。そんな日本食、大切にしたいなー、と思うのでした。。。

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