人生はアートだ!

・・・花たちから愛を・・・


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理由が何であれ、少年が父母を殺すとは、悲しいことです。


はっきり言いますが、どんなに小さい子供でも、いろんな意味で大人と殆ど変わらないのです。


このことが本当に認識されるには、この宇宙空間の存在意味も含めた、人間という生命の構造と人生の意味を真に理解しないと困難でしょう。


人間の生命の本体は永遠と云う言葉であらわす程に無数の転生しています。人間の親と子は、生命の本体を乗せて肉体人生という環境で、他の生命の本体たちと一緒に学び、自然の環境の中で、進化の道を歩むために存在する、鶏と卵の関係でしかないです。


産まれて、自己形成が始まると、子供は、すぐに親と同じような自意識レベルになると想われます。親が必要な時期と云うのは、子が自分で生きていけるために、人間社会の知識を与える時間だけでしょう。


その時期を越えると、子達は一人歩きをします。


それなのに、「子は親の所有物」と云うような感覚の社会常識?のもとでは、親は子を躾と称して、自分の言いなりにしようとするかも知れません。年金のシステム維持のために子を産めなどというのも、これですが。


そうなると、子供は、これに反発します。「産んでくれとは頼んでいない」とか、良く言います。このような売り言葉に買い言葉をする親子とも、人間の人生の意味をまったく理解していないのでしょう。


今まで作り上げられ、常識と使用されてきた、人生の意義とか、義務教育とか、親子の関係とかの中で、親と子がいがみ合い、このような悲しい結末を迎えるのは、見るに忍びない。


このような親子の問題は、何処の家にも起こりうるものでしょうが、このような悲惨な事件に至るとは、みんな想っても見たいでしょう。


しかし、親が言葉の暴力で、子供の心のつぶしてしまうのは、相当の確率であると想われます。つぷされた心は戻りませんよ。


そこに至る原因が、家庭内だけのことではなく、会社や学校などでの問題から派生して、親子の関係を崩壊させてしまう場合も多いかもしれません。


いまの15歳の子たちは、一昔前(五年とか前)の子供たちとは既に意識が違うと想います。


人間社会の進展の差ではなく、宇宙的な進展の影響もうけており、しかも、とても早く、大人っぽくなっているのを見逃してはならないと想います。


もっと、小さい時から、親は、子供たちを、一人前として扱ってあげ、自分の意志での人生の切り開きに口出しをしないで、信じて支援してあげるべきだと想います。


 (ひろ)


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夏至の日、昨夜のことである。


六本木ヒルズの52階の展望台にある「東京シティービュー」が室内の電灯を消して、薄闇の中で、眼下に見える東京と云う大都会の夜景を見ながら、省エネや環境問題を考えるというので、「100万人キャンドルナイト」と云うイベントを企画した。


この電灯が消された二時間を楽しんだ人たちは何を感じたのだろう。


東京のすべてが真っ暗になる日もあると、想像できるのに。


その日が来るまで、誰も、そのことに気がつかない。


何時までも、今のままではないし、今の私達の意識では、ずっと良くなるという保障がないことは、戦後の経済発展が停止してしまったことをみれば、当たり前に判ることですよ、ね。


そんな物質的なことは、完全に乗り越えて、環境がどうなろうと、幸せな気分でいる自信はありますか。


あなたが宇宙からの生命のエネルギーを受取れるなら、きっと、幸せな感覚につつまれて、何も不安はないでしょう。


みんなが、今をもっと大事にして、必要十分な消費で過ごしてきたならば、地球の環境はこんな馬鹿なことには成らなかったろうと想うと、今からでも、遅くないから、それを実践するべきでしょう。


質素をむねとすべしです。


今のままでは、地球は、私達が勝手に搾取した、すべての私有財産を没収しますね。


どんな形かは、判りませんが、地震、噴火、洪水、気候異変による海水の上昇、地割れ、極の移動などなど、いくらでもありますね。


人間が作り上げたものなんか、ひとたまりもありませんて。


そんなことが起きても、幸せな気分で生きていたくないですか?   (^^)


      (ひろ)



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暑い一日でした


人には相性と言うものがあるようです。何でみた相性があるのか私には明確には判りませんが、血液型、干支、星座とか色々ありますよね。


私も一つの方法論を教えてもらっています。それによると、私が属する類型とこの人生で関係する相手の類型が同じ人たちとの過去から現在までの現実の関係をみると、私のエネルギーを消耗させてくれる特定の類型の人たちがいました。他の類型の人たちとはそんなに消耗することは無いのにです。とても面白いことです。


ところが、その真実を相手の立場からみると、明らかに、この人は私についてくるとか、協力してくれるとか、一目でとか、一言の言葉のやりとりでも判るようです。つまり、私の場合は、発見されてしまうということです。一端発見されると、私の方が、かなりの努力をして、いろいろなことをしてあげることになります。そうならなくても、なんとなく、楽々として付き合える対象になってしまうようです。


