未来リボン(Mirai Reborn)ー未来と結ぶ、幸せ愛をとどけたい。

日本文学科(中原中也研究)を卒業して、商社の営業、突然経済のど真ん中に。その後自分の夢に向け転職すること数回。会社を設立。経済学、情報学を勉強するために大学院へ。今は文化人類学者として研究と実践と。幸せ愛を見つけるために、日々放浪(^^)


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2015年5月9日(土)大安

このGWに、いろいろと自分の方向性について考えていた
この夏くらいには、自分としてあるテキストめいたものを出したいと思っているのだが、それは、どんなものなのだろうと。

学術的世界の中に、未来学なるものがある。しかし、どちらかというとその傾向は夢物語のような雰囲気もあり、あまりしっくりこなかった。その中で、地球未来学という学問があることを知った。それは、環境学をベースに考えられているようだが、社会科学の分野からのアプローチが足りないようだ。

ということで、地球未来学を発展させる形を考えてみようと思った。ちなみに、私のバックボーンは、もったいない思想、マーケティング論(とりわけサービスマーケティング論)、メディア論、である。そのバックボーンから考えていったとき、この地球の未来を考えるときに大切となる考え方は、持続可能性と効率性の追求になるのではないかと考えている。(ちなみに、 電子書籍を推進する上でペーパーレス化の重要性は、ここに起因する。情報財を伝えるにあたり、紙は減らすことはできないが、電気使用量は知恵で減らすことができる。のであれば、できうる限りペーパーレス化を進めたほうがいいような気がする。)

この2つの形は、実は相反する性格を持つところがある。今の経済社会は、効率性を追求する。が、そのために、地球が与えてくれているエネルギーを存分に利用している。つまり、人がやることを、地球が与えてくれているエネルギーを利用することによって代替させようとしているのである。そこに、持続可能性が失われるのである。ということは、どうすればいいのか

GDPによる経済成長などを追わずに、人類が生存するための成長を追うようにすればいいのではないだろうかそれには、ある程度の経済は必要だし、社会インフラは必要になるのだろう。その時に必要な量については、身の丈を知ることにある。身の丈、はどこで測るのかというと、それは、その地域において人類に与えてくれるエネルギーに着目すべきである。そのエネルギーをどのように測るのかそこで、効率性を見ることとなる。今まで気付きもしなかったようなエネルギーを人類の生存のために取り込み、また、そのための研究開発を進める形である。(ちなみに、地球未来学では地球温暖化を問題としているようだが、熱くなった地球熱を利用を進める形を考えれば、そこからエネルギーが移転し、地球温暖化の問題も解消しようもんだと思うのだが、そこはまだ一方通行のような気がする。。。)

この詳細の形を、テキストのような形で作ろうと思った。それが、基礎地球未来学原論、になる予定である。そう、あくまで予定笑い。まずは、未来学や地球未来学の整理が必要なんだろうなー、と。自分の備忘録として。。。


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2015年5月5日(火)先勝

2015年5月2日、イギリスに王位承継4位のプリンセスが誕生した。おめでとうございます。病院からお母さんに抱かれて出てきた姿を見た時、なんとなくではあるが、あっ、この人は、なにかあるな、と不思議な感じを覚えた。(なにか、とは、世界によいことをもたらす意味である。悪いことではない、あしからず。。。)

私には、この世の中には天才はいない、と思っているひとりである。それは、この世の中は、ある程度のところまでは、努力を続けることで到達できると思っていることの裏返しである。そのため、社会人になってからは、コンコンと努力を続けてきたつもりだ。これは、社会人になる前の若かりし頃にサボっていたことの反省から来ている

小学生の頃、恵まれた体と記憶力を頼りに、ほとんど努力もせずに、そこそこの成績を残すことができた。それは、なんとか、中学生までは保つことができた。が、その生まれながらにして与えられたものは高校生の時点で潰えた。しかし、だからと言って努力もしなかったために、不毛な高校時代を過ごしたと思っている。大学生になって、その自分の人生は、生まれながらにして持っていたものから、努力して勝ち得ていくもの、という考え方に変わり、それ以来、努力というものを続けていこうとがんばってきた、つもりだ。

これは、もしかしたら、ノストラダムスの大予言に関わってくるのかもしれない笑い。というのは、私たちの年代は、30歳を迎えることなど信じていなかった、にもかかわらず、30歳を迎えることとなった笑い。その時点で、やばい、このままの人生ではやばい、と思ったことから考え方が変わったように思う

