人生はアートだ!

・・・花たちから愛を・・・


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そうだ、笑い話があったっけ。


今、ある人のプログを訪問していて思い出したので書いておこう。


猫のミミを連れて行った動物病院での話だ。


入るときに、自動扉のスイッチを手で押して、開いて入った。


治療がすんで、ミミを抱いてまた扉のスイッチに手をあてれど


扉が動かない。


「何で動かないんだよう」 と想って何回もおしていた。


するて、


「あのぅぅぅ、開いているんですけど」 という声がした。


なんだ、開いて外が見えているのに、絞まっていると


想い込んであけていた。


「ミミの馬鹿」 と猫にせいにして、でてきたが、大笑い。


それにしても、途中で開けっ放しにするなよなって、想った。


ひろは、実は、その程度のなのである。


    ひろ

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あなたへ



人との出逢いはとても不思議。


HPを造ったときにも、沢山の人たちが来てくれた。


しかし、時間とともに、お互いに離れていき、そして

HPを消し去った時に本当の友人が残るのを観た。


本当の友人になるには、表面的なものではなく、心の

奥底でのつながり、つまり、それぞれが発する波動が

共鳴する二人でないと、不可能なようだった。


以来、そんなに多くはないが、かなりの人との友情で

繋がっている。家族なみにである。とても、嬉しい。


そんな人たちとは、遠い過去の人生からの繋がりすら

感じている。


もちろん、それを言い出せば、妄想と言われるだろう。


しかし、明確にある配役で、私とあなたはあの時に生きて

仕事を一緒にしていたという想いがある。


そうでなければ、無償の愛を注ぐ気持ちにはならないから。


私の現在の家族も、もちろん、その対象であることは無論。


  ひろ

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医療が進んでいなかった昔は、人々は自然に死んでいった。


今や、豊かさにつれ、医療の進歩につれて、死が一層過酷になり、悲惨なものになってきていると、感じている。


そして、自分の家で死ねなくなっている。大抵は、病院のベッドに縛り付けられて、死ぬ。


私は小さいときに誰かに言われたと記憶している。「あんたは畳の上では死ねない」って。


どういう意味だったか、既に、記憶にないが、この畳は、ベッドでもあろうから、きっとどこかでパタッと倒れておしまいということだろう。


それは幸せなことだ。


それにもまして、私は人間の「生と死」の真実をちきんと学んだので、生を一生懸命生きていくことが大切であり、死は次の生へと繋がる道であることを知っている。


生は病気で終わるものではないこと、つまり、死は病気をえてやってくるものではないことも認識している。


先天的な障害は、すべて自分の人生の環境の一つであり、後天的にでてくる病気は、私の考え方の癖によるものであり、これまた、必要な物事であり、そのことを認識して、考え方を変えていくと病気が治っていくということも認識している。


では、生は何をきっかけに終わるのか。それは、私の生命本体が定めてきた所期の人生の目標が達成されたからであり、次への過程として、生命本体が借家である、この肉体を去る瞬間が、死への旅立ちであると認識している。


こう考えている私には、何でもいいから、過剰医療で生かすということは不必要なものである。つまり、死のときは決まっているから、それまで、しっかりと自然体で生きて行くことを希望している。


人の寿命による自然死は悲しいものではない。一方、自然死ではないものは、実に悲しい出来事であるし、自然の法則違反である。寿命までの、残りの人生を再び続けることになる。寿命は残り分だから、短い。


短い人生で自然死するのは、自然なことであるが、その子や親を持った人たちは、理由が判らず、早死にしたという悲しい思いになる。


では、過剰医療をしないで死を待つということにすると、いろんな形の痛みなどが起きる。贅沢に生きてきたから、あちこちにとんでもないものができ、私たちの末期の身体を苦しめる。だから、過酷な最後と云う表現になる。モルヒネすら効かなかった人がいたし、お腹が破裂しそうになった人もいた。


私は、痛みに苦しんだ末期の人たちを何人か、遠隔氣功の処置で、痛みをなくしてあげた。これは、相手の病人の人からの感謝の気持ちが、関係者経由で送られてきたので、正しかったと認識している。


これから、そういう人たちの不必要な痛みをなくし、人生の学びの整理をするための環境を整えてあげるために、協力したいと想う。


   ひろ




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自然の森では、どんな種類の植物も共存できる。草原であったところにも、大きな樹木が生えるようになり、全体として、地球の大地の恵みを吸い上げ、水も制御し、それらの草木や樹木のみを食べて暮らす動物を生かし、さらに、肉食の動物たちも生きることができるのである。