しかし、もう必要ないと相手の類型が判断すると、完全に不要なものに見えてくるらしく、また、もう、手助けは不要と判断されるようで、そのときには完全に絶交になりました。私が完全に奉仕しないからですが。


この後も、協力関係が続けば、双方に利益があると想うのですが、大抵は、きれいさっぱりと切れてしまいました。長い人生の間に、私の場合は、このような関係がいくつかありました。なんとか、役に立てればと想っていたのですが、切れてしまうと、まったく没交渉になり、どうなったのか判らないです。


相手は、大抵、私よりも年若き女性たちでした。今も頑張っていると想います。これからも、誰かに逢うのかなあ。

こんな、状況から、過去の私のイメージポエムはできたのです。(^^)

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185


あなたに似合う


紫陽花の耳飾りを


探してみました


これなら


あなたの美しさを


引きたてて


くれるでしょう


  ひろ


付記 カタカナ言葉より 耳飾り の方が 紫陽花には お似合いです。(^^)

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次男の家のことである。


孫たちは、上が五歳の女の子、下が三歳の男の子。


上の娘は、毎年、お誕生会を、私達も同席でしてやった。下の子が産まれてからも、それは当然であり、それらの状況はビデオに記録されて、みんなで見ていた。


今年は、娘の誕生日、父の誕生日、母の誕生日と来て、最後に息子の誕生日ともなると、親たちはもう疲れて、どうでも良いと想ったらしい。


それで、適当にお茶を濁そうとしたらしい。


そこで、三歳の息子が喚いた。


「ねいちゃんの時は、ジジとババの家で、ケーキを食べて、ハッヒバースディをみんなで歌ってくれたのに、なんで、僕のときはそうしてくれないの????」


一昨夜、突然、この孫の父である息子から電話があり、急遽、翌日の父の日に、先日のお誕生日を再度やり直しをしたいので、なんとか付き合ってよということだった。


当然、それは了解して、昨日は、孫は満足し、姉と弟が仲良く、私と本屋さんに行って、お誕生日のお祝いの本を買ってもらい、喜んで帰って行った。


親の方も、これで、義理を果たした! っていう感じだった。


あはは、一人に何かをするときは、他にもどうするかを良く考えてしないと、子供の心を傷つけることにもなるから、気をつけないとね。


新聞の身の上相談では、


子育てに口を出す親がいると言う記事があったが、私達は、一切、口はださない。自分の子のことは、自分できちんとすべきである。


口出しをする親は、責任を取れるのかな。


子が独立した家庭を築いたら、いっさいの口出しは、無用である。


これが自然だね。


  ひろ

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花を目線を変えて見ると、色々な表情が出ます。


私は花の優しさを撮っているかも知れませんが、花の本質を見ていたかどうかは判りません。


花は、綺麗が本質に見えますが、それだけではないかも知れません。


汚い面はないのでしょうか。


私は、茎の方からみた写真は殆ど撮っていません。


その他大勢としての花も、比較的撮っていません。


花は、植物の一部です。


私は花の顔だけ撮っているのかも知れません。


よく考えてみます。


これは、自分と花達の問題です。


あそこに、撮って欲しいという花があっても、近づけないことは多いです。


それに、横顔も撮って欲しいという花も居ます。


そんな花達の希望も私はかなえたいと思います。


近頃は、だいぶ花たちの希望に沿えています。


いつも試行錯誤ばかりしています。


まあ、そのうちに、安定するでしよう。


  ひろ

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日本の自殺者が毎年三万人を越えているという。


まあ、日本が経験した戦争での死者よりも、多い死者の数であろう。


私の記憶をたどると、私の身近にも、沢山あった。


従兄妹が二人、東京で個別に時間をおいて、青酸カリで自殺した。遺書はなし。


寄宿舎の二段ベッどの上に寝ていた、予備校生に死なれた。遺書はなし。


会社で同じ部の、東大出の優秀な男で、最後に彼と話をしたのは、どうやら私。彼は、私が帰ったあとも、仕事を続け、そののち、社宅に帰り、食事をしたあと、屋上から飛び降りた。遺書はなし。


MRIの超伝導の磁石を開発をするのに、東大病院の先生で第一人者だった教授に、指導をしていただいていた。その教授が、某企業からのリベートを貰ったという記事がでて、自殺された。遺書については知らない。


さて、ここからは、私が現在までに知りえたことである。


いろんな原因があるのは判るが、人は自殺してはいけない、と私は想う。


以前に、ドイツ語の翻訳者が、"自死"という言葉を使われたので、仰天したことがある。


私は、この肉体としての生命と、受胎して暫くして飛び込んでくる本質的な生命、つまり、霊(Geist)が乗っていることを認識している。


死とは、この本質的な生命が肉体を離れる瞬間を意味している。


たから、肉体生命が自死することはありえない。


自殺、つまり、自分を殺すことはできる。しかし、これは、尊属殺人と同様に、犯罪だろう。


肉体的な生命維持ができる限りは、本質的な生命は出て行かず、自分の人生の目標が達成されるまで、何が何でも、離れないようである。


だから、誕生以前からの障害や、途中の事故などによる障害があろうがなかろうが、本質的な生命、霊(Geist)にはなんの不都合もない。


しかし、本質的な生命がその目標を達成したら、肉体が病気などでなくても、死は訪れる。これが寿命というものだろう。


寿命で死ぬのに、病などは要らないのである。


目標を達成せず、つまり、寿命に至っていないのに、肉体生命の維持機能を破壊すると、本質的な生命は、あまり時間をおかずに再び、受胎した肉体に飛び込むというのが論理的である。