しかし、その転換が遅かったのか、能力の限界を感じることがある。それは、自分が挑戦している才能の伸びの限界である。それは、努力ではどうにもならないことなのだろうか運命で片付けていいものだろうか心が揺れる。しかし、近年、40代のスポーツ選手の活躍を見聞きする。(一方で、10代後半から20代前半の若者が世界で活躍する姿も見聞きするのだが。。。)ということは、まだまだ運命で片付けてしまってはいけないのかもしれない。

が、運命で片付けていけない、ということは、自分の人生と戦うことに他ならず、正直、心が折れそうになる。つらい。が、ここでの踏ん張りが限界を突破することにつながるのかもしれない、などと。40にして惑わず(四十不惑)などとは程遠いなーと思いながら、過ごす日々が続いている。とりわけ、あの王女に感じた、圧倒的な運命の力に触れた時、そんな振れ幅が大きく感じた。

とりあえず、努力の横に運命があるのだろう、と思う。運命は、努力している途中に、ふと、もたらされるのだろう。なにがいいのかもう少し頑張ってみようと思う。。。
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2015年4月5日(日)赤口

4月4日は、入学式がありました。当学部は、世間の動向とは異なり、定員オーバーの入学者があふれていた。(定員には厳格になるようですが笑い。)

さて、毎年思うのだが、この時期、新入学生に向けて送るメッセージに困る。というのも、私にとっては毎年のことだけれど、新入学生にとっては一生に一回のことだからである。しかも、私の意識として、大学からは人生のリスタートを強く思っているからである。リスタートの最初の最初、どういうスタートを切るかは、とても重要になるのだと思う。

世の中は、情報社会になり、覚える脳から考える脳へ移行している。覚えることは、機械が覚えており、それを引き出す術を知っていれば、覚えることは大して役に立たない時代に突入している。(ただし、引き出す術を獲得するためには、ある程度の基礎的知識は必要なのであるが。。。)NHKでは、吉田松陰先生がクローズアップされているが、松陰先生は、まさに考える脳を鍛える教育をしていたような気がする。激動の時代においては、求められる人物像が違うのだろう。それが考える脳の必要性だ。そして、その上に必要なのは、行動する力であろうと思う。

今回の入学生たちを見ていて、とても品がいいような気がする。それこそ、さとり世代とかつくし世代とか言われる世代なのだろう。ただ、残念ながら野性的な力強さとか、タフさが感じられない気がする。それは、覚える脳を作られてきたからなのだろう。それに従う行動を作られてきたのだろう。しかし、激動の時代においては、このままではその激流に打ち負かされてしまう。このリスタートの時期においては、野性的な力強さを求めてほしいと思う。常識や当たり前を打ち破るタフさを求めてほしいと思う

今、この日本で求めらえているのは、生きるタフさ、のような気がする。世間的には高大連携が進められている。それは、社会人に向けてのリスタートを切るための力強さを強めるための形なのだろう。高校までに基礎知識を固めてもらい、大学においては、その基礎知識を基に、常識や当たり前を打ち破り、生きるタフさを醸成していく。そのための一連の流れのような気がしている。

今の日本社会は混沌としている。世界中さえ混沌としている。その要因は、今まで目標としていた物的豊富な形から心的豊富な形への変化のためであるのだが、そのためには、このリスタートを上手に活用してほしい、と思う。社会は、確実にそちらの方向へ向かいつつある。(残念ながら、マスコミや情報リソースは旧いままの体制だし、政治もまだまだ旧そうだ。それはそれでいつの間にか、取り残されていきそうで、少し怖い気がするが。。。もうひとつ、スマホのゲームにのめり込んでいる若者も、その旧い体制の上に乗った形であることも、それとなく教えていきたいと思うのだが。。。)さて、そんな世界が変わっていったときに、活躍できる人財になってほしいものだと思う。それには、このリスタートをうまく切れるかだ。基礎知識が足りないと思うのなら、基礎知識獲得のために動いてほしい。行動したいと思うのなら、その基軸をきちんと定めた上で、判断し行動してほしい。大学4年間は、人生の中で与えられた唯一に近いくらい自由な時間である。その自由な時間を有効に活用してほしいと、入学式に参列して思うのでした。。。
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