一方、人工の森では、一番高い樹木しか生きられないのである。そのうち、すべてを切り倒すから、樹木は生えなくなり、水は制御できず、洪水を引き起こし、あるいは早晩砂漠になってしまうだろう。


地球の人間が作り出したシステムは、すべてが、この暗い森に似たものである。もちろん森林地帯がそうである。さらに、国家社会のあり方も、まことにこの通りである。また、企業社会もこの通りである。資本主義国家、共産主義国家、独裁国家のどれをとっても、こんなこの暗い森林システムである。


そして、大半の底辺の人々は、ほとんど落ちてこない太陽の自然の恵みに相当する、地球からの贈り物を享受できないでいる。大半の恩恵は枝葉のない高い樹木に相当する、支配階級に吸い取られてしまい、底辺には最低のものすらこない国が多い。


明るい森林の場合の中間の植物に相当する程度に、光が当たっているかのごとくに、日本などは一億総中流とかいったものであるが、実はそれはごまかしに過ぎないだろう。中流といわれたのは、最低の草や羊歯やコケ程度のものである。何故なら、一生住宅のローンを返して働くのなどは、中流とはいえないだろう。つまり、自然の恩恵で与えられるべき者を誰かに吸い取られているのだ。


社会の構成員の全員が、平等に太陽の光と熱、つまり、地球からの恩恵を等しく配分されるようにしなければならないと想う。


この自然のシステムが、人間に社会のあり方を正しく教えているのであり、今のような何とか主義国家ではなく、また、自由経済とかではなく、本当に、自然で、みんなが生きるのに必要なものを、等分に利用できるようなシステムにつくりかえることが必要である。


動物は、今食べる、必要な分しか狩をしない。これが、善悪のバランスであり、人間もこのバランスを第一として、自然のすべてを管理する役目をしなければならないだろう。


お金とか、個人財産というものは不必要なものである。つまり、死に際して持っていけるもではない。そんなものを不必要に溜め込んでいてると、死ぬまで、どんどん、恐怖だけがやってくるのではなかろうか。


(ひろ)

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樹木は動けない。


動けないがゆえに、黙々と創造の意図に従い、創造の定めた法則の通りに生きている。創造からの恵みである大地からの栄養と水分を吸い上げ、大気から酸素を吸い込み、太陽の光を受け取って光合成によってすべてを作り出している。冬には排泄のために、葉を落とす。


子孫繁栄の掟を守るために、花を咲かせ、実をつけ、鳥や動物や人間に食べさせて、種を遠くに運ばせている。自分の子孫がどこにいるのかを、樹木は気にしてはいない。ただ、それらは、本能として与えられている仕組み通りに生きているのだから、どこに仲間が居るかは、本能的に認識していると言えるだろう。


動物は動ける。


動物たちは、自分で動いて生きる本能を与えられているから、植物よりも自由度が大きい。この自由度は創造の法則と掟から離れる可能性をつことになるのだが、彼等はそういうことはほとんどないようだ。


進化の途中で、生きる環境や食べ物の種類を変えてきた者たちもいるが、それにしても、自然の食物連鎖の法則にしたがって繁栄してきている。


食物連鎖の、ある部分を破壊したり、守りすぎたり、大陸間の種の移動を可能にしたりして、自然の環境を崩したのは、人間である。人間の極端な悪への堕落、極端な善への堕落が、動物や植物の世界をだめにしている。


人間は何でもできる。


人間は植物や動物に比べれば、自由度が無限といっても良い。しかるに、創造の法則や掟も正しくは知らない。自然の法則や掟に従おうなどと言う気持はさらさらなかったし、今も殆どない。未来はどうだろうか。あんまり、期待できそうにない。

(ひろ)

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創造は私達に、地と海を与えてくれた。


海の上は塞げないが、地の上をコンクリートやアスファルトで覆うことをしている。


創造は土によって自然を維持し、人間の生命を維持していけるように配慮してある。


それなのに、これを覆いつくし、樹木もなくし、大気を汚し、文句ばかり言っていても仕方ないと想う。


誰も何もしてくれない。


自分から何かをしなければ、何にも起きないし、問題の解決はできない。


問題に自分は責任が無いと想っていても、人間の場合は、それらのすべてに連帯責任があり、誰一人、ゆるれるものはありえない。


創造の愛を一つでも、見つけて感動してみてはいかがか? 