つまり、本質的な生命の方に人生の目的があり、肉体生命の方のそれとは、違うからである。


肉体生命が、いかにお金儲けに成功したとしても、そんなものは、真の生命の目的ではない。人生には肉体が生きるだけのものが手に入れば、物質はそれで必要十分なのである。


さて、自殺をしたとしよう。


すぐに生まれ変わり、その結果、今度は、目標達成するまでに必要な時間(寿命)は短い。


だから、他の人より、早死にの人がでてしまう、ということになる。


肉体だけが生命と考えると、子や兄弟を突然失った人たちは、とても悲しいことになる。


戦争や事件での他殺、事故死、絞首刑、何かから逃げようとしての自殺、これは、みんな同じことになる。


脅かしているわけではないが、とにかく、何があろうと、人生は全うしなければならないと、私は想う。


もちろん、私の言うことを信じてもらいたくない。


あなたの優秀な頭で考えてほしい。


何事も、信心するのは間違いである。


信心すれば、即刻、あなたは、その奴隷になってしまうからだ。


自殺は、自然の法則の中での、大罪であると、私は追う。



 (ひろ)


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アメプロの人たちは、前回のシステム更新のときにいろんなことを学んだようだなあ。


それが今回のシステム更新の延期の英断になっていると想う。


ドタキャンして顧客やブロガーに叱られても、その後の信用失墜を回避でき、しかも、ブロガーたちの利益を優先したことは、まことに喜ばしいと想ったのは、私だけかなあ。


折角、更新を休めて、よかったと想っていた人たちには、ご愁傷様ではあるが。


****


さて、話の本題は、昨今の安全軽視の不祥事のことである。


安全と品質が、確実に企業に正統な利益をもたらすのは、少なくとも、私には常識だった。


しかし、最近の不祥事のうらには、安全の軽視や品質のまやかしをやって、企業の利益を確保しようという意識が蔓延していたことを意味している。


電車の運行システムの品質無私、安全運転の軽視、自動車のリコール問題、商社のでたらめ製品、それをごまかしてまで、次にまわすなどというトンでもない物事が暴露されている。


安全と品質を軽視していると、それでどんなに儲けても、一つの事故で、それまで企業が積み重ねたと想ってきたものは、すべてがいっきに瓦解する。


そんなことが判らないのは、自分さえ良ければ良いという、雇われ管理者や経営者たちだからであろう。


株主代表訴訟ができる今、すべての昔からの経営者たちは、首を洗っておかないといけないだろう。


もちろん、清廉潔白の方々には、そんなものは及ばないはずであろう、が。


****


アメブロの人たちのように、正直に、顧客の利益を考えての、安全と品質を維持しようとするのが、本当の管理者であり、経営者であり、商売人ではないだろうか。


そんな、サイバー・エージェントのみなさんに、エールを!

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どこかの線で、車掌さんが


「駆け込み乗車は危険です。大けがをすることになります。それで大けがをしても、そちら(乗客)の責任です」


と車内アナウンスしたらしい。

これを聞いた別の乗客がその会社に抗議したので、同社は「言葉に配慮がなかった」と非を認め、その車掌を指導した、らしい。


言葉に配慮が足らない?? とは、どう言うことか、私にはよく判らない。ストレートでいいではないか。


時間的、距離的精密さを要求されている、交通システムにおいて、先日のような事故が起きないように、自動的なシステムにしろ、なんていっている、ひろだが、このことについては、なんというのか?


さあ、ひろよ、言ってみろ。


システムとしては、何とかできても、このような人の無謀な飛込みによって発生する、トンでもない事故とか、時間的、距離的な遅れに対する回復の仕組みは、一定限度の範囲でしかできない。


それを承知で、会社、否、主たる圧力団体である乗客が、時間的、距離的な精度を求めるというのなら、この車掌の叫びはごもっともであると、私は想う。


さて、私は、自己責任でよいが、その上に、時間的、距離的な遅れとそれを求めることで、こうむった、鉄道の職員の負担増や、事故の費用までは、取ることは、私には不可能である。


とすれば、無謀なことをする私は、乗客として認められなくても、仕方がないということになるかも。


つまり、そういう、無責任な乗客は、乗車拒否することにされても、私は文句が言えない人間である。


ひろよ そうだとすれば、


会社に、文句を言う前に、もし、自分が車掌ならどう想うか、どう言いたくなるか、考えてみたらいい。


我慢して、酒でストレス発散していると、馬鹿呼ばわりされて、ストレスためて、気の毒だわな。


はい、よく考えてみます......とほほ。 


   ひろ




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