そうしたら、考えが変化すると想うが。


ひろ

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昨年の記事です。


【ワシントン12日共同】ロイター通信によると、米食品医薬品局(FDA)は11日、放射性物質を使った「汚い爆弾」によるテロ攻撃などに備え、2種類の被ばく治療薬を認可した。処方せんがあれば一般市民でも事前購入が可能になる。

認可されたのは「Ca-DTPA」と「Zn-DTPA」の注射薬で、プルトニウムなど3種類の放射性物質による被ばく治療に有効とされる。これまでは汚染事故などの非常事態に限り使用が認められていた。

FDAは「米国市民をあらゆるテロ攻撃から守るための方策の一環だ」としている。(共同通信)


2004-08-12の、このニュースを読んでも、日本の一般市民は、たぶん何も感じなかっただろう。


ラジュームやウランの放射性同位元素は自然界に存在しており、いろいろな物事に使われている。


創造があらかじめ用意してくれている、このような物事は、自然界には多い。


人間はそれを善にも悪にも使えるのである。


私達はこの核による善と悪の結果を知っているのに、本当の恐ろしさを知らないで居る。


悪に使えば、地球も人類も破滅であろうことも、みんなが予想している。


創造は地球の自然界に、超ウラン元素は存在させていない。


プルトニュームなどは人間が原子炉の中で無理やり造りだしたもので、それらのものは放射線を放射しながらどんどん崩壊していく非自然なものである。


日本などでは、国際原子力機関(IAEA) の核査察下にあり、核物質はグラム単位まで全部記録して管理されている。


上のようなテロ対策がでるということは、管理されていないプルトニュームがテロリストたちに渡っているということが確実だとみられるからだろう。


誰かが彼等に売ったものであろう。


これが使われないという保障はどこにもない。


(ひろ)

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天変地異が多いですね。


しか、これは自然なことですね。


自然を自然でなくしたのは、人間の浅知恵ですねえ。


「偽りの知恵が世界に流血をもたらし、多くの人間を殺した。」


私の近くでも、山を切り開いてしまい、絶壁をつくり、水の道をなくし、住宅地にしたところは多いです。


危険地帯と指定はしていますが、そこを開発して家を建てて売りまくりました。


台風の大雨で崩れるところもあり、そこに直下の地震がきたら、まずひとたまりもありません。


今から、覚悟しているべきだと想います。


「ここまで科学が発達しても、地震予知ができないのでしょうか?」 などと、偽知識人が言う。


今の科学などは偽りの知恵なんだから、上の真理の通りです。


そんなことを聞く前に、まず、自分がどんなところに居るのかを分析して、よく考えて行動を起こすべきですね。


他の人に聞くのは、それからでしようね。


自分のことは自分で始末をつけるしかないのです。


被災地への対処をみても、それは判るでしょう。


待っていては、何も来ない。


さて、生き埋めの車から、二歳の男の子が這い出して、生存していた。


彼は、自ら自分のいる環境を変え、生き延びたではないですか。


しかし、二歳児の物質意識に出来ることではないですね。


これは、彼の霊(Geist)からの配慮でしょう。


生命の真理をまともに体現しているからです。


よく考えてみてくださいね。


皆川優太くん、この人生、頑張って生きてね。君の素敵な霊(Geist)と共に、ね。


長岡市は、今日、ここの現場を現状保存し、記念碑を建てて、慰霊することになったらしい。


私なら、この記念碑に、二歳の子が自分で車から這い出して身を守ったと書く。


どんな環境でも、生きようと自分で努力すべきであるという自戒をこめて。


(ひろ)

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昨年のことだが、ウォーキングの途中、桜の木の並んでいる林があるところにさしかかった。


なんとも、凄まじい蝉時雨。

こんなにたくさんの蝉が地中にいたのか。

それにしても、短い命、何でジージーとなくばかりなのかって、不思議な気持で聴き入っていた。


そこへ、なんと言えない涼しい風が。

この風に皮膚を撫でられた瞬間に、蝉時雨が一瞬消えた思いがした。

そのくらい、私の感覚を刺激した風の冷たさ。


創造は、こんなに優しい風を用意しれていたなんて。


人間の感覚というのは、このように、一つに強く反応すると、他のことを忘れてくれる。

痛みとか、痒みとかが他の刺激を加えることで、すっと刺激がなくなってしまう。


これも、創造の優しさだろう。


今日は暑い日だ。いつものように、風が冷たくて心地よい。


創造よ、ありがとう。


(ひろ)